電力網が届かない場所に、工場で作った原子炉を船ごと持っていく——そんな構想が、実際のエンジニアリング検討に入った。

英国の海洋原子力スタートアップCore Powerが、米BWX Technologies(BWXT)の小型モジュール炉(SMR)「mPower」を浮体式原子力発電所に統合する実現可能性調査(フィージビリティスタディ)を開始した。電気出力195MWe、熱出力575MWt(メガワット熱)のmPower炉を船舶に搭載し、港から港へ移動できる発電所として展開するコンセプトだ。2026年6月17日に発表されたこの計画は、AIデータセンターや島嶼部の電力需要増大という文脈の中で、2030年代の新しい電力市場を切り拓く試みとして注目されている。

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なぜ今、海に原発を置くのか

陸上大型原発の最大の弱点は「時間」だ。立地選定から運転開始まで10〜20年かかることも珍しくなく、規制審査・地元住民との合意形成・土木インフラ整備が積み重なって工期が伸びる。フィンランドのオルキルオト3号機は建設着工から商業運転まで17年を要した。この構造的な遅延が、電力需要の急増局面では致命的な問題になる。

Core Powerが着目したのは、海上への移動という発想だ。核規制と海事規制は国ごとに管轄が異なり、現行の国際条約(SOLAS条約)は浮体式核施設を明示的にカバーしていない。これは課題でもあるが、逆に言えば「陸上の規制スキームに縛られない」余地がある。Core PowerのCEOであるMikal Bøe氏は「電力需要が供給を急速に上回っている」と指摘し、浮体式原子力が従来の陸上インフラ建設期間を大幅に短縮できると強調する。

Bøe氏は浮体式原子力が対応できる市場を約2.5兆ポンド(約3.2兆ドル)と推定している。電力供給が難しい地域——離島、北極圏資源採掘拠点、新興国の沿岸工業地帯——は世界中に点在しており、固定インフラを建設するのではなく発電所ごと移送できるなら、電力を「届ける」のではなく「置きに行く」という選択肢が生まれる。

IEAの2024年版「Electricity 2024」レポートによれば、AIとデータセンター向けの電力需要は2026年に2022年比で最大2倍以上に拡大し、2030年までに世界の年間電力消費量の最大4〜5%をデータセンターが占めると予測する。数値に換算すると、2030年時点でデータセンターが消費する電力量は1,000TWh(テラワット時)超——日本の年間総電力消費量に匹敵する規模だ。こうした急増するベースロード需要が浮体式原子力の商業機会を下支えする構図だ。

Core PowerとBWXTの戦略:陸・海の二方向展開

フィージビリティスタディは、Core PowerとBWXTの間で7領域にわたる検討を並行して進める。①基本情報交換・データ共有プロトコルの確立、②システムエンジニアリング、③運用コンセプト開発、④製品要件定義、⑤規制経路評価、⑥海洋統合研究、⑦技術経済分析だ。期間は2026〜2027年を目安としており、完了後に設計認証申請・プロトタイプ建造・港湾施設整備へと移行する見通しだ。

Core Powerは2018年設立で、創業者のBøe氏は海運業界で30年超の経験を持つ。戦略パートナーにはコンテナ船大手Maersk(航路・港湾ネットワークの提供)、船級協会Lloyd's Register(海事安全規格の認証)、オランダ・ロッテルダム港(係留・施設整備拠点)が並ぶ。海運・港湾の実務者を取り込んでいる点が、従来の核スタートアップとの最大の違いだ。

フィージビリティスタディ発表と同日の2026年6月17日、別の企業Applied AtomicsがBWXTからmPowerの陸上施設向け独占ライセンスを取得した。BWXTは同じmPower技術を陸上(Applied Atomics)と海洋(Core Power)の二方向で展開するマルチチャンネル戦略を採っており、Core Powerは浮体式向けのライセンス条件を現在交渉中だ。

