自作PCを組み立てたことがある人なら、DDR5メモリ32GBキットを1万円前後で買えた2024年の記憶があるだろう。2026年8月、同じキットはドイツで475〜540ユーロ(約8万〜9万円)する。ComputerBaseの価格追跡データによれば、Kingston Fury Beast 32GB DDR5キットの価格は、2025年9月の114ユーロから2026年8月には523ユーロへ上昇した。上昇率は約360%に達する。
これは一時的な在庫不足や投機的な買いだめではない。メモリ半導体産業の生産構造そのものが、AIインフラストラクチャの需要によって組み替わった結果だ。過去30年間、メモリ市場を規律してきたサイクルの前提が、根本から崩れつつある。
DRAM産業の30年ルールが破綻した
DRAM市場は1990年代半ばから、boom(好況)とbust(不況)のサイクルを繰り返してきた。IC Insightsのデータによれば、1990年代半ばに20社以上あったDRAMメーカーは、このサイクルを生き残れず2021年時点で6社にまで減少した。Samsung、SK hynix、Micronの3社で世界シェアの94%を占める寡占市場である。
従来のサイクルには自己修正機能があった。価格が高騰すればメーカーが増産に動き、18カ月から2年程度で供給が追いつき、価格が下落する。下落すれば設備投資が止まり、やがて再び不足する。この周期は2〜3年だった。2017〜2018年のメモリ高騰期にも、SamsungとSK hynixが相次いで増産を発表し、2019年には価格がピークの半分以下に落ち込んだ。
2026年の局面が過去と異なるのは、需要の質が変わった点にある。AIデータセンター向けGPUに搭載される高帯域メモリ(HBM)は、同じ1ギガバイトあたりで標準DRAMの約3倍のウェハー面積を消費する。MicronのEVP、Sumit Sadanaは「HBM3Eを100ビット生産すると、DDRの供給を約300ビット分犠牲にしている」と述べている。次世代のHBM4、HBM4Eではこの比率が4:1に悪化する見通しだ。
しかもHBMの製造にはTSV(シリコン貫通電極)形成や多層ダイ積層など、標準DRAMには存在しない約20の追加工程が必要で、一度HBM向けに振り分けた生産ラインを通常のDRAM製造に戻すには大規模な再ツール化が要る。HBMとDDR5の生産能力は互換性がない。
| 指標 | 2025年7月(基準期) | 2026年8月(現在) | 変化 |
|---|---|---|---|
| ドイツDDR5価格指数(3D Center) | 100% | 486% | +386ポイント(約4.9倍) |
| 米国32GB DDR5キット(Tom's Hardware) | 100〜200ドル | 350ドル〜 | 約1.8〜3.5倍 |
| 英国Corsair Vengeance 32GB(TechRadar) | 99.99ポンド | 約4倍の水準 | 約4倍 |
| 日本64GB×2 DDR5-6000最低価格(AKIBA PC Hotline!) | 調査対象外(推定27万円前後) | 316,980円 | 前月比+44,400円 |
| 中国・華強北DDR5 16Gbスポット(経済日報) | 約35ドル | 40ドル | 前週比+14.29% |
供給側で起きている三つの構造的変化
第一に、メーカーの生産配分がHBMに大きく傾いた。SK hynixはDRAMウェハー生産能力の約30%をHBMに割り当てており、2027年には40%に達すると業界アナリストは予測している。SK hynixは2026年のHBM、DRAM、NANDの生産能力が「実質的に完売」と決算電話会議で表明した。HBMの利益率が標準DRAMを大幅に上回る以上、メーカーが消費者向け製品よりもAI向け製品を優先するのは合理的な経営判断である。
第二に、Micronが2025年12月に消費者向けブランドCrucialの撤退を発表した。約30年間続いたDIY市場への直接販売を終了し、データセンター向けとOEM供給に経営資源を集中する。MicronのマーケティングVP、Christopher Mooreは「消費者を助けようとしている。異なるチャネルを通じてだが」と述べたが、自作PC市場から選択肢が一つ消えた事実は変わらない。Crucialは長年、自作PCユーザーにとって手頃な価格の選択肢であり続けてきた。その撤退は、メーカーが消費者市場を成長領域と見なしていないことの証でもある。
