カリフォルニア大学サンディエゴ校(UC San Diego)とToyota Research Institute of North America(トヨタ北米研究所)などの研究チームが、電極の強度を維持しながら、使用後には水を使って電極材料を分離できる結着剤「PCC」を開発した。2026年10月9日に学術誌Nature Communicationsで公開された査読済み論文では、従来のフッ素系結着剤に代わり、水を溶媒として加工できる高分子材料を組み合わせる方法を報告している。電池の使用中は電極材料をしっかり固定し、使い終えた後は容易に分離できる。この2つの性質を両立できれば、製造とリサイクルの両方で工程の負担を減らせる可能性がある。ただし、水によって簡略化できるのは電極層を分離する工程であり、劣化した材料を再生するための処理まで不要になるわけではない。

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電極を支える結着剤が、リサイクルの難しさを左右する

リチウムイオン電池の電極は、電気を蓄える活物質の粒子や、電気を通す炭素などを混ぜ合わせ、金属箔に塗布して作られる。粒子同士をつなぎ、電流を取り出すための金属箔(集電箔)に固定するのが、結着剤(バインダー)の役割だ。電極全体に占める割合は小さいものの、製造時の塗りやすさや耐久性、使用後の材料の分離方法を大きく左右する。

正極に広く使われているポリフッ化ビニリデン(PVDF)は、接着力が強く、電気化学的にも安定している。ただし、電極を製造する際には、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)という有機溶媒が必要になる。塗布後の乾燥だけでなく、溶媒を回収・精製するための設備も欠かせない。リサイクル時にも、電極層を集電箔からはがしたり、残留するフッ素系成分を処理したりする手間がかかる。

一方、水を溶媒として使える結着剤は、すでに実用化されている。負極にはセルロース由来の材料などが使われており、正極でもフッ素を含まない水溶性の結着剤が研究されてきた。

例えば2024年には、Felix Leibetsederらが別の水溶性高分子を使った正極について、学術誌Advanced Energy Materialsで報告している。ニッケルを含むNMC622正極を水中で超音波処理し、電極層を分離する実験も行った。

したがって、PCCの新しさは、水で加工・分離できるという性質そのものにあるわけではない。電極に必要な強度と充放電時の安定性を確保しながら、さまざまな正極・負極への適用可能性に加え、回収した材料の再利用まで一連の実験で検証した点が特徴だ。

クエン酸を加え、3種類の結合で電極の強度を確保

PCCは、ポリアクリル酸(PAA)とカルボキシメチルセルロース(CMC)を1対1の割合で組み合わせ、クエン酸を加えて作る結着剤だ。

PAAは均一な膜を形成しやすく、電極に柔軟性を与える。一方、CMCは剛性を高め、活物質の粒子をまとめる役割を担う。研究チームは、水酸化リチウムを使ってPAAの分散液をpH 6に調整し、高分子同士をつなぐ「架橋」にクエン酸を利用した。

著者らによると、PCCの網目状の構造は、主に3種類の相互作用によって支えられている。

まず、高分子同士を引き寄せる水素結合がある。次に、エステル結合という共有結合が高分子鎖をつなぐ。さらに、リチウムイオンが関与するイオン性の相互作用によって、粒子と結着剤の結び付きが補強される。

研究チームは、分光測定や熱分析に加え、電極を曲げる試験やテープを使った剥離試験を行い、材料の構造と機械的な安定性を調べた。

ただし、高分子同士の架橋を強めればよいというわけではない。網目構造が密になりすぎると、電解液が浸透しにくくなり、リチウムイオンの移動を妨げてしまう。

論文では、PAAとCMCを1対1で配合し、クエン酸を5〜8重量%加えた組成が良好な性能を示したと報告している。電極材料をしっかり固定する強度と、電池内部でのイオンの移動を妨げない構造との両立が重要になる。

