米第3巡回区控訴裁判所は9月29日付の判決で、法律情報サービス「Westlaw」の編集要約をAIの学習に利用したROSS Intelligenceについて、著作権侵害を認め、フェアユースの主張を退けた一審判断を維持した。
対象となったのは、誰でも利用できる判決文そのものではない。Thomson Reutersの編集者が、判決の中から重要な法律上の論点を選び、短くまとめた「ヘッドノート」である。
ROSSのサービスは、学習に使ったヘッドノートをそのまま利用者へ表示する仕組みではなかった。それでも裁判所は、ヘッドノートを使ってWestlawと直接競合する法律検索サービスを構築した点を重視した。
さらに控訴審では、一審ではROSS側に有利とされたフェアユース第3要素の「利用した量と重要性」についても、ROSSに不利と判断した。
AIが学習した文章をそのまま出力するかどうかだけではなく、学習段階で何を、どの程度複製し、最終的にどのようなサービスを作ったのかが問われた判決である。
公開された判決文と、編集者が作った要約は別
Westlawの「ヘッドノート」は、判決に含まれる重要な法律上の判断を短くまとめ、対応する判決箇所へ読者を案内するためのものだ。
編集者は、判決のどの論点を取り上げるか、どのような言葉でまとめるか、元の判決を読まなくても意味が分かるようにどこまで背景を補うかを判断する。
つまり、裁判官が書いた判決文と、民間企業の編集者がその内容を整理して作った要約は、著作権上も同じものではない。
控訴審が著作権保護の対象と認めたのは、今回審理された2,243件のヘッドノートについて、こうした選択や表現に最低限必要な創作性が認められたためだ。
著作権保護に必要な創作性の基準は高くない。法律上の情報を正確に伝える文章であっても、独立して作成され、表現の選択に一定の創作性があれば保護対象になり得る。
ROSSは、ヘッドノートを著作権で保護すれば「法律そのもの」を独占させることになると主張した。
しかし裁判所は、著作権の対象となるのはThomson Reutersの編集者が作ったヘッドノートであり、裁判所が作成した判決文そのものではないと区別した。判決文は引き続き自由に利用できる。
ROSSには、著作権保護の対象ではない約1,000万件の判決文を利用できる基盤があった。
同社のサービスは、利用者が自然な言葉で法律上の質問を入力すると、それに関連する既存の判決箇所を提示する仕組みだった。
現在の大規模言語モデルのように新しい文章を生成するAIではなく、「この質問には、どの判決箇所が答えになるか」を学習した検索AIである。
その学習に使われたのが、LegalEase Solutionsとその下請け企業が作成した約2万5,000件の学習用メモだった。
各メモには法律上の質問と、それに対応する4〜6件の判決箇所が記載されていた。判決箇所には、質問へ十分に答えているものから無関係なものまで、関連度を示す評価が付けられ、その後AIが利用できる形式へ変換された。
ここでWestlawのヘッドノートが使われた。
ヘッドノートは学習用メモの質問を作る材料として利用され、最も適切な回答と評価された判決箇所も、多くの場合、Westlawでそのヘッドノートからリンクされていた箇所だった。
控訴審判決の5〜6ページを見ると、Westlaw編集者が作った「法律上の問い」と、それに対応する判決箇所との関係が、ROSSのAI学習データへ取り込まれていたことが分かる。
大量の判決文を集めるだけでは、自然言語の質問に対して適切な判決箇所を返す検索システムにはならない。
「どのような質問に、どの判決箇所が答えるのか」という対応関係を作る必要がある。ROSSは、その作業を効率化するためにWestlawのヘッドノートを利用した。
出力にヘッドノートを表示しなくても、全文複製は問題になった
フェアユースは、一定の条件を満たした場合に、著作物を権利者の許可なく利用できる米国著作権法上の仕組みである。
米著作権局の説明では、次の4要素を総合的に評価する。
- 利用の目的と性質
- 著作物の性質
- 利用した量と重要性
- 著作物の市場や価値への影響
商業利用だから自動的にフェアユースが否定されるわけではなく、「何%までなら利用できる」といった一律の基準があるわけでもない。
ROSSにとって大きな問題となったのは、ヘッドノートを使った最終的な目的だった。
