一度の充電で電気自動車(EV)が1,000キロメートル以上を走破する。そんな次世代のモビリティ社会の実現に向け、研究者たちは古くから火薬やゴムの加硫に使われてきた安価な元素である「硫黄」に熱い視線を注いでいる。

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レアメタル依存の限界と、硫黄が秘める莫大なエネルギー

2020年代半ばを迎え、世界のエネルギー転換は重大な岐路に立たされている。現在主流となっているリチウムイオン電池は、正極の材料にコバルトやニッケルなどのレアメタルを多用している。これらの資源は特定の地域に偏在しており、地政学的な供給リスクや採掘に伴う環境負荷、価格の乱高下がEV普及の大きな足かせとなっている。さらに、材料科学の観点からも、既存のリチウムイオン電池の理論的な蓄電容量はすでに物理的な限界に近づきつつある。

次代の主役として世界中で熾烈な開発競争が繰り広げられているのが、正極に硫黄を利用するリチウム硫黄(Li-S)電池だ。硫黄は石油精製の副産物としても大量に産出されるため、事実上無尽蔵であり、極めて安価に調達できる。そして何より、硫黄の理論容量は1672 mA h g⁻¹に達し、現行のリチウムイオン電池の数倍という圧倒的なエネルギー密度を実現するポテンシャルを秘めている。これを実用化できれば、重くて高価なバッテリーを大量に積む必要がなくなり、EVの価格破壊と航続距離の大幅な延長が同時に引き起こされる。

電池を内部から蝕む「溶け出す」ジレンマ

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しかし、Li-S電池を社会実装する上で、半世紀近くにわたり研究者の前に立ちはだかってきた致命的な壁が存在する。それが、充放電のプロセスにおいて硫黄がリチウムと反応して生じる中間生成物「リチウムポリスルフィド()」の存在だ。

放電が進む過程で生じる長鎖のポリスルフィド(から)は、液体の有機電解液に極めて溶け出しやすい性質を持っている。この溶け出したポリスルフィドがセパレーターをすり抜けて正極と負極の間をあてどなくさまよい、負極のリチウム金属表面で意図しない副反応を繰り返す。この現象は「シャトル効果」と呼ばれ、電池のエネルギー源である活物質(硫黄)を内部からみるみる失わせる。充電しても元の硫黄に戻らず、数回から数十回の充放電で急速に容量が低下して電池の寿命が尽きるという、極めて厄介なメカニズムである。

これまで、この憎きシャトル効果を食い止めるために世界中の材料科学者が知恵を絞ってきた。主流となっていたのは、多孔性炭素や金属酸化物、導電性高分子などをセパレーターに塗布し、ポリスルフィドを物理的な狭い空間に閉じ込めたり、強力な化学結合で強固に吸着したりする「遮断」の手法である。

だが、これらのアプローチは根本的な矛盾を抱えていた。ポリスルフィドを逃がさないように強固に捕らえようとすればするほど、今度は電池の命脈である「電子の移動」が妨げられてしまう。もともと硫黄は絶縁体であり、電気を通しにくい。そこへ強固な吸着材を介入させると、硫黄が本来持っている酸化還元反応のスピードが極端に落ちてしまうのだ。電池の出力を高めるためには、電子を滞りなく素早く流し、充放電の化学反応を円滑に進める必要がある。「漏出の完全な阻止」と「反応の超高速化」。この二つの要求はシーソーのようなトレードオフの関係にあり、片方を立てればもう片方が犠牲になる状態が長く続いていた。

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分子を精密に編み上げた反応性界面「TUS-44」の誕生

東北大学多元物質科学研究所の根岸雄一教授、Das Saikat講師らの国際共同研究グループは、この膠着状態を打破するべく、「共有結合性有機構造体(COF)」という結晶性の多孔質高分子に目を向けた。COFは、特定の機能を持つ有機分子のブロックを共有結合で規則正しくつなぎ合わせた網目状の材料である。用いるブロックの組み合わせ次第で、孔の大きさや電気的な性質を原子レベルで自在に設計できる特徴を持つ。

