わが子の教育にAIをどこまで委ねていいのか、答えを持てないまま日々を過ごす家庭は少なくない。そんな中でアメリカでは、対照的な二つの実験が同時に進んでいる。年間1207万円を払える家庭はAIが「先生」を務める学校に殺到し、連邦の奨学金に頼るしかない家庭はAIを「教員」と呼ぶ大学に群がる。所得の差はきっかけにすぎない。教育を監督する認可制度がAIという教え方を想定していないという規制の空白こそが、階層ごとに異なる搾取を同時に生み出している。
年1207万円のAI家庭教師、独立検証なき「2倍速」学習の中身
Austin発祥のAlpha Schoolは今年で12年目を迎える。1日2時間のAIによる個別指導と、残りの時間をプロジェクト型のワークショップに充てるモデルで、学費は最大7万5000ドル(約1207万円、1ドル161円換算)に達する。2025年にはサンフランシスコやニューヨークを含む8校を新たに開校し、2026年秋にはPalo AltoやMalibuなど約20校をさらに追加する計画だ。
同じモデルを掲げるニュージャージー州のForge Prepは、初年度の学費が2万4000ドルから3万6000ドルで、来年度には6万ドルへ値上げする予定だ。600件の応募に対して定員はわずか34人しかなく、うち30%が財政支援を受けている。狭き門であるにもかかわらず、創業者のAnand Sanwal氏自身が「業績データを見ても順調とは言えない」と認めている。ベンチャーキャピタリストのShaun Johnson氏やヘッジファンド会社社長のAnkur Jain氏のような投資業界出身の親がこうした学校に子どもを送り込んでおり、学費の高さが事実上の選別装置として働いている。
Alpha Schoolは自校の生徒が同学年の2倍の速度で学び、全米上位1%の学力水準にあると主張する。ただしこの数字は同校内部の分析にとどまり、外部機関による検証は存在しない。Stanford大学のCaroline Hoxby教授は「私はいかなる教育モデルであれ、科学的な実証データがほとんどない状態で応援団になるつもりはない」と述べている。WIREDと404 Mediaの独立調査では、生徒を指導する「コーチ」31人中27人が創業者Joe Liemandt氏の別会社Trilogy(Crossover)のリモート従業員で、フィリピンやコロンビア在住の教員免許を持たない人材だったことも判明した。Stanford大学のVictor Lee教授は、こうした人材を「guide」と呼ぶこと自体が「教師が持つ仕事と専門性の役割や度合いを軽視することになる」と指摘している。
教員1投稿1ドル。Pell Grantを3年分吸い上げる「AI大学」の仕組み
Texas州のMaestro Collegeは、もとはPeloton Collegeという名の小規模なfor-profit校だった。2025年、20%出資するイスラエル企業Masterschoolの傘下で改称し、学生数は2024年秋の60人程度から7000人から8000人へと急増した。この学校の最大の特徴は、学生がAIチャットボットとしか向き合わない点にある。
人間の教員は学生と直接対話せず、ディスカッション投稿への応答が1件1ドル、最終レビューの採点が1件4ドルという出来高払いで働いている。教員は自分が採点している学生の身元すら把握できない。非常勤教員のKody Jones氏(仮名)は「今、自分が何をしているのか分からない。これはアカデミアのあり方ではない」と語っている。
Pell Grantの年間上限は7395ドル(約119万円)で、夏季学期分の3698ドルを加えると学生1人が受給できる金額は最大1万1093ドルになる。Maestroは「last-dollar scholarship」という制度を使い、学費のうち連邦奨学金でまかなえない残額だけを補填する。学生がPell Grantの上限をできるだけ使い切るほど、学校側の収益は安定する構造になっている。New Americaの取材では、学生の5人に4人(80%)が上限額を受給しており、本来2年制の準学士課程でありながら実質3年分のPell Grantを消費している計算だ。
学生1人あたりの上限受給額である1万1093ドルに、上限受給者の割合(80%)を反映した実受給者数5600人から6400人を掛け合わせると、年間6212万ドルから7100万ドルという数字が出る。1ドル161円で換算すれば、約100億円から114億円がこの1校だけに流れ込みうる計算になる。これはMaestro自身が開示した実支給総額ではなく、教育省の公式単価と在籍者数・受給率から導いた推定値だが、対象人数の桁がそれだけの規模の連邦資金を動かせる仕組みだということが分かる。
認可団体COE(Council on Occupational Education)は2026年6月4日、Maestro Collegeにshow cause order(認可取消し前段階の是正命令)を発令し、新規入学を即時停止させた。理由はオンライン授業の割合が過大で、対面指導の要件を満たしていないというものだ。学長のShakeitha Sims氏は連邦奨学金を受給していない学生の割合について、当初「5〜6%」と説明した後、メールで「実際は62%」と訂正しており、この数字のぶれ自体が学校側の情報開示の不透明さを示している。
