NVIDIAは2026年10月21日、ベルリンで開催した「GTC Berlin」で、ロボット開発プラットフォーム「Isaac」の大幅な拡張を発表した。新たに研究用ヒューマノイド「Agile ONE SN」を加え、ロボットの動作を学習する「Isaac Lab 3.0」の一般提供も開始した。学習から実機での動作までを一貫して扱える開発環境を整え、研究者が個別に調達したハードウェアやソフトウェアを組み合わせる負担を軽減する狙いだ。ただし、Agile ONE SNの提供開始は2027年初頭を予定しており、安全機能の統合なども今後の課題として残されている。今回の発表を評価するうえでは、すでに利用できる開発基盤と、実機の導入に向けて今後整備される機能を区別する必要がある。

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機体と開発基盤を統合した研究用ヒューマノイド「Agile ONE SN」

Agile Robotsが発表した「Agile ONE SN」は、NVIDIAのロボット向け基盤モデルや開発ツールをまとめた「Isaac GR00T」をあらかじめ組み込み、機体内のコンピューターに「Jetson Thor」を採用した研究用ヒューマノイドだ。ロボット本体だけでなく、手の操作機構、計算基盤、学習から実機への展開に必要なソフトウェアを統合した参照プラットフォームとして設計されている。研究者が個別の機器やソフトウェアを一から組み合わせる必要を減らし、ロボットの動作開発や実機での検証に取りかかりやすくすることを目指している。

NVIDIAの公式発表によると、Agile ONE SNの本体には、身長1.40m、31自由度の「Agile ONE S」を採用している。片腕で最大3kgの物体を扱うことができ、両手には5本指の「WUJI Hand 2」を搭載する。それぞれの手は20自由度を備え、触覚センサーと1kHzの力制御によって、物体をつかんだり操作したりする細かな動作に対応する。自由度とは、関節などを独立して動かせる方向の数を表す指標で、ロボットがどれだけ複雑な姿勢や動作を取れるかを考えるうえで重要になる。

周囲の状況を把握するため、頭部と手首にはカメラを配置し、距離を測定するLiDARや、機体の姿勢と動きを検出する慣性計測ユニットも搭載する。機体内の計算を担うJetson Thorは、FP4演算で2,070TFLOPSのAI演算性能と128GBのユニファイドメモリを備えており、センサーデータの処理やAIによる判断、リアルタイム制御に使用される。ただし、FP4は低精度の数値形式を使った演算性能を示すもので、実際の物体操作の成功率や制御の精度を直接表す数値ではない。ロボットとしての性能は、AIモデルやセンサー、制御ソフトウェアを組み合わせた状態で検証する必要がある。

NVIDIAがこうした参照設計を発表するのは、今回が初めてではない。同社は2026年6月1日にも、Unitree H2 PlusとSharpa WaveのロボットハンドにJetson ThorとIsaac GR00Tを組み合わせた、学術研究向けのヒューマノイド参照設計を発表している。今回のAgile ONE SNは、この取り組みをAgile Robotsの機体に広げるとともに、新たな学習環境や実行基盤との連携を強化するものだ。

NVIDIAによると、Agile ONE SNのようにハードウェアとソフトウェアをあらかじめ統合した構成を採用することで、従来は数週間かかっていた初期設定を数日まで短縮できるという。ただし、これは同社が示した見込みであり、統一された条件で第三者が検証した結果ではない。研究機関にとって重要なのは、ロボットの学習速度そのものだけでなく、実験を始めるまでの機器の接続やソフトウェアの調整に費やす時間を減らせるかどうかだ。初期設定の負担が小さくなれば、その分の時間を動作の学習や検証に充てられる可能性がある。

Isaac Lab 3.0とIsaac OSで学習から実機制御までを接続

今回の発表では、ロボットの学習と実行を担うソフトウェアにも重要な更新が加えられた。その一つが、一般提供を開始したオープンソースの学習フレームワーク「Isaac Lab 3.0」だ。ロボットが周囲の状況に応じてどのように動くかを決める「動作方策(ポリシー)」を学習・改良するための環境で、複数GPUを使った学習や、Newton、NVIDIA PhysXなどの物理エンジンに対応する。デスクトップからデータセンターまで計算環境を拡張でき、仮想空間で物体の操作やロボットの姿勢制御を繰り返し学習させる用途を想定している。