研究チームが選んだ分子のピースは、それぞれが化学の歴史において重要な役割を担ってきた傑作分子である。一つは、電子を豊富に持ち、古くから有機導電体の開発を牽引してきた「テトラチアフルバレン(TTF)骨格」。もう一つは、特定の金属イオンを王冠のようにすっぽりと包み込んで捕捉する能力を持ち、1987年のノーベル化学賞の対象にもなったクラウンエーテルの一種「ベンゾ[18]クラウン-6骨格」だ。

研究チームはこれらをシッフ塩基縮合反応によって幾何学的に結びつけ、「TUS-44」と名付けられた全く新しいCOFを合成した。この材料は、層状に積み重なった2次元の二重六の字(bex)トポロジーを持ち、約0.9 nmおよび1.2 nmというポリスルフィドのサイズに完璧に合致した均一な微細孔を備えている。比表面積は516 m² g⁻¹に達し、内部に広大な反応スペースを隠し持っている。さらに、TUS-44は360 ℃の高温に達するまで熱分解を起こさず、Li-S電池の過酷な有機電解液の中に7日間浸漬してもその美しい結晶構造を一切崩さないという、高い化学的頑健性も併せ持っている。

合成と物性評価
新規COF「TUS-44」の分子構造と結晶モデル。クラウンエーテルとTTF由来の骨格が規則正しく結合し、均一な微細孔を持つ網目状の結晶を形成している。この精密な孔がポリスルフィドを待ち受ける反応場となる。(Credit: K. Sun et al., Small (2026). DOI: 10.1002/smll.74240)

捕獲と変換を分業する3つのヘテロ原子

研究チームは、このTUS-44を導電性の高いグラフェンと複合化し(TUS-44@G)、ポリプロピレンセパレーターの上に極薄の膜として成膜した。この複合膜の内部では、従来の材料では見られなかった緻密な連携プレイが展開されていた。密度汎関数理論(DFT)を用いたシミュレーションとX線光電子分光法(XPS)の分析により、TUS-44の骨格内に配置された3種類の異なる原子(ヘテロ原子)が、それぞれ完全に独立した役割を担っていることが判明した。

まず、分子のつなぎ目に存在するイミン窒素(N)が、リチウムイオンを極めて強く引きつけ、溶け出したポリスルフィドを逃さず固定する。計算上、窒素サイトはに対して-1.18 eVという強烈でバランスの取れた吸着エネルギーを示した。次に、クラウンエーテルの酸素(O)が、イオンがスムーズに動くための補助的な通り道を確保する。最後に、TTFユニットに含まれる硫黄(S)が、グラフェンと協力して電子の受け渡しを媒介し、停滞しがちなポリスルフィドの変換反応を一気に加速させる。

この振る舞いは、工場のベルトコンベア(電解液)を流れる未完成の部品(ポリスルフィド)に対する一連の加工プロセスに似ている。まず、ロボットアーム(イミン窒素)が部品をガッチリと掴んで固定する。続いて補助レール(クラウンエーテル酸素)が部品を正しい向きへと誘導し、最後に溶接機(TTFユニットの硫黄)が瞬時に加工を施して次の工程へ送り出す機構である。この分子レベルの完全分業体制によって、シャトル効果の確実な抑制と、レドックス反応(酸化還元反応)の高速化という長年の矛盾が鮮やかに解決された。

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TUS-44@G機能界面を用いたLi-S電池の電気化学的挙動。ポリスルフィドの吸着と電子移動の促進が同時に起こることで電圧の無駄な低下が抑えられ、理想的な多段階の充放電反応が実現している。(Credit: K. Sun et al., Small (2026). DOI: 10.1002/smll.74240)

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1000回の充放電に耐え抜く圧倒的な数値的根拠

この「反応性界面」の威力は、実際の電池性能として明確な数値に表れた。充放電時の過電圧(充電と放電の電圧の差)はわずか71.8 mVにまで抑え込まれ、エネルギーのロスが極端に少ないことを証明した。

TUS-44@Gを組み込んだLi-S電池は、0.2 A g⁻¹の穏やかな条件下において、1455.7 mA h g⁻¹という理論限界に迫る初期容量を記録した。特筆すべきは、10 A g⁻¹という極めて過酷な大電流で一気に電気を引き出した際の性能である。一般的なポリプロピレンセパレーター(Celgard)のみを用いた電池や、グラフェンのみを塗布した電池が急激に失速する中、TUS-44@Gを用いた電池は773 mA h g⁻¹という桁違いの容量を維持し続けた。

