世界のネットワーク機器市場で大きなシェアを占めるTP-Linkに対し、米国議会では、共和党議員グループが「国家安全保障上の脅威」であるとして、製品の販売禁止を強く求める書簡を商務省に送付したことが明らかになった。背景には、中国政府との関連性や、いわゆる「略奪的価格戦略」によって米国市場での支配力を高めているとの深刻な懸念が存在する。一方、TP-Link側はこれらの疑惑を「完全な誤りであり、中傷キャンペーンだ」と真っ向から否定しており、事態は米中間の新たな火種となる可能性を秘めている。一体何が起きているのか。
突如突き付けられた「販売禁止」要求:議員たちが鳴らす警鐘
2025年5月14日、共和党のTom Cotton上院議員ら17名の共和党議員は、Howard Lutnick商務長官に対し、中国にルーツを持つTP-Link Technologies社の製品、特にSOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)向けネットワーク機器の米国内での販売を即時禁止するよう強く求める書簡を送付した。
議員たちが問題視しているのは、主に以下の3点である。
- 中国共産党との深いつながり: TP-Linkが中国政府の強い影響下にあり、国家支援を受けている企業であるという主張だ。これにより、中国の国家安全法に基づき、米国ユーザーのデータや通信内容が中国政府に筒抜けになるリスクを指摘している。
- 略奪的価格設定: 意図的に製品価格を低く抑えることで、米国の競合他社を市場から駆逐し、不当に市場シェアを拡大しているという非難である。書簡によれば、TP-Linkは米国のルーターおよびWi-Fiシステム市場で約60%ものシェアを握っているとされる。
- ネットワークへの監視・破壊機能の潜在的組み込み: TP-Link製品が、外国勢力による監視活動や、有事の際に米国の重要インフラを標的としたサイバー攻撃を実行するための「バックドア」として利用される危険性があるという警告だ。
書簡では、中国の国家主体が過去にTP-Link製のSOHOルーターを悪用してサイバー攻撃を行った事例や、TP-Linkが「中国国家支援のボットネット修復に向けた業界の取り組みへの参加を拒否している唯一のルーター企業だ」といった、かなり踏み込んだ指摘もなされている。
「我々が行動を怠る一日一日が、中国共産党の勝利を意味し、米国の競争相手を苦しめ、米国の安全保障を危険に晒し続けることになる」と議員たちは強い危機感を表明しており、これは単なる一企業の問題ではなく、国家レベルの安全保障問題であるとの認識を示している。この動きは、Trump政権下で強まった中国テクノロジー企業への警戒感を色濃く反映していると言える。
TP-Link側の猛反論:「これは市場から競合を排除するためのデマだ」
こうした米議員団からの厳しい追及に対し、TP-Link側は「断じて事実無根」と疑惑を全面的に否定している。同社は、「これらの申し立ては完全に誤りであり、我が社に関する事実関係を正すことを楽しみにしています」とメディアに対してコメント。「明確にしておきますが、TP-Linkは国家支援企業ではなく、中国共産党との『深いつながり』もなく、完全に独立しています」と強く主張している。
さらにTP-Linkは、以下の点を強調する。
- 米国法人としての独立性: 2024年にグローバル本社機能をカリフォルニア州アーバインに移転し、TP-Link Systems Inc.として米国での事業を展開している点を挙げ、「米国企業として、中国を含むいかなる外国政府も、我が社の製品の設計や生産にアクセスしたり、管理したりすることはない」としている。
- 市場シェアの認識違い: 米国市場でのシェアは議員指摘の60%ではなく、約35%程度であると反論。
- セキュリティへの取り組み: 「中国の悪意ある攻撃者が我が社のルーターをサイバー攻撃に利用したという主張は、誤解を招く不誠実なものだ。多くの企業のルーターが攻撃の標的となってきた」とし、TP-Link製品だけが特異的に危険であるかのような印象操作だと批判。「TP-Linkは、市場から競合他社を排除することを目的とした中傷キャンペーンの被害者だ」とまで述べている。