第三に、新工場の建設には時間がかかる。SK hynixの龍仁(ヨンイン)新工場は2027年2月に設備搬入を開始し、初期月産4万枚、2027年に8万枚のウェハー投入を見込む。MicronのIdaho ID1工場は2027年半ばに稼働予定だが、「市場環境を変える意味のある生産量」は2028年以降とMicron自身が見込んでいる。新DRAM工場の建設費は150億ドルを超え、建設から量産まで最短でも18カ月以上を要する。仮に今すぐ着工しても、2028年以前に消費者向けの供給を緩和する効果は期待しにくい。
華強北から秋葉原まで、小売チャネルに波及した価格上昇
今回の価格上昇が過去のメモリ高騰と違うもう一つの特徴は、契約市場から小売市場への波及速度だ。
中国・深圳の華強北では、経済日報が8月5日に報じた時点でDDR5 24Gbが前週比14.29%増の48ドル、16Gbが同14.29%増の40ドルに跳ね上がった。業界関係者は「過去6カ月は比較的穏やかな上昇だったが、今回はサプライヤーの長期契約から小売チャネルへの波及が明確に加速した」と指摘している。華強北は世界の電子部品流通のハブであり、ここでの価格変動は数週間以内に世界中の小売価格に反映される。
日本の秋葉原では、AKIBA PC Hotline!の調査で64GB×2のDDR5-6000キットが前月比44,400円高の316,980円、DDR5-6400が32,820円高の367,620円に達した。低容量キットでは一部値下がりも見られるが、高容量品の逼迫が顕著だ。
米国ではTom's Hardwareが、2025年10月に100〜200ドルで買えた32GB(2×16GB)DDR5キットが、現在350ドル前後からでないと入手できず、在庫自体が限られていると報告している。
TrendForceが見通す2027年までの価格軌道
TrendForceは2026年7月9日のレポートで、2026年第3四半期のサーバーDRAM契約価格が前四半期比13〜18%上昇すると予測した(契約価格の絶対額は個別交渉事項のため未公表)。市場が供給不足の状態にあるため、サプライヤーが四半期中にさらに見積もりを引き上げる可能性もあるとしている。
2027年については、RDIMMのビット供給が前年比15〜20%の増加にとどまり、サーバーCPU出荷台数の伸びを大幅に下回るとTrendForceは試算する。この需給ギャップを背景に、2027年にはサーバーDRAMの不足がすでに織り込まれており、契約価格は2026年後半から2027年後半にかけて四半期ごとに上昇を続ける見通しだ。ただし上昇ペースは徐々に鈍化するとTrendForceは見ている。
一部のクラウドサービスプロバイダー(CSP)はすでに複数年の長期供給契約(LTA)を締結しており、価格上昇の圧力はLTAを持たないバイヤーや、LTA枠外の追加供給に集中しつつある。大規模な調達力を持たない中小のサーバー事業者や、自作PCユーザーが最も影響を受けやすい構造になっている。
出口はどこにあるか
IEEE Spectrumが取材したメモリ経済学者や業界専門家の間では、需給均衡の回復に「数年単位」が必要という見方が大勢を占める。MicronはDRAM供給の干ばつが2028年以前に意味ある形で解消される可能性は低いと明言した。
供給側の緩和材料としては、SK hynixの龍仁工場(2030年までに月産36万枚の追加)、MicronのIdaho ID1(2027年半ば稼働)とニューヨーク州のメガファブ計画(総投資額1000億ドル、2026年1月着工)、そしてSamsungのHBM生産50%増強計画がある。しかし、これらの増産分はまず既存の不足を埋めるのに吸収され、消費者向け価格の低下に寄与するのはさらに先になる可能性が高い。
SemiAnalysisの分析では、HBMはGPUパッケージコストの50%以上を占め、標準DRAMの3倍の価格で取引されている。AIアクセラレータ1チップあたりに搭載されるメモリ容量も世代を追って増加しており(Nvidia GB200で192GB、AMD MI350で288GB)、需要の天井は見えない。
一方で、このサイクルが過去のDRAM不況と同じように反転するリスクも残る。AIデータセンターへの投資が数千億ドル規模で計画されているが、その収益性が疑問視される局面が来れば、需要が急減し、今度は過剰供給と価格暴落が起きうる。ただしその場合でも、消費者が再び1万円で32GBキットを買えるようになるかは、メーカーがどの程度生産配分を元に戻すかにかかっている。
PC自作の趣味を持つ個人にとって、当面の現実はシンプルだ。最早メモリは「いつか安くなるから待てる部品」ではなくなってしまったのだ。