一方、新たに発表された「Isaac OS」は、学習済みのAIモデルを実際のロボットで動かすためのオープンソース実行基盤だ。NVIDIA Holoscanを基盤としており、AIによる推論、センサーからの入力、制御処理、ロボット本体のハードウェアを連携させる役割を担う。ロボットを安定して動かすには、AIが適切な行動を判断するだけでなく、カメラやセンサーの情報を処理し、決められたタイミングでモーターなどを制御する必要がある。Isaac OSは、シミュレーションから実機への移行を見据え、こうした処理を予測可能なタイミングで実行することを目指している。

つまり、Isaac Lab 3.0がロボットの動作を学習させる環境であるのに対し、Isaac OSは学習した結果を実機のセンサーや制御機構につなぐ役割を担う。両者を組み合わせることで、シミュレーションで学習した動作を実際のロボットへ移す工程を簡素化する狙いがある。ただし、NVIDIAは今回の発表でIsaac OSの具体的な遅延値や、あらゆるロボットでの動作を保証する検証結果を示しているわけではない。実際の導入にあたっては、対象となる機体やセンサー、制御機構との互換性を確認する必要がある。

さらにNVIDIAは、DGX Station向けに3種類のオープンソース参照ワークフローを公開する。具体的には、Isaac GR00T 1.7を強化学習によって改良する手順、Isaac Labで器用な物体操作を学習させる手順、そしてChatGPT Astraを使ってNVIDIA Cosmosの世界モデルを追加学習し、合成データの生成に活用する手順だ。世界モデルは、環境の状態やその変化を学習するAIモデルで、ここではロボットの訓練に使うデータを生成する役割を担う。ChatGPT Astraとの連携は学習用データの生成工程に関するものであり、ChatGPT Astraが直接ヒューマノイドを操縦することを意味するわけではない。

これらの技術を組み合わせることで、研究者はデータの準備、シミュレーション、学習、実機での実行を、共通の開発基盤上で進めやすくなる。個々のツールを独立して導入する場合に比べ、環境構築や機能の接続にかかる負担を減らせる可能性がある。一方、実際のロボットでは、センサーの精度や制御の遅延、安全性など、シミュレーションだけでは検証しきれない問題も残るため、統合された開発基盤がそのまま実用化を保証するわけではない。

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Isaac Labは一般提供開始、Agile ONE SNは2027年初頭に登場予定

今回のIsaacプラットフォーム拡張では、すでに利用できるソフトウェアと、今後提供されるハードウェアや機能が混在している。Isaac Lab 3.0は一般提供が始まった一方、Agile ONE SNの提供開始は2027年初頭を予定しており、安全機能の統合にも今後の開発が必要となる。また、学習用データやシミュレーション資産についても、利用条件がそれぞれ異なる。

NVIDIAの10月21日の発表を基に、各構成要素の役割と提供条件を整理すると次のようになる。

開発工程 主な構成要素 役割と提供条件
仮想環境の構築 SimReady Central Library ロボットや工場のシミュレーション用資産を2,000点以上収録。Hugging Faceで利用可能
人間の動作データ Human 1M Dataset 同期した3視点の映像と3D手追跡データを収録。全データへのアクセスはCosmos Coalitionのパートナー向け
ロボットの学習 Isaac Lab 3.0 複数GPUや物理エンジンを使った動作方策の学習に対応。一般提供を開始
実機での実行 Isaac OS AI、センサー、制御機構を接続するオープンソース実行基盤として発表
ヒューマノイド研究 Agile ONE SN Isaac GR00TとJetson Thorを統合。2027年初頭の提供を予定
安全機能の統合 Agile ONE SNとNVIDIA Halos 機体上の安全機能とHalosの統合を計画

