次世代太陽電池として期待されるペロブスカイト太陽電池には、発電効率と耐久性の両立という長年の課題がある。その一因が、正孔輸送層に広く使われる有機半導体材料「spiro-OMeTAD」だ。この材料は高いエネルギー変換効率(PCE:Power Conversion Efficiency)を得るうえで重要な役割を果たすが、導電性を高めるために添加するリチウム塩や揮発性添加剤が、熱や湿気による素子の劣化を招いてきた。添加剤を減らせば耐久性の改善が期待できる一方、十分な導電性を確保できず、発電効率が低下するという問題があった。

韓国エネルギー技術研究院(KIER)のアン・セジン(SeJin Ahn)博士と、蔚山科学技術院(UNIST)のキム・ドンソク(Dong Suk Kim)博士らの共同研究チームは、この問題を解決するため、触媒反応とろ過を組み合わせた新たな製造工程を開発した。研究成果は学術誌『Advanced Science』に2026年1月26日付でオンライン公開されている。新工程では、酸化ニッケル(NiOₓ)の微粒子を使ってspiro-OMeTADの酸化を促進すると同時に、リチウムイオンを粒子表面に捕捉し、ろ過によって溶液から取り除く。この方法で作製したペロブスカイト太陽電池は、85℃・相対湿度85%という高温多湿環境に1,000時間置いた後も、初期変換効率の95%を維持した。ただし、これは実験室の特定条件下で得られた結果であり、商用太陽光パネルの長期耐用年数を直接証明するものではない。

高温多湿試験(85℃・85%RH)における1,000時間後の規格化効率維持率横棒グラフ。カテゴリ 1 件、系列: 初期変換効率に対する維持率(単位: %)開発素子(NiOx触媒・ろ過抽出法)開発素子(NiOx触…開発素子(NiOx触媒・ろ過抽出法) — 初期変換効率に対する維持率: 95%95単位: %
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初期変換効率に対する維持率 (%)
開発素子(NiOx触媒・ろ過抽出法)95
高温多湿試験(85℃・85%RH)における1,000時間後の規格化効率維持率封止された実験室規模のn-i-p型ペロブスカイト太陽電池の加速劣化試験。95%は初期効率に対する維持率であり、変換効率そのものではない。試験開始時と終了時の変換効率の絶対値は、確認できた公表資料では示されていない。出典: Advanced Science (DOI: 10.1002/advs.202521825)

今回の成果で注目すべきなのは、単に1,000時間の耐久試験を乗り切ったことではない。従来は高い発電効率を得るために必要とされてきた添加剤を使わず、劣化につながる成分を成膜前に除去できた点にある。その技術的な意味を理解するには、耐久試験の条件と、正孔輸送層で起こる化学反応の両方を確認する必要がある。

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1,000時間の高温多湿試験と連続発電試験が示した成果

研究チームが報告した「1,000時間後に初期効率の95%を維持」という結果は、太陽光の95%を電力に変換できたという意味ではない。試験開始時の変換効率を100%とした場合に、1,000時間後もその95%に相当する性能が残っていたことを示す「規格化効率維持率」である。また、1,000時間は約42日間に相当するが、これだけで住宅の屋根などに20〜30年間設置できると判断することはできない。高温多湿試験の開始時と終了時における変換効率の絶対値についても、確認できた公表資料では明示されていない。

研究チームが作製したのは、実験室規模の小面積なn-i-p型ペロブスカイト太陽電池である。耐久性の評価には、太陽電池の国際的な信頼性試験でも採用される85℃・相対湿度85%のDamp-Heat(高温高湿)条件を使用した。封止した素子を暗所の高温多湿環境に置き、熱と水分が性能に与える影響を調べている。この試験は、湿気の侵入や熱による材料の劣化を評価するものであり、太陽光を浴びながら発電し続ける状態とは異なる。

研究チームはこれとは別に、疑似太陽光を連続照射し、実際に電力を取り出しながら性能の変化を調べる最大電力点追従(MPPT:Maximum Power Point Tracking)試験も実施した。照射条件は1 sunで、標準的な太陽光強度に相当する1平方メートル当たり1,000ワットの光を当て続けるものだ。新工程で作製した素子は、この連続発電試験でも500時間後に初期変換効率の90%以上を維持した。一方、論文で比較対象とされた素子では、同じ時間内に大きな性能低下が観測されている。

