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国際核融合炉「ITER」の心臓部が完成:空母をも吊り上げる超巨大磁石が設置完了へ

Y Kobayashi

2025年5月1日

南仏カダラッシュにおいて、人類エネルギーの未来をかけた野心的プロジェクトがまた一つの節目を迎えた。国際熱核融合実験炉(ITER)計画は2025年4月、装置の“心臓部”に相当する世界最大級のパルス超伝導電磁石システムの全構成要素が完成したと発表した。最終パーツとなる中心ソレノイドの第6モジュールが米国General Atomics社から搬送され、これにより予備を含む全モジュールが揃ったのだ。その磁力は、航空母艦すら浮かべるに足る圧倒的なパワーを誇るといい、太陽中心部の10倍もの温度に達するプラズマを閉じ込め、持続可能な核融合エネルギー実現へと道を開く鍵を握るものだ。

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核融合炉の「心臓」が動き出す

今回のマイルストーンは、ITERの中核を成すパルス超伝導電磁石システムの完成だ。本システムは、1億5000万度にも達する超高温プラズマを「磁気の檻」に閉じ込めるための要であり、とりわけ主役となるのが円筒状の巨大電磁石「中心ソレノイド」となる。米国で製造・試験を完了した6番目のモジュールが南仏に到着したことで、中心ソレノイドの全6基(+予備1基)が揃ったことになる。

プレスリリースによれば、組み立て後の中心ソレノイドは高さ約18メートル(ビル6階建て相当)、直径約4.25メートル、重量約1000トンを誇る。その内部で発生する磁場の強度は13テスラに達し、地球磁場の約28万倍にのぼる。この桁外れの磁力こそが、「航空母艦を持ち上げるに十分な強さ」という表現を現実のものとする所以だ。

さらに、この中心ソレノイドと連携してプラズマを制御するのが、ロシア・欧州(フランス)・中国製の6基からなるポロイダル磁場(PF)コイルである。これらを含む全システムの総重量は約3000トンに至り、人類史上最大級の磁石システムと称して差し支えない規模なのだ。

なぜここまで強力な磁力が不可欠なのか?

ITERが追究するのは、太陽と同様の核融合反応を地上で再現することである。水素同位体である重水素と三重水素(トリチウム)を燃料に、超高温・高圧下で原子核を融合させるときに放出される莫大なエネルギーを取り出す。反応温度は約1億5000万度に達し、これは太陽中心部(約1500万度)の約10倍にも相当する。

常温のどんな物質も耐えられないこの高温プラズマは、物理的な壁ではなく電磁場で閉じ込めなければならない。プラズマ粒子は電荷を帯びているため、強烈な磁場によって軌道を制御し、炉壁との接触を回避しながら宙に浮かせるのだ。ITERが採用するトカマク型方式は、ドーナツ形の容器内に磁力線を張り巡らせる典型的な磁場閉じ込め技術である。

中心ソレノイド単体に蓄えられる磁気エネルギーは6.4ギガジュールに達し、一度点火すれば300~500秒もの間、プラズマを維持できる設計である。また、稼働中に発生する最大100メガニュートン(スペースシャトル打ち上げ時の推力の2倍以上)もの電磁力に耐えるため、米国製の特殊支持構造(エクソスケルトン)も併せて開発された。

ITERの究極目標は、投入エネルギー50メガワットに対し、500メガワットを超える核融合出力(エネルギー利得10倍)を実証し、「燃焼プラズマ」状態を確立することである。この達成により、プラズマ自身が生成エネルギーで高温を維持できるようになり、商業用核融合炉実現への大きな一歩となる。

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七カ国の国際協力がもたらした技術的偉業

ITER計画のもう一つの特徴は、国際協力によって成し遂げられた点にある。欧州連合、日本、米国、ロシア、中国、韓国、インドが主要メンバーとなり、協力国を含めると30カ国以上が関与している。建設費の約45%を欧州が現物提供で担い、残る6メンバー各国は約9%ずつを分担する形で資金と部品を提供する。

具体的には、中心ソレノイド本体および支持構造は米国が製造を担当し、その超伝導線材(Nb₃Sn、総延長約43km)は日本が供給した。PFコイル6基はロシア(PF1)、欧州(PF2~5の4基)、中国(PF6)がそれぞれ製造し、使用されるNbTi線材は欧州・ロシア・中国で分担生産された。

ドーナツ型主磁場(トロイダル磁場)を形成するTFコイル(計18基+予備1基)は、日本(8基+予備1基およびケーシング)と欧州(10基)が担当し、こちらのNb₃Sn線材は日・欧・韓・露・米が共同で製造する。さらに、プラズマを閉じ込める真空容器は欧州(5セクター)と韓国(4セクター)が分担し、超低温を保つクライオスタット(直径・高さともに約30m)はインド製である。

ITER全体で用いられる超伝導線材は延長10万キロメートル超、完成時の磁石システム総エネルギー貯蔵量は51ギガジュールに達する見込みである。ITER機構のピエトロ・バラバスキ事務局長も、「政治状況が変動する中でも維持された国際協力こそがITERの真価だ」とその意義を強調している。

着実に進む組立作業、見え始めた「核融合の夜明け」

磁石システム完成は大きな節目であるが、ITER建設全体も順調に進展している。2024年には年間建設目標を100%達成し、主要大型部品の大半がサイトに搬入済みとなった。現在はそれらを巨大なパズルのように組み上げる「組立フェーズ」に移行している。

2025年4月には、トカマク真空容器の第1セクター(全9分の1)が予定より約3週間早く据え付けられた。これは組立作業が計画以上のペースで進んでいる証左といえよう。初プラズマ生成は2035年以降と見込まれるものの、今回の進捗は核融合実用化への歩みが確実に前進していることを示している。

民間連携加速:核融合実用化へのロードマップ

近年、民間企業による核融合研究への投資が急増している潮流を受け、ITER機構も官民連携を強化する方針を打ち出した。2023年11月のITER理事会では、ITERが蓄積した知見やデータを民間に共有し、技術移転を推進すべきとの決定がなされた。2024年には技術移転プロジェクトが始動し、データや専門知識の交換チャネルが複数開設されている。

2025年4月にはITER主催による官民連携ワークショップが開催され、商業炉実現に向けた技術課題解決策が議論された。ITERはあくまで実験炉として、将来の商用核融合発電所設計に必要な知見を提供する巨大な研究プラットフォームである。今回完成した超強力磁石は、そのプラットフォームの“心臓”として、核融合エネルギー実用化への希望を力強く駆動するものとなるであろう。

核融合エネルギーは、海水中に豊富な燃料を用い、発電時にCO₂を排出せず、高レベル放射性廃棄物を原理的に生まないという多大な利点を有する。実現すれば、エネルギーと環境という二大課題を同時に克服し得る究極のエネルギー源であり、「核融合の夜明け」が決して遠い未来の夢ではないことを、ITERの着実な歩みが示しているである。


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