AIデータセンターの増設競争が、光トランシーバーの材料であるインジウムリン(InP)基板を奪い合う段階に入った。台湾の経済日報は2026年8月17日、基板各社が10〜12月期に10%以上の追加値上げを検討していると報じた。だが、供給側では数年先の生産枠まで押さえる長期契約が相次いでいる。価格が上がっても、基板を入手できなければレーザー用エピウェハーを作れないためだ。
この逼迫は、全新光電(VPEC)、聯亞光電(LandMark Optoelectronics)、英特磊(IntelliEPI)に需要増をもたらす一方、仕入れ原価と生産量の上限も突き付ける。追い風を売上と利益に変えられるかは、InP基板の確保、顧客への価格転嫁、量産歩留まりという三つの条件に左右される。
InP基板に4回目の値上げ観測
経済日報によると、InP基板は2025年10〜12月期からすでに3回値上がりし、次が4回目になる。これまで3〜5%だった上げ幅は10%以上へ広がる見通しだという。基板上に半導体層を成長させたエピウェハーも2回値上げされ、10〜12月期に3回目が検討されている。ただし、これらは供給各社の公式価格表ではなく、同紙が業界関係者の話として伝えた数字である。
値上げの方向は一次資料でも確認できる。JX金属は2026年6月、InP基板の増産と並行して顧客へ価格改定を求めると発表した。7月にはAXTとLumentumが2031年末までの供給契約を結び、Lumentumは生産枠の予約に合計8,700万ドルを前払いする予定である。契約価格よりも、必要な枚数を確保する権利に資金が向かっている。
供給を絞る政策要因も重なった。中国商務部と税関総署は2025年2月4日、InPと二つの有機インジウム原料を輸出許可制の対象に加えた。対象にはトリメチルインジウムとトリエチルインジウムが含まれる。米地質調査所(USGS)の2026年版統計では、2025年の精製インジウム生産量は世界全体で1,100トン、このうち中国が760トンと約69%を占める。これはInP基板の市場占有率を表す数字ではないが、原料の上流が一国に集中していることは分かる。
Reutersは2026年6月、規制導入後に6インチInPウエハーの平均価格が250%上昇し、5,000ドルに達したと報じた。仕様や契約条件をそろえた公的な価格指数ではないため、10〜12月期の10%以上という観測と機械的には比較できない。それでも、輸出許可の遅れとAI向け需要が同時に効いているという説明は、JX金属の価格改定や長期契約の動きと一致する。
シリコンフォトニクスでもInP光源は残る
InPが不足する理由は、AIサーバー間で動くデータ量が増えたことに加え、伝送方式が高速な光接続へ移っているためだ。InPは1310〜1550ナノメートル帯で効率よく発光でき、電気信号を光へ変えるレーザーや、光を電気へ戻す受光素子に使われる。800Gや1.6Tの光トランシーバーでは、電界吸収型変調器集積レーザー(EML)や連続波(CW)レーザーなどの中核材料になる。
シリコンフォトニクスが広がればInP需要が消える、とは限らない。シリコンは光回路の集積に向くが、通信波長帯の光を効率よく生み出す光源にはInP系材料が使われる。Coherentが2026年3月に示したコパッケージド・オプティクス(CPO)の試作も、シリコンフォトニクス回路と高出力InP CWレーザーを組み合わせている。方式が変わると、InPの役割は光回路全体から外部光源へ移る。
住友電工も、1.6TでEMLを使うかどうかは波長数やメーカーの設計によって異なり、EMLを選ぶ企業とCWレーザーを選ぶ企業があると説明している。高速化が進むほどInPの使用量が必ず同じ比率で増えるわけではないが、複数の方式が併存すれば、それぞれに対応する供給能力が必要になる。
増産計画が供給増に結び付くまで時間がかかる
基板各社は異例の規模で増産へ動いている。JX金属は今後4年で最大1,200億円を投じ、過去に発表した分と合わせて投資額を約1,500億円へ積み上げる。茨城県の磯原工場に加えて、ひたちなか地区にも生産体制を設け、InP基板の生産能力を2025年度比で7〜10倍にする計画だ。ただし、詳細な設備導入日と量産開始日はまだ示していない。
Coherentは米テキサス州Shermanにある6インチInP工場を拡張し、米商務省から最大5,000万ドルのCHIPS法支援を受ける意向書を結んだ。2026年8月の投資家資料では、内製InP出力を年末までに倍増させ、2027年にはその水準からさらに2倍を超えて増やす計画を掲げる。AXTも4〜6月期に過去最高のInP売上を記録し、四半期売上高は前年同期の1,800万ドルから4,760万ドルへ増えた。
それでも供給がすぐに余るとは考えにくい。Lumentumが2026年3月に発表した米国の新工場は6インチInPを使うが、量産開始は2028年半ばの予定である。単結晶基板、エピタキシャル成長、素子の各工程では、設備の据え付け後に歩留まりを上げ、顧客の認定を通す必要がある。公表済み投資の大きさからも、供給不足が容易には解消しないことが読み取れる。設備投資の発表が、2026年10〜12月期の供給量を直接増やすわけではない。
大口顧客が2031年まで生産枠を押さえるのも、この時間差を見越した動きだ。短期の需給を緩める材料は、新工場の計画発表ではなく、既存ラインの稼働率、6インチ化による取れ数の増加、輸出許可の処理速度になる。
台湾3社を左右する基板確保と価格転嫁
聯亞光電は、需要を業績へ変え始めている。同社の2026年上期売上高は21億2,600万台湾ドルで前年同期比111%増、粗利率は56%だった。年報によれば、800Gと1.6T向けのEML、CWレーザー、受光素子用エピウェハーを量産している。2026年4月には住友電工と2030年までのInP基板長期契約を結び、設備投資を13億1,500万台湾ドルへ増やした。売上の伸びと材料確保が同時に確認できる点で、三社の中では需給逼迫の恩恵を測りやすい。
英特磊の開示からは、売上が伸びる一方で原価負担も増している実態が読み取れる。同社の2025年InPエピウェハー売上は前年比97.23%増えた。一方、Sumitomo Semiconductorからの仕入れは1億2,123万4,000台湾ドルで、総仕入れの45.27%を占める。生産向け仕入れ全体は前年比67.38%増え、売上の伸び率50.49%を上回った。同社はIII-V族材料の値上がりを受けて在庫を積み増したとも説明している。需要が強くても、原価上昇を販売価格へ移せなければ利益率は縮む。
全新光電は、MOCVDでInP HBT、InGaAs系の受光素子、DFBレーザーなどを手掛け、年報で6インチ量産能力とInP製品の増産方針を示している。ただし、最新のInP基板調達量、長期契約の範囲、値上げの転嫁率は開示していない。受注の強さと調達制約を分けて見る必要がある。
三社を同じ「InP関連銘柄」として束ねると、基板高の影響を見誤る。確認すべき数字は、売上成長率に加えて、原材料在庫、仕入れ額、粗利率、長期契約で確保した数量である。2026年10〜12月期に報道通り10%以上の値上げが実施された場合、2027年初めの決算から各社の転嫁力が表れる。さらに2028年には、JX金属、Coherent、Lumentumの増産が計画通りに進んだかどうかが、需給と価格の行方を左右する主要な材料となる。
