浙江大学のCan Wan氏、Xitong Mu氏らの研究チームが、走行中の列車を電力網の蓄電資源として活用する新たな手法を提案した。2026年10月19日に学術誌『Nature Communications』で公開された査読済み論文によると、列車の加減速を時刻表や速度制限の範囲内で調整することで、電気エネルギーを運動エネルギーとして一時的に蓄えられるという。研究チームは、2025年時点で世界全体に約190 GWの放電出力に相当する潜在能力があると推計した。既存の電化鉄道を活用することで、新たな蓄電設備への投資を一部削減できる可能性がある。ただし、実用化には、列車の運行に影響を与えず、必要な時間帯にどれだけの調整力を確保できるかを実際の路線で検証する必要がある。
走行中の列車を蓄電資源として活用する仕組み
電車はモーターで加速する際に電力を消費し、回生ブレーキで減速する際には運動エネルギーの一部を電力に変換する。研究チームが「ERES(Electrified Rail-Based Energy Storage)」と呼ぶ仕組みは、こうした電車の特性を利用し、走行速度や加減速のタイミングを調整することで、鉄道全体を一種の機械式蓄電システムとして機能させるものだ。新たな蓄電池を車両に搭載するのではなく、列車そのものが持つ運動エネルギーと、その増減を調整できる余地を利用する点が特徴となる。
電力が余っているときには、通常の運行計画より多くの電力を消費するように列車の走り方を調整し、運動エネルギーを増やす。反対に、電力が不足しているときには、モーターで列車を駆動する「力行」を抑えて消費電力を減らしたり、回生ブレーキによって電力を戻したりする。ただし、回生電力を鉄道の電力供給設備から上流の電力網へ送り返せるかどうかは、変電所の構成によって異なる。この研究でいう「放電」には、電力を実際に送り返すだけでなく、通常の運行計画より電力消費を減らすことも含まれている。
こうした調整は、列車の運行に支障をきたさない範囲で行う必要がある。研究チームのモデルでは、予定された到着時刻を守り、速度制限やモーターの出力限界を超えず、調整後には所定の運動状態へ戻ることを条件としている。また、出発直後の加速や停車直前の制動など、調整に適さない区間は対象から除外した。そのうえで、運行時刻や走行状態の異なる複数の列車を協調制御し、地域全体として電力の吸収量や供給量を調整する仕組みを想定している。
従来の鉄道における回生電力の活用は、列車が減速する際に発生する電力をいかに効率よく回収するかが中心だった。一方、今回の研究では、列車の走り方を調整できる余地そのものを蓄電能力として評価している。新たな蓄電池や専用の鉄道設備を建設する前に、既存の電化鉄道が持つ潜在的な調整能力を活用しようという発想だ。
世界で190 GWの放電出力、2050年には最大579 GWの可能性
研究チームは、まず中国の鉄道運行データを用いて、列車がどの程度の電力を吸収・供給できるかを分析した。対象となったのは2,688件の地域時刻表データと、そこに含まれる326,034件の駅間運行だ。駅間運行とは、列車が一つの停車予定駅から次の停車予定駅まで走る区間を指し、途中の通過駅では区切らない。同じ列車でも折り返し運行は別件として数えるため、326,034という数字は列車や車両の台数を意味するものではない。
分析対象は電化された幹線鉄道に限られ、地下鉄やライトレールは含まれていない。これらの都市交通は駅間距離が短く、加速と減速を頻繁に繰り返すため、別の運行モデルが必要になるからだ。研究チームは各駅間運行に車両の質量、モーターの出力、線路の速度制限などの条件を組み合わせ、調整可能な出力と電力量を地域ごとに算出した。
さらに、中国の運行データから得られた地域別の蓄電能力と、列車の走行に使う年間電力消費量などの間に見られる線形関係を利用し、世界全体の潜在規模を推計した。車両の重量や運行速度については地域ごとの違いを補正し、走行に直接関係しない補助機器の電力消費も除外している。そのうえで、国際エネルギー機関(IEA)が想定する鉄道の発展シナリオを適用し、2025年と2050年の蓄電能力を求めた。ただし、これは統計的な関係を用いた推計であり、鉄道の電力消費が増えれば必ず蓄電能力も増えるという因果関係を実証したものではない。
