Fenris Creationsは2026年7月1日、EVE OnlineとEVE Frontierの基盤であるゲームエンジンフレームワーク「Carbon」のオープンソース化が完了したと発表した。Carbonは、EVE Onlineが2003年のサービス開始以来維持してきた単一宇宙、プレイヤー主導の経済、大規模戦闘を支える内製基盤である。同社は今回の公開を、永続する仮想世界の土台を外部から見える形にする取り組みとして位置づけている。
公開の意味は、一般的なゲームエンジンの無料配布とは異なる。Fenrisが説明する通り、Carbonは広い商用ライセンス市場を狙って作られた汎用エンジンではなく、EVE Onlineと同社の関連タイトルを長期運用するために育てられてきた技術群である。今回外に出たのは、UnityやUnreal Engineの代替としてすぐ使う完成品ではなく、20年以上続くライブサービスの中で磨かれた描画、シミュレーション、ネットワーク、リソース管理、Python連携、スケジューリングの実装である。
GitHub上のCarbon Engine組織には、2026年7月2日時点で33の公開リポジトリが並ぶ。Fenrisの発表は「20を超えるCarbonモジュール」と説明しており、公開範囲にはTrinity、Destiny、Core、Resources、IO、Scheduler、Audio、Blue、Pathfinder、vcpkg-registryなどが含まれる。多くはC++を中心に、Python、C、CMakeを組み合わせた構成で、ライセンスは主要リポジトリの多くがMIT License、Spatial Audio Object ClusteringはApache License 2.0となっている。
公開されたのはEVEを動かしてきた基盤層
Carbonの中で象徴的なのが、描画モジュールのTrinityと、物理シミュレーションおよび経路探索を担うDestinyである。FenrisのCarbonページでは、TrinityをCarbonの視覚表現の中心、Destinyを大規模戦闘を支えた物理と経路探索の技術として説明している。Destinyについては、EVE Onlineで記録された8,825人参加のマルチプレイヤーPvP戦闘と、6,557人の同時参加記録に関わる技術としても紹介されている。
この文脈があるため、Carbonの公開はゲーム開発者に加え、分散シミュレーション、永続型オンライン空間、ユーザー生成の経済圏に関心を持つ研究者にも意味を持つ。EVE Onlineは、短期間のマッチで完結するオンラインゲームではなく、プレイヤー組織、物流、戦争、政治的判断が長期に積み重なる設計で知られる。Carbonは、その状態を毎日運用し続けるための低レイヤーを含む。
Coreリポジトリは、OSやハードウェア差を吸収する低レベル機能を提供する。SchedulerはGreenletコルーチン向けのチャンネルとスケジューラを実装し、Stackless Pythonに近い順序と挙動を目指したものだ。BlueはC++とPythonをつなぐ層で、組み込みPython、ゲームループ、リソース読み込みなどを扱う。CarbonがPythonスクリプティングを土台にしてきたことは、FenrisのCarbonページでも明記されている。
オープンソース化で見える「使える範囲」と「残る依存」
実務上の見どころは、公開範囲の広さと同時に、すぐに外部で組み上げられる範囲の見極めである。TrinityやCore、SchedulerなどのREADMEは、リポジトリ直下のCMakeListsを使ったビルドを案内している。一方で、DestinyとBlueのREADMEは、ビルドにPerforce上の依存が必要で、CCP_EVE_PERFORCE_BRANCH_PATHを前提にすると説明している。コードが読めることと、外部の開発環境だけで完全に再構成できることの間には距離がある。
Audioにも同じ種類の現実的な制約がある。Carbon AudioはEVE OnlineとEVE Frontierを支える音響コンポーネントで、Wwise SDKのラッパーやサウンド優先度制御を含む。READMEは、外部貢献者が自分のWwiseライセンスを用意する必要があること、実行にはSoundBankとメタデータJSONが必要であることを示している。ゲームエンジンの公開では、コード本体のライセンスと、商用ミドルウェア、アセット、ゲーム固有データの扱いを分けて読む必要がある。
ライセンス面でも境界は明確だ。Trinity、Destiny、Audioなどの主要リポジトリはMIT Licenseで公開されているが、READMEとライセンス周辺の記述は、CCP GamesやFenris Creationsの商標、EVEのゲームコンテンツへの権利は付与しないと明記している。外部開発者が得られるのは、EVEそのものを複製する権利ではなく、Carbonの構成要素を読み、改変し、条件に従って利用する権利である。
Fenris独立後の公開が示す開発戦略
今回の公開は、Fenris Creationsが2026年5月にPearl Abyss傘下から独立し、CCP Gamesから社名を変えた後に出てきた動きである。Fenrisは5月6日の発表で、取引価値が1億2,000万ドルであること、経営陣と長期投資家が所有グループに入ること、リーダーシップ、スタジオ、製品、開発計画は変わらないことを説明していた。同じ発表で、Google DeepMindとの研究提携と、Googleによる少数持分取得も明らかにしている。
この独立後の文脈では、Carbonの公開はFenrisの開発戦略にも関わる。FenrisはEVE Onlineを長期運用する会社であると同時に、EVE Frontierという新しい永続型オンライン空間を開発している。7月1日の発表では、Carbonが今後もEVE OnlineとEVE Frontierを支え続けること、EVE Frontierではモッディング可能でプレイヤーが形作る仮想世界という構想にオープン技術が関わることが示された。
FenrisはEVE Onlineのコミュニティについて、サードパーティーツール、公開API、経済分析、コーポレーション運営、同盟の物流、プレイヤー運営サービスを長年築いてきた存在として説明している。Carbonの公開は、その関係をアプリケーション層から基盤層へ広げるものだ。プレイヤーや外部開発者は、これまでAPIやデータの利用者だったが、今後はエンジンの設計思想や一部実装に直接触れられる。
次の焦点は、読むコードから使える部品へ進めるか
Carbonの価値は、最新のレンダリング機能だけで測るより、永続世界を壊さずに更新し続けるための設計にある。公開リポジトリには、描画、ワールドシミュレーション、ネットワーク、音響、リソース管理、Python連携、ビルド用のvcpkgレジストリまで含まれている。ゲームクライアントだけで完結しないオンライン世界の運用基盤を、かなり広い範囲で外から読める状態にしたということだ。
Carbonが外部コミュニティにどこまで定着するかは、公開直後の話題性よりも、ビルド手順、依存関係、ドキュメント、IssueやPull Requestへの反応で決まる。すでにリポジトリには標準的なPull Request型の貢献方針が書かれており、vcpkg-registryも公開されている。一方で、Perforce依存やWwise SDK要件が残るコンポーネントは、外部からの再利用が限定される。
EVE Onlineは20年以上にわたり、単一宇宙の運用、プレイヤー経済、大規模戦闘を組み合わせてきた。その基盤を公開したことで、永続型オンライン世界を作る開発者は、成功例の表層ではなく、実際に使われた部品と制約を比較できるようになった。今後の焦点は、Carbonが研究対象や学習教材として読まれた後、外部の開発者が自分のプロジェクトへ取り込める部品へ育つかどうかである。