ドイツのダルムシュタット工科大学は2026年10月9日、亜鉛空気電池の充放電を300時間以上にわたって安定して繰り返せる新しい触媒を開発したと発表した。鉄とニッケルの酸化物を特殊な炭素材料と組み合わせ、研究室で製作した試作セルで耐久性を確認した。

今回の成果で注目すべきなのは、触媒の化学組成だけでなく、酸素や電解液が反応する場所を長時間維持できるように、材料の微細構造まで設計した点だ。ただし、300時間という数字は充電と放電を繰り返した試験時間であり、1回の充電で300時間使えることを意味するものではない。

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亜鉛空気電池の課題は、充放電で異なる二つの酸素反応

亜鉛空気電池は、空気中の酸素を正極の反応に利用する電池だ。酸素を電池内部に蓄える必要がないため、高い理論エネルギー密度を実現できる可能性があり、リチウムイオン電池に代わる蓄電技術の一つとして研究されている。

一方、充電式の亜鉛空気電池には、繰り返し使用する際の性能低下という大きな課題がある。

放電時には、正極で酸素が電子を受け取る「酸素還元反応(ORR)」が起こる。反対に充電時には、酸素を発生させる「酸素発生反応(OER)」を進める必要がある。

この二つの反応は性質が異なり、両方を効率よく進めることは容易ではない。特に、充放電を繰り返しても触媒の性能を維持することが、電池の長寿命化に向けた重要な課題となっている。

こうした二つの反応を促進する材料は「二機能触媒」と呼ばれる。

今回、ダルムシュタット工科大学のJörg J. Schneider教授らの研究チームが着目したのは、ニッケルフェライト(NiFe₂O₄)という酸化物だ。

ニッケルフェライトは、ニッケル、鉄、酸素からなる化合物で、「スピネル」と呼ばれる結晶構造を持つ。酸素が関わる電気化学反応を促進する材料として以前から研究されてきたが、電子の流れにくさや、繰り返し反応させた際の安定性に課題があった。

そこで研究チームは、ニッケルフェライト単体の性質を改良するのではなく、電子を運びやすい炭素材料と組み合わせる方法を採用した。

重要なのは、触媒の表面まで電子が届くだけでは、反応を効率よく進められないことだ。

亜鉛空気電池の空気極では、固体の触媒、イオンを運ぶ液体の電解液、気体の酸素という三つの要素が接する必要がある。この接触部分は「三相界面」と呼ばれ、酸素の電気化学反応が進む重要な場所となる。

ダルムシュタット工科大学も10月9日の公式発表で、この三相界面を安定して維持することの重要性を強調している。

触媒の反応活性が高くても、酸素や電解液が十分に届かなければ、電池としての性能を引き出すことはできない。長期間にわたって反応を維持するには、触媒そのものの性質と、反応に必要な物質が行き来できる構造の両方が重要になる。

カーボンナノホーンと窒素・リンを組み合わせた新触媒

研究チームが開発したのは、小さな立方体状のニッケルフェライト粒子を「カーボンナノホーン」と呼ばれる炭素材料に固定した複合触媒だ。

カーボンナノホーンは、先端が角のように尖ったナノサイズの炭素構造体で、多数が集まって球状の集合体を形成する。

この集合体の内部や粒子間には微細な空間があり、酸素や電解液が移動するための経路として利用できる。

研究チームは、この構造をニッケルフェライトの担体として採用した。さらに、カーボンナノホーンに窒素とリンを添加し、炭素の電子状態や表面特性を調整している。

窒素とリンの添加には、電子の移動を促進するとともに、酸素の反応に利用できる活性部位を増やす狙いがある。

また、ニッケルフェライト粒子を炭素構造にしっかり固定することで、粒子同士の凝集や、金属成分が電解液中に溶け出す現象を抑える効果も期待できる。

つまり、今回の研究は単に新しい酸化物を合成したものではない。酸素の反応を促すニッケルフェライトと、電子や反応物の移動を助けるカーボンナノホーンを一体的に設計したことが特徴だ。

炭素材料は電子を運ぶ役割を担い、その微細な空間は酸素や電解液の通り道となる。これによって、触媒の反応活性を高めながら、充放電を繰り返しても性能を維持できる構造を目指している。

研究チームは、長時間の充放電試験後にも材料の状態を詳しく調べた。

使用後の電解液からはニッケルイオンが検出されず、鉄の濃度も使用前の電解液と同程度だった。

さらに、電子顕微鏡による観察では、炭素材料に固定された立方体状のニッケルフェライト粒子が形状を維持しており、目立った凝集や構造の崩壊は確認されなかったという。

これらの結果は、今回の試験条件では触媒の構造が安定していたことを裏付けている。

ただし、あらゆる運転条件で金属成分の溶出や劣化が起こらないと証明されたわけではない。より厳しい条件での長期的な安定性については、今後の検証が必要となる。

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300時間以上の充放電を実証、ただし試験条件に注意

研究成果は、Sudheer Kumar Yadav氏らによる査読付き論文として、2026年9月27日に学術誌『Advanced Science』でオンライン公開された。論文は「Nickelferrite on Pnictogen Functionalized Carbon Nanohorns. Bifunctional ORR and OER Catalysts in Rechargeable Zinc-Air Batteries」と題されている(DOI:10.1002/advs.77749)。

