NVIDIAが開発する超解像技術「DLSS」が、重要な進化の節目を迎えた。これまでベータ版として提供されてきた「Transformerモデル」が、2025年6月25日に正式リリースされたのだ。これはゲームグラフィックスの根幹を支えるAIの思考回路が、根本から刷新されたことを意味する。この変革は、最新のRTX 50シリーズだけでなく、RTX 20シリーズ以降のすべてのRTXユーザーに、かつてないレベルの画質向上をもたらす可能性を秘めたものだ。本稿では、この技術的ブレークスルーが何を意味し、我々のゲーミング体験をどう変えるのか、その核心に迫る。
CNNの限界とTransformerの夜明け – なぜ「革命」なのか?
これまで、NVIDIAのDLSSは「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」と呼ばれるAIモデルを基盤としていた。CNNは、画像認識の分野で長年活躍してきた実績ある技術だ。ゲーム画面においては、フレーム内のピクセルとその周辺情報を分析し、高解像度化に必要なピクセルを「予測」して生成する。このアプローチは非常に高速で、パフォーマンス向上に大きく貢献してきた。
しかし、NVIDIA自身が認めるように、CNNはその限界に達しつつあった。CNNの本質は、いわば「局所的な専門家」だ。ピクセルの周辺という限られた範囲から情報を集めるため、動きの速いシーンで被写体の背後に残像が残る「ゴースティング」や、細かいテクスチャのチラつきといったアーティファクト(不自然な描画)を完全には払拭しきれなかった。
そこで登場したのが「Transformerモデル」である。この名は、ChatGPTのような大規模言語モデルの根幹技術として広く知られているが、その本質は「文脈の理解」にある。文章全体の単語の関係性を捉えて意味を理解するのと同様に、DLSSのTransformerモデルは、フレーム内のピクセルを局所的に見るのではなく、フレーム全体を俯瞰し、各ピクセルがシーン全体の中でどのような意味を持つのかを評価する。
これは、グラフィックス生成における思考のパラダイムシフトと言えるだろう。従来のCNNが「このピクセルの隣は何色だから、間はこうだろう」という近視眼的な推測だったのに対し、Transformerは「このオブジェクトは車で、あちらは建物、光はあそこから差している。だから、このピクセルはこうあるべきだ」という、より大局的で深い理解に基づいてピクセルを生成する。この根本的な違いこそが、今回のアップデートが「革命」と呼ばれる所以である。
具体的に何が変わる?Transformerがもたらす「見える」恩恵

では、この新しいAIの頭脳は、ゲーマーにとって具体的にどのようなメリットをもたらすのだろうか。NVIDIAの発表によると、その恩恵は多岐にわたる。
- アーティファクトの大幅な削減: Transformerモデルの深いシーン理解により、ゴースティングやシマーリングといった長年の課題が劇的に改善される。ピクセルが時間的により安定し、特に動きの激しいシーンでの没入感が格段に向上する。
- モーション時のディテール保持: 従来のDLSSでは、キャラクターやオブジェクトが高速で動く際にディテールが僅かに失われる傾向があった。Transformerモデルは、フレームをまたいでオブジェクトの動きをより正確に追跡するため、モーション中の鮮明さが維持され、よりシャープな映像体験が可能になる。
- レイトレーシング品質の向上: DLSSの一部である「Ray Reconstruction(レイ再構成)」もTransformerモデルの恩恵を受ける。光の反射や屈折が複雑に絡み合うシーンにおいて、ノイズをより効果的に除去し、物理的に正確で美しいライティングを実現する。
そのポテンシャルは、最新のフラッグシップGPU「GeForce RTX 5090」で実証されている。NVIDIAによれば、Transformerモデルを適用することで、レイトレーシング性能が30〜50%向上し、さらに処理遅延(レイテンシ)は従来の3.25msからわずか1msへと劇的に短縮されるという。これは、より高品質なグラフィックスを、より少ない遅延で実現できることを示している。
全RTXユーザーが対象 – 旧世代GPUにもたらされる恩恵の真価
このニュースにおける最も重要なポイントは、Transformerモデルによる画質向上の恩恵が、RTX 50シリーズの所有者だけに限定されないという点だ。NVIDIAは、RTX 20シリーズ(Turingアーキテクチャ)以降のすべてのGeForce RTX GPUで、この新しいモデルが利用可能になることを明言している。
