2025年5月、Fordはシカゴ工場でExplorer SUVの生産を1週間停止した。原因は半導体でも電池でもない。ジスプロシウムとテルビウム、2つの重希土類元素だった。中国商務部が同年4月4日、サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウム関連品目の7カテゴリを輸出管理リストに加え、ライセンス制を導入した直後のことである。スズキは5月26日から主力車種Swiftの生産を止め、インドのBajaj AutoはEV生産への深刻な影響を警告した。欧州の自動車サプライヤー協会CLEPAによれば、ライセンス申請の約4分の1しか承認されておらず、複数のサプライヤー工場で生産ラインが停止した。
この混乱は、電気自動車(EV)の駆動モーターが抱える構造的な脆弱性を露呈した。高性能EVモーターのほとんどがネオジム鉄ボロン(NdFeB)焼結磁石を使い、高温環境での耐減磁性を保つためにジスプロシウムやテルビウムを添加している。その供給網は中国に極端に集中している。調査会社IDTechExの2025年の推計では、レアアース採掘の69%を中国が占め、下流の分離、金属化、磁石製造まで含めるとその割合は約90%に達する。
半世紀の「常識」が作られた経緯
EVモーターに希土類磁石が使われるようになったのは、必然というより歴史的な収束の結果だった。1980年代にNdFeB磁石が実用化されると、その高い磁気エネルギー積(、磁石が蓄えられる磁気エネルギーの密度を示す指標)により、小型で高出力のモーター設計が可能になった。特に自動車用途では、限られたスペースに大出力を詰め込む必要があり、NdFeB以外の選択肢はほとんど検討されなくなった。
一方、軸方向磁束(アキシャルフラックス)モーターの概念自体は新しいものではない。1831年にFaradayが作った円盤型発電機が最初の軸方向磁束機械であり、Teslaは1889年に円盤型モーターの特許を取得している。磁束が回転軸に平行に流れるこの構造は、半径方向磁束(ラジアルフラックス)モーターと比べて理論上、体積あたりの出力密度で優位に立つ。ある比較研究では、同一出力定格で軸方向磁束モーターは半径方向磁束モーターより出力密度が68.8%高く、体積は40.6%小さいという結果が報告されている。
しかし、ディスク形状の大型機械で微小なエアギャップを精度よく維持する製造上の困難さから、軸方向磁束モーターは長らく研究室に留まっていた。状況が変わったのは、希土類永久磁石の登場によってエアギャップを大きく取っても性能を確保できるようになり、さらに近年の精密加工技術が製造障壁を下げたことによる。
YASAが59 kW/kgで示した「軸方向磁束の実力」
英国オックスフォードに本社を置くYASAは、2021年にMercedes-Benz Groupの完全子会社となり、軸方向磁束モーターの量産化を推進してきた。2025年10月22日、同社は12.7 kgのプロトタイプモーターからピーク出力750 kW(約1,000馬力)を引き出し、出力密度59 kW/kgという非公式ながら世界記録を達成したと発表した。これは同年夏の時点での記録42 kW/kg(13.1 kgで550 kW)から約40%の向上に当たる。連続出力は350〜400 kWと見積もられている。
2026年6月には、Mercedes-BenzがベルリンのMarienfelde工場で軸方向磁束モーターの量産を開始した。Mercedes-AMG GT 4ドア Coupeに搭載されるこのモーターは、前軸用が幅9 cm未満、後軸用が約8 cmという薄さで、1軸あたり3基が遊星歯車と一体化したユニットに収まる。前軸モーターの回転数は15,000 rpmを超える。量産化に際して35の工程が世界で初めて導入され、30件以上の特許が出願された。
| 指標 | 半径方向磁束モーター(典型) | YASA軸方向磁束モーター |
|---|---|---|
| 出力密度 | 約5〜15 kW/kg(車載用NdFeBモーターの一般的範囲) | 59 kW/kg(ピーク、2025年10月実測) |
| 構造 | 円筒形、磁束が半径方向に流れる | ディスク形、磁束が軸方向に流れる |
| ロータ配置 | 内側ロータが一般的 | 2枚のロータがステータを挟む |
| 製造の課題 | 成熟した量産技術 | エアギャップ精度、専用工程が必要(35工程が世界初) |
| 希土類使用 | NdFeB + 重希土類(Dy/Tb)が標準 | 現在NdFeBを使用、Project Resilienceで脱却を目指す |
Project Resilienceが描く「2本の道」
2026年8月10日、YASAは英国政府のDRIVE35プログラムから助成金を獲得し、Project Resilienceを開始すると発表した。DRIVE35(Driving Research & Investment in Vehicle Electrification)は、2025年7月に立ち上げられた英国の先進製造セクター計画の中核をなすプログラムで、2035年までに自動車研究開発、スケールアップ、転換に40億ポンドの助成金を配分する。Project Resilienceは、その中の「Demonstrate」競争で採択された10件の1つであり、10件合計で政府資金900万ポンド、政府と産業界の合計投資は1,800万ポンドを超える。YASA単独の助成額は公表されていない。
プロジェクトの核心は、共通のステータ技術を基盤に2つのロータ技術経路を開発する点にある。
