Googleは2026年10月27日(米国時間)、ロボットの状況判断や作業計画を支援するAIモデル「Gemini Robotics ER 2」を、Google Cloudでパブリックプレビューとして提供すると発表した。同モデルは7月30日に発表され、Gemini APIやGoogle AI Studioを通じて開発者向けに公開されていたが、企業向けのGemini Enterprise Agent Platformでは限定プレビューにとどまっていた。今回の公開範囲拡大により、企業はGoogle Cloudの認証や権限管理と組み合わせながら、ロボットの作業判断を担うAIを検証できるようになる。
Gemini Robotics ER 2は、画像や動画などから周囲の状況を理解し、作業の進め方を判断する上位モデルだ。一方、ロボットのモーターを動かすなどの具体的な制御は、接続先の制御システムや別のAIモデルが担う。したがって、今回の発表は、クラウド上のAIモデルだけでロボットを自律的に動かせるようになったことを意味しない。企業が導入を検討する際には、7月に公開されたデモだけでなく、今回のCloud版で利用できるAPIの仕様と、実機側で必要となる制御システムを分けて評価する必要がある。
作業計画を担うAIと、機体を動かす制御システム
Gemini Robotics ER 2の「ER」は「Embodied Reasoning(身体性を伴う推論)」の略で、ロボットの身体や物理環境を踏まえて状況を判断する能力を指す。モデルは画像や動画から物体の位置関係を把握し、座標や物体を囲むバウンディングボックスなどの情報を出力できる。さらに、複雑な指示を複数の作業に分解し、ロボットの制御用関数を呼び出したり、コードを生成したりしながら、一連の処理を進める設計となっている。
例えば、「りんごをボウルに入れる」という指示を受けた場合、まず対象のりんごを認識し、続いて把持し、ボウルまで運んで置くという手順を考える。Gemini Robotics ER 2は、このような作業全体の計画や進行状況の判断を担い、実際の腕の動きや把持動作は、視覚・言語・動作を結び付ける下位のVLA(Vision-Language-Action)モデルや機体の制御APIに委ねる。こうした役割分担によって、共通の判断モデルを異なる種類のロボットに利用する構成が考えられる。ただし、各機体の機構や制御方式に合わせたインターフェースの実装は引き続き必要になる。
Cloud版はテキストを出力し、決められた形式で結果を返す構造化出力や、外部の関数を呼び出す機能にも対応する。これにより、物体の座標や次に実行する作業を、ロボット側のソフトウェアが処理しやすい形式で受け渡せる。ただし、モデルが作業手順を判断できても、それだけで物体の把持や衝突回避などの安全な動作が保証されるわけではない。実際の運用では、下位制御システムとの連携が欠かせない。
Googleは、作業中の映像から進捗を判断し、失敗した工程を検出して再実行につなげる用途も紹介している。また、円形ダイヤルや液面計、デジタル表示など、さまざまな計器を読み取る機能も備える。こうした能力は工場や研究施設での利用を想定したものだが、個々の機能が利用できることと、現場で一連の作業を確実に完了できることは区別する必要がある。
91.3%の正解率と0.96秒の誤差は何を示すのか
Googleが7月に公開したGemini Robotics ER 2の発表資料では、動画理解に関する複数の評価結果が示されている。その一つが、動画の中から指定された重要な瞬間を特定する「Moment Finding」という課題だ。例えば、容器に液体を注ぐ作業で、注水を止めるべき瞬間を映像から見つける能力を評価する。この課題でGemini Robotics ER 2は91.3%の正解率を達成し、特定した時点と正解との平均絶対誤差は0.96秒だった。
ここで注意したいのは、0.96秒という数値がモデルの応答時間ではないことだ。これは動画上で特定した瞬間が、正解の時点から平均してどれほどずれていたかを示す指標であり、推論処理に要する時間を表しているわけではない。同様に、91.3%という正解率も、ロボットが物理的な作業を最初から最後まで成功させた割合ではない。あくまで、映像内の特定の瞬間を見つける課題に対する評価結果である。
Googleは、作業全体の進捗を判断する「Progress Classification」についても評価している。この課題では、作業の進み具合を0〜20%、20〜40%、40〜60%、60〜80%、80〜100%の5段階に分類し、モデルが正しく判断できるかを調べた。Gemini Robotics ER 2の正解率は57.4%で、重要な瞬間の特定とは異なる結果となった。これは、ある動作が発生した時点を見つける能力と、作業全体がどこまで進んでいるかを細かく判断する能力が、異なる課題であることを示している。
これらの数値はいずれもGoogleが7月に公表した評価結果であり、10月のCloud版公開に伴って新たに達成されたものではない。また、公開された発表資料だけでは評価データの規模や、実際の工場などで生じる誤判断の頻度を十分に把握できない。そのため、91.3%や57.4%という数値を、そのまま現場での作業成功率として扱うことはできない。
Cloud版のAPI仕様と7月発表時からの変更点
今回の発表で重要なのは、モデルそのものの新機能というよりも、企業向けクラウド基盤での提供範囲が広がったことだ。7月30日の発表時点では、Gemini APIとGoogle AI Studioを通じて開発者が利用できた一方、Gemini Enterprise Agent Platformでの提供は限定プレビューだった。Google Cloudのモデル仕様によると、Cloud版のリリース日は10月27日で、同日付のGoogle Cloudブログでパブリックプレビューへの移行が発表されている。
ただし、7月のモデル発表で紹介された機能が、そのまますべてCloud版で使えるわけではない。特に注意が必要なのが、双方向ストリーミングを扱うGemini Live APIへの対応状況だ。7月の発表ではGemini APIを通じたリアルタイムの双方向通信が説明されていたが、今回のCloud版はGemini Live APIに対応していない。
