数枚の2D画像から高品質な3次元空間を瞬時に再構築する「3D Gaussian Splatting(3DGS)」技術は、ここ数年でコンピュータビジョンおよびグラフィックスの領域にパラダイムシフトをもたらした。ポリゴンメッシュに依存せず、空間内のガウス分布の集合体としてシーンを描画するこの手法は、写真のようなリアリズムとリアルタイムレンダリングを両立させる。しかし、この革新的な技術の普及を阻んでいた最大の障壁が「データ容量の肥大化」である。
従来の標準的なファイルフォーマットであるPLY形式は、元来ポイントクラウドデータを保存するために設計されたものであり、3DGS特有の複雑な属性データ(スケール、回転、球面白調和関数など)を効率的に格納するには不適当であった。スマートフォンのカメラでスキャンした数十万ポイント規模の小規模なデータであれば既存の圧縮手法でなんとか対応可能であったものの、現実空間を高精度にキャプチャした数千万ポイントに及ぶ大規模なデータセットとなると、ファイルサイズが数ギガバイトに達することも珍しくない。これでは、Webブラウザ上でシームレスに表示させたり、モバイル端末の限られたネットワーク帯域で送受信したりすることは事実上不可能に近い。
この課題に対し、Niantic Spatialが2024年後半にオープンソースとして公開した初期のSPZフォーマットは、「3D Gaussian SplatにおけるJPG」という位置づけで登場した。PLY形式と比較して約10分の1のファイルサイズを実現し、モバイルデバイスからの直接的なデータ共有を実用的なものへと押し上げた。そして今回リリースされた「SPZ 4」は、初期バージョンの思想を受け継ぎつつ、さらに巨大で複雑なデータセットを扱うための根本的なアーキテクチャ刷新を行っている。SPZ 4の登場により、圧縮率の向上に加え、「3Dモデルを高精度に生成する」フェーズから「データを適切な軽さでエンドユーザーへ届ける」社会実装のフェーズへと移行した。
並列処理によるエンコードとデコードの高速化
SPZ 4における最も劇的かつ本質的な変化は、データ圧縮アルゴリズムの抜本的な見直しにある。旧バージョンのSPZでは、データ全体を単一のGZipストリームで圧縮するアプローチが採用されていた。この手法は、スマートフォンでスキャンされた数百万ポイント以下のデータセットにおいては十分に機能していた。しかし、エンコードおよびデコードのプロセスが単一のCPUコアに依存するシーケンシャルな処理となるため、数千万ポイントを超える巨大なデータセットでは処理時間が指数関数的に増加し、明確なボトルネックとなっていた。
SPZ 4ではGZipを廃止し、位置、色、スケール、回転、アルファ値、球面白調和関数(Spherical Harmonics: SH)といった3DGSを構成する各属性に対して、それぞれ独立した「ZSTDストリーム」を適用するアーキテクチャへと移行した。これにより、合計6つの並列ストリームでの処理が可能となり、最新のマルチコアCPUの演算性能をフルに活用できるようになった。さらに、各圧縮ストリームの先頭に小規模な目次(Table of Contents)を配置することで、パーサーはファイルを解凍・スキャンする前に、各属性ストリームのサイズとレイアウトを瞬時に把握できる設計となっている。
ベンチマークテストの結果は、この並列化アーキテクチャの有効性を明確に裏付けている。3,400万ポイントを含む8.5GBの巨大なPLYファイルを用いた検証において、従来のSPZ v3では3分26秒を要していたエンコード時間が、SPZ 4では1分8秒へと短縮された。約3倍の処理速度向上を実現しつつ、ファイルサイズも旧バージョンと比較してさらに2.5%縮小している。
デコードプロセスにおいても同様の並列化の恩恵が得られる。データを解凍してレンダラーのメモリに読み込むまでの「Time-to-render(TTR)」は、テスト環境下で約1.5倍から2.1倍に高速化されている。また、従来存在していた1,000万ポイントという上限キャップも撤廃され、都市インフラのデジタルツインや大規模なロボティクスパイプラインなど、数千万ポイント規模のエンタープライズ用途の空間データであっても安定して処理できる堅牢性を獲得している。
拡張性・品質制御を両立する新たなデータアーキテクチャ
初期のSPZフォーマットは、異なるプラットフォーム間での汎用性と互換性を最優先した結果、拡張の余地を持たない極めて厳格な設計となっていた。しかし、3DGS技術が当初の想定を超えて多様なツール、レンダリングエンジン、業務パイプラインに組み込まれるようになると、この「単一の仕様しか許容しない」硬直性が技術進化の足かせとなり始めた。これに対応するため、SPZ 4では制御可能な拡張システム(Extension System)が新たに導入されている。
