英国の宇宙スタートアップ、Space Forgeが、宇宙空間での先端材料製造という壮大なビジョンに向け、大きな一歩を踏み出した。同社はシリーズA資金調達ラウンドで2260万ポンド(約42億5,000万円)という、英国の宇宙テクノロジー企業としては過去最高額を確保したことを発表した。この資金は、2025年に予定されている同社初の軌道上実証ミッション「ForgeStar-1」の打ち上げと、次世代型再利用可能製造衛星「ForgeStar-2」の開発を加速させるために充てられる。果たして、宇宙でのものづくりは、半導体産業をはじめとする地球上の課題を解決する切り札となるのだろうか?
記録的資金調達の背景と、集まる期待の眼差し
今回の歴史的な資金調達ラウンドを主導したのは、The Nato Innovation Fund(NIF)だ。さらに、気候テックVCのWorld Fund、英国の国家安全保障戦略投資ファンド(NSSIF)、British Business Bankなどが戦略的投資家として名を連ねる。これほど多様かつ強力な支援者が集まった事実は、Space Forgeの技術が持つ潜在的なインパクトの大きさを物語っていると言えるだろう。
Space ForgeのCEO兼共同創業者であるJoshua Westernは、「この資金調達は、Space Forgeだけでなく、宇宙経済全体にとって重要なマイルストーンです」と語る。「投資家の支援を得て、宇宙を工業規模の製造プラットフォームとして実用的かつアクセス可能にするという我々の使命を加速させています。今後の打ち上げは、材料イノベーションの未来が地球外にあることを証明し、より安全で持続可能、かつ技術的に進んだ世界の構築に貢献するでしょう」。
NIFのパートナーであるChris O’Connorは、「Space Forgeは材料製造を革新すると同時に、欧州の宇宙へのアクセス、サプライチェーンの独立性、長期的な強靭性を推進している企業であり、支援できることを嬉しく思います」とコメント。安全保障の観点からも、同社の技術への期待は大きい。
Space Forgeとは何者か? – 宇宙で「不可能」を製造する野心
では、Space Forgeとは具体的にどのような企業なのだろうか。彼らが目指すのは、地球上では製造が困難、あるいは不可能な先端材料を、宇宙の微小重力、真空、そして極端な温度差といった特異な環境を利用して製造することだ。
特に注目されるのは、半導体材料や量子コンピューティング用素材、さらにはクリーンエネルギー技術や防衛技術に応用可能な新素材の開発である。同社の発表によれば、これらの宇宙製材料は、既存の材料と比較して大幅な性能向上を実現するだけでなく、例えばデータセンターなどのインフラにおけるCO2排出量を最大75%、エネルギー消費を最大60%削減する可能性があるという。これは、地球規模での環境負荷低減にも繋がりうる、非常に野心的な目標だ。

その鍵を握るのが、同社が開発する小型衛星「ForgeStar」だ。これは、単なる観測衛星ではなく、宇宙空間に材料を持ち込み、加工し、そして完成品を地球に持ち帰る「軌道上の工場」としての機能を持つ。さらに、この衛星は再利用可能であり、ミッションごとに繰り返し打ち上げられる設計となっている。2025年には、最初の実証衛星「ForgeStar-1」の打ち上げが計画されており、これが成功すれば、宇宙での商業生産に向けた大きな一歩となる。その後、より大型で高性能な「ForgeStar-2」の開発が続く予定だ。
なぜ宇宙なのか? – 地球上では得られない製造環境の圧倒的利点
なぜ、わざわざ莫大なコストをかけて宇宙で材料を製造する必要があるのだろうか?その答えは、宇宙特有の環境にある。
第一に「微小重力」。地上では重力の影響で素材の結晶構造に歪みが生じたり、均一な混合が難しかったりする場合がある。しかし、微小重力環境下では、より完璧に近い結晶構造を持つ合金や、地上では分離してしまう素材同士を均一に混合した複合材料などを製造できる可能性がある。これは、次世代半導体の性能を飛躍的に向上させるかもしれない。