以下は、7月の発表内容と、10月27日付のGoogle Cloudモデル仕様を比較したものだ。
| 比較項目 | 2026年7月30日のモデル発表 | Cloud版(10月27日公開) |
|---|---|---|
| 提供経路 | Gemini APIとGoogle AI Studioで開発者向けに公開 | Google CloudのModel Gardenから利用可能 |
| 企業向け基盤での提供範囲 | Gemini Enterprise Agent Platformで限定プレビュー | 同基盤でパブリックプレビュー |
| APIと双方向ストリーミング | Gemini APIを通じたLive APIの双方向ストリーミングを紹介 | GenerateContent APIに対応。Gemini Live APIは非対応 |
| 出力と機体制御 | 上位の作業判断を下位のVLAモデルや制御APIへ渡す構成 | テキスト出力、構造化出力、関数呼び出しなどで外部システムと連携 |
動画を入力できることと、Live APIを使って継続的に双方向通信できることは別の機能だ。今回のCloud版では、Gemini Live APIに依存する構成をそのまま移行することはできない。一方、現在の仕様で非対応とされていることは、将来的な対応の可能性まで否定するものではない。
Cloud版のモデルIDは「gemini-robotics-er-2-preview」で、テキスト、画像、音声、動画を入力できる。出力はテキストに限られるが、構造化出力や関数呼び出しのほか、Count Tokens APIにも対応する。一方、Interactions APIとChat Completions APIには対応しておらず、利用可能なリージョンも現時点では「global」のみとなっている。モデルの追加学習や調整を行うチューニング機能もサポートされていない。
企業はGoogle Cloudの認証情報を利用し、Application Default Credentials(ADC)を通じてモデルに接続できる。GoogleはModel Gardenを利用の入口として、Identity and Access Management(IAM)による権限管理や関数呼び出しを組み合わせた運用を想定している。SDKを利用する場合も、企業向けの接続設定とglobalリージョンの指定が必要だ。ただし、クラウド側の認証や権限管理が整っていても、モデルが出した判断をロボットの制御ソフトウェアへ安全に受け渡す仕組みは、開発者自身が設計しなければならない。
工場や研究室への導入には実機での検証が不可欠
Googleが示した開発工程では、実際のロボットを動かす前に、シミュレーション環境で作業を検証することを想定している。例えば、MuJoCo-WarpやNVIDIA Isaac Simを使って動作を事前に確認し、生成したシナリオや実演動画から学習用データを整備する。Gemini Robotics ER 2は、Cloud StorageやBigQueryに保存された動画から重要な場面を抽出し、作業の進捗を分類するなど、データの選別やラベル付けに利用できるという。整備したデータは、別のカスタムVLAモデルの学習に活用できる。ただし、これは別のモデルを学習させる仕組みであり、Cloud版のGemini Robotics ER 2自体を追加学習させる機能ではない。
運用段階でも、クラウドと現場の処理を分担する構成が想定されている。Googleは、自己位置推定と地図作成を行うSLAMや経路計画など、応答遅延の影響を受けやすい処理をGoogle Distributed Cloudによって現場側に配置する方法を紹介している。一方、複数のロボットから得られる稼働情報やテレメトリーデータはBigQueryに集約し、運用状況の分析に活用できる。これはGemini Robotics ER 2自体を工場内で動かすという説明ではなく、クラウド上の判断機能と現場の制御処理を適切に分担するための構成例だ。
Googleの発表には、企業や研究機関による利用例も掲載されている。DeepReachは、録画された作業映像を理解し、ロボットの学習に役立つデータを効率よく選別する用途を紹介した。また、シンガポールの研究機関A*STAR IMREは、専用APIを備えていない旧式のマイクロ波反応器のタッチ画面を読み取る用途や、自律的に実験を進める研究室への応用に期待を示している。ただし、これらは企業や研究機関が説明した利用方法や将来構想であり、大規模な商用運用や完全自律型研究室の実現が確認されたわけではない。
実際の導入では、判断精度だけでなく応答遅延も重要な評価項目となる。Googleの開発者向けガイドでは、複雑な問い合わせや高解像度の入力を使用した場合、あるいは思考レベルを「HIGH」に設定した場合に、応答までの時間が長くなる可能性があると説明している。また、曖昧な指示や学習データの分布から外れた入力に対して、誤った情報を生成する可能性もある。小さな物体を認識させる場合には画像の該当部分を切り出して拡大することや、高い精度が必要な場面では複数回の確認を行うことが推奨されている。
今回提供されたGemini Robotics ER 2は、一般提供前のプレビュー段階にある。Google Cloudの規約上、一定の義務や制限の下で本番環境や商用目的に利用することも認められているが、サービスは現状有姿で提供され、サポートが限定される場合がある。一般提供の開始時期についても、現時点では明らかにされていない。
Googleは開発者向けガイドで、ロボットを安全な環境で運用する責任は利用者側にあると明記している。今回のCloud版公開によって、企業がロボットの状況判断や作業計画に高度なAIを組み込むための選択肢は広がった。しかし、実際の機体を安全かつ安定して動かせるかどうかは、現場の映像や指示に対する判断精度、応答遅延、下位制御システムとの連携、そして独立した安全対策の検証にかかっている。今後は、クラウドで利用できるようになった上位モデルが、実際の工場や研究施設でどの程度の信頼性を発揮できるかが焦点となる。