学習環境やシミュレーション用のデータが公開されたことと、実際の研究用ロボットが入手できることには時間差がある。例えば、2,000点以上のシミュレーション資産を収録した「SimReady Central Library」はHugging Faceで利用できるが、「Human 1M Dataset」は全データへのアクセスがCosmos Coalitionのパートナーに限定されている。Human 1Mにはさまざまな人間の動作が収録され、同期した3視点の映像や3Dの手の追跡情報が含まれるものの、公開ページが存在するからといって誰でもデータ全体を使用できるわけではない。また、「1M」という名称だけから収録映像の本数を判断することもできない。

安全面では、NVIDIAが開発する「Halos」との統合が計画されている。HalosはNVIDIA IGX Thorを基盤としたロボットや自動運転システム向けの安全プラットフォームで、Agile ONE SNでは機体上の安全機能と組み合わせる構想だ。NVIDIAは、産業用ロボットの動的な安全性を高めるためにSICKがHalosを評価していることや、認証に関わる企業との取り組みも紹介している。ただし、安全技術の開発や評価に企業が参加していることと、個々のロボットが安全認証を取得し、実際の現場で運用できる状態になっていることは別だ。

Agile ONE SNについても、現時点では安全機能の統合が完了したと発表されているわけではない。ロボットの運用環境によって必要な安全対策は異なり、学習した動作の正確さだけでなく、人や周囲の設備と接触する危険性なども評価する必要がある。研究用の参照プラットフォームを導入する場合でも、安全機能の実装状況と検証結果を確認することが重要になる。

欧州企業で採用が広がる一方、実機での検証が今後の焦点

NVIDIAのIsaacプラットフォームは、ヒューマノイド以外のロボット開発にも利用が広がっている。ABB Roboticsは、NVIDIA Omniverseのライブラリを「RobotStudio HyperReality」に統合し、産業用ロボットを実際に設置する前に、仮想環境で動作を検証する仕組みを整えている。また、SereactはIsaac GR00TとCosmos Transferを使って物品操作向けの「Cortex」を学習・追加学習し、Universal Robotsの産業用ロボットアームで動作させている。こうした事例からも、NVIDIAが目指しているのは特定のヒューマノイド向けの開発環境にとどまらず、産業用ロボットを含む幅広い分野へのAI基盤の展開であることが分かる。

こうした取り組みは、NVIDIAの計算基盤に対する新たな需要を生み出す可能性もある。StockTitanの10月21日付分析は、ベルリンで相次いだ発表を、半導体の供給能力拡大と、その半導体を利用する用途の拡大という二つの側面から捉えている。ロボットや自動運転車、通信ネットワークなどでNVIDIAの技術が採用されれば、対応する計算機への需要も増える可能性があるという見方だ。ただし、同媒体も指摘するように、こうした用途で追加的に必要になるチップの数量は公表されていない。NVIDIAが進める半導体の供給能力拡大を、そのままロボット向けの需要や投資額に結び付けることはできない。

Agile ONE SNの導入先について、NVIDIAはスタンフォード大学やETHチューリッヒなどの研究機関が関心を示していると説明している。ただし、これらの機関による購入や導入が確定したと発表しているわけではない。販売価格も今回の発表では明らかにされておらず、実際に研究機関が調達する際には、価格や納入時期、サポート体制などを確認する必要がある。

2027年初頭に予定されるAgile ONE SNの提供開始に向けて、重要になるのは、シミュレーションで学習した動作を実機でどこまで再現できるかという点だ。さらに、安全機能を統合した状態で安定した動作が可能か、研究者が異なる動作や制御方法を繰り返し検証できるかも問われる。ハードウェアとソフトウェアを共通の参照構成としてまとめることで、開発環境の構築に費やしていた時間を、物体操作や全身制御などの研究に振り向けられる可能性がある。NVIDIAが進めるロボット開発基盤の統合が実用化の加速につながるかどうかは、今後の実機を使った検証結果が重要な判断材料となる。