中国のテクノロジー企業が2026年に、NVIDIAのゲーム用・ワークステーション用GPUを100万個以上購入したと、Financial Times(FT)が10月13日に報じた。中国では国産AIチップの増産が進んでいるものの、急増する計算需要を賄いきれず、本来は別の用途を想定したGPUをAIの推論処理に転用する動きが広がっているという。背景には、NVIDIAのCUDAを中心に構築された既存のソフトウェア環境を引き続き利用したいという事情もある。ただし、GPUの購入個数がそのままAIの処理能力の増加を意味するわけではない。AIの推論には入力を処理する工程と回答を生成する工程があり、それぞれに求められるハードウェアの特性も異なる。今回の大量購入がどのような需要を補い、どこに限界があるのかを理解するには、この違いが重要になる。

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国産AIチップの増産が進んでも、NVIDIA製GPUを買い続ける理由

FTの報道によると、中国企業が購入した製品には、RTX PRO 6000D、RTX PRO 5000、RTX 5090などが含まれる。いずれもゲームや設計・描画などを主な用途とするGPUだが、中国企業はこれらをAIモデルの推論処理の一部に利用しているという。なお、購入数量や具体的な用途はFTの取材に基づく情報であり、NVIDIAが公表した公式の販売統計ではない。

こうした動きの背景には、中国国内のAIチップ生産が急速に拡大しているにもかかわらず、それを上回るペースで需要が増加しているという事情がある。FTが伝えた推計によると、2026年の中国企業によるAIチップ供給量は350万個に達する見通しで、このうち約100万個は海外で製造される。一方、需要は500万個を大幅に超えると見込まれている。したがって、350万個という数字をすべて中国国内で製造されたチップの数量と解釈するのは正確ではない。

中国のAIチップ生産量は、前年から2倍以上に増加したとも報じられている。つまり、国産チップの開発や生産が停滞しているためにNVIDIA製GPUへの依存が続いている、という単純な構図ではない。国内の供給能力が拡大する一方でAIの計算需要も増え続けており、企業は入手可能なハードウェアを用途に応じて使い分ける必要に迫られていると考えられる。

もっとも、購入されたゲーム用GPUと国産AIチップの個数を単純に合算しても、供給不足がどの程度解消されたかは分からない。GPUごとに演算性能やメモリ容量、対応するソフトウェアが異なるうえ、購入した製品がすべて実際のAIサービスで稼働しているとも限らないからだ。今回の報道から分かるのは調達規模の大きさであり、100万個の購入によって同じ規模のAI処理能力が新たに確保されたとまでは判断できない。

AI推論の「プリフィル」と「デコード」ではGPUに求められる性能が異なる

FTが報じたGPUの転用先の一つが、AI推論の「プリフィル(Prefill)」と呼ばれる工程だ。大規模言語モデル(LLM)の推論は、大きく分けてプリフィルとデコード(Decode)の二つの段階で進む。プリフィルでは、モデルが利用者の入力をまとめて処理し、回答の生成に必要な計算結果を準備する。その後のデコードでは、その結果を利用しながら回答を少しずつ生成していく。どちらもAIの推論に欠かせない工程だが、処理の特性によってGPUに求められる性能は異なる。

NVIDIAは、推論基盤「Dynamo」の設計文書で、プリフィルは主に演算性能、デコードは主にメモリの性能が制約となりやすい処理だと説明している。プリフィルでは入力された多数のトークンをまとめて計算できるため、GPUの演算器を効率よく活用しやすい。一方、デコードでは新たなトークンを順番に生成するたびにモデルのパラメータや過去の文脈に関する情報を参照する必要があり、メモリ容量や帯域幅が性能を左右しやすい。

この違いを踏まえると、ゲーム用GPUを比較的単純なAI処理に転用するという説明を、計算負荷の小さい仕事を任せているという意味に受け取るのは適切ではない。特に長い文章や大量の入力データを一度に処理する場合、プリフィルにも相当な演算能力が必要になる。最先端のAIアクセラレータが担う処理をすべて置き換えられなくても、プリフィルなどの特定の工程を効率よく処理できれば、別用途のGPUを転用する合理性はある。

NVIDIAのDynamoでは、プリフィルとデコードを異なるGPUに割り当てる「分離型推論(Disaggregated Serving)」にも対応している。この構成では、プリフィルで生成した「KVキャッシュ」と呼ばれる過去の入力に関する計算結果を、デコードを担当するGPUへ転送する。工程ごとに適したハードウェアを使い分けられる一方、KVキャッシュの転送に時間がかかれば、GPUを分離した利点が失われる可能性もある。そのため、GPU単体の演算性能だけでなく、メモリ容量や通信速度を含めてシステム全体の効率を評価する必要がある。ただし、これは分離型推論の一般的な仕組みを説明したものであり、FTが報じた中国企業が実際に同じ構成を採用していると確認されたわけではない。