第1の経路は、高性能バッテリーEVおよびハイブリッド車向けに、重希土類(ジスプロシウム、テルビウム)を不使用とした永久磁石モーター設計の開発である。磁石自体は使うが、添加元素としての重希土類を外すことで、出力密度を落とさずにモーター質量やパッケージサイズを増やさないことを目指す。APCのプロジェクト概要では「ビル・オブ・マテリアルズからジスプロシウム/テルビウムを除去する」と明記されている。
第2の経路は、完全な希土類フリーの軸方向磁束技術で、異なる性能、コスト、製造要件を持つ車両用途に対応する。こちらがどの磁石材料を採用するかは現時点で公表されていない。
YASAのモーターシミュレーション責任者Tom Hillmanは「異なる用途には、性能、効率、パッケージング、コスト、生産台数の異なるバランスが必要だ。だからこそ、単一の万能解ではなく、相互補完的な2つの技術経路を開発している」と述べている。
APCの要件では、Demonstrate競争で資金を得たプロジェクトは12ヶ月以内に製品または工程のデモンストレータを構築しなければならない。つまり、2027年夏までに何らかの実機検証が求められる。
競合する「希土類なし」のアプローチ
YASAの試みは孤立したものではない。希土類フリーのEVモーターを実現しようとする動きは、2025年の供給危機を契機に加速している。
最も実績があるのは、巻線界磁同期モーター(EESM)だ。ロータに永久磁石の代わりに銅の電磁石を使い、レアアースを一切使わない。Renault、BMW、NissanがすでにEVに採用している。ただし、励磁電流による損失が生じるため、永久磁石モーターと比べて効率が数ポイント低下し、モーター体積も大きくなる傾向がある。
フェライト磁石を使う方法もある。原料は広く入手可能で中国に依存しないが、磁気性能がNdFeBに远く及ばない。同じ出力を出すために必要な磁石体積が大幅に増え、モーター全体が大型化する。IDTechExは、性能帯の低い車両セグメント向けにはフェライトモーターが成立しうると分析する。
新材料として注目されるのが窒化鉄()磁石である。米国MinneapolisのNiron Magneticsが商業化を進めており、2024年にパイロットプラントを開設、2025年10月にはStellantisとの共同開発を発表した。2026年8月7日には、米国War省(旧国防省)の戦略資本室から最大1億5,000万ドル(1億5,000万ドル、20年償還)の条件付き直接融資を獲得したと発表している。Minnesota州Sartellに建設中の年産1,500トン規模の工場は2027年に稼働予定で、鉄と窒素という豊富な元素のみを使う。
| アプローチ | 希土類使用 | 出力密度の傾向 | 採用実績 | 課題 |
|---|---|---|---|---|
| NdFeB + 重希土類(現状主流) | あり(Nd, Dy/Tb) | 最も高い | ほぼ全ての高性能EV | 中国依存、価格変動 |
| 重希土類フリー永久磁石(YASA経路1) | 軽希土類(Nd)のみ | 現状と同等を目指す | 開発段階 | 高温耐性の確保 |
| 完全希土類フリー(YASA経路2) | なし | 未公表 | 開発段階 | 磁石材料・設計が未確定 |
| 巻線界磁同期モーター(EESM) | なし | 永久磁石式より低い傾向 | Renault, BMW, Nissan | 励磁損失、体積増 |
| フェライト磁石 | なし | 大幅に低い | 低出力用途で一部 | モーター大型化 |
| 窒化鉄磁石(Niron Magnetics) | なし | NdFeBに近い可能性 | パイロット段階、2027年量産目標 | 保磁力と相安定性の課題 |
「磁石の地政学」が変える設計思想
Project Resilienceが興味深いのは、単に材料を置き換えるのではなく、モーターアーキテクチャそのものを「脱希土類」のプラットフォームとして再設計しようとする点にある。共通ステータ上に異なるロータ技術を載せ替えるモジュール型設計は、車両プログラムごとに最適な磁石戦略を選べる柔軟性を与える。高性能モデルには重希土類フリーの永久磁石、コスト重視のモデルには完全希土類フリーのロータ、という使い分けだ。
IDTechExは、2036年までにEV市場の約30%が希土類フリーモーターを使用するようになると予測する。ただしこの数値は、中国がEV市場とレアアース市場の両方を支配していることで押し下げられており、欧州と米国では希土類フリー代替の比率がより高くなると見込まれる。
12ヶ月の期限と、まだ見えない答え
Project Resilienceが直面する最大の不確実性は、重希土類を除去した磁石が車載環境の高温・高負荷条件下で十分な耐減磁性を保てるかどうかである。ジスプロシウムやテルビウムは、NdFeB磁石の保磁力(外部磁場に対する耐性)を高めるために添加されており、これを外せば高温での減磁リスクが上がる。YASAの軸方向磁束構造が熱的に有利に働く可能性はあるが、実証データはまだ出ていない。
完全希土類フリー経路でどの材料を使うのかも未公表だ。窒化鉄、フェライト、あるいはまだ公表されていない新材料か。APCの要件通り12ヶ月以内にデモンストレータを提示できるかどうかが、最初の検証ポイントになる。
供給の安全保障と環境負荷の低減、そして出力密度の維持。この3つを同時に満たす解は、まだ誰も量産レベルで示していない。Project Resilienceの12ヶ月が、その輪郭を初めて明らかにする。



