DJI、米国防総省ブラックリストからの除外に前進」。この見出しだけを見た読者は、世界最大のドローンメーカーがついに規制の重荷を下ろしたように映るはずだ。だが実際のDJIの立場は、判決前と何も変わっていない。

米D.C.巡回区控訴裁判所が2026年8月14日に出したのは、国防総省の指定根拠を機密証拠のまま審査せず是認した地裁判断への差し戻しであり、DJI自身は依然として「中国軍関連企業」リストに載ったままだ。関税も連邦調達禁止も止まっていない。司法手続き上の巻き返しと、市場で起きている現実との間には、なぜこれほどの落差が生まれているのか。

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判決が崩した地裁の論理と、崩さなかった根拠

米D.C.巡回区控訴裁判所は2026年8月14日、DJIが国防総省を相手取った訴訟で上訴の一部を認め、事件をワシントンDC連邦地裁へ差し戻す判断を下した。合議体はSrinivasan首席判事、Wilkins判事、Garcia判事の3人で構成され、判決文の執筆はGarcia判事が担当した。地裁のFriedman判事は2025年9月、国防総省がDJIを国防授権法(NDAA)のSection 1260Hに基づく「中国軍関連企業」リストへ指定した判断を全面的に支持する略式判決を下しており、控訴審はその一部を覆した形になる。DJIにとっては2022年の初指定以来、毎年の指定更新と提訴、そして2025年9月の敗訴を経て、ようやく手にした司法上の一勝だった。

控訴裁が問題視したのは、指定の核心にある「DJIが中国の国防産業基盤に貢献している」という理由づけだった。国防総省の内部報告書は該当箇所が見出しを除きすべて黒塗りにされており、地裁はその機密部分の中身を実際に審査しないまま指定を是認していた。Garcia判事は判決文で「言い換えれば、公表された論拠は存在しない」と述べ、この審査の欠落そのものを違法とした。一方でDJIが同時に主張していたデュープロセス違反など残る3つの論点はすべて退けられ、指定を支えるもう一つの根拠はそのまま残った。それが2021年にDJIが中国国家発展改革委員会(NDRC)から受けた「国家企業技術センター」認定であり、これに伴う補助金や税優遇の存在だ。

判決文はDJIについて、世界の民生用ドローン市場の90%を占め、指定を受けた後も市場での支配的地位を維持していると指摘している。この規模の企業が4年近く係争しても得られたのは差し戻しにとどまり、DJIは判決が出た現時点でもリストに残ったままだ。指定の当否そのものに踏み込まず、審査手続きの適正さに絞った限定的な勝利だった。

機密証拠だけでは指定を維持できない、Chenery原則という壁

Chenery原則とは、1943年の米連邦最高裁判例に由来する行政法上の考え方だ。行政機関の決定を裁判所が審査する際、その決定が正当かどうかは機関自身が示した理由に基づいてのみ判断されるべきであり、たとえ結果的に正しい結論であっても、裁判所や下級審が後から別の理由を補って決定を支持することは許されない、という原則である。国家安全保障がらみの指定にこの原則を当てはめると、機密情報を理由にした判断ほど扱いが難しくなる。免許取り消しを告げられた側が理由を尋ね、行政側が「詳細は明かせないが取り消しは正しい」とだけ答えるやり取りを想像すると分かりやすい。それを裁判所がそのまま追認してよいのか、という問題である。

DJIのケースでは、国防総省の報告書のうち指定の核心部分がほぼ黒塗りで、一般に公開された論拠は事実上存在しなかった。それでも指定を維持するには、地裁自身が機密資料の中身を実際に確認し、そこに書かれた内容が「中国の国防産業基盤への貢献」という結論を支えているかを見極めなければならない。ところが地裁はその確認作業を行わないまま、国防総省の判断をそのまま是認していた。控訴裁が問題視したのは、機密証拠が実際に指定を裏づけるかどうかではなく、誰もそれを検証していないという手続き上の欠落そのものだった。

この整理に立つと、DJIの「勝訴」の中身がはっきりする。国防総省の証拠内容が誤っていたと認定されたわけではない。審査する手続きが省略されていたこと自体が違法と認定されたのであり、差し戻し後に地裁が機密資料を精査し、それが指定を支えると判断すれば、DJIは再び同じ結論に直面する。

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Xiaomiの4カ月とDJIの4年、明暗を分けたもの

DJIより前に同じ「中国軍関連企業」リストと戦った企業がある。Xiaomiだ。2021年に指定を受けたXiaomiはただちに提訴し、仮差止めを勝ち取ると、米政府側が控訴自体を断念したことで同年5月には指定が完全に解除された。指定から解除まで4カ月に満たない期間だった。