- 司法省からの接触否定: 一部の報道で司法省による独占禁止法違反の捜査が取り沙汰されているが、TP-Linkは「司法省からのいかなる問い合わせも受けていない」としている。
商務省による調査については、「TP-Linkの事業と製品の安全性が認識されると確信している」と、潔白を証明できるとの自信を覗かせている。
なぜ今、TP-Linkが標的に?背景にある米中ハイテク摩擦とサプライチェーンの脆弱性
今回のTP-Linkに対する風当たりの強さは、単に一企業の製品セキュリティ問題というだけでは片付けられない。その背景には、米中間で激化するテクノロジー覇権争いと、自国のサプライチェーンにおける中国製品への依存に対する根深い懸念が存在する。
前Trump政権時代から、米国はHuaweiやZTEといった中国の通信機器大手に対し、国家安全保障上のリスクがあるとして厳しい規制を課してきた。ロシアのセキュリティソフト大手Kasperskyも同様の理由で政府機関での使用が禁止され、その後、Biden政権下で米国内での全面的な使用禁止へと発展した経緯がある。これらの措置は、外国政府の影響下にある可能性のあるテクノロジー製品が、米国の重要インフラや機密情報への不正アクセス、あるいはサイバー攻撃の踏み台として利用されることを防ぐことを目的としている。
SOHO向けルーターは、家庭や小規模事業所で広く利用されており、その多くがインターネットへの主要な接続ポイントとなっている。これらの機器に脆弱性が存在したり、製造段階で悪意のある機能が埋め込まれていたりした場合、広範囲なユーザーがサイバー攻撃や情報窃取の危険に晒されることになる。議員たちが特にSOHOルーターを問題視するのは、まさにこの「ラストワンマイル」におけるセキュリティの重要性を認識しているからに他ならない。
一方で、TP-Link製品は、その手頃な価格と比較的良好な性能から、世界中で、そして米国でも高い人気を誇る。もし仮に販売禁止となれば、市場に与える影響はHuaweiやZTEのケースよりも広範に及ぶ可能性があり、消費者にとっても選択肢が狭まることになる。この点が、商務省の判断をより難しいものにしていると言えるだろう。
元国土安全保障省高官のPaul Rosenzweig氏は、TP-LinkのリスクはHuaweiほど深刻ではないとしつつも、禁止措置はTrump大統領が進めようとしている中国との貿易交渉と矛盾するように見える、とも指摘しており、政治的な判断の難しさが伺える。
今後の焦点と私たち消費者が考えるべきこと
現時点では、米議員団からの要請があった段階であり、商務省が直ちにTP-Link製品の販売を禁止するかどうかは不透明である。商務省は、大統領令13873に基づき、国家安全保障上のリスクをもたらす取引を禁止する広範な権限を持っているが、その行使には慎重な判断が求められる。
専門家の間でも、TP-Linkがもたらすリスクの深刻度については意見が分かれている。しかし、今回の騒動は、私たちが日常的に利用しているネットワーク機器の安全性や、その製造国の地政学的リスクについて改めて考える良い機会となるかもしれない。
消費者として現時点で過度にパニックになる必要はないが、以下の基本的なセキュリティ対策を徹底することは、どのような製品を使用していても重要である。
- ルーターのファームウェアを常に最新の状態に保つ。
- 初期設定のパスワードを変更し、推測されにくい強力なパスワードを設定する。
- 不要な機能(リモートアクセスなど)は無効にする。
- 信頼できるセキュリティソフトを導入する。
今回のTP-Linkを巡る動きは、単なる一企業の製品問題を超え、国際的なパワーバランスや経済安全保障という大きな文脈の中で捉える必要がある。テクノロジーの進化は私たちの生活を豊かにする一方で、新たなリスクも生み出す。そのリスクをどう管理し、安全性をどう確保していくのか。国家レベルでの取り組みはもちろんのこと、私たち一人ひとりの意識も問われていると言えるのではないだろうか。
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