製造実験では、リン酸鉄リチウム(LFP)正極を、活物質97重量%、導電性炭素1重量%、結着剤2重量%の配合で作製した。

PCCを使用した電極は60℃で4時間乾燥させたのに対し、比較対象のPVDF電極は120℃の真空下で12時間乾燥させている。

PCCでは、より低い温度と短い時間で電極を製造できた。ただし、これは研究室での実験条件による比較であり、そのまま工場の乾燥設備における省エネルギー効果を算出できるわけではない。

また、試験用の電池には、リチウム塩のLiPF6を含む有機炭酸エステル系の電解液を使用している。水を使うのは電極の製造とリサイクル時の分離工程であり、電池内部の電解液を水に置き換えたわけではない。

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1600回の充放電試験で耐久性を確認、積層セルには課題も

研究チームは、PCCを使った電極が充放電を繰り返しても性能を維持できるかを調べた。

まず、LFP正極と金属リチウムを組み合わせたハーフセルで、正極の性能を評価した。

初回の放電比容量は、PCCを使った電極が160.2 mAh/g、従来のPVDFを使った電極が160.5 mAh/gだった。活物質1 g当たりに取り出せる電気量はほぼ同じであり、結着剤を変更しても初回の容量はほとんど低下しなかった。

さらに、実際のリチウムイオン電池に近い、黒鉛負極とLFP正極を組み合わせた単層パウチセルでも試験を行った。

温度25±2℃、充放電レートC/3という条件では、1600サイクル後も初期容量の76.4%を維持した。C/3とは、基準となる容量をおよそ3時間で充電または放電する電流の大きさを表す。

ただし、これは高速充電や車載電池のさまざまな使用環境において、同じ寿命が得られることを示した結果ではない。

複数の電極を重ねたセルでは、さらに改善が必要なことも分かった。

5層構造のパウチセルは、初回容量が156.1 mAhで、700サイクル後の容量保持率は74.5%だった。一方、同じ700サイクル時点で、単層セルは83.5%を維持していた。

著者らは、電極を積層した際の圧力や、電解液の分布の違いなどが影響した可能性を指摘している。単層セルで良好な性能が得られても、電極を重ねた大型セルで同じ性能を維持できるとは限らない。

研究チームは、ニッケルを多く含む正極や、マンガンを含むリン酸塩正極、シリコン負極についても試験を行っている。

ただし、すべての材料について1600サイクルのパウチセル試験を実施したわけではない。例えば、シリコン負極では結着剤を20重量%使用しており、LFP正極の2重量%とは配合条件も異なる。

材料の種類に応じた最適化は引き続き必要だが、正極と負極の両方に適用できる可能性は、製造工程やリサイクル工程の共通化につながる点で重要だ。

水に5分間浸して攪拌、電極層を分離できても熱処理は必要

リサイクル実験では、100サイクルの充放電を行った黒鉛・LFPのパウチセルを使用した。

研究チームは、電池を解体して取り出したPCC正極を、20 mLの脱イオン水に入れて5分間かき混ぜた。その結果、電極層をアルミニウム製の集電箔から分離できた。

一方、比較対象のPVDF正極では、20 mLのNMPを使い、2時間かき混ぜて電極層を分離している。

この結果は、PCCを使うことで電極層の分離工程を大幅に短縮できる可能性を示している。

ただし、水で簡単に分離できたからといって、そのまま新しい電池の材料として再利用できるわけではない。

使用済みの活物質を再生するには、リチウムの補充や高温での熱処理が必要になる。論文で実施された工程を整理すると、次のようになる。

工程 PCCを使ったLFP正極 PCCを使った黒鉛負極
集電箔からの分離 脱イオン水20 mL中で5分間攪拌 脱イオン水20 mL中で5分間攪拌
粉末の回収・乾燥 遠心分離、3回の水洗、80℃の真空下で12時間乾燥 遠心分離、3回の水洗、80℃の真空下で12時間乾燥
活物質の再生 炭酸リチウムを加え、アルゴン雰囲気で540℃・3時間、続いて650℃・10時間焼成 アルゴン雰囲気で1000℃・4時間熱処理

