AppleとEpic Gamesの法廷闘争は、これまで以上に重大な局面を迎えた。米連邦地方裁判所のYvonne Gonzalez Rogers判事は、2021年の差止命令をAppleが「故意に無視した」と厳しく認定し、アプリ外購入にかかる手数料の徴収を直ちに停止するよう命じた。加えて、Apple幹部による法廷での偽証行為を指摘し、事件をカリフォルニア北部地区連邦検察庁へ送致、刑事的侮辱罪(criminal contempt)に当たるかどうかの捜査を要請したのである。この判決は、App Storeの収益構造に甚大な影響を及ぼすとともに、iOSから姿を消した「Fortnite」の再上場への期待を高めている
判事が認定したAppleの“故意の違反”と“偽証”
本件の発端は、Epic Gamesが2020年8月、App Storeの30%手数料体系を反競争的と断じて提訴した裁判である。2021年の一審判決では、Appleは10項目中9件で勝訴したものの、「開発者がアプリ内から外部決済への誘導を妨げてはならない」という一点だけで敗訴し、差止命令を言い渡された。ところがRogers判事は、Appleが表向きは差止命令に応じたかのように見せかけつつ、実質的には同命令の趣旨を損なう対応を続けたと断じたのだ。
- 新手数料の設計による形骸化
Appleは公式に外部決済リンクを許可したが、そのリンク経由の取引に27%という新たな手数料を課した。見かけ上は30%からの微減だが、判事は「これまで手数料を課してこなかった外部決済に、再び課税する行為」と指摘。差止命令の目的を実質的に無効化し、自社の収益構造を温存しようとした意図が明白だと厳しく非難した。 - 外部誘導への数々の障壁設定
さらに判事は、開発者が外部サイトへの誘導を行う際に、恐怖をあおるような全画面警告の導入、静的URLの強制、文言の統一化といった新たな要件を設け、ユーザーが外部決済を選ぶこと自体を難しくしていた点を問題視した。これらはいずれも「ユーザー離脱率を高めてApple税を守るための、計算された摩擦」と判示されている。
Rogers判事は総じて、「本裁判所がこのような不服従を黙認すると見込んだのは大いなる誤算だった」と述べ、「明白な隠蔽行為」を伴う故意違反と断じた。
Apple幹部による偽証と隠蔽は刑事捜査へ
判決文で最も衝撃を呼んだのは、Apple財務担当副社長Alex Roman氏の偽証疑惑である。Rogers判事は、27%手数料の社内決定時期についてRoman氏が法廷で「明確に事実と異なる証言」を行ったと断定した。さらに、Apple側もその誤りを訂正せず、裁判所に虚偽の情報を提供し続けたとして、「Appleは裁判所に対し、偽証および不実表示の姿勢を採用した」と厳しく非難している。
加えて、Tim Cook CEOら上級幹部が2023年6月に開催した差止命令遵守会議に関する文書を、Appleが2025年まで裁判所に開示しなかった点も問題とされた。判事は「重要な意思決定プロセスを隠したいという上層部の意向があった」と結論づけ、経営トップ自らが関与した意思決定の透明性を損なった行為とみなした。
一方で、内部には元上級副社長Phil Schiller氏のように「外部決済リンクには手数料を課すべきでない」と主張した声も存在した。しかしCook CEOは最終的にCFO Luca Maestri氏ら財務チームの意見を採用し、Schiller氏の助言を退けた。判事はこれを「Cook chose poorly(クックは誤った選択をした)」と異例の表現で批判している。
これらの偽証と隠蔽疑惑を受けて、Rogers判事は本件を連邦検察庁に送致し、刑事的侮辱罪の適用可否を調査させるよう要請した。企業だけでなく、個人にも刑事責任が及ぶ可能性が浮上したことで、事態は極めて深刻である。
App Storeモデルへの直撃
最も直接的な影響は、「アプリ外購入に対する手数料徴収の即時停止」である。これにより、外部決済へのリンク表示や文言、配置、行動喚起(CTA)の制限もすべて違法とされ、「中立的なメッセージ」以外の画面演出は禁止された。長年30%の手数料に苦しんできた開発者にとって、この変更は画期的だ。