コスト構造の観点では、Applied AtomicsのNRC審査再開を通じてmPower炉の認証実績が積み上がれば、海洋統合コストを既存PWRより抑える根拠が強まる。ただし、浮体式には船舶搭載化に伴う追加コストがある。耐波動設計、係留設備、放射線防護の二重化だ。これらの追加コストが、陸上型の規制遅延・工期延伸によるコスト超過をどれだけ相殺できるかが、商業化の最大の判断軸になる。

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SMRの仕組み:なぜ船に積めるのか

SMRとは出力300MW以下の小型原子炉の総称で、工場製造とモジュール式設計を前提に開発された炉型だ。この「工場で作れる」という特性こそが、浮体式との親和性を生む。

BWXTのmPowerは一体型加圧軽水炉(iPWR)に分類される。加圧軽水炉(PWR)とは冷却水を高圧下で液体のまま炉心を循環させ、二次系の水を加熱して蒸気タービンを回す方式で、現在稼働する原子炉の大半がこの型だ。mPowerの特徴は、蒸気発生器・加圧器・一次冷却ポンプなどの一次系コンポーネントを一つの圧力容器に収納した点にある。配管接続部が大幅に減るため冷却材喪失事故(LOCA)のリスクが下がり、船舶搭載に適したコンパクトな物理構成が実現する。

浮体式が有利な理由は、物理的・工学的な要素が重なり合っている。第一に、冷却水の問題だ。原子炉は大量の冷却水を必要とするが、海洋に係留した浮体式発電所は周囲の海水を直接使えるため、陸上のように冷却塔や河川取水設備を建設する必要がない。これは大型土木工事を一切省略できることを意味する。

第二に、重心安定性の確保だ。一体型設計のmPowerは全高が大型PWRの約半分以下に抑えられる。重心が低い構造物ほど波浪による横揺れ(ロール)や縦揺れ(ピッチ)への耐性が高い。船型の浮体に原子炉を搭載する場合、炉本体が低重心であることは設計上の決定的な優位だ。一次系コンポーネントを分散配置する従来型PWRでは、配管と機器が広いエリアに広がるため、船体動揺時に応力が分散・集中する接合部が増える。mPowerの一体格納設計はこの問題を構造的に排除する。

第三に、モジュール輸送の利点だ。大型原発の炉心部は数百トン単位の重量物で、建設現場への陸路輸送が困難なケースがある。mPowerのモジュールは造船所で完成させた後、船舶でそのまま目的地に運べる。港湾設備さえあれば、陸上インフラ整備を伴わない電力展開が可能になる。

電気出力195MWe、熱出力575MWt。電力として取り出せるのが195MWeで、残りは廃熱または産業用蒸気として利用できる。電力需要の大きい地域には電気出力重視の運転、脱炭素化が必要な重工業拠点には高温蒸気の供給源として使う柔軟性がある。燃料交換サイクルは最低2年で、量産効果によるコスト低減を狙う設計だ。

mPowerのNRC(米国原子力規制委員会)設計認証プロセスはかつて中断されており、Applied AtomicsがNRCとの審査プロセスを再開する計画だ。NRC設計認証の審査は申請から取得まで通常3〜5年程度かかる。仮に2027年頃に申請が出れば、早くとも2030〜2032年頃に認証が下りる計算になる。

先行するロシア、停滞する中国

浮体式原子力発電所(FNPP)で唯一商用運転中の実例はロシアの「アカデミック・ロモノーソフ」だ。2基のKLT-40S炉を搭載し最大70MWeを発電できるこの船は、2019年に建造を完了して2020年からロシア極東の都市ペヴェクに係留され、地域の電力・熱供給を担っている。建造期間は約13年(2006年着工)で、陸上送電網の整備が現実的でない北極圏の孤立した資源採掘拠点での有効性を実証した。ロシアはさらに次世代型のRITM-200S搭載FNPPを複数建造中で、核輸出政策の一環として位置付けている。

