長年のパートナーシップに、突如として終止符が打たれた。Googleが次期スマートフォン「Pixel 10」シリーズに搭載する独自開発チップ「Tensor G5」の製造委託先を、これまでのSamsungから業界の巨人TSMCへ切り替えるという決定は、半導体業界に大きな波紋を広げている。韓国メディアThe Bellの報道によれば、この動きは盟友であったはずのSamsungに「ショック」を与え、同社は現在、原因究明のための「集中分析」を含む内部調査に乗り出しているという。
なぜGoogleは、Pixel 6から4世代にわたって続いたSamsungとの協業を捨て、ライバルであるTSMCを選んだのか?そこには、単なるビジネス上の判断を超えた、技術的優位性、市場での競争力、そして未来を見据えたGoogleの冷徹な戦略が透けて見える。
衝撃の裏側:Samsungを揺るがした「Google事態」
Samsungにとって、Googleからの通告は青天の霹靂だったようだ。The Bellは、この一件がSamsung社内外に「少なからぬ衝撃を与えた」と報じ、社内ではこれを「Google事態」と呼び、深刻に受け止めている様子を伝えている。現在、半導体部門を統括するデバイスソリューション(DS)部門では、トップ主導でグローバル戦略会議が開かれ、ファウンドリ(半導体受託製造)事業の競争力強化が最重要課題として議論されているという。
ある業界関係者は同メディアに対し、「Googleを失ったことは、Samsungファウンドリが抱える複合的な問題を一挙に露呈したケースだ」と語っており、事態の深刻さを物語る。
Samsungがこれほどまでに衝撃を受けているのは、Googleが単なる一顧客ではなかったからだ。GoogleのTensorチップは、もともとSamsungのExynosプロセッサをベースに、両社が「ホワイトチャペル」というコードネームの下で共同開発してきた、いわば兄弟のような存在。この協力関係は、Samsungファウンドリにとって、最先端プロセスをアピールするための重要な実績であり、象徴的なパートナーシップだった。
その盟友が、こともあろうに最大のライバルであるTSMCに乗り換えた。しかも、報道によればその契約はPixel 10のTensor G5に留まらず、少なくとも「Pixel 14」まで続く複数年にわたる長期的なものと見られている。これは、GoogleがSamsungの短期的な改善に見切りをつけ、長期安定供給と技術的優位性を求めてTSMCとの関係を固めたことを意味する。Samsungにとって、それは単に顧客を一人失った以上の、自社の技術力と将来性に対する不信任投票と受け取められたとしても不思議ではない。
なぜGoogleはTSMCを選んだのか? 明らかな3つの理由
Samsungが「なぜだ」と頭を抱える一方で、業界アナリストや長年のPixelユーザーからすれば、その理由は火を見るより明らかだったのかもしれない。Googleの決断の背景には、主に3つの根深い問題が存在する。
理由1:技術格差の現実 – 「発熱」と「バッテリー」に悩んだTensorの歴史
最大の理由は、SamsungファウンドリとTSMCの間に存在する、無視できない技術的な差だ。特に、製造プロセスの性能を左右する「歩留まり(生産されたチップのうち良品の割合)」と「電力効率」において、SamsungはTSMCの後塵を拝してきた。
これがユーザー体験に直接的な影響を及ぼしたのが、Tensorチップを搭載したPixelシリーズだ。初代Tensorから現行世代に至るまで、Pixelスマートフォンは競合他社のフラッグシップ機と比較して、「発熱しやすい」「バッテリーの持続時間が短い」という評判がつきまとった。これは、チップの設計思想だけでなく、それを製造するSamsungのプロセス技術に起因する部分が大きいと指摘されてきた。
一方のTSMCは、AppleのiPhone向けAシリーズチップの製造を一手に引き受け、その高性能と優れた電力効率で業界標準を確立してきた。GoogleがTensor G5の製造にTSMCの最先端3nmプロセス「N3E」を採用することで期待されるのは、爆発的な性能向上というよりも、むしろ長年の課題であった発熱を抑制し、バッテリー寿命を劇的に改善することだろう。最高のソフトウェア体験を目指すGoogleにとって、ハードウェアの根幹をなすチップの安定性は、もはや無視できない最優先事項となったのだ。
理由2:「敵」になった盟友 – スマホ市場での競合激化
技術的な問題に加え、両社のビジネス上の関係性の変化も無視できない。かつてAppleが、iPhoneの心臓部であるAシリーズチップの製造をSamsungからTSMCへ切り替えた際、その理由の一つとして、スマートフォン市場で直接競合するSamsungに自社の最重要機密を預けることへの懸念が挙げられた。歴史は繰り返される。
Googleは近年、Pixelシリーズのラインナップを拡充し、Samsungが開拓し、リードする折りたたみスマートフォン市場にも「Pixel Fold」で参入した。これは、両社がAndroidエコシステムにおけるパートナーであると同時に、ハイエンドスマートフォン市場のシェアを奪い合う熾烈なライバルになったことを意味する。
このような状況下で、自社スマートフォンの頭脳となる次世代チップの設計