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AI導入で個人が2人チームと同等のパフォーマンスを発揮——P&G大規模実験が実証

Y Kobayashi

2025年3月24日

ハーバード大学とウォートン・スクールの研究チームが消費財大手P&Gの776名のプロフェッショナルを対象に実施した大規模フィールド実験の結果、AIを使用した個人が従来の2人チームと同等のパフォーマンスを発揮できることが明らかになった。AIが「サイバネティック・チームメイト」として機能する可能性を示す画期的な研究だ。

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P&Gで行われた実験の設計と方法

この研究は、ハーバード大学のDigital Data Design Instituteが調整し、Fabrizio Dell’Acqua、Charles Ayoubi、Karim Lakhaniらが主導した研究「The Cybernetic Teammate」としてまとめられている。調査の対象者はP&Gの776名のプロフェッショナル、2024年5月から7月にかけて実施された。参加者は欧米のR&D専門家と商業専門家で、平均してP&Gで10年以上の勤務経験を持つベテランだった。

実験では2×2の設計が採用され、参加者は4つの条件のいずれかにランダムに割り当てられた:(1)AIなしの個人、(2)AIなしのチーム、(3)AIありの個人、(4)AIありのチーム。チームは全て商業専門家1名とR&D専門家1名で構成された。

1日間のワークショップで、参加者は自社の事業部門向けの新製品開発、パッケージング、コミュニケーション戦略、小売実行などのタスクに取り組んだ。最も優れたアイデアは経営陣に提出され、実際の利害関係があった。

AIツールはGPT-4とGPT-4oに基づき、Microsoft Azureを通じてアクセスされた。AI使用条件の参加者は、消費財業界関連タスクのためのAIプロンプトと対話方法に関する1時間のトレーニングセッションを受けた。

AIが個人のパフォーマンスを2人チーム相当に向上

3か月に渡る調査の結果によると、生成AIの利用により個人の知識労働者が2人チームと同等のパフォーマンスを発揮できることが明らかになった。AIなしの個人作業と比較して、AIなしの2人チームが0.24標準偏差のパフォーマンス向上を示す一方、AIを使用した個人は0.37標準偏差の向上を達成した。

「AIを活用した個人は、AIなしのチームと同じくらい優れたパフォーマンスを発揮し、このことはAIが事実上、人間のチームメイトを持つことの効果を複製できることを示しています」と論文は指摘している。

AIを使用したチームは全体で最も高いパフォーマンス(0.39標準偏差の向上)を示したが、AIを使用した個人との差は統計的に有意ではなかった。ただし、品質の上位10%に入る優れたソリューションの生成確率を分析すると、AIを使用したチームがこれらの高品質ソリューションを生み出す可能性が非AIチームの約3倍に達することが判明した。

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専門知識の境界が消失

研究のもう一つの重要な発見は、AIが職能間の境界を効果的に取り除く効果だ。AIなしの環境では、R&D専門家は主に技術志向のソリューションを提案し、商業専門家は市場志向のアイデアを提示するという明確な専門的分断が見られた。しかしAIを使用すると、両方のタイプの専門家が技術的・商業的視点を統合したバランスの取れたソリューションを生み出すようになった。

この効果は製品開発経験の少ない従業員において特に顕著だった。AIのサポートなしでは、経験の少ない従業員はチームで作業しても比較的成績が低かったが、AIの支援を受けると、経験豊富なメンバーを含むチームと同等のパフォーマンスを達成できるようになった。

「AIは効果的に人々が機能的な知識のギャップを埋めるのを助け、専門的なトレーニングを超えて考え、創造することを可能にし、アマチュアがより専門家のように行動できるようにします」と研究者らは説明している。

生産性と感情的体験の向上

AIを活用したグループは生産性も大幅に向上させた。AIを使用する個人とチームは、AIなしのグループよりも12〜16%短い時間で作業を完了し、同時により長く詳細なソリューションを提供した。

予想外の発見として、AIの使用が参加者の感情的体験にもプラスの影響を与えた点が挙げられる。一般的に新技術の導入はストレスや職場満足度の低下と関連付けられることが多いが、この研究では逆の結果が示された。

AIを使用した参加者は、興奮、エネルギー、熱意などのポジティブな感情をより強く報告し、不安やフラストレーションなどのネガティブな感情は少なかった。特筆すべきは、AIを使用した個人が人間のチームと同等かそれ以上のポジティブな感情体験を報告したことだ。

組織の未来への影響

研究者たちは、この発見が組織におけるAIの役割と組織構造に重要な影響を持つと指摘している。「企業はAIを単なる生産性ツールとしてではなく、実質的なチームメイトとして捉える必要がある」とウォートン・スクール准教授で研究著者のEthan Mollick氏は述べている。

AIが個人のパフォーマンスを従来のチームレベルに引き上げられるという事実は、より柔軟で効率的な組織構造の可能性を示唆している。同時に、最高品質のソリューションを生み出す可能性がAI活用チームで最も高かったことは、人間の協力とAIのコンビネーションが独自のシナジーを生み出すことも示している。

「AIの役割はツールの範囲を超え、コラボレーション自体の関係性の構造に入り込んでいます」と論文は指摘している。AIは専門知識の民主化を推進し、より多くの従業員が専門的なタスクに有意義に貢献できるようになる可能性がある。

研究の限界と今後の展望

この研究には注意すべき点もある。参加者はAIプロンプト技術に比較的不慣れだったため、観察された利益は下限を表している可能性がある。また、使用されたAIツールはコラボレーション環境用に最適化されていなかった。

1日間のワークショップ形式は、長期間にわたって複数の反復を伴う実際の企業環境の複雑さを完全には捉えていない。AIで生成されたコンテンツがどれだけ長期的な開発サイクルで有効性を維持するかという疑問も残る。

将来の研究に向けて、著者らはいくつかの重要な問いを提起している。ユーザーがAIとの対話でより洗練されるにつれて、AIの利点はどのように進化するのか?専門的境界を越えた知識統合をサポートするAIシステムの特性は何か?そしてAI統合が長期的なドメイン専門知識の発展にどのように影響するのか?

この研究は、AIが単なる生産性ツールではなく、「サイバネティック・チームメイト」として機能する可能性を示すことで、組織におけるAIの役割と未来の仕事のあり方を再考する重要な一歩となった。


論文

参考文献

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