中国では、国家核電技術公司(CGN)がACPR50S(60MWe)を、中国核工業集団(CNNC)がACP100Sを浮体式発電所向けに開発したが、いずれも現時点では建造に至っていない。計画が本格化しなかった背景には、二つの要因がある。一つは浮体式原子力に関する国際的な規制枠組みの未整備、もう一つは南シナ海を含む領海での展開が他国との国際的な承認プロセスを複雑にしている点だ。「ロシアが先行し、中国が停滞し、英米が追走する」というのが現在の構図だ。

英米の追走が意味を持つのは、ロシアのアカデミック・ロモノーソフが蓄積しつつある6年超の商用運転データだ。Core Powerはこのデータを参照しながら、波浪環境下での長期安定運転に必要な設計基準を策定できる立場にある。先行事例のロシアが意図せず技術ロードマップの先導役を果たしている。

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規制の管轄空白をどう埋めるか

FNPPが直面する最大の壁は技術ではなく、規制の「管轄の空白」だ。陸上原発は各国の核規制当局が審査・監督し、船舶は海事規制の管轄下に置かれる。FNPPはその両方に該当するが、どちらの規制体系も相手の領域を想定して設計されていない。

IAEAはFNPP市場を成立させるには「核規制×海事規制の二重枠組みの整備」「SOLAS条約(海上人命安全条約)の適用範囲拡大」「国境を越えた核物質防護の責任体制の確立」の三点が必要と指摘する。世界原子力協会(WNA)の2025年6月報告書も、SOLAS条約改正——非自力航行浮体を明確にカバーする条項の追加——を勧告している。この改正は国連専門機関の国際海事機関(IMO)での議論を経る必要があり、IMOにおける条約改正プロセスは一般に3〜5年かかる。

英国では、Core Power・保険会社NorthStandard・Lloyd's Registerが共同で報告書を作成し、英国原子力規制局(ONR)の権限を浮体式原子力施設に正式拡大するよう勧告している。英国海事沿岸警備庁(MCA)との管轄調整も必要で、国内法整備だけで複数年にわたる立法作業が必要になる。安全設計の面では係留中の施設が嵐・津波・船舶衝突に耐えられるかという要件も設計認証に含まれる。

この規制タイムラインを重ねると、商業化の現実的な起点が見えてくる。NRC設計認証に3〜5年、IMOのSOLAS条約改正プロセスに3〜5年、さらに各国国内法整備に1〜3年——これらが並行して進んだとしても、すべての規制クリアが揃うのは早くとも2032〜2035年頃になる。技術が完成しても、規制の準備が整わなければ港に係留することすら許可されない。規制完備が商業化の前提条件である以上、2035年以降の本格展開というシナリオは技術的な遅延ではなく、制度設計のリードタイムから来る構造的な帰結だ。

商業化への道筋:2030年代前半を最速ラインに

Core Powerが掲げる「Libertyプログラム」は、米国を拠点とした海洋民間原子力プログラムだ。名称は、船舶搭載という移動性と米国民間部門による核利用の自由度を象徴している。2026〜2027年のフィージビリティスタディ完了後、NRC設計認証申請(3〜5年程度)、プロトタイプ建造、港湾施設整備が並行して進む。商用展開の目標は2030年代半ばで、認証・建造の進捗次第では2035年前後が現実的なラインだ。

課題は技術・規制・商業の三層に分布する。技術面では海洋環境での長期運転実績がゼロからの積み上げになる。規制面ではSOLAS条約改正と各国国内法整備が並行して必要になり、前述のとおり完了は2032〜2035年が最速ラインだ。商業面では浮体式の追加コストを陸上SMRや再生可能エネルギーとの比較で正当化できるかが最終判断基準になる。

それでも、電力インフラの整備が間に合わない地域、AIデータセンターの電力消費急増、脱炭素化を求める重工業分野のニーズは、こうした代替電源への実需を生み出している。今回のフィージビリティスタディは、その需要に応えられる技術経路が本当に存在するかを問う最初の本格的な検証だ。BWXTが同一技術を陸上・海洋の二方向で展開し、英米の産業リソースが集まりつつある現状は、2030年代の浮体式原子力市場が現実のものになる蓋然性を数年前よりも高めている。