評価指標 Celgard (従来型PP) グラフェン塗布PP TUS-44@G塗布PP (本研究)
高負荷時の容量 (10 A g⁻¹時) 約161 mA h g⁻¹ 約81.2 mA h g⁻¹ 773 mA h g⁻¹
電荷移動抵抗 () 91.56 36.48 44.24 (最適なバランス)
5 A g⁻¹での超長期サイクル試験 早期に劣化し測定不能 容量の低下が顕著 初期925から1000回後も604 mA h g⁻¹を維持

耐久性の面でも群を抜いている。5 A g⁻¹の電流密度で1000回連続して充放電を繰り返しても、1サイクルあたりの容量低下はわずか0.034%にとどまった。電池を解体してリチウム負極の表面を電子顕微鏡(SEM)で観察した結果、従来品ではショートの原因となるデンドライト(樹枝状の結晶)や硫黄の異常な堆積が無数に見られたのに対し、TUS-44@Gを用いた負極は鏡のように滑らかな表面を保っていた。シャトル効果の抑制は、容量低下を防ぐ効果に加えて、電池内部での異常な反応を抑え込むことで安全性の劇的な向上をもたらしている。

パウチセルが証明した実用化へのマイルストーン

さらに注目すべきは、研究チームが実験室レベルの小さなコインセルでの成果にとどまらず、実際の製品形態に近い「パウチセル」の作製にも挑み、結果を出した点だ。

コインセルは電解液を過剰に投入できるため、シャトル効果の問題が相対的に薄まりやすく、実用化のハードルを見誤る原因となることが多い。しかし、電極面積24.08 cm²、硫黄量44.558 mgの厳しい条件(電解液量/硫黄重量比:2.69 mL g⁻¹)で組み上げられた本研究のパウチセルは、初期状態で約674 Wh kg⁻¹という優れたエネルギー密度を叩き出した。

現在の商用リチウムイオン電池のエネルギー密度が概ね250から300 Wh kg⁻¹の範囲にとどまっている事実を踏まえれば、この674 Wh kg⁻¹という数値が次世代の蓄電技術としていかに破壊的であるかが分かる。パウチセルはLEDアレイを安定して点灯させることにも成功し、現実のデバイスを駆動しうるタフさを実証した。

産業構造を塗り替えるモビリティ革命の足音

この技術が社会実装のステージへと進めば、私たちの生活や産業構造にどのような影響をもたらすのだろうか。

まず、EV市場における「価格パリティ(ガソリン車と同等の価格になる分岐点)」の到達が一気に早まる。車両価格の約3分の1から半分を占めるとされるバッテリーコストが、安価な硫黄の活用によって劇的に引き下げられるからだ。同時に、重量あたりのエネルギー密度が倍増することで、EVの航続距離は飛躍的に伸びる。これにより、ユーザーの「出先で充電が切れるかもしれない」という航続距離不安(レンジアンクザイエティ)が解消されるだけでなく、社会インフラとしての急速充電ステーションの増設ペースや運用要件も大きく緩和される可能性がある。

現在、次世代電池のもう一つの本命として「全固体電池」が注目を集めているが、全固体電池は製造プロセスが複雑で高コストになりやすい側面がある。一方、今回開発されたTUS-44@Gセパレーターを活用するLi-S電池は、既存のリチウムイオン電池の液系製造ラインを大きく改修することなく組み込める可能性が高く、普及スピードにおいて強みを発揮するだろう。

もちろん、大規模な実用化に向けては、電解液の量を極限まで減らした「究極のリーンエレクトロライト」条件での動作検証や、室温や低温環境下における長寿命化のさらなる証明など、越えるべきエンジニアリング上の課題は残されている。しかし、本研究が提示した「分子レベルで役割分担を設計し、捕捉と反応を両立させる界面」という新しいアプローチは、Li-S電池の枠に収まらない大きな価値を持つ。ナトリウム硫黄電池や金属空気電池、さらには高効率な電極触媒など、イオンと電子のやり取りを精密に制御する必要があるあらゆる次世代エネルギーデバイスへ、その応用範囲を広げていくはずだ。