GPUクラスターの規模が数百から数千の単位になると、電気信号を運ぶ銅配線はその物理的限界に直面する。信号が長い距離を伝わるにつれてノイズが増幅され、再タイミング回路(リタイマ)が必要となり、その電力消費がコンピュートに使えるはずの電力を侵食する。NVIDIAが開発中のVera Rubin Ultra NVL576は、72基のRubin Ultra GPUを搭載したNVLinkラック8台を一つの576 GPU域として統合する構成だが、複数ラックをまたぐ数百フィートの距離を電気信号で接続することは、電力効率の面で現実的ではない。

光はこの問題を別の次元で解く。光ファイバーは電気から光への変換コストを最初に一度だけ支払えば、その後の距離延長はほぼコストゼロとなる。そのため、NVIDIAのCEOであるJensen Huangは今月のComputexで「AIを接続する唯一の方法はシリコンフォトニクスだ」と断言している。Coherentの6億5000万ドルの拡張投資がAIインフラの根幹を支える戦略的な賭けとして市場関係者に評価されている理由は、まさにここにある。

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Coherentとシャーマン工場の位置づけ

Coherent Corp.はペンシルベニア州サクソンバーグに本社を置く光学・フォトニクスの大手だが、実質的な生産の中核はテキサス州シャーマンに置かれている。人口約4万5000人、ダラスから北に約1時間のこの都市に、世界初かつ最大規模の量産6インチInPウェハー製造ラインが稼働している。

InP(インジウムリン)は、シリコンと異なり直接遷移型の半導体材料で、光を効率よく発生・変調できる。この物性を利用してレーザー光源、フォトディテクター、変調器などの光学素子を製造する。現在の主流InPファブのほとんどが直径3インチから4インチのウェハーを使用しているのに対し、シャーマン施設は6インチウェハーに移行している。面積はウェハー直径の二乗に比例するため、3インチ比で約4倍の有効面積を確保でき、コスト削減と量産スループットの両立が可能となる。

Coherentが出荷するのは単一の製品ではない。AIシステムを構成するNVIDIAのネットワーキングスイッチに差し込まれるプラガブル光トランシーバー(USBスティックほどのサイズ)から、NVIDIA Spectrum-X PhotonicsおよびQuantum-X Photonicsスイッチ向けの外付けレーザーモジュールに至るまで、データセンターのラック間を結ぶ光の経路全体に製品が組み込まれている。

6億5000万ドルの内訳と資金調達構造

今回の拡張計画は複数の資金源が積み重なった複合的な構造を持っている。Coherent自身の投資に加え、テキサス半導体イノベーションファンドとシャーマン経済開発公社からの約2000万ドル、そして米商務省からのCHIPS法補助金が最大5000万ドルにのぼる。

CHIPS法補助金については、Coherentは2026年6月16日に意向書(Letter of Intent)に署名した段階であり、正式な認定は今後の審査を経ることになる。商務省の半導体投資・イノベーション担当エグゼクティブディレクターであるBill Frauenhouerはこの件について「インジウムリンのフォトニクスはAIシステム、電気通信、高度ネットワーク内の高速データ伝送に不可欠だ。CHIPS奨励策は生産能力の拡大、米国半導体サプライチェーンの強化、次世代光技術の加速を支援する」と述べている。

6億5000万ドルの投資によって、シャーマン工場の製造スペースは倍増し、InPウェハーの生産能力は現状の4倍に拡大する予定だ。新設分野の主な内容は先進的ウェハー加工装置とクリーンルーム容量の増強である。雇用創出については、完工時に1000人以上の新規雇用が見込まれ、うち550人以上が製造・エンジニアリング・技術部門の直接雇用となる。

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NVIDIAとの2十年以上のパートナーシップが結実

NVIDIAとCoherentの協業の歴史は20年以上に及ぶ。両社の関係が新たな局面に入ったのは2026年3月で、NVIDIAはCoherentに20億ドルを出資し、R&D・生産能力・米国内製造への支援と、先進レーザーおよび光ネットワーキング製品に対する数十億ドル規模の購買コミットメントを合わせた複数年の戦略的パートナーシップを締結した。

2026年6月16日のシャーマン工場起工式には、Jensen Huangと同社CEOのJim Andersonが直接出席し、シャーマン市長や州経済開発局長とともにセレモニーに臨んだ。Huangはその場でAIの汎用技術としての意義を説き、「AIの工場は新産業革命のインフラだ。何百万ものGPUをひとつの思考機械として接続するには、速度・スケール・エネルギー効率を備えた光技術が必要だ」と語った。

NVIDIAがCoherentへの投資に踏み切った背景には、自社のAIインフラ戦略がある。同社は米国内でのAIインフラを最大5000億ドル規模で整備する方針を掲げており、アリゾナおよびテキサスでの施設開設に向けた産業パートナーとの協力関係を構築中だ。CoherentのシャーマンファブはNVIDIAにとって光部品の最重要調達先であり、その国内生産能力の強化は同社のサプライチェーン戦略に直接寄与する。