論文の補足表12および13に示された世界全体の推計結果は、以下のとおりだ。
| 想定 | 世界の放電出力 | 蓄電できる電力量 |
|---|---|---|
| 2025年 | 約190 GW | 6,309.23 MWh |
| 2050年(基本的な鉄道成長) | 約315 GW | 10,448.42 MWh |
| 2050年(鉄道利用の拡大) | 約579 GW | 19,214.34 MWh |
2025年時点の放電出力は約190 GW、蓄電できる電力量は約6.3 GWhと推計された。2050年には、基本的な鉄道成長を想定した場合で約315 GW、鉄道利用がさらに拡大した場合には約579 GWの放電出力が見込まれる。ただし、これらはいずれもモデルに基づく潜在能力の推計であり、2025年の数字も実際に導入・運用されている蓄電設備の実績ではない。また、2050年の数値の幅は鉄道の成長シナリオの違いによるもので、推計の測定誤差を表しているわけではない。
ここで重要なのは、出力を表すGWと、蓄えられる電力量を表すGWhの違いだ。190 GWという出力だけを見ると極めて大きな蓄電システムのように思えるが、蓄電可能な電力量は約6.3 GWhにとどまる。この組み合わせから、ERESは長時間にわたって電力を供給する用途よりも、短時間の需給変動を吸収する用途に適した仕組みと考えられる。ただし、実際にどれほどの時間、どれだけの出力を維持できるかは、その時点での列車の運行状況や制御条件によって変わる。
世界全体への推計には、なお不確実性が残る。分析の基礎となった運行データは中国の鉄道に由来しており、地域ごとの車両重量や運行速度を補正しても、各国の運行慣行や設備構成の違いを完全に反映できるわけではない。補助機器の電力消費についても推定値が使われているため、世界規模の潜在能力と、個別路線で実際に利用できる能力は区別して考える必要がある。
既存の蓄電設備を一部代替できる可能性、追加投資も必要
研究チームは、鉄道の蓄電能力が電力システム全体に与える影響も検証した。中国、欧州、インドの電力システムを対象に、電力システム計画モデル「SWITCH」を使用し、ERESを導入した場合と導入しない場合の設備投資や運用費用を比較している。分析期間は2025年から2054年までで、これを三つの投資期間に分け、2030年、2040年、2050年をそれぞれ代表年とした。各年の運用は、季節ごとに選んだ4日間の代表日を1時間刻みで再現し、長期的な投資計画を計算できるようにしている。
シミュレーションでは、鉄道の発展について2種類のシナリオを設定し、再生可能エネルギーや蓄電技術の進歩を3通りに分けて評価した。さらに、炭素価格の推移も変えることで、異なる政策・技術条件の下でERESの価値がどう変化するかを調べている。費用削減を優先する分析では、CO2排出量を基準ケース以下に抑えながら総費用を最小化した。一方、排出削減を優先する分析では、総費用を基準ケース以下に維持する条件を設けており、それぞれの分析で得られた最大効果を同時に達成できるとは限らない。
その結果、既存の電化鉄道が持つ調整能力を活用することで、従来型の蓄電設備への投資を一部削減できる可能性が示された。ただし、これはERESを加えた条件で発電設備や送電網を含む電力システム全体の構成を最適化し直した結果であり、実際の電力網で観測された効果ではない。比較対象には、4時間程度の電力供給を想定した蓄電池のほか、より長時間のエネルギー貯蔵に対応する圧縮空気蓄電、揚水発電、水素を利用した蓄電が含まれている。ERESがこれらの設備を全面的に置き換えるのではなく、異なる時間スケールの需給変動に対応する複数の技術を組み合わせることが前提となっている。
また、既存の鉄道を利用するからといって、追加投資が不要になるわけではない。論文ではERESの導入に必要な初期費用を、交流方式の鉄道で1 kW当たり5.8ドル、直流方式では180ドルと見積もっている。いずれも2025年の米ドル価格に換算した値で、列車と電力網の制御指令を連携させるシステムや、直流方式で電力を逆方向に流すための変電所改修などを想定したものだ。ただし、これらは既存技術の費用などを参考に算出した計画用の推計値であり、実際の設備工事に必要な金額を示したものではない。
