スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)の研究チームが、マウス由来の培養筋肉と柔らかな人工足場を一体で設計し、液中で跳躍や歩行を行う小型ロボットを開発した。電気刺激で筋肉を収縮させ、足場を曲げることで移動や物体の把持につなげる仕組みだ。今回の研究では、筋肉自体の収縮力だけでなく、筋肉の配置や足場の材料、両者の接合方法が動作にどう影響するかを、計算と実験の両面から調べた。ただし、最大の変形量が得られる設計を見つけることと、同じ性能の駆動部を安定して製造することは別の課題である。
成果を報告したのはAiste Balciunaite、Mike Y. Michelisらで、Robert K. Katzschmannが率いる研究室による査読済み論文が『Nature Communications』第17巻、論文番号10732に掲載されている(DOI: 10.1038/s41467-026-77655-1)。生きた筋肉と人工材料を組み合わせる「バイオハイブリッドロボット」において、筋肉と足場の接合まで含めた設計手法を検証した研究だ。
筋肉と足場の接合方法が動きを左右する
研究チームは、収縮する筋肉と収縮しない足場を、それぞれ小さな立体要素の集合としてモデル化した。形状や材料の配置を変えながら、最も大きく変形する構造を進化的アルゴリズムで探索する方法だ。筋肉をばねのように収縮する材料として扱った計算では、筋肉と足場を重ねた二層構造が有力な設計として選ばれた。片側の筋肉が縮む一方、もう片側の足場は収縮に抵抗するため、駆動部全体が曲がる仕組みである。
ただし、筋肉の割合を増やせば、それだけ大きく曲がるわけではない。筋肉と足場の硬さの比を1に固定した計算では、筋肉が構造全体の高さの40〜50%を占め、長さ方向には全体に広がる配置で変形量が最大になった。この割合は材料の硬さを一定にした条件で得られた結果であり、異なる材料の組み合わせにも適用できる普遍的な最適値ではない。
筋肉と足場をどこで接合するかも、変形量を左右する重要な要素だった。研究チームは接合する範囲を変えて計算し、変形量が1.46〜2.44mmの範囲で変わることを確認した。原著論文の図3C(PDF4ページ)では、次の4条件を比較している。
| 筋肉と足場の接合条件 | 計算上の変形量 |
|---|---|
| 面全体を接合 | 2.44mm |
| 中央の約半分を剥がす | 1.70mm |
| 両端だけを接合 | 1.46mm |
| 外縁の約半分を剥がす | 2.16mm |
これらは同じ二層構造のモデルで接合範囲を変えた比較であり、実際の培養組織を剥がして測定した値ではない。中央部分の接合を解除した条件では、外縁部分を解除した条件よりも変形量が小さくなった。少なくとも計算モデル上では、筋肉と足場の接合位置が変形量に影響することが分かる。ただし、実際の培養組織でも同じ差が生じると保証するものではない。それでも、筋肉が生み出す力を効率よく足場に伝えるには、接合方法も重要な設計要素になることを示唆している。
実物の観察からも、筋肉と足場を安定して接合する難しさが明らかになった。表面に微細な溝がない足場では、培養した組織が端から剥がれ、全長にわたって一体化しなかった。一方、溝を設けた足場では筋線維が溝に沿って配列し、その方向性が上部の組織にも引き継がれていた。ただし、足場との境界付近には細胞が少なく、著者らは組織切片の観察から、接着を主に支えているのはハイドロゲル同士の安定した結合だと解釈している。筋線維そのものが足場に密着することで強い接合が生まれているわけではない。
培養筋肉で跳躍・歩行・把持を実証
研究チームが作製した駆動部は、長さ15mm、幅3.5mm、高さ1.5mmの小型構造だ。使用したのはマウス由来の筋芽細胞株「C2C12」であり、ヒトを対象とした試験でも、生きたマウスの筋肉に装置を取り付けた実験でもない。水分を多く含むハイドロゲル製の足場に細胞を含む材料を載せ、約2週間かけて細胞の増殖と分化を進めた。
足場の製造には、「xolography」と呼ばれる光を利用した立体造形技術を使用した。造形そのものは約60秒で完了するが、その後には足場の洗浄や乾燥、筋肉細胞の培養といった工程が必要になる。足場表面には、幅300μm、深さ500μm、長さ12mmの溝を設けている。培養開始から3日目には細胞を分化させるための培地に切り替え、その後も毎日、培地の半量を交換した。足場を短時間で造形できることと、生きた筋肉を備えた駆動部を完成させるまでの時間は区別する必要がある。