ITT Tech、Corinthian Collegesと同じ設計図が繰り返されている
「last-dollar scholarship」という手法自体は目新しいものではない。Ohio州のEastern Gateway Community Collegeは同型の仕組みを使い、2022年に教育省から違法と認定されて2025年に閉鎖に追い込まれた。それ以前にはITT Techが2016年に破綻し、2022年には208,000人分、39億ドルの連邦学生ローンが帳消しになった。
同じくCorinthian Collegesも2015年に破綻し、50万人超の学生に対して58億ドルが帳消しとなっている。ITT TechとCorinthian関連だけで、for-profit教育をめぐる債務帳消しの総額は130億ドルに達した。両校を認可していたACICS(独立系認可団体)自体も2022年に連邦認定を剥奪され、解散している。
共同経営者のCarlos Strength氏は1990年代にITT Techの入学審査責任者を務め、その後はfor-profitチェーンのATI EnterprisesでCEOを務めた人物だ。ATIは2013年、不正な就職率報告と違法な学生勧誘の疑いで司法省の調査を受け、約370万ドルで和解している。元教育省弁護士で30年超の勤務経験を持つDenise Morelli氏は「入学者数の急増は、特にfor-profitセクターにおいて、より多くの人数がより多くの利益を意味する場合、重大なTitle IVコンプライアンス違反、あるいは不正行為の可能性がある兆候だ」と述べている。Peloton College時代に60人程度だった学生数がMaestroへの改称後に7000人規模へ膨らんだ経緯はこの兆候と重なり、経営陣の顔ぶれもITT TechやCorinthian Collegesと地続きの系譜にMaestroが位置することを示している。
認可団体は「AI教員だけの大学」を想定していなかった
Maestro Collegeを止めたCOEのshow cause orderが問題にしたのは、オンライン授業と対面指導の比率だ。AIの是非そのものを審査したわけではない。認可団体の基準は人間の教員が対面で関わることを前提に作られており、AIチャットボットが教員の役割を丸ごと代替するモデルを想定していない。連邦学生ローンの根拠法であるTitle IVも同様の前提に立つ。Title IVの不正防止規定は、人間の教員が実際に授業をしているという前提で設計されており、AIが「教員」を名乗る学校をどう扱うかという明文規定は存在しない。
Alpha SchoolやForge Prepは連邦奨学金を扱わないため、そもそもTitle IVの監督対象にすらならない。学費を7万5000ドルまで引き上げても、それを止める規制上の歯止めは存在せず、支払える家庭がいる限り市場は存続する。Hoxby氏が独立検証の不在を指摘したのも、この監督の空白ゆえだ。「AI教員」という看板は共通していながら、片方では連邦補助金という抜け穴を通じて低所得層から資金を吸い上げ、もう片方では監督不在の市場を通じて富裕層から高額な学費を引き出している。
日本ではまだAlpha SchoolやMaestro Collegeに相当する学校は存在しない。ただし文部科学省は2024年12月に「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドラインVer.2.0」を策定し、2026年度は149の自治体、478校で生成AIパイロット事業を実施している。AIが教員の代わりに何を担い、何を担ってはいけないかという線引きは、認可制度を持つ日本の教育行政にとっても遠い話ではない。
試験成績24%低下という代償、答え合わせはまだ済んでいない
Alpha Schoolが掲げる「2倍速で学び上位1%」という主張と、Maestro Collegeが誇る7000人規模の急成長は、どちらも学習効果の検証を欠いたまま数字だけが独り歩きしている。中国の学生26,000人超を対象にした調査とUC Berkeleyの研究によれば、AIを使った宿題は従来より速く終わり得点も高くなる一方、試験本番の成績は最大24%低下し、長期にわたってAIを使い続けた学生の81%が自分で考えるという行為そのものをAIに外注していたと報告されている。Forge Prep創業者のSanwal氏が「業績データを見ても順調とは言えない」と認めた言葉は、この研究結果と地続きの現象を指している可能性がある。
規制の空白がもたらしているのは、検証されない教育を売りものにする仕組みだ。富裕層に対しては検証されない学習効果を高額で売り、低所得層に対しては検証されない教育の看板の下で連邦補助金を吸い上げる。二つの仕組みは対象とする所得層こそ違うが、どちらも「AIが教える」という約束を掲げ、それを検証する体制を欠いたまま拡大してきた。COEによる認可審査の結果と、教育省がMaestroのPell Grant運用に着手するかどうかが、今後数か月で最初の答え合わせになる。