電化鉄道が存在することと、その調整能力を電力網で利用できることの間には、設備面と運用面の課題がある。特に、回生電力を上流の電力網へ送り返すには、変電所の逆潮流への対応や保護装置の適切な動作を確認しなければならない。さらに、制御設備の追加や保守に伴う費用も考慮する必要がある。実際の導入費用と運用費用を把握して初めて、新たな蓄電池を建設する場合との経済性を比較できる。
シミュレーションでは周波数低下を抑制、営業路線での実証はこれから
研究チームは、列車の運行を調整しても予定時刻を維持できるかを確認するため、上海と昆明を結ぶ高速鉄道と、それに並行する在来線を対象に走行シミュレーションを実施した。対象はそれぞれ8件、合計16件の駅間運行で、高速鉄道では最高速度310 km/hまたは350 km/h、在来線では120 km/hまたは160 km/hの速度制限を設定した。列車の運動方程式を使って加減速を調整した結果、モーターの出力や速度の制約を守りながら、予定された到着時刻を維持する走行パターンを計算できた。ただし、これは数値シミュレーションによる結果であり、実際の列車を走らせて確かめたものではない。
電力網への影響については、代表路線の16件とは別に、東中国全体の鉄道を集約したモデルで検証している。具体的には、総負荷138 GWの50 Hz電力系統で4.9 GWの電源が脱落する事故を想定し、鉄道側が1.61 GWの調整力を5分間供給した後、0.36 GWで25分間再充電する条件を設定した。このような運用によって、急激な電力不足が発生した際の周波数低下を抑えられるかを調べた。
シミュレーションの結果、事故発生後の周波数の最低値は、ERESを利用しない場合の49.592 Hzから、利用した場合には49.726 Hzへと改善した。この数値は、研究チームが公開したSource Dataの「Fig. 8」シートに記録されたB列とC列の時系列データから、それぞれの最小値を求め、小数第3位に丸めたものだ。両者は同じ事故条件と系統パラメーターを用いた計算結果だが、必ずしも同一時刻の周波数を比較しているわけではなく、実測値でもない。また、この効果は東中国全体の鉄道を集約したモデルによるものであり、前述の16件の駅間運行だけで達成したものではない。
実用化に向けては、シミュレーションだけでは評価しきれない課題も残されている。例えば、実際の電力網では、鉄道からの電力の出し入れによって局所的な電圧変動や高調波が発生する可能性があり、保護装置との協調動作を検証しなければならない。また、列車の遅延や運行障害が発生した際に、定時運行を優先しながら電力調整を継続できるかという実時間制御の問題も未評価だ。さらに、ERESの導入によって電力システム全体で得られる費用削減効果を鉄道事業者へどう還元し、提供した調整力をどのように計量・精算するかという制度面の課題もある。
研究チームは、第三者が分析を再現できるよう、計算に使用したデータやプログラムも公開している。Zenodoのデータセットでは、2,688件の鉄道運行ケースを12個のZIPファイルに分けて配布している。また、GitHubのリポジトリには、蓄電能力の計算コードやSWITCHの設定ファイルに加え、中国、欧州、インドを対象とした315シナリオの入力データが収録されている。ただし、計算を再現するには指定されたソフトウェア環境と、最適化ソフトウェア「Gurobi」の有効なライセンスが必要だ。コードとデータの公開は第三者による検証を可能にするものだが、独立した研究者が同じ結果を再現できたことを意味するわけではない。今回確認できた公開資料では、第三者による追試や営業路線での実証運用の結果は示されていない。
なお、今回の論文は査読を経た受理稿が先行公開されたもので、出版社による最終的な編集が今後加えられる可能性がある。研究チームが次の段階として挙げているのは、代表的な路線での試験運用と、鉄道側と電力側の制御指令を連携させる仕組みの検証だ。定時運行を維持しながら電力網との接続地点における技術的な制約を満たし、鉄道事業者の追加費用も回収できると確認されれば、既存の電化鉄道を短時間の電力需給調整に活用する道が開ける。新たな蓄電設備を大量に建設するだけでなく、すでに存在する交通インフラの運用を工夫することで、電力網の柔軟性を高められるかが今後の焦点となる。



