「AIが11日間で100万行のコードを書いた」と聞けば、誇張された宣伝文句だと身構える方は少なくないはずだ。Bun公式ブログが2026年7月8日に明かした内幕の驚きは、行数そのものではない。ピーク時64のClaudeインスタンスが並列稼働する裏で、創業者のJarred Sumner氏がほぼ11日間張り付き、問題を見つけるたびにAIへの指示や生成の仕組みを直し続けていた。Zig Software FoundationのLoris Cro氏がAI生成コードの提出を禁じる既存方針を説明した2026年4月29日のわずか4日後、Bunは同じ種類のAIで自らをZigから切り離す作業に着手している。皮肉にも、Zig創始者のAndrew Kelley氏がZigへのAI貢献を「常にゴミ」と切り捨てたと報じられたのは、Bunの書き換え完了から2週間ほど過ぎた頃だった。

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Zig版v1.3.14からRust版v1.4.0へ、11日間の書き換えの全貌

公式ブログが明かした数字を見ると、最終的にmainへマージされた差分は+1,009,272行に達している。GitHub上のプルリクエストが示す追加行数も1,009,257行と近い値だが、集計対象の指標が完全に同一かは確認できない。作業自体は2026年5月3日に始まり、5月14日にmainブランチへマージされて完了した。Rust版のコード量は約78万行で、移行前のZig版53万5496行(コメント除く)よりも大きい。ただし両者の集計基準が完全に同一かは公式ブログに明記されておらず、正確な増加率としては扱わない。

投入されたのは、Anthropicが2026年6月9日に発表したMythos-classモデルのプレリリース版「Claude Fable 5」だ。ピーク時には64のClaudeインスタンスが4つのワークツリー上で16並列ずつ稼働し、約50種類の動的ワークフローを11日間休みなく走らせ続けた。

この計算資源に費やされたAPI費用は約16万5000ドルで、2026年7月10日時点のレート(1ドル161.70円)で換算すると約2668万円にあたる。入力トークンは59億、出力は6.9億、キャッシュからの読み込みは720億に上る。1日あたりの負担は約1万5000ドル(約242万円)で、これを11日間投じ続けた。

書き換えの成果は数字にも表れている。v1.4.0では128件のバグが修正され、Linux x64環境でのHTTPサーバー・ビルド処理・TypeScript処理など特定のベンチマークで2〜5%の高速化を確認した。Linux版とWindows版のバイナリサイズも約20%小さくなったが、これはRust移行に加え、ICUデータの削減やIdentical Code Foldingといったリンカー最適化を組み合わせた結果だ。コミット数は文書内で6,502件や6,778件と表記が割れており、独立集計でも6,755件という数字が報告されているため、ここでは6,500件超という概数にとどめておく。

Zigを選び続けられなかった理由、Prismaが体験した障害

Bunは2021年の創業時、高速な起動と実行を狙ってZigを採用した。C言語同様に手動でメモリを管理する設計は初期の開発速度を支えたが、ガベージコレクション(GC)を持つJavaScriptランタイムとの共存が安定性の弱点になっていた。Rustが採用するBorrow Checkerは、メモリの所有権をコンパイル時に検証する仕組みで、use-after-free(解放済みメモリの参照)や二重解放といった特定の種類のメモリバグを実行前に検出できる。参照を長期保持したことによるリークや、JavaScriptとの境界をまたぐ再入処理に起因するバグまでは防げない。

この違いを最も具体的に語るのが、Bunを本番運用するPrismaの事例だ。Prisma Computeはデータベースと同じインフラ上でTypeScriptアプリケーションを動かすPrismaのホスティング基盤で、そのパブリックベータをRust版Bunの上で稼働させている。担当者のAlexey Orlenko氏は、Zig版で「メモリリークの問題と、一時停止・再開後に回復しないコネクションプールの問題に直面していた」と述べている(原文:"We ran into memory leaks and a connection pool that couldn't recover after a VM was paused and resumed")。Rust版のパブリックベータに切り替えたところ、これらの障害はいずれも解消したとOrlenko氏は述べている。

言語移行で障害体質が変わった例は他にもある。Discordは、周期的なレイテンシスパイクを解消するためチャットの既読管理サービスをGoからRustへ移した経緯を公式ブログで説明している。Dropboxも同様にPythonからGoへ基盤を移行した際、約20万行規模のコードを少人数のチームで書き換えたとDropboxのエンジニアリングブログは記している。同ブログが明かす移行の決定時期は「約1年前」で、完了までの所要期間は明記されていない。

Bunのケースはこの延長線上にあるが、実行主体は人間のエンジニアチームではない。11日間書き続けたのは、64並列で稼働するAIインスタンス群だった。

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64並列のClaudeが生んだコードを、創業者はどう検品したか

4つのワークツリーそれぞれで16のClaudeインスタンスが並列に動き、モジュール単位でZigのコードをRustへ書き直していく。あるインスタンスが担当領域のコンパイルを通すと、次の工程が起動して既存のテストスイートを走らせる仕組みだ。この一連の流れが約50種類の動的ワークフローとして11日間走り続けた。

仕組みが自動化されていても、出力の質は一定ではなかった。Claudeがコンパイルさえ通ればよいとばかりに関数の中身を空のスタブへ置き換えてしまう、いわゆる手抜きが発生した。gitのstash操作が競合したり、並列実行でディスク容量が不足したりする事故も起きた。これらはいずれも自動検知の網をすり抜けるため、Sumner氏は11日間にわたって出力を人力で確認し、問題を見つけるたびにコードを直接書き換えるのではなく、AIへの指示や生成ワークフローそのものを修正することで対処した。