第二に「真空」。地球上では清浄な真空環境を作り出すにも限界があるが、宇宙空間はほぼ完全な真空状態だ。これにより、不純物の混入を極限まで抑えた高純度な材料の製造が期待できる。
第三に「極端な温度差」。太陽光が当たる面と当たらない面では、百度単位の劇的な温度差が生じる。この極端な温度サイクルを利用することで、特殊な熱処理プロセスや、地上では再現不可能な材料特性を引き出せる可能性がある。
Space Forgeは、これらの宇宙環境を最大限に活用することで、地球上では「不可能」とされてきた材料科学のブレークスルーを目指しているのだ。
半導体業界への福音か? – 地政学的リスクとサプライチェーン強靭化への期待
Space Forgeの挑戦が特に注目される理由の一つに、現在の半導体業界が抱える構造的な課題がある。World FundのジェネラルパートナーであるDaria Saharova氏は、「世界の最先端半導体の90%が台湾から供給されており、この地域での地政学的エスカレーションは欧州にとって壊滅的な結果をもたらす可能性があります」と警鐘を鳴らす。
実際、半導体のサプライチェーンは極めて偏在しており、地政学的リスクや自然災害によって容易に寸断されうる脆弱性を抱えている。この点において、Space Forgeの宇宙製造は、重要な材料の供給源を多様化し、国家レベルでのサプライチェーン強靭化に貢献する可能性を秘めている。
同社の米国子会社であるSpace Forge Inc.は、米国の「CHIPSおよび科学法」に沿って、米国内での統合的な半導体製造能力の構築を目指していることも、この文脈で理解できるだろう。同社社長のMichelle Flemming氏は、「米国内での統合的、エンドツーエンドの半導体能力を構築する」ことへのコミットメントを表明しており、地球上の生産システムへの依存を減らす狙いだ。
関係者の声 – 多様なセクターからの期待と展望
英国政府もSpace Forgeの取り組みを後押ししている。Sarah Jones産業大臣は、「Space Forgeがウェールズで開拓している最先端の製造技術への信頼の証です」と述べ、英国の宇宙産業と先端製造業の成長への期待を示した。
また、英国宇宙庁(UK Space Agency)のCEOであるPaul Bate氏は、「Space Forgeへの画期的な投資は、英国の成長する宇宙経済と、宇宙利用イノベーションにおける世界的なリーダーシップに対する力強い信任投票です」と評価。「高性能材料の製造方法を変革することで、Space Forgeは軌道上で可能なことの限界を押し広げるだけでなく、よりクリーンなエネルギーからより安全なサプライチェーンまで、地球上で現実世界の利益をもたらすでしょう」と、その広範な影響力に言及した。
これらのコメントからは、Space Forgeの取り組みが、単なる一企業の事業を超え、国家戦略、国際協力、そして地球規模の課題解決といった、より大きな文脈の中で捉えられていることがうかがえる。
今後のロードマップと残された課題 – 2025年の実証ミッションが試金石
Space Forgeの目の前には、壮大な可能性が広がっている一方で、乗り越えるべき課題も少なくない。まず最大の試金石となるのが、2025年に予定されている「ForgeStar-1」の軌道上実証ミッションだ。このミッションで、実際に宇宙環境を利用した材料製造が可能であること、そして製造された材料を安全に地球へ回収できることを証明する必要がある。
さらに、宇宙での製造コストの問題も避けては通れない。現状では、宇宙への物資輸送コストは依然として高額であり、製造プロセス全体の経済合理性を確立できるかが、商業化への鍵となるだろう。Space Forgeは衛星の再利用によってコスト低減を図るとしているが、その効果がどの程度になるかは未知数だ。
また、製造できる材料の種類や量、そしてその品質が、地上の既存技術や開発中の新技術に対して明確な優位性を示せるかどうかも重要だ。半導体一つをとっても、微細化技術は日進月歩であり、宇宙製造が本当にゲームチェンジャーとなりうるのか、継続的な技術革新が求められる。
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