Westlawはヘッドノートを使って、利用者が法律上の質問に関連する判決を探しやすくしている。
ROSSもWestlawのヘッドノートを学習材料として使い、自然言語の質問に関連する判決箇所を探せる法律検索サービスを構築した。
裁判所は、途中にAI学習という技術的な工程が入っていても、最終的な目的はWestlawと非常に近いと判断した。
ROSSはWestlawと直接比較する広告を出し、同程度の価格帯で顧客の乗り換えを狙っていた。実際にWestlawからROSSへ切り替えた法律事務所もあった。
元の著作物とは異なる目的で使う「変容的利用」に当たるかを判断する際、この直接的な競合関係が重視された。
控訴審は、ROSSの利用には、認められるとしてもごくわずかな変容性しかないとした。
ただし、一審判断を維持したからといって、フェアユースの4要素についてすべて同じ理由を採用したわけではない。
特に第3要素の「利用した量と重要性」については、一審がROSSに有利と判断したのに対し、控訴審はROSSに不利と判断した。
| フェアユースの要素 | 一審・2025年2月11日 | 控訴審・2026年9月29日 |
|---|---|---|
| 利用の目的と性質 | ROSSに不利。競合サービスを作る商業利用 | ROSSに不利。AI学習を介しても最終目的はWestlawと非常に近い |
| 著作物の性質 | ROSSに有利。事実的性格が強く、創作性は限定的 | わずかにROSSに有利。公表済みで、法律を正確に説明する文章 |
| 利用した量と重要性 | ROSSに有利。利用者への回答にはヘッドノートを表示しない | ROSSに不利。個々のヘッドノートを全文複製し、判決文だけでも学習メモを作れた |
| 市場や価値への影響 | ROSSに不利。Westlawの代替となり、学習データ市場にも影響 | ROSSに不利。Westlawを購読する理由となるヘッドノートの価値と、学習用途のライセンス機会を損なう |
表は、一審判決と控訴審判決を、フェアユースの4要素ごとに整理したものだ。
4要素のうち何項目で有利だったかを数える多数決ではなく、利用目的や市場への影響などを含めて総合的に判断する。
一審は、ROSSのサービスがヘッドノートそのものを利用者へ表示しなかった点を、第3要素でROSSに有利な事情として扱った。
これに対し控訴審は、それぞれのヘッドノートが独立した著作物であり、ROSS側が各ヘッドノートの全文を複製したことを重視した。
ROSSは、約2,800万件あるWestlawのヘッドノート全体から見れば、利用したのは約0.08%にすぎないとも主張した。
しかし裁判所は、Westlaw全体に占める割合だけではなく、一つ一つのヘッドノートを丸ごと複製したことを見る必要があると判断した。
さらに、ROSSには元の判決文を使って学習用メモを作る方法もあった。
裁判所は、Westlawのヘッドノートを使えば学習データを簡単に作れることと、それを複製する必要があったことは別だとした。
AIの学習段階だけで利用し、最終的な回答に元の文章を表示しないという事情だけでは、今回の全文複製を正当化できなかった。
Westlawを購読する理由と、AI学習用ライセンスの市場
Thomson Reutersがヘッドノートだけを独立した商品として販売していなかったとしても、その文章に市場価値がないことにはならない。
控訴審は、ヘッドノートがWestlawを契約する理由の一つになっている点を重視した。
利用者が法律上の論点から関連判決を効率よく見つけられることは、Westlawというサービスの価値の一部である。
競合する検索サービスが、Westlawのヘッドノートを利用して同じ役割を実現すれば、その価値を競合サービスへ移すことになると裁判所は判断した。
AI学習用データとしてライセンスする将来の市場についても検討された。
判決によると、Thomson Reuters自身もWestSearch PlusなどのAI検索機能の学習にヘッドノートを利用している。
また、AI学習向けコンテンツのライセンス市場が発展していることから、Thomson Reutersがこれまで第三者へヘッドノートを学習用にライセンスしていなかったとしても、将来そのような市場へ参入する可能性まで否定されるわけではないとした。
