サンフランシスコのスタートアップ「Marathon Fusion」が、核融合技術を用いて水銀を金に変換する画期的な手法を発表した。古代の錬金術師たちが追い求めた夢は、21世紀の物理学によって現実のものとなるのか。この技術は、核融合エネルギーが抱える経済的な課題を根本から覆すゲームチェンジャーになる可能性を秘めている。

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現代に蘇った錬金術師の夢 – Marathon Fusionの挑戦

2025年7月、設立からわずか2年のエネルギー系スタートアップ、Marathon Fusionは、科学論文のプレプリントサーバーarXivに「スケーラブルな金生成(Chrysopoeia)」と題した衝撃的な論文を投稿した。その内容は、同社が開発中の核融合炉を利用し、ありふれた元素である水銀から大量の金を安定的に生産できるというものだ。

この野心的な計画を主導するのは、CEOのKyle Schiller氏と、CTOで米SpaceX社の元エンジニアでもあるAdam Rutkowski氏だ。彼らは、核融合がクリーンエネルギー源としてだけでなく、高価値な物質を生産する「統合エンジン」となり得ると主張する。

この提案は単なる夢物語ではない。同社は既に約600万ドルの民間投資と400万ドルの米国政府からの助成金を獲得しており、専門家からも「理論上は非常に興味深い」との声が上がっている。プリンストン・プラズマ物理学研究所のAhmed Diallo博士は、米Financial Times紙の取材に対し、「理論上は素晴らしく、私が話した誰もが興味をそそられ、興奮している」とコメントしている。

なぜ「核融合」で金が生まれるのか?その科学的メカニズム

Marathon Fusionの提案の核心は、既存の物理学の知識を巧みに組み合わせ、商業的に成立する規模で実現しようという点にある。では、具体的にどのようにして水銀は金に変わるのだろうか。

鍵は「高エネルギー中性子」と「(n, 2n)反応」

Marathon Fusionが注目したのは、現在主流となっている「重水素-三重水素(D-T)核融合」反応だ。この反応では、太陽の中心で起こっているような原子核の融合により、膨大なエネルギーと共に、極めて高いエネルギーを持つ中性子(約14.1メガ電子ボルト)が放出される。

従来、この中性子は発電のために熱を取り出すか、核融合の燃料である三重水素を「増殖」させるために使われるのが一般的だった。しかし、Rutkowski氏らは、この高エネルギー中性子を「錬金術」の触媒として利用する道筋を見出した。

彼らが利用するのは「(n, 2n)反応」と呼ばれる核反応だ。これは、原子核に非常に高いエネルギーを持つ中性子(n)が1つ衝突し、その勢いで原子核内から別の1つの中性子を叩き出し、結果として2つの中性子(2n)が放出される現象である。この反応を起こすには約6〜9メガ電子ボルト以上のエネルギーが必要であり、D-T核融合で発生する14.1メガ電子ボルトの中性子は、この条件を余裕で満たす。

水銀から金へ – 驚異の核変換プロセス

Marathon Fusionの計画する「錬金術」の具体的なプロセスは以下の通りだ。

  1. 原料の選定: 天然の水銀に含まれる安定同位体の一つ、「水銀198(198Hg)」を原料として使用する。198Hgは陽子80個、中性子118個で構成され、天然の水銀の中に約10%存在する。
  2. (n, 2n)反応: 核融合炉内で発生した高エネルギー中性子を198Hgに照射する。すると(n, 2n)反応が起こり、198Hgは中性子を1つ失って「水銀197(197Hg)」に変化する。197Hgは陽子80個、中性子117個で構成される不安定な放射性同位体だ。
  3. 自然崩壊: 不安定な197Hgは、安定した状態になろうとして自然に崩壊を始める。約64.14時間の半減期を経て、陽子の一つが電子を捕獲して中性子に変わる「電子捕獲」という崩壊を起こす。
  4. 金の誕生: この崩壊により、原子核の陽子の数が80個から79個に変わる。陽子79個を持つ元素、それこそが金(Au)である。こうして生成された「金197(197Au)」は、自然界に存在する金と全く同じ、唯一の安定同位体だ。

このプロセスは、核融合炉の設計上、三重水素を増殖させるために必須である中性子増倍の役割も同時に果たす。つまり、金を作りながら、核融合炉の運転に必要な燃料サイクルも満たすことができるという、まさに一石二鳥の仕組みなのだ。

従来手法との決定的な違い

原子レベルで元素を変換する試みは、これが初めてではない。欧州原子核研究機構(CERN)の巨大な粒子加速器では、鉛(陽子82個)の原子核から陽子を叩き出して金(陽子79個)に変化させることが観測されている。しかし、この方法は天文学的なコストがかかり、生成できる量もごく微量で、商業的には全く成り立たない。

また、過去には低エネルギーの中性子(熱中性子)を水銀に吸収させて金を作る研究もあった。しかし、この方法では天然存在比がわずか0.15%の「水銀196」を原料とする必要があり、効率が悪すぎた。

Marathon Fusionのアプローチが画期的なのは、①核融合で必然的に発生する高エネルギー中性子を「ただ乗り」で利用し、②原料として比較的豊富な「水銀198」を使える点にある。これにより、従来法とは比較にならない規模とコスト効率で、金の大量生産に道を開いたのである。

