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太陽10兆個の輝き、ビッグバンの残光に浮かぶ古代ブラックホールの怪物ジェットを発見

Y Kobayashi

2025年6月16日1:19PM

宇宙がまだ若く、星々や銀河が爆発的な勢いで成長していた「宇宙の正午」。その混沌とした時代から、116億光年という時空を超えて驚愕の知らせが届いた。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの研究チームが、超大質量ブラックホールから噴出する、規格外のパワーを秘めたジェットを発見したのだ。驚くべきことに、このジェットはビッグバンそのものの「残光」によって照らし出されていた。この発見は、宇宙初期の銀河形成の謎を解き明かす上で、極めて重要なピースとなる可能性がある。

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規格外のスケールとパワー、古代宇宙の「怪物」

今回、NASAのチャンドラX線観測衛星とカール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群(VLA)によってその姿が捉えられたのは、へび座の方向、116億光年と117億光年の彼方に位置する2つのクエーサー「J1610+1811」と「J1405+0415」だ。クエーサーとは、中心の超大質量ブラックホールが周囲の物質を猛烈な勢いで飲み込む際に、その降着円盤が極めて明るく輝く天体のことである。

この発見の主導者であるJaya Maithil氏(ハーバード・スミソニアン天体物理学センター)らが明らかにしたのは、これらのクエーサーから放出されるジェットの驚くべき性質だ。

  • 巨大なスケール: J1610+1811から伸びるジェットの長さは、なんと30万光年にも及ぶ。これは、我々の天の川銀河の直径の約3倍という、想像を絶する大きさだ。
  • 圧倒的なエネルギー: このジェットが運ぶエネルギーは、太陽10兆個分の明るさに相当する。これは、ブラックホールに吸い込まれるガスが放つ光の総エネルギーの約半分に匹敵する量であり、ブラックホールがいかに効率的に物質をエネルギーに変換しているかを示している。
  • 極限的な速度: ジェット内の粒子は、光の速さの92%から99%という、極めて相対論的な速度で宇宙空間を突き進んでいることが算出された。

Maithil氏は「この時代のブラックホールの一部は、我々が考えていたよりもはるかに大きなパンチを持っていたことが分かりました」と、その驚きを語る。これらのクエーサーは、宇宙が誕生してからわずか約30億年後、銀河とブラックホールが最も急速に成長した「宇宙の正午」と呼ばれる時代に存在していた。「これらはいわば宇宙のタイムカプセルです」とMaithil氏は言う。「これを理解できれば、それらが属する銀河の成長や周囲の環境にどのような影響を与えていたのかを解き明かすことができます」。

「ビッグバンの残光」が照らし出した奇跡の観測

116億光年以上も離れたクエーサーの、しかも本体のまばゆい光のすぐそばにあるジェットを、どうやってこれほど鮮明に捉えることができたのだろうか。その鍵は、宇宙創成の証人とも言える「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」にあった。

なぜX線で見えるのか? 宇宙最古の光が「照明」に

CMBとは、約138億年前に起こったビッグバンの直後、高温高密度だった宇宙が冷え、光が直進できるようになった「宇宙の晴れ上がり」の際に放たれた光のことだ。この光は、今も宇宙全体をマイクロ波として満たしている。

重要なのは、今回のジェットが存在した宇宙初期において、このCMBの密度が現在よりもはるかに高かったという事実だ。研究チームによると、ジェットが光速に近い速度で噴出する際、その中に含まれる高エネルギーの電子が、周囲に満ちていたCMBの光子と衝突する。この衝突によって、CMBの光子(マイクロ波)はエネルギーを受け取り、一気にX線の領域まで増幅されるのだ。この現象は「逆コンプトン散乱」として知られている。

つまり、ビッグバンの残光であるCMBが、巨大な天然の「照明装置」として機能し、本来なら遠すぎて見えないはずのジェットをX線で輝かせ、チャンドラ衛星の視野に浮かび上がらせたのである。

「懐中電灯の隣のロウソク」を見つけ出す技術

それでも観測は容易ではなかった。Maithil氏が「まるで、こちらに向けられた強力な懐中電灯のすぐそばにあるロウソクの火を探すようなものです」と表現するように、クエーサー本体の圧倒的な輝きの中から、比較的かすかなジェットの光を分離するのは至難の業だ。これを可能にしたのが、チャンドラX線観測衛星の持つ、世界最高レベルの解像度だった。