この拡張システムは、オプトイン方式のベンダータグによって管理される。各データレコードにはベンダー固有のID、レングスフィールド、そして実体となるペイロードが割り当てられる。これにより、複数のベンダーが同じファイル内で競合することなく独自のメタデータを追加できる設計となっている。システムが未知の拡張機能を検知した場合は安全にスキップして読み飛ばすため、古いローダーで読み込んだ際の後方互換性が損なわれることはない。
この拡張システムの最初の実装例として、Adobeが「Safe Orbit Camera(0xADBE0002)」というメタデータを提供している。これは、オービットスタイルのカメラ制御における最適な仰角や半径の境界をメタデータとしてファイル内に格納する機能である。従来、3Dビューアー側はシーン全体の構造を推測して初期のカメラ位置やナビゲーションの制限を計算する必要があったが、このメタデータによってその手間が完全に省かれ、ユーザーへ即座に最適な視覚体験を提供できる。
また、SPZ 4のもう一つの重要な進歩は、ファイルサイズと描画品質のバランスを、用途に応じて開発者側で細かく制御できるようになった点である。その核となる技術が、球面白調和関数(SH)の量子化レベルの調整機能である。SH係数は、表面での光の反射具合や視点移動に伴うハイライトの動的な変化など、3DGSにおける視点依存の複雑な表現を司る重要なパラメータである。同時に、このデータはファイル容量の大部分を占有する要因でもある。SPZ 4では、このSH係数のビット深度(量子化の粒度)を調整することが可能となった。内部検証の結果によれば、3ビットでの量子化では18倍という極めて高い圧縮率を達成しながら、8ビットでの量子化では平均二乗誤差(MSE)が実質ゼロとなる無損失に近い品質を維持できることが確認されている。多くの一般的なシーンにおいては、5ビットの設定がデータサイズと視覚品質の最適な妥協点となる。さらに、以前のバージョンではSH次数が3までに制限されていたが、SPZ 4ではSH次数4への対応が追加された。これにより、より高度な視点依存性を持つマテリアル表現においても、キャプチャ時に生成されたライティングのディテールを損なうことなくデータを保持・伝達できるようになったのである。
Adobe等との連携によるエコシステムの拡大
SPZフォーマットの進化は、Niantic単独の技術的な取り組みにとどまらず、主要なソフトウェアベンダーを巻き込んだ広範なエコシステムの形成を強力に推進している。特にAdobeとの協業はその象徴的な例である。
Adobeは、自社の主要な3DツールチェーンにおいてSPZフォーマットを中心的な規格として位置づけている。最近リリースされたPhotoshopの「Rotate Object(オブジェクトの回転)」機能は、2D画像を3D空間で動的に回転させる革新的なものであり、その内部のデータトランザクションフォーマットとしてSPZが稼働している。これにより、すでに数百万人のクリエイターが、特別な意識をすることなくSPZフォーマットの恩恵を受けている状況が生まれている。
また、Webブラウザ環境での利用も急増している。SPZ 4のリリースに合わせて、WebAssembly(WASM)およびTypeScriptによるバインディング層が再構築され、Gaussianデータに対する適切なTypedArrayビューが提供されるようになった。これにより、ブラウザ上でのSPZファイルの読み込み速度は、従来の最大20倍に達している。JavaScriptからC++層を呼び出すEmscriptenバインディングの最適化により、Webベースのワークフローにおいて実用的なパフォーマンスが得られるようになった。AdobeもWebGLおよびWebGPUフレームワークであるBabylon.jsにおけるSPZサポートを拡張しており、Webベースの3DパイプラインにおいてSPZアセットを直接ロードしてレンダリングする障壁が大きく引き下げられている。
Webベースの空間表現がもたらす未来への示唆
SPZ 4のアーキテクチャ変更は現状の課題を解決する一方で、将来的な機能拡張に向けた強固な基盤をも構築している。今後の開発ロードマップには、ネットワーク帯域に応じたストリーミングやプログレッシブローディングの導入、詳細度(LOD:Level of Detail)に応じた空間のチャンク分割、さらなるベンダー独自のメタデータ拡張などがすでに視野に入れられている。
3D空間データを高品質なまま、テキストやJPG画像のようにシームレスに扱えるようになることは、空間コンピューティングプラットフォームやデジタルツイン技術の社会実装において決定的な意味を持つ。数十ギガバイトに及ぶ巨大なデータファイルの処理に縛られることなく、Webブラウザ上で誰もが手軽に高精度な3D空間を体験・共有できるインフラが整いつつある。特定のネイティブアプリケーションに依存せず、Webのオープンな環境下で3D表現が流通する未来に向けて、SPZ 4はそのエコシステムにおける事実上の標準規格(デファクトスタンダード)としての地位を確固たるものにしようとしている。