ROSSが許諾なしでヘッドノートを学習データとして利用したことで、Thomson Reutersが将来ライセンスする機会を奪ったという評価である。
ただし、これはフェアユース第4要素について裁判所が市場への影響を評価したものであり、今回の判決によって具体的な損害額が確定したわけではない。
Google Booksとの違いは「元の商品を置き換えるか」
ROSSは、書籍を大量にスキャンして検索可能にしたGoogle Booksの判例も引用した。
しかし控訴審は、Google Booksとは利用目的が異なると判断した。
Google Booksでは、書籍を全文検索できるようにする目的と、書籍そのものを読ませる目的は異なっていた。
検索結果から書籍の存在を知り、購入へつながる場合もある。
一方、ROSSは利用者をWestlawへ送り返す仕組みではなかった。
ROSS自身がWestlawの代替サービスになることを目指していた。
裁判所にとっては、この違いが変容性や市場への影響を評価するうえで重要だった。
一方、法律へのアクセスを守る立場からは、Westlawのヘッドノートへの著作権保護が広がりすぎることへの懸念も示されてきた。
Electronic Frontier Foundation(EFF)は2025年9月の声明で、米図書館協会などとともに法廷助言書を提出したと説明している。
ヘッドノートの創作的な部分は限定的で、法律上の事実を伝える性格がフェアユース判断でより重視されるべきだという立場だった。
控訴審も、ヘッドノートは小説などに比べて事実的な性格が強いと認め、第2要素についてはわずかにROSS側に有利とした。
それでも、公開された法律そのものを利用することと、民間企業の編集者が加えた表現を使って競合サービスを作ることは別だと判断した。
事実的な文章であることだけで、著作権保護やほかのフェアユース要素が消えるわけではない。
今回は生成AI一般の学習を判断した判決ではない
今回の事件で使われたのは、既存の判決箇所を検索して返す非生成型のAIだった。
控訴審は脚注で、OpenAIをめぐる別の著作権訴訟について米司法省が提出した、生成AIの学習に関する意見書にも触れている。
しかし、今回のROSSの仕組みとは事情が異なると明確に区別した。
大規模言語モデルは、学習したデータを使って新しい表現を生成することができる。
これに対してROSSのAIは新しい文章を生成せず、既存の判決文から関連する箇所を探して提示する仕組みだった。
さらに、ROSSはWestlawと直接競合する法律検索サービスを作ることを目的としていた。
そのため、生成AIをめぐる別の訴訟で議論されている「学習によって新しい表現を生み出す」という事情を、そのままROSSへ当てはめることはできないとした。
これは、生成AIなら著作物を自由に学習できるという意味ではない。
逆に、今回の判決があらゆるAI学習を著作権侵害と判断したわけでもない。
何を複製したのか、どれだけ利用したのか、AIが何をするサービスなのか、元の著作物と競合するのかといった具体的な事情に基づく判断である。
今回の審理範囲にも限りがある。
この控訴は訴訟全体が終わった後の通常の控訴ではなく、訴訟途中で特定の法律問題について上級審の判断を求めた「中間上訴」だった。
主に審理されたのは、2,243件のヘッドノートに著作権保護に必要な創作性があるかと、ROSSによる利用がフェアユースに当たるかという問題だ。
判決文をそのまま転載したヘッドノートにも著作権が成立するかについて、控訴審は判断していない。
また、Westlawの分類体系「Key Number System」の創作性についても、ROSSが控訴審で争わなかったため判断されなかった。
今回の判決からAI開発者が読み取れる重要な点の一つは、公開された情報と、その情報に第三者が加えた編集・整理を区別する必要があることだ。
公開された判決文そのものを利用する道は残されている。
一方、「どの質問にどの判決箇所が答えるのか」といった対応関係を、他社が作った編集成果からそのまま学習データへ移す場合には、その表現の著作権や市場との関係を検討する必要がある。
AIの出力に学習データの原文を表示しないことだけでなく、学習データを誰が作ったのか、どの程度複製したのか、そしてその学習によって作られるサービスが元のサービスとどのように競合するのかまでが、権利処理を考えるうえで重要になる。