出典:2026年10月9日公開の論文Methods「Direct recycling of LFP and graphite」。100サイクル使用した研究室のセルについて、分離、粉末の回収・乾燥、材料の再生という工程に分けて整理した。5分間という数字は電極層の分離にかかった時間であり、リサイクル全体の所要時間や工業設備での処理速度を示すものではない。

使用済み電池から金属を元素ごとに回収し、材料を作り直す方法に対し、活物質の結晶構造や組成をできるだけ維持しながら再利用する方法を「直接リサイクル」と呼ぶ。

LFPは、ニッケルやコバルトのような高価な金属を含まないため、金属の回収だけでは十分な収益を得にくい。著者らは、活物質としての価値をできるだけ維持して再生する方法に利点があると説明している。

研究チームは、再生したLFPの結晶構造や組成を分析し、回収粉末を使ってコインセルを作製して性能を評価した。

PCCを使った電極から再生したLFPについては、X線光電子分光法による表面分析でフッ素が検出されなかった。

ただし、今回の実験では、投入した材料のうち実際にどれだけの量を回収できたかを、質量に基づいて定量的に測定していない。

再生後に材料の構造や電池としての性能が回復したことと、材料を100%回収できたことは別だ。実用化に向けては、回収率を含めた検証が必要になる。

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温室効果ガス排出量は約6.9%削減、量産時の効果は今後の検証課題

研究者がガラス瓶の液体を掲げている様子

研究チームは、PCCを使用した場合の環境負荷について、ライフサイクル評価も行った。

その結果、従来のPVDFを使用する場合と比較して、製造時の温室効果ガス排出量を約6.9%、エネルギー需要を約9.3%削減できると試算している。

比較対象は容量0.25 kWhの黒鉛・LFPセルで、温室効果ガス排出量は1セル当たり12.81 kgから11.924 kgへ減少する計算だ。排出量は二酸化炭素換算で示されている。

ただし、これらは米国での工業規模の生産を想定したモデルによる試算であり、研究室で作製した小型パウチセルの排出量を実測した結果ではない。

試算には、いくつかの前提条件が設けられている。

例えば、PVDFの加工に使うNMPについては、95%を回収する想定だ。また、活物質については、前処理後に95%が残り、そのうち90%を再生するものとしている。この場合、全体の回収率は85.5%となる。

重要なのは、この85.5%という値が計算上の仮定であり、PCCを使った実験で実際に測定した回収率ではないことだ。

さらに、論文では正式な感度分析や定量的な不確実性評価は実施していない。実際の環境負荷削減効果は、製造設備の構成や溶媒の回収効率などによって変わる可能性がある。

費用面の評価にも注意が必要だ。

論文に示されたリサイクル費用の表は、主に処理に必要な投入費用を扱っており、設備投資や人件費、保守費用などは含まれていない。そのため、回収材料の売上と投入費用の差を、そのままリサイクル工場の利益とみなすことはできない。

また、PCC自体はフッ素を含まないが、電池の電解液にはLiPF6に由来するフッ素が残っている。

つまり、結着剤をPCCに変更しても、電池からフッ素や廃棄物が完全になくなるわけではない。期待されるのは、PVDFに由来する加工や回収・処理の負担を減らすことだ。

UC San Diegoは今後、電極材料ごとの最適化や商業生産に向けた製造規模の拡大を進め、産業界との連携によって実用化を目指すとしている。

量産化に向けては、厚い電極を連続的に塗布する条件でも十分な接着力とイオンの移動しやすさを維持できるか、さらに実際の使用済み電池からどれだけの材料を回収・再利用できるかを確かめる必要がある。

こうした課題を克服できれば、電池メーカーは製造時の加工性能や充放電時の耐久性だけでなく、使用後のリサイクルまで考慮して結着剤を選べるようになる。電池の性能を支える少量の材料を見直すことが、製造から廃棄・再利用までの工程全体を変える可能性を秘めている。