すでにSpotifyは「開発者にとって大きな勝利」と歓迎し、米国内向けに外部決済を活用したアプリ更新を急ぐ意向を示した。他の多くのデベロッパーも、独自決済システムの導入や外部誘導の強化を検討し始めている。
ゲーム業界アナリストのJoost van Dreunen氏は、本判決を「裁判所がApp Storeの手数料を経済学的に『レントシーキング』と初めて断じた事例」と評価。ただし、「即座に30%手数料が完全に廃止されるわけではないが、競争阻害的に設計された収益構造は厳しい精査にさらされるだろう」と分析している。さらに、故意違反の認定が民事罰にとどまらず刑事罰の可能性を示した点が、プラットフォーマーのリスク認識を根本から変える可能性があるという。
Fortnite復帰への期待
最注目は、iOS版「Fortnite」の復活である。Epic GamesのCEO Tim Sweeney氏は判決を「開発者にとっての大勝利」と称し、「来週にもFortniteを米国のApp Storeに再申請する」と宣言した。FortniteがiOSから削除されたのは2020年8月、Epicが独自決済「Epic Direct Payment」を導入したことが直接の原因だった。当時わずかな試用期間中に約半数のユーザーがApple決済より20%安価なEpic決済を選択したという。
Sweeney氏はさらに、「もしAppleが外部決済への摩擦を排除し、Apple税も適用しないグローバルな枠組みを採用するなら、Fortniteを全世界で復帰させ、関連訴訟も取り下げる」との“和平案”を提示した。米国内の勝利を足がかりに、グローバルなポリシー変更を迫る戦略だ。
ただし、具体的な復帰プロセスは未だ不透明である。Sweeney氏によれば、Epicの主要開発者アカウントは依然停止中だが、Unreal Engineサポート用の別アカウントが利用可能であるという。Appleが再度審査を拒否する可能性も否定できないが、故意違反の認定を踏まえれば、同社も安易な排除には慎重にならざるを得ないだろう。
Appleの反論と今後の展開
Appleは判決直後、「命令には従うが、強く異議を唱え、控訴する」との声明を発表した。控訴審でRogers判事の認定が維持されるか、覆されるかは不透明である。しかし、経営陣の偽証や隠蔽、連邦検察庁への送致といった異例の措置は、同社にとって極めて重い事態である。
短期的には、米国内でアプリ外購入に手数料を課せない状態が続き、サービス部門の収益に与える影響は無視できない規模となる可能性がある。中長期的には、欧州連合のデジタル市場法(DMA)をはじめとする各国規制の追い風となり、プラットフォーマーへの司法・行政の監視が一段と強まることが予想される。
また、ユーザーや開発者コミュニティからの信頼低下も懸念される。「明白な嘘」「カバーアップ」「誤った選択」といった判事の厳しい指摘は、Appleの企業倫理を問う根拠となり得るだろう。
プラットフォーム支配と司法の役割
今回の判決は、単なる手数料の是非を超え、巨大プラットフォーム企業の市場支配力を司法がどのように制御し、公正な競争環境を維持するかを問う重要な判例である。Rogers判事が述べた「これは差止命令であり、交渉の場ではない」、および「一度裁判所の命令を故意に無視すれば、やり直しの余地はない」という言葉は、裁判所の権威と命令遵守の重要性を改めて示している。
Appleが控訴を選択したことで法廷闘争は続行される見込みだが、今回の判決がデジタル経済の構造に与える影響は計り知れない。Fortniteの復帰が実現するのか、連邦検察による捜査が具体的な刑事訴追につながるのか。今後も見逃せない展開が続くだろう。巨大プラットフォームと司法のせめぎ合いは、我々の社会と経済の未来を大きく左右するテーマであることを忘れてはならない。
Sources
- aaa