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観測の壁を破った革新的なアプローチ

今回の研究のもう一つの特筆すべき点は、観測データの解釈における物理的な難問を、独創的な統計手法で乗り越えたことにある。

速度か? 角度か? 相対性理論がもたらす難問

光速に迫るジェットを観測する際には、アインシュタインの特殊相対性理論がもたらす「相対論的ビーミング効果」という現象が大きな壁となる。これは、ジェットが地球の方向に向かって噴出している場合、その光が極端に明るく見えるという効果だ。

このため、観測されたジェットの明るさが、本当にジェットの速度が速いために明るいのか、それとも単に偶然、地球に対して都合の良い角度を向いているために明るく見えているだけなのかを区別することが非常に困難だった。例えば、光速に近い速度で我々から少し逸れた方向を向いているジェットは、それより遅い速度で真正面を向いているジェットと、見かけ上同じ明るさになりうるのだ。

バイアスを逆手に取った統計学の勝利

Maithil氏のチームは、この難問を解決するために、革新的な統計手法を開発した。彼らはまず、「地球の方向を向いているジェットほど、相対論的ビーミング効果によって明るく見えるため、観測されやすい」という根本的な「観測バイアス」に着目した。

そして、このバイアスを確率分布としてモデルに組み込んだのだ。すべてのジェットの向きが等しい確率で見つかるわけではない、という現実を前提にした上で、ジェットの物理モデルと照合するシミュレーションを1万回も実行。これにより、観測された明るさやVLAの電波データなどから、最も可能性の高いジェットの真の速度と、地球に対する角度(J1610+1811は約11度、J1405+0415は約9度)を高い精度で分離することに成功したのである。これは、物理学と統計学の融合がもたらした、まさに知的な勝利と言えるだろう。

なぜこの発見は重要なのか? 宇宙史のミッシングリンク

この発見は、単に珍しい天体を見つけたというだけにとどまらない。宇宙の歴史、特に銀河がどのようにして現在の姿になったのかという根源的な問いに、新たな光を当てるものだ。

「宇宙の正午」と銀河の成長

発見されたジェットが存在した「宇宙の正午」は、銀河と、その中心にある超大質量ブラックホールが、その生涯で最も活発に質量を増やしていた時代である。しかし、ブラックホールが銀河の成長にどのように関与していたのか、その具体的なメカニズムは未だに大きな謎に包まれている。

今回の発見は、この時代のブラックホールが、これまで考えられていた以上に強力なエネルギーをジェットとして周囲の空間に放出し、銀河の進化に絶大な影響を及ぼしていた可能性を示唆している。

銀河の運命を左右する「フィードバック」

ブラックホールから噴出する強力なジェットは、それが属する銀河内のガスを加熱したり、宇宙空間に吹き飛ばしたりする。これにより、新たな星が生まれるための材料が失われ、銀河の星形成活動が抑制されることがある。このプロセスは「フィードバック」と呼ばれ、銀河の成長を理解する上で極めて重要な概念だ。

太陽10兆個分ものエネルギーを運ぶ怪物ジェットの発見は、宇宙初期において、このフィードバックがいかに激しく、広範囲にわたって機能していたかを示す動かぬ証拠となりうる。それは、一部の銀河がなぜ星形成を早くに終えてしまったのか、といった謎を解く鍵を握っているかもしれない。

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栄光の発見の裏で…忍び寄るチャンドラの危機

この歴史的な発見をもたらしたチャンドラX線観測衛星は、1999年の打ち上げ以来、25年以上にわたってX線天文学のフロンティアを切り拓いてきた。しかし、その輝かしい功績とは裏腹に、チャンドラの未来には暗雲が立ち込めている。

NASAの予算問題や将来的な予算削減案により、チャンドラはまだ10年程度の運用寿命が残っているにもかかわらず、その運用が早期に終了させられる危機に瀕しているのだ。多くの天文学者は、チャンドラの喪失が米国のX線天文学にとって「絶滅レベルの出来事」になると警鐘を鳴らしている。

ビッグバンの残光に照らされた、116億年前の宇宙からの壮大なメッセージ。それは、危機に瀕した老練な観測衛星が捉えた、あまりにも雄弁な姿だった。この発見が、科学探査の価値を改めて世界に示すとともに、チャンドラのような人類の「目」を守るための議論を喚起することを、筆者は切に願う。宇宙の謎への探求は、決して止めてはならないのだ。


Sources

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