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CUDAへの依存がNVIDIA製GPUの需要を支える一方、国産環境も進化

中国企業がNVIDIA製GPUを購入し続ける理由は、ハードウェアの供給不足だけではない。FTは、NVIDIA製GPU向けのソフトウェア基盤「CUDA」も重要な要因として挙げている。CUDAはNVIDIA製GPUで並列計算を行うための開発・実行環境であり、AIの学習や推論に使われるさまざまなソフトウェアが、この環境を前提に構築されている。

すでにCUDAを利用している企業が国産AIチップへ移行する場合、ハードウェアを確保するだけでなく、既存のプログラムや処理基盤を新しい環境に対応させる作業も必要になる。一方、NVIDIA製GPUを使い続けられれば、既存のソフトウェア資産を活用しながら、増加する計算需要に対応できる可能性がある。ただし、企業ごとの移植費用や必要な期間が明らかになっているわけではなく、NVIDIA製GPUを使う方が常に低コストだと断定することはできない。

中国製AIチップのソフトウェア環境も、こうした課題に対応するための開発が進められている。Huaweiは2026年9月17日のHUAWEI CONNECT 2026で、同社のAscendプロセッサ向けソフトウェア基盤「CANN」が、コミュニティ主導による継続的なオープンソース開発へ移行したと発表した。また、PyTorchやvLLMを含む90以上の外部オープンソースプロジェクトへの対応も掲げている。

ただし、対応するソフトウェアが増えることと、既存のCUDA向けプログラムを同じ手間や性能で動かせることは別の問題だ。Huaweiの発表は、Ascendのソフトウェア環境が拡充されていることを示す同社の説明であり、CUDA環境との移行コストや実行性能を比較した検証結果ではない。NVIDIA製GPUの購入が続いているという今回の報道も、中国のAIチップ国産化が成功しているか失敗しているかを直接示すものではなく、ハードウェアの供給拡大とソフトウェアの移行が並行して進んでいる状況を反映したものと考えられる。

100万個のGPUが持つ価値は、担当する処理によって変わる

今回報じられた100万個以上という購入規模だけでは、中国企業がAIの計算需要をどの程度満たせるようになったかは判断できない。プリフィル、デコード、そして両者の間で発生するデータ転送では、性能を左右する要因が異なるためだ。NVIDIAのDynamoに関する技術文書の「Disaggregated Serving」「Efficient KV Transfer」「Performance Characteristics」で説明されている仕組みを基に、各工程で確認すべき点を整理すると次のようになる。

担当する工程 主に重要となる資源・条件 性能評価で確認すべき点
プリフィル(入力処理) 演算性能、入力の長さ 想定する入力を処理し、最初の回答を出すまでの時間を短縮できるか
デコード(回答生成) メモリ容量・帯域幅、KVキャッシュの容量 モデルや過去の文脈を保持しながら、必要な速度で複数の回答を生成できるか
工程間のデータ転送 KVキャッシュの転送速度、通信負荷 処理を分離した利点が、データ転送による待ち時間で失われないか

この分類は、同じ言語モデルの推論処理における一般的な特性を整理したものであり、特定のGPUの性能順位を示すものではない。実際にどの資源がボトルネックになるかは、モデルの規模や量子化方式、入力の長さ、同時に処理する要求数などによって変化する。

例えば、大容量メモリを搭載した業務用GPUであっても、それだけであらゆる推論処理に適しているとは限らない。NVIDIAが公表しているRTX PRO 5500の暫定仕様では、ECC対応の84GB GDDR7メモリ、1,398GB/秒のメモリ帯域幅、最大600Wの消費電力が示されている。メモリ容量はモデルや文脈情報を保持できるかに関わり、メモリ帯域幅はデータを読み書きする速度に影響する。一方、600Wという最大消費電力を踏まえれば、大量のGPUを稼働させる際には電源設備や冷却能力も考慮しなければならない。

NVIDIAはRTX PRO 5500の用途としてLLM推論を挙げているが、同製品の仕様は変更される可能性があり、提供時期も「近日登場」と案内されている段階だ。仕様が公表されたことをもって、中国向けの販売が認められた、あるいは具体的な出荷時期が確定したと判断することはできない。

中国企業によるNVIDIA製GPUの大量購入は、国産AIチップの増産だけでは急増する計算需要を満たせていない状況を浮き彫りにしている。ただし、その調達が実際にどれほどの供給力につながるかは、GPUの個数ではなく、どの処理に利用し、どれだけの速度と効率で動作させられるかによって決まる。今後は、プリフィルとデコードそれぞれの実測性能に加え、データ転送や消費電力を含むシステム全体の効率が、こうしたGPU転用の実用性を判断する重要な材料となる。