Sumner氏はこの作業について、「フルコンテキストを持つエンジニア3人がかりでも1年はかかっただろう」との見積もりを示している。これはあくまで大まかな感覚値だが、実際には創業者1人が11日間監督して完了させたことを踏まえれば、桁違いの圧縮が起きたと言える。検品の実務も人力一辺倒ではなかった。Zigのコードと移植後のRustコードの食い違いを見つけ出す2体の敵対的レビューエージェントと、その指摘を反映する別のClaudeが自動レビュー層を担い、Sumner氏自身は全体の整合性を確認したうえで、実際にコードの多くを読んで手動チェックした。

Sumner氏は「(買収前から)私たちはもう何カ月も自分たちの手でコードを書いていない」とBunチーム全体について述べている(原文:"we haven't been typing code ourselves for many months now. Even pre-acquisition this was pretty much accurate.")。この発言が示すのは、Anthropicによる買収より前からBunチームの役割がコード執筆者から監督者へと移っていた経緯だ。桁違いの圧縮を生んだのは、AIの自律的な判断ではない。実際に効いたのは、Sumner氏自身が明かしたこの多層的な監督の密度だ。

AI提出禁止を説明したZig、その4日後にBunが選んだ道

Zig Software Foundationのコミュニティ副会長を務めるLoris Cro氏は2026年4月29日、AI生成コードによるissueやプルリクエスト、バグトラッカーへのコメントの提出を禁じるZigの既存方針をブログで公に説明した。根拠に据えたのは「貢献者育成」という考え方で、Cro氏はこれを「貢献者ポーカー」になぞらえ、賭けの対象はプレイヤー本人であり、提出されたコードそのものではないと説明している。長年Bunを支えてきた言語のコミュニティが、AIが生成したコードのプロジェクトへの提出そのものを拒む姿勢を改めて鮮明にした瞬間だった。

その4日後の5月3日、Bunは同じ種類の技術、すなわちAIによるコード生成を使って自らをZigから切り離す作業を始めている。5月14日にはmainブランチへのマージが完了し、11日間の書き換えは成功裏に幕を閉じた。Bun公式ブログの発表文は、Zigの反AI方針そのものには直接言及していない。The Registerは、BunとZigの決別が技術的な理由に加え、AIに対するスタンスの違いとしても際立つ事例だと報じている。

Bunの移行完了から2週間ほどが過ぎた2026年5月28日前後、The RegisterとSlashdotは、Zig創始者のAndrew Kelley氏がJetBrainsのポッドキャストでZigへのAI貢献を「常にゴミだ」と評したと報じた(原文:"invariably garbage")。ただしThe Registerは、Kelley氏の姿勢はこの一言だけに単純化できるものではないとも指摘している。本稿がここまで示してきた11日間の実態、すなわちSumner氏が出力を検品し続けた濃密な監督体制は、Kelley氏がZigへの貢献について切り捨てた「常にゴミ」という評価とは一致しない。Bunの沈黙は、Zigへの配慮というより、AIに書かせながら人間が張り付くという実態が賛成・反対どちらの陣営の物語にも当てはまらないことの表れとも読める。

Sumner氏はZigの旧コード約64万行を削除する正当なクリーンアップのプルリクエスト(元のタイトルは「Remove .zig source files」)に、自ら茶化して「slop」ラベルだけを付けた。するとgithub-actionsのBotが説明欄とタイトルの両方を自動的に「ai slop」へ書き換え、「問題の実在を検証していない」「修正が機能するかテストしていない」といった定型基準を理由にこのプルリクエストを自動クローズした。11日間にわたって出力を人力で検品し続けたのは他ならぬSumner氏自身であり、そのSumner氏がラベル欄でふざけただけで、審査Botは中身を検証せずに閉じている。誰が実際にコードを検品したかを評価する仕組みを、自動化された審査の仕組みはまだ持っていない。

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買収から7カ月、3倍に伸びたBunのダウンロード数

AnthropicがBunを買収したのは2025年12月2日で、この時点でClaude Codeは年換算収益(ARR)10億ドルに達していた。BunはNode.jsの代替を掲げる全部入りのJavaScript・TypeScript実行環境で、買収以前から数カ月にわたる提携を通じてClaude Codeのインフラ拡張を支えており、買収はその関係を正式なものにした。買収から7カ月余りが過ぎた2026年7月時点で、Bunの月間ダウンロード数は買収時点の700万超から2200万超へと3倍に伸びている。この伸びのうちどこまでが買収やRust移行の効果によるものかを示す内訳データは公表されていないが、少なくとも時期としては重なっている。

日本の開発者にとっても影響は具体的だ。VercelやRailwayはBunをファーストパーティ対応のランタイムとして扱っており、Claude Codeを日常的に使う国内の開発者はBunの起動速度や安定性の恩恵を直接受ける立場にある。1日あたり約242万円というAPI費用の水準は、同様の並列AIパイプラインの導入を検討する国内企業にとっても具体的な予算感の参考になる。

Bunの事例が示したのは、AIが独力でソフトウェアを書き上げる未来ではない。100万行規模の書き換えを任せられる条件として整っていたのは、創業者本人が11日間張り付いて監督する濃密な体制だった。コンパイルとテストスイートを通過させ、敵対的レビューエージェントの検証を経て、最後にSumner氏自身が全体を確認し多くのコードを読むという多層の検品フローは、Bun自身の11日間ではすでに機能した実績を持つ。この体制をAnthropic傘下の他プロジェクトへ広げられるかどうかを決めるのは、AIの性能ではない。対象コードベースを隅々まで把握し、11日間張り付ける気力を持つ「Sumner氏のような監督者」をどれだけ確保できるかが、次の律速要因になる。