暗所での高温多湿保管試験と、光照射下での連続発電試験の両方で良好な結果が得られたことには意味がある。ただし、両者は異なる条件で実施された試験であり、95%という維持率をそのまま連続発電時の耐久性と解釈することはできない。また、屋外では熱、湿気、光、電気的負荷が同時に作用するため、それぞれの試験結果だけで実使用時の寿命を予測することにも限界がある。

酸化ニッケルでリチウムを捕捉し、ろ過によって除去する仕組み

ペロブスカイト太陽電池では、光吸収層で発生した正孔(正の電荷を持つキャリア)を電極へ運ぶ正孔輸送層(HTL:Hole Transport Layer)が、発電効率を左右する重要な役割を担う。この正孔輸送層に広く使われている有機半導体材料がspiro-OMeTADだ。ただし、spiro-OMeTADはそのままでは電気伝導度が低いため、一般に酸化によるp型ドーピングを行い、正孔の輸送能力を高めている。

従来の代表的な処方では、ドーパントとしてビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドリチウム(LiTFSI)を加え、さらに4-tert-ブチルピリジン(tBP)を添加する。tBPはLiTFSIの溶解を助け、均一なドーピングを進める役割を担う。しかし、tBPには揮発性があり、高温環境では膜の組成や微細構造が変化し、空隙や欠陥の発生につながる恐れがある。一方、LiTFSIに由来するリチウムイオン(Li⁺)は小さく移動しやすいため、熱や電気的な負荷によって素子内部を拡散し、界面に蓄積して劣化反応を引き起こす。こうしたイオンの移動や副生成物の形成は、正孔輸送層の導電性低下や電荷輸送の阻害につながる。

研究チームは、この問題に対し、ドーピングに必要な酸化反応を成膜前の溶液中で進め、劣化を招く成分を取り除いてから膜を作る方法を考案した。その中心となるのが、マイクロメートルサイズの酸化ニッケル(NiOₓ)粉末である。NiOₓは酸化反応を促進するだけでなく、リチウムイオンを表面に捕捉する役割も担う。

新工程は、以下の手順で進められる。

  1. 前駆体溶液へのNiOₓ添加: spiro-OMeTADとLiTFSIを含む溶液に、マイクロメートルサイズのNiOₓ粉末を加える。
  2. 酸化反応の促進: NiOₓの酸化還元反応によってspiro-OMeTADの酸化が急速に進み、正孔輸送に必要なラジカルカチオンが生成される。分光測定では、最適化された条件下で5秒以内に酸化が進行することが確認された。
  3. リチウムイオンの捕捉: NiOₓ表面の化学状態が変化し、tBPを使用しなくてもLiTFSIの溶解と解離が促進される。放出されたLi⁺は、NiOₓ表面の酸素サイトに配位して捕捉される。
  4. ろ過による分離: 溶液をフィルターに通すと、マイクロメートルサイズのNiOₓ粒子が捕捉され、表面に結合したリチウムイオンや関連する副生成物とともに除去される。
  5. 正孔輸送層の成膜: ろ過後の溶液をスピンコート法で基板上に塗布し、酸化されたspiro-OMeTADを含む正孔輸送層を形成する。

この手法の特徴は、NiOₓを完成した太陽電池の構成材料として残さないことにある。NiOₓを正孔輸送層そのものに利用する太陽電池も存在するが、今回の研究では、成膜前の溶液を処理する酸化還元触媒とリチウム吸着剤として使っている。必要な反応を終えたNiOₓ粒子は、捕捉したリチウムイオンとともにろ過で取り除かれる。つまり、触媒を製造工程の途中で利用し、最終的な膜には持ち込まない設計だ。

研究チームは、リチウムの除去効果を飛行時間型二次イオン質量分析法(ToF-SIMS)で評価した。その結果、新工程で作製した膜ではリチウム由来の信号が大幅に減少し、従来の処理方法と比べて素子内部へのリチウムの残留を大きく抑えられることが示された。ただし、検出信号が大幅に減少したことは、残留リチウムが完全にゼロになったことを意味しない。微量の残留物が長期的に与える影響については、引き続き評価が必要になる。

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変換効率25.24%を維持、耐久性を高めたもう一つの要因

耐久性が向上しても、発電効率が大幅に低下するのであれば、実用化に向けた利点は限られる。しかし、新工程を採用したペロブスカイト太陽電池の最高エネルギー変換効率(PCE)は25.24%に達した。従来のLiTFSIやtBPなどを用いた添加剤処方で作製した比較素子の最高効率は25.21%であり、ほぼ同等の性能が得られている。