DJIの経過はこれとまったく異なる。2022年に初めて指定を受けて以来、国防総省は毎年指定を更新し、DJIはそのたびに提訴を重ねてきた。2025年9月には地裁で敗訴し、2026年8月の今回の判決でようやく一部勝訴を得たものの、それでもリストからは外れていない。初指定から数えれば、ここまでに4年近くを費やしている。

同じ「軍関連企業リストからの離脱」を目指しながら結果が正反対になったのは、指定を支える根拠の強さの違いによる。Xiaomiの場合は米政府自身が訴訟の途中で立場を維持できないと判断し、争う前に矛を収めた。DJIの場合は機密証拠を使った一つの根拠こそ手続き不備で崩れたが、2021年のNDRC認定という別の根拠が無傷のまま残っている。NDAAのSection 1260Hが対象とするのは、中国政府から資本や補助を受けて国防産業基盤に寄与しているとみなされる企業であり、国家発展改革委員会の認定を受けて優遇を得ている実績は、この基準に単独でも当てはまりうる材料になる。片方の柱が折れても、もう片方の柱が指定を支え続ける限り、DJIはリストから動けない。

リスト残留も関税も調達禁止も、実務は何も変わらない

判決が出た8月14日時点で、DJIは依然として国防総省の「中国軍関連企業」リストに載ったままだ。しかも同じ8月14日、トランプ政権は重量25kg超でサーマルカメラ搭載の機体に100%、既に認証済みの小型機には25%のドローン関税を新たに布告しており、9月3日から発動する。さらに2025年12月22日には米国安全保障ドローン法(American Security Drone Act)が完全施行され、連邦政府機関の調達や連邦資金を使った事業でDJIなど対象企業の機体を使うことがすでにできなくなっている。控訴裁の判決はこれらのどれ一つとして止めていない。

これは偶然の巡り合わせではない。今回控訴裁が認めたのは、地裁が審査手続きを飛ばしたという一点に限られ、機密証拠の中身やNDRC認定という別の根拠については何も判断していない。差し戻し後に地裁が機密資料を精査し直すには相応の時間がかかり、その間もリスト、関税、調達禁止という3つの規制はそのまま動き続ける。

この構図で利益を得るのは、連邦調達禁止の対象外として販路を広げやすい米国製の代替機メーカー、SkydioやAutelといった企業だ。DJIが法廷で何を勝ち取ろうと、連邦調達の現場でDJI機を代替する需要そのものは消えない。一方で割を食うのは、DJI本体に加え、価格と性能のバランスから現場運用で同社製ドローンに依存してきた米国内の警察や消防機関、そして関税分だけ値上がりした機体を買うことになる米国の消費者だ。

中国製ドローンをめぐる規制強化は米国だけの動きではない。日本でも海上保安庁が2020年、中国製ドローンの調達を停止する方針を示した経緯があり、同盟国側で足並みを揃える動きは今回の判決の前から進んでいた。DJI一社の訴訟の行方にかかわらず、この流れ自体が反転する兆しは見当たらない。

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差し戻し後、次に何を見るべきか

中国国営メディアの報道によれば、DJI広報担当者は今回の判決を「不当な指定を是正する重要な一歩」と評価したという。仮にDJI社内が前向きに受け止めているとしても、それは今回の判決が持つ実際の射程とは別の話だ。

差し戻しを受けた地裁が次に何をするかは、本稿執筆時点では明らかになっていない。控訴裁が求めているのは、機密資料の中身を実際に検証したうえで指定の当否を判断し直すことであり、国防総省がより具体的な公開論拠を示すか、地裁自身が非公開審理で資料を精査するかのいずれかが必要になる。どちらの手続きにも時間がかかり、審理の日程は現時点で示されていない。国防総省が黒塗り部分を一部でも開示すれば審理は早まるが、機密指定を解く判断自体が別の政治的・安全保障上の調整を要するため、単純な時間の見通しは立てにくい。

DJIが最終的にリストから外れるには、機密証拠を審査し直した結果が指定を支えないと判断されるだけでは足りない。2021年のNDRC認定を根拠にした部分も同時に崩れる必要があり、二つの柱がそろって折れて初めて指定は解ける。Xiaomiのように数カ月で決着した前例とは異なり、DJIにとってこの先の道のりは少なくとももう一段の司法判断を経る長さになるだろう。今回の判決が示したのは、国防総省の側にもう一度、証拠と向き合う番が回ってきたという事実だけである。