300時間超の耐久性が確認されたのは、新触媒を空気極に使用し、負極には酸化亜鉛と炭素の複合材料(ZnO/C)を採用した試作セルだ。

電解液には、濃度4.0 mol/Lの水酸化カリウム水溶液が使われている。

試験では、電流密度を0.55 mA/cm²に設定し、1回の充放電サイクルを3時間として、一定の電流で充電と放電を繰り返した。

その結果、300時間を超えて充放電を続けても、充電時と放電時の電圧差はほぼ一定に保たれたという。

これは、およそ100サイクルにわたって安定した動作を維持できたことを示している。

ただし、繰り返しになるが、300時間という数字は連続して電力を供給できる時間ではなく、充電と放電を繰り返した試験全体の時間だ。電池の蓄電容量や、1回の充電で使用できる時間を示す指標とは異なる。

論文では、負極に亜鉛箔を使用した別の構成についても耐久試験を行っている。

こちらでは250時間の充放電動作が報告されているが、負極の材料だけでなく、電流密度や充放電サイクルの長さも異なる。

研究チームが公開した論文の図9と図10(13〜14ページ)に基づくと、二つの試験条件は次のように整理できる。

試験条件 酸化亜鉛・炭素複合負極 亜鉛箔負極
電流密度 0.55 mA/cm² 5 mA/cm²
1サイクルの時間 3時間 1時間
充放電の継続時間 300時間超 250時間
論文の該当図 図9 図10

亜鉛箔負極の試験では、電流密度が5 mA/cm²と、酸化亜鉛・炭素複合負極の試験よりも高く設定されている。

そのため、300時間と250時間という数字だけを比較し、酸化亜鉛・炭素複合負極の方が寿命に優れていると結論付けることはできない。

電流密度や充放電サイクルの条件が異なる以上、負極材料の違いだけによる性能差を示した比較にはならないからだ。

二つの試験は、それぞれ異なる条件で繰り返し充放電できることを確認した結果として評価する必要がある。

また、300時間超の耐久性が得られた試作セルでは、空気極の新触媒だけでなく、負極にも複合材料が使われていた。

電池の寿命は正極、負極、電解液などの相互作用によって決まるため、セル全体の耐久性向上を新触媒だけの効果と断定することはできない。

最大出力密度は約1.9倍、実用化には大型セルでの検証が必要

今回の研究では、充放電の耐久性だけでなく、電池として取り出せる出力についても比較が行われた。

新触媒を使った亜鉛空気電池の最大出力密度は、54 mW/cm²だった。

これに対し、比較対象として使用された貴金属系触媒では、28 mW/cm²となっている。

比較対象の触媒は、白金を20%含む炭素担持触媒(Pt/C)と酸化ルテニウム(RuO₂)を質量比1対1で混合したものだ。

同じ研究内で測定した分極曲線に基づく比較では、新触媒を使用したセルが約1.9倍の最大出力密度を示したことになる。

これは、ニッケルフェライトとカーボンナノホーンを組み合わせた触媒が、電池全体の出力性能を高める可能性を示す結果だ。

ただし、出力密度とエネルギー密度は異なる指標である。

出力密度は、電極の単位面積当たりにどれだけの電力を取り出せるかを表す。一方、エネルギー密度は、電池がどれだけのエネルギーを蓄えられるかを示す。

今回の54 mW/cm²という数値から、リチウムイオン電池よりも多くの電力を長時間供給できると結論付けることはできない。

また、新触媒がすべての性能指標で既存の貴金属系触媒を上回ったわけでもない。

例えば、0.1 mol/Lの水酸化カリウム水溶液中で酸素発生反応を測定したところ、10 mA/cm²の電流密度を得るために必要な過電圧は、新触媒が290 mVだった。

これに対し、比較対象の酸化ルテニウムでは260 mVとなっている。

過電圧は、電気化学反応を進めるために理論上必要な電圧を超えて加えなければならない電圧であり、一般的には小さいほど望ましい。

したがって、酸素発生反応に関するこの指標では、新触媒は比較対象の酸化ルテニウムに及んでいない。

一方、亜鉛空気電池の充放電では、酸素発生反応だけでなく、酸素還元反応や電極の構造、電子の流れやすさなども性能に影響する。

そのため、触媒単体の特定の測定値だけではなく、実際に電池へ組み込んだ際の出力や充放電効率、耐久性を総合的に評価する必要がある。

今回の研究で期待されるもう一つの利点は、白金やルテニウムなどの貴金属に依存しない触媒を実現できることだ。

鉄やニッケル、炭素を中心とした材料構成は、原材料コストの削減につながる可能性がある。

ただし、今回の研究では、触媒の量産に必要な工程や製造コストまで検証されたわけではない。

実際の製造費用は、原材料の価格だけでなく、カーボンナノホーンの製造方法、窒素やリンの添加工程、ニッケルフェライト粒子の形成や固定にかかる費用などにも左右される。

さらに、今回の300時間超の耐久試験は研究室で製作した小型セルによる結果だ。

実用的な蓄電池として利用するには、より高い電流密度での長期耐久性や、大型化した際の電極内部での酸素供給、電解液の管理なども検証しなければならない。

亜鉛空気電池は、高い理論エネルギー密度と比較的入手しやすい材料を生かせる可能性がある一方、充電式としての実用化には依然として多くの技術的課題が残されている。

今回の研究が示したのは、酸素反応を促進する触媒の化学組成と、電子や反応物を運ぶ微細構造を一体的に設計することで、充放電性能と耐久性を改善できる可能性だ。

300時間を超える充放電動作と、比較対象の約1.9倍となる最大出力密度は、その有効性を裏付ける実験結果といえる。

今後は、より厳しい運転条件で性能を維持できるか、大型セルでも同様の結果が得られるか、そして製造コストをどこまで抑えられるかが重要になる。

新触媒が研究室での成果にとどまらず、実用的な充電式亜鉛空気電池の開発につながるかどうかは、こうした検証の積み重ねにかかっている。