Nintendo Switch 2の登場とともに注目されたNVIDIA DLSSによるAIアップスケーリング機能。しかし、第1弾のファーストパーティタイトルである『マリオカートワールド』や『ドンキーコング バナンザ』では、DLSSが採用されずAMD FSR 1とSMAAによる表現を選択している。なぜ任天堂は最新ハードでこの選択をしたのか?Digital Foundryの分析から、その背景にあるゲームエンジンの技術的制約と、任天堂ならではの合理的な哲学に迫ってみたい。

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最新ハードに搭載された「一世代前」の映像技術

待望のNintendo Switch 2が発売され、その性能、特にNVIDIAのカスタムSoCがもたらすグラフィック能力に大きな期待が寄せられていた。中でも最大の注目点は、AIを活用した超解像技術「DLSS (Deep Learning Super Sampling)」への対応だ。これにより、携帯機でありながら高解像度かつ安定したフレームレートでのゲーム体験が可能になると見られていた。

しかし、ローンチと同時に明らかになったのは、意外な事実だった。『ドンキーコング バナンザ』のような任天堂のファーストパーティ製タイトルが、DLSSではなくAMDの「FSR 1 (FidelityFX Super Resolution 1.0)」を使用していることが、技術分析に定評のあるDigital Foundryによって明らかにされたのだ。

FSR 1は、DLSSとは根本的に異なる技術である。

  • DLSS: NVIDIAのGPUに搭載されたTensorコアというAI専用プロセッサを使用。過去のフレーム情報や物体の動きを予測する「モーションベクター」といった時間的データをAIが解析し、極めて高品質な映像を生成する。
  • FSR 1: 特定のハードウェアを必要としない、空間的なアップスケーラー。単一のフレームを描画した後、それをアルゴリズムで拡大処理するシンプルな方式。実装は容易だが、生成される映像の精細さやアーティファクト(ノイズや画像の乱れ)の抑制においては、DLSSや後継のFSR 2に大きく劣る。

最新ハードの目玉機能を避け、なぜ任天堂は一世代前の、しかも競合他社の技術を採用したのか。その謎を解く鍵は、任天堂のゲームエンジンそのものにあるようだ。

Digital Foundryが指摘する「ゲームエンジンの壁」

Digital Foundryの専門家たちは、この不可解な選択の主因が、任天堂のファーストパーティタイトル開発に使用される独自のゲームエンジンにあると分析している。 問題の核心は、DLSSがその能力を最大限に発揮するために要求する、ある特定のデータにある。

DLSSに不可欠な「モーションベクター」の欠如

高品質な時間的アップスケーリングを実現するため、DLSSは「モーションベクター」と呼ばれるデータを必要とする。これは、画面上のオブジェクトやピクセルが、前のフレームから現在のフレームにかけて、どの方向にどれだけ移動したかを示すベクトル情報だ。このデータを基にAIが動きを正確に予測することで、残像感や画像の破綻を抑えたシャープな映像を生成できる。

Digital Foundryの分析によれば、任天堂が長年使用してきた内製ゲームエンジンは、このモーションベクターを出力する機能がそもそも備わっていない、あるいは極めて限定的である可能性が高いという。 エンジンにこの機能を追加するには、レンダリングパイプラインの根幹に関わる大規模な改修が必要となる。

アナリストの中には、この状況を「任天堂は技術的に遅れており、時代遅れのエンジンを使っている」と厳しく指摘する声もある。 Switch 2のローンチという厳格なスケジュールの中で、エンジンの大規模改修よりも、FSR 1という「枯れた技術」を適用してゲームを完成させることを優先した、というのが最も現実的なシナリオだろう。

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もう一つの視点:任天堂のアートスタイルはDLSSを必要としない?

技術的な制約が主因であることは間違いないだろう。しかし、もう一つの興味深い視点として、任天堂が追求する独特のアートスタイルそのものが、DLSSを必ずしも必要としないという考え方もある。

写実主義とは異なる「漫画的」表現の強み

『マリオ』や『ドンキーコング』に代表される任天堂のゲームは、フォトリアルなグラフィックとは一線を画す、様式化された「漫画的」なアートスタイルを特徴とする。こうしたスタイルでは、実写のような緻密なテクスチャや微細なディテールよりも、キャラクターの生き生きとした動きや、全体の色彩設計、デザインの魅力が重要視される。

FSR 1の弱点は、アップスケール時に細かいディテールが失われたり、ジャギー(ギザギザ)が目立ちやすくなる点にある。しかし、元々が様式化されたアートスタイルの場合、こうした欠点が比較的目立ちにくい。むしろ、DLSSのような高度な処理を施さずとも、ゲームの世界観を損なうことなく、十分なパフォーマンス向上効果を得られる可能性があるのだ。

この選択は、開発リソースの配分という観点からも合理的と言えるかもしれない。DLSSの複雑な実装に時間を費やすよりも、FSR 1でパフォーマンスを確保し、その分のリソースをゲームデザインやコンテンツの充実に振り分ける。これは、常に最高のグラフィック性能を追うのではなく、限られたハードウェアで最大限の「面白さ」を引き出すという、任天堂ならではの「枯れた技術の水平思考」に通じるものがあるのではないだろうか。

未来への布石か?Switch 2とDLSSの今後の関係

今回の事実は、決してSwitch 2がDLSSを扱えないことを意味するものではない。事実、『Cyberpunk 2077』のようなサードパーティ製のタイトルでは、Switch 2上でDLSSが動作し、その効果を発揮している。 ハードウェアの能力は、すでに証明されているのだ。

注目すべきは、Switch 2で使われているDLSSが、PC版とは異なる「DLSS Lite」とも呼べるカスタムバージョンである可能性が指摘されている点だ。 これは、PCよりも性能が制限されるハードウェア向けに、パフォーマンスと画質のバランスを最適化した軽量版DLSSと考えられる。

今回のファーストパーティタイトルにおけるFSR 1の採用は、あくまでローンチ時期に間に合わせるための過渡的な措置である可能性が高い。筆者は、任天堂が水面下で自社エンジンのアップデートを進めており、将来的にはこの「DLSS Lite」をフル活用したタイトルが登場すると予測する。

任天堂は、ハードウェアのポテンシャルを時間をかけて引き出していく企業だ。今回の選択は、短期的な開発効率を優先した結果であり、Switch 2というプラットフォームの真価が問われるのは、これから登場するであろう次世代のファーストパーティタイトルになるだろう。その時、私たちは本当の意味で進化した任天堂のゲーム体験を目の当たりにすることになるはずだ。


Sources