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一石二鳥?核融合の経済性を「黄金」で覆す戦略

この技術がもたらす最大のインパクトは、その経済性にある。

年間最大5,000kg、数億ドルの「副産物」

Marathon Fusionの試算によれば、標準的な1ギガワット級の核融合発電所は、この方法で年間2,000kgから最大で5,000kg(約11,000ポンド)もの金を生産できる可能性がある。現在の金の市場価格で換算すれば、これは年間3億ドルから5.5億ドル以上に相当する。

驚くべきことに、この金生産は発電所の主目的である電力生産や燃料の三重水素生産に悪影響を与えない。つまり、電力販売による収益に加えて、同等規模の収益源が「副産物」として生まれることになる。同社は、これにより核融合発電所の収益が実質的に倍増する可能性があると主張している。

核融合開発のゲームチェンジャーとなるか

核融合エネルギーは、長年「実用化は常に30年先」と揶揄されてきた。その最大の障壁の一つが、莫大な建設コストと、既存の発電方法に対する価格競争力、つまり経済性だった。

Marathon Fusionの提案は、この根本的な問題を解決する可能性を秘めている。金の販売という強力な収益源が加わることで、電力価格を低く抑えても採算が取れるようになり、これまで採算が合わなかった市場へも進出できるかもしれない。論文では、この付加価値により、従来は収支ギリギリだった発電所の純現在価値(NPV)が、一気に数十億ドル規模の黒字に転換する可能性が示されている。

これが実現すれば、核融合技術への民間投資が劇的に加速し、「30年先の夢」が一気に現実味を帯びてくるかもしれない。まさに、核融合開発におけるゲームチェンジャーとなりうるのだ。

「輝く未来」に潜む影 – 乗り越えるべき複数の課題

この輝かしい未来像には、無視できない影も存在する。Marathon Fusion自身も認めるように、実用化までには数多くの高いハードルを越えなければならない。

「輝く金」はすぐには使えない?放射能と18年の冷却期間

最大の技術的懸念の一つが、放射能の問題だ。天然の水銀には198Hg以外にも複数の同位体が含まれている。これらが中性子を浴びることで、金197以外の不安定な放射性同位体(例えば、半減期約186日の金195)が副産物として生成される可能性がある。

論文の詳細な分析によれば、この放射性物質が十分に減衰し、安全に扱えるようになるには、相応の「冷却期間」が必要になる。

  • 約6.8年: 米国原子力規制委員会(NRC)が定める最も危険度の低い「クラスA低レベル放射性廃棄物」の基準を下回る。
  • 約13.7年: 放射性物質としての表示が不要となる基準に達する。
  • 約17.7年: カリウム40を含むため自然な放射線を放つ「バナナ1本」と同等以下の放射能レベルになる。

金の多くは価値貯蔵の手段として保管されるため、この保管期間は許容範囲かもしれないが、生成された金の価値に影響を与える可能性は否定できない。

夢の実現を阻む最大の壁 – 核融合炉そのものの実用化

そして何よりも、この「錬金術」の前提となる商業的な核融合炉自体が、まだこの世に存在しない。世界中の科学者や企業が開発に鎬を削っているが、投入するエネルギーよりも多くのエネルギーを安定的に取り出す「核融合の純エネルギー利得」を達成し、商業プラントとして稼働させるまでには、まだ多くの技術的ブレークスルーが必要だ。Marathon Fusionの提案は、あくまで「実用的な核融合炉が完成すれば」という条件付きの未来図なのである。

大量の水銀は安全か?環境規制というハードル

さらに、このプロセスは発電所一基あたり数百トンという、膨大な量の水銀を必要とする。水銀はご存知の通り、水俣病の原因ともなった非常に毒性の高い物質であり、その使用と管理は「水俣条約」によって国際的に厳しく規制されている。

Marathon Fusion側は、このプロセスが水銀を無害な金に永久に変換する「廃棄物処理」の一環と見なせる可能性や、既存の政府備蓄(米国やEUだけで数万トンの備蓄が存在する)を活用できる可能性を指摘している。しかし、社会的な合意形成や規制当局との調整は、極めて慎重に進める必要があるだろう。

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21世紀の錬金術は、エネルギー問題の救世主となるか

Marathon Fusionが提示した未来は、あまりにも大胆で、SFのように聞こえるかもしれない。しかし、その根底にあるのは、確立された核物理学の原理に基づいた、緻密で合理的な計画だ。

この提案は、単に「金を作って儲ける」という話に留まらない。それは、核融合という人類究極のエネルギー源が抱える経済的な足枷を外し、クリーンで無限のエネルギー社会への移行を劇的に加速させる起爆剤となる可能性を秘めている。

もちろん、論文はまだ専門家による査読を終えておらず、実証実験への道のりも遠い。しかし、この「現代の錬金術」というアイデアが、世界中の科学者、投資家、そして我々自身の想像力を掻き立てたことは間違いない。古代の夢が21世紀のテクノロジーと融合した今、我々はエネルギー史の大きな転換点を目撃しているのかもしれない。その輝きが本物かどうか、世界は固唾を飲んで見守っている。


論文

参考文献