InP製造の技術的な背景

InP半導体の製造プロセスはシリコンICと類似した工程を含む。リソグラフィー、フォトレジスト、材料の蒸着とエッチングを繰り返してデバイスを積層する。しかし材料そのものが根本的に異なる。InP基板上ではエンジニアが化合物半導体の薄膜層を結晶成長させ、特定の光学特性が得られるよう精密に組成を調整する。この「光を出す・変調する」という機能はシリコンでは直接実現できない。

Coherent CEOのJim Andersonは施設見学を終えた来場者に向け、「半導体レーザーは米国の研究室で生まれた技術だ。Bell Labsが1970年に室温動作のレーザーを実証してから、その技術と製造は海外に流出した。しかし創業50年後のいま、世界最先端の6インチInPラインはシャーマンにある」と述べた。

これはただの企業PRではなく、化合物半導体の製造技術が長期にわたって米国の強みでなくなっていた事実を正直に認めた発言でもある。半導体レーザー技術は現在、東アジアのファブに大きく依存しており、Coherentのシャーマン拡張はその地政学的偏りを修正する動きの一部と見ることができる。

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光学インターコネクト市場の広がりと競合の動向

NVIDIAはCoherentだけでなく、複数の光学系サプライヤーへの投資を通じてサプライチェーンの冗長性を確保している。2026年春には光通信部品大手のLumentumに対しても20億ドルを出資しており、プラガブルトランシーバー、光回路スイッチ、レーザーモジュールなどの調達基盤を分散させている。さらに同じ時期に、NVIDIAはMarvellに対しても20億ドルを追加投資し、Marvellのシリコンフォトニクスロードマップの加速を支援している。

ComputexでのHuangの発言「Marvellを次のトリリオンダラー企業にする技術」という言及は、光通信がNVIDIA AIシステムにおいて計算自体と同等のボトルネックになりつつあることを示している。Marvellはすでに102.4 Tbpsのスイッチシリコンをリリースし、Ayar Labsは1024基のGPUを一つのフォトニックラックシステムにまとめる試みをWiwynnと共同で進めている。Lightmatterは最新のフォトニクス技術によりデータセンターの光ファイバーコストを半減できると主張している。

ここで見落とされがちなのは、これらの競合各社が「競争」ではなく「役割分担」の構造で動いているという点だ。InP系プレイヤーであるCoherentとLumentumが担うのは、光を発生・変調するレーザー光源と変調器の領域だ。一方、MarvellやAyar Labsのシリコンフォトニクス(SiPh)陣営は、シリコン基板上に光スイッチングやルーティング機能を集積することを得意とする。NVIDIAが両陣営に20億ドルずつを同時投資したのは、どちらか一方が他方を代替できるわけではなく、AIシステムの光通信スタック全体をInPとSiPhの両軸で垂直統合する必要があるからだ。Coherentの生産能力拡大は、この垂直統合戦略の「光源・変調器」レイヤーにおける国内調達基盤の確立を意味する。

この競合状況の中で、Coherentが持つ差別化要因は「6インチInP量産プラットフォームの世界唯一の実績」という点に集約される。3インチから4インチが主流のInP業界において、6インチへの移行は製造コストと量産スループットの面で大きなアドバンテージとなる。

製造国内回帰の潮流とCHIPS法の機能

CoherentのシャーマンファブはCHIPS法の政策効果が実際の拠点建設として可視化された数少ないケースだ。2022年に総額約500億ドルで成立したCHIPS and Science Actは、半導体の国内製造回帰を促すための補助金・融資制度であり、IntelやTSMCをはじめとする大手への大型配分が注目を集めてきた。しかしInPやGaAs(ガリウム砒素)などの化合物半導体は、ロジックチップに比べてメディア露出が少ない一方、AIシステムのデータ移動を担うレイヤーとして不可欠な存在だ。

今回の5000万ドルのCHIPS意向書は、同カテゴリーにおける注目すべき投資規模だ。テキサス半導体イノベーションファンドとの組み合わせにより、公的資金だけで約7000万ドル規模の支援が集まることになる。残りの5億8000万ドル超はCoherent自身の投資と民間資金で賄われる見通しだ。

工場の拡張が完工すると、シャーマンは6インチInPウェハーの世界最大拠点となり、米国は化合物半導体の自国生産において数十年ぶりの存在感を取り戻す可能性がある。ただし起工式を迎えた段階では完工時期は未公表であり、具体的なスケジュールはCoherentからの追加情報を待つ状況だ。IntelのオハイオFABやTSMCのアリゾナFABの建設事例に照らすと、大規模半導体ファブは着工から量産立ち上げまで3〜4年のリードタイムを要するのが一般的だ。仮に2029〜2030年の生産立ち上げとなれば、NVIDIAのRubinアーキテクチャの後継世代と調達サイクルが重なることになり、Coherentにとって最大の需要の波に乗れるタイミングと一致する。