この差は0.03ポイントにすぎず、発電性能そのものが有意に向上したと結論づけるのは適切ではない。太陽電池の効率測定には、光源のスペクトル、測定面積、電圧の走査条件、ヒステリシス(電圧を変化させる方向によって測定値が異なる現象)などによるばらつきがある。そのため、最高値のわずかな差だけで性能の優劣を判断することはできない。今回の成果は、揮発性添加剤を使わず、リチウムイオンを大幅に減らしても、従来と同等の高い変換効率を確保できた点に価値がある。

評価項目 開発素子(NiOₓ触媒・ろ過抽出法) 従来型素子(標準的な添加剤処方) 比較の意味
正孔輸送層 tBP不使用、NiOₓ処理後にろ過したspiro-OMeTAD LiTFSI、tBPなどを添加したspiro-OMeTAD 揮発性添加剤の排除とリチウム除去
最高変換効率(PCE) 25.24% 25.21% 0.03ポイント差で、ほぼ同等の水準
高温多湿耐性(85℃・85%RH) 1,000時間後に初期効率の95%を維持 比較対象では性能低下が進行 封止状態での加速劣化試験
連続発電耐性(1 sun、MPPT) 500時間後も初期効率の90%以上を維持 連続照射下で大きく劣化 発電中の光・電気的ストレスに対する耐性
ガラス転移温度(Tg) tBPを使わないことで高い熱的安定性を確保 tBPの可塑化作用が膜の安定性に影響 高温下での分子運動や膜構造の変化
素子の規模 実験室規模の小面積セル 実験室規模の比較セル 大面積モジュールでの実証は未実施

耐久性が向上した理由は、リチウムイオンの除去だけではない。論文では、正孔輸送層の熱的安定性に関わるガラス転移温度(Tg)の変化にも注目している。ガラス転移温度は、非晶質材料の分子運動が活発になり、材料が軟化しやすくなる温度域を示す指標だ。正孔輸送層では、この温度特性が高温下での膜の形状や電気的特性の維持に影響する。

従来処方で使われるtBPは、spiro-OMeTAD膜の中で可塑剤に似た働きをし、ガラス転移温度を低下させる要因となる。膜の熱的安定性が低下すると、高温環境で分子の再配列や凝集が起こりやすくなり、導電経路や膜の均一性が損なわれる恐れがある。これに対し、今回の手法ではtBPを使わずに酸化を進めることで、膜のガラス転移温度を高く保てると研究チームは報告している。リチウムイオンの移動を抑えながら、膜自体の熱的安定性も改善したことが、耐久性向上に寄与したと考えられる。

さらに、新工程によってspiro-OMeTADの酸化が均一に進み、正孔輸送層の電気的特性も改善した。論文では、顕微鏡による膜の観察や表面電位の測定から、NiOₓを用いた処理によって材料の分布が均一になり、局所的な導電性のばらつきが抑えられたことが報告されている。こうした膜の均一性は、電荷を効率よく取り出すうえでも重要だ。今回の新工程は、単に劣化物質を減らすだけでなく、正孔輸送層の形成過程そのものを改善する効果も持つ。

1,000時間の加速試験が屋外での長寿命を保証しない理由

今回の耐久試験は重要な成果だが、ペロブスカイト太陽電池の寿命問題が完全に解決したことを意味するわけではない。加速劣化試験は、特定の環境負荷によって材料や素子がどの程度劣化するかを短期間で評価する方法である。しかし、屋外で実際に使用される太陽電池には、熱や湿気だけでなく、光、温度変化、機械的な負荷などが複合的に作用する。一定条件下で高い耐久性を示したとしても、その結果をそのまま長期の屋外使用に当てはめることはできない。

85℃・相対湿度85%のDamp-Heat試験は、太陽電池モジュールの耐湿性や耐熱性を評価する標準的な手法として広く利用されている。ただし、今回の高温多湿試験は、温度と湿度を一定に保った暗所で行われた。一方、屋外の太陽電池は、日中の温度上昇と夜間の冷却を繰り返す。異なる熱膨張率を持つ複数の薄膜が積層されているため、こうした温度変化によって界面剥離や微細な亀裂が発生する可能性がある。