筋肉の収縮には、培地中に配置した電極から電気刺激を与える方式を採用した。論文の方法欄によると、電場は3〜5V/cm、刺激周波数は1〜10Hz、信号がオンになる時間の割合を示すデューティ比は1%で、動作に応じて刺激条件を選んでいる。刺激によって筋肉が縮むと足場が曲がり、収縮が終わると筋肉の弛緩と足場の弾性によって元の形に戻る。この収縮と復元の繰り返しが、さまざまな動作の基本となる。
跳躍の実験では、1回の収縮でロボットが容器の底から5.1mm上昇した。このとき、駆動部そのものの変形量は6.6mmに達している。ただし、液中での動作であり、空気中を跳躍するロボットと同じ条件ではない。さらに、浮力を調整した遊泳実験では、1Hzと2Hzの刺激ではいったん上昇してから沈んだのに対し、3Hzでは液面まで到達した。筋肉の収縮周波数が液中での移動にどう影響するかを確かめた結果である。
歩行実験では、浮力を調整することでロボットがシャーレの底に立ち、前進できるようにした。自発的な筋収縮による移動速度は6.2±0.6mm/sと報告されている。この±0.6は複数の移動軌跡から算出した標準偏差であり、独立に製造した多数のロボットの平均速度とそのばらつきを示すものではない。柱や角を設けた通路を進む実験も行ったが、ロボットが進行方向を能動的に制御したわけではない。通路への進入角度によっては柱に衝突し、跳ね返る様子も確認されている。
物体の把持も実証した。支持具に取り付けた駆動部で直径3.3mmの物体をつかみ、そのまま1.8cm引きずって移動させた。電気刺激を停止すると駆動部が開き、物体を放した。培養筋肉の収縮によって物体を保持し、移動させられることは示されたものの、ロボットが自律的に対象物を認識し、運搬する仕組みではない。
大きな変形量を得ても、製造時のばらつきが課題に
今回の研究で明らかになった大きな課題の一つが、駆動部ごとの性能のばらつきだ。同じ寸法の足場を用いて作製した5個の駆動部を評価したところ、変形量は最小0.5mmから最大6.6mmまで大きく異なった。これは同じ駆動部を改良した前後の性能差ではなく、別々に作製した駆動部の個体差である。最大6.6mmという数値だけでは見えてこない製造上の問題が、5個という小規模な評価でも確認された。また、歩行速度の算出に使った移動軌跡の数と、変形量を評価した駆動部の数も区別する必要がある。
著者らによると、筋芽細胞を収縮可能な筋線維へと育てるには、生化学的な培養条件だけでなく、力学的な刺激や足場表面の形状も適切に調整しなければならない。実際、今回培養した筋肉では成熟度を示す指標が必ずしも一致せず、筋線維の直径も成熟した筋肉で期待される値には達していなかった。培養条件や足場の設計を改善すれば性能が向上する可能性はあるが、その効果は今後の検証が必要だ。また、今回の計算モデルは筋肉の成熟過程や周囲の流体との相互作用を完全に再現したものではない。計算によって有望な形状を選べたとしても、実際に作製した個々の駆動部の動きを正確に予測できるとは限らない。
ロボットの大型化に向けては、筋肉組織への栄養供給も課題となる。今回の培養組織では、細胞が上側の約100μmの領域に集中していた。著者らは、栄養や酸素が拡散によって届く距離に限界があるためと説明している。研究では、成熟した駆動部を2個つなぎ合わせる組立方法や、2本の脚を直角に配置した構造を一体で作製する方法も示した。ただし、複数の駆動部を組み合わせられることと、厚みのある筋肉組織の内部まで十分な栄養を届けられることは別の問題である。
研究チームは、今回使用した計算モデルと探索手法をGitHubのリポジトリで公開している。筋肉の単発収縮や材料の硬さを変えた場合の計算例も用意されており、設計手法を検証する手掛かりとなる。ただし、コードの公開は、別の研究室が実物のロボットを製造し、同じ結果を再現できることを保証するものではない。今後は独立した追試に加え、培養環境を維持しながら駆動部の個体差を抑え、狙った変形を安定して繰り返し得られるかが重要になる。こうした課題を克服できれば、筋肉と足場を一体で最適化する設計手法を、より複雑なバイオハイブリッドロボットへ応用する道が開けるだろう。