これは、RTX 20、30、40シリーズのユーザーにとって、グラフィックボードを買い替えることなく、手持ちのハードウェアの価値が向上することを意味する。長年愛用してきたGPUが、ソフトウェアのアップデートによって、より高品質なゲーム体験を提供できるようになるのだ。
もちろん、RTX 50シリーズには限定的な機能も存在する。1つの実フレームから最大3つの「偽フレーム」を生成し、フレームレートを飛躍的に向上させる「マルチフレーム生成」は、RTX 50シリーズのBlackwellアーキテクチャの性能を前提とした機能だ。

しかし、ゲームの基本的な「見た目の美しさ」を司るSuper ResolutionとRay Reconstructionの根幹がTransformerモデルに置き換わることの意義は計り知れない。旧世代のGPUユーザーは、フレームレートの爆発的な向上は得られないものの、よりクリーンで安定した、アーティファクトの少ない映像を享受できる。これは、ゲーミング体験の質を直接的に引き上げる、極めて価値の高いアップデートと言えるだろう。
AMD FSRとの覇権争いは新章へ – 市場がどう動くか
アップスケーリング技術の分野では、NVIDIAのDLSSとAMDのFSR(FidelityFX Super Resolution)が激しい競争を繰り広げてきた。一部のテストでは、AMDの最新技術「FSR 4」が、従来のCNNベースの「DLSS 3」に対して画質面で健闘する場面も見られた。
しかし、DLSS 4におけるTransformerモデルの登場は、この競争の力学を再び大きく変える可能性がある。現状ではFSR 4はDLSS 3を上回るが、DLSS 4のTransformerモデルがリードを取り戻すと見られており、画質競争においてNVIDIAが再び決定的な優位に立つことを示唆している。
開発者側の採用も順調に進んでいる。既に『Doom: The Dark Ages』や『Stellar Blade』といった75以上のゲームやアプリケーションがベータ版のDLSS 4をサポートしており、今回の正式リリースによって、その採用はさらに加速する見込みだ。強固な開発者エコシステムはNVIDIAの大きな強みであり、Transformerモデルの普及を後押しするだろう。
【実践編】今すぐTransformerモデルを試す方法
この先進的な技術を、あなたは今すぐにでも体験できるかもしれない。
最も簡単な方法は、NVIDIAの統合ソフトウェア「NVIDIA App」を利用することだ。
- NVIDIA Appを開き、「グラフィックス」タブに移動する。
- 対象のゲームを選択する。
- 「ドライバー設定」内の「DLSSオーバーライドモデルプリセット」をクリック。
- ドロップダウンメニューから「最新」を選択する。
この設定により、ゲームが標準で古いバージョンのDLSSを使用している場合でも、最新のTransformerモデルを強制的に適用できる可能性がある。
また、「DLSS Swapper」や「OptiScaler」といったサードパーティ製のツールを使えば、より細かくDLSSのバージョンを管理することも可能だ。
DLSSの進化が示す、リアルタイムAIレンダリングの未来
今回のDLSS Transformerモデルの登場は、単なるアップスケーリング技術の一歩ではない。筆者は、これがリアルタイムグラフィックス全体の未来を占う試金石だと考えている。
Transformerアーキテクチャの持つ「文脈を理解する能力」は、映像生成だけに留まらない。将来的には、ゲーム内のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)がプレイヤーの行動や周囲の環境をより深く理解し、自然な振る舞いを見せるために応用されるかもしれない。あるいは、物理演算やプロシージャルな世界生成といった、膨大な計算を要する処理をAIがリアルタイムで代行する時代が来る可能性もある。
NVIDIAがDLSSで示した道は、AIが単なる「補助ツール」ではなく、仮想世界のあらゆる要素を生成・制御する「創造主」となる未来だ。75以上のゲームやアプリケーションが既に対応を表明し、Diablo IVのような大型タイトルも追随する中、このAI革命の波は急速に広がっていくだろう。
Sources
- NVIDIA/DLSS
- via VideoCardz: NVIDIA DLSS Transformer Model officially leaves Beta