さらに、屋外では紫外線による有機材料の分解、風雨や積雪による機械的な負荷、日照変動に伴う電気的ストレス、結露などの影響も受ける。今回の高温多湿試験は、これらをすべて再現したものではない。また、1,000時間の加速試験が屋外使用の何年間に相当するかを示すには、材料構成や封止方法に応じた劣化モデルと、実際の屋外環境で得られたデータとの照合が必要になる。ペロブスカイト太陽電池にはさまざまな材料系や素子構造があり、すべてに共通する単一の寿命換算係数が確立されているわけではない。

ペロブスカイト太陽電池の寿命について、一律に「数年程度」と説明することにも注意が必要だ。耐久性はペロブスカイトの組成、電荷輸送層の材料、素子構造、封止技術、使用環境によって大きく変わるためである。異なる研究の寿命データを比較する際には、試験条件や効率維持率の定義が一致しているかを確認しなければならない。今回の研究は、正孔輸送層に存在する重要な劣化経路を抑えることに成功したが、商用製品に求められる屋外耐久性の確認には、さらなる長期試験が必要になる。

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大面積モジュールとタンデム型太陽電池への応用に残る課題

アン・セジン博士は研究成果の発表に際し、長年の寿命問題の解決に向けた前進が、ペロブスカイト太陽電池やタンデム型太陽電池の商業化を促す重要な節目になるとの期待を示した。特に、シリコン太陽電池の上にペロブスカイト層を重ねるタンデム型は、異なる波長の光をそれぞれ効率よく吸収することで、シリコン単接合セルを超える高い変換効率を狙える技術として注目されている。30%を超える高効率化が期待される一方、複数の材料層を組み合わせるため、各層の長期安定性が実用化を左右する。

もっとも、実験室で作製する数ミリ角程度のセルと、実際に販売される大型の太陽電池モジュールでは、製造工程に求められる条件が大きく異なる。今回の成果を工業製品に応用するには、材料化学だけでなく、大量生産に適したプロセスの確立が必要になる。特に、触媒粉末を使った溶液処理とろ過工程を、量産ラインにどう組み込むかが重要な課題となる。

第一の課題は、触媒反応とろ過工程のスケールアップである。実験室では少量の溶液にNiOₓ粉末を加え、短時間の撹拌後にシリンジフィルターでろ過するだけで処理できる。しかし、工場で大量の前駆体溶液を扱う場合、触媒粒子と溶液を均一に接触させ、安定した反応条件を維持しなければならない。さらに、フィルターの目詰まりを防ぎながら、反応後のNiOₓ粒子やリチウムを含む残渣を確実に除去する必要がある。こうした工程を連続運転できるかどうかが、生産効率と品質の安定性を左右する。

第二の課題は、大面積塗布技術との適合性だ。今回の実験で採用されたスピンコート法は、基板を高速回転させて遠心力で均一な薄膜を形成する手法である。ただし、材料の利用効率が低く、大型基板への適用にも制約があるため、量産ではスロットダイコーティングやインクジェット印刷などの方法が検討される。新工程で得られたtBPを含まない溶液が、こうした塗布方法でも適切な粘度や濡れ性、乾燥特性を保てるかは、今後の検証事項となる。大面積化によって膜厚やドーピング状態にむらが生じれば、実験室で得られた効率や耐久性を再現できなくなる恐れがある。

第三の課題は、製造コストと廃棄物処理である。今回の工程では、NiOₓ粉末を触媒として使用した後、リチウムイオンとともにろ過で取り除く。この粉末を廃棄するのか、捕捉したリチウムを分離して再利用するのかによって、材料費や設備費、廃棄物処理費用は変わってくる。触媒による性能向上が大きくても、追加工程のコストが高ければ商業的な優位性は限定される。安定した品質を保ちながら、低コストで大量生産できる仕組みを構築することが欠かせない。

今回の研究は、ペロブスカイト太陽電池の高効率化に必要とされてきたドーピング工程を見直し、酸化還元反応と物理的なろ過を組み合わせることで、性能と耐久性を両立できる可能性を示した。特に、反応に必要な材料を製造工程の途中で利用し、劣化につながる成分を成膜前に除去するという考え方は、正孔輸送層の材料設計に新たな選択肢をもたらす。一方、今回の成果はあくまで実験室規模の単接合セルによる実証であり、商用モジュールへの適用可能性はまだ確認されていない。今後は大面積化に伴う製造品質と歩留まりの検証に加え、複数の劣化要因が重なる屋外環境で長期間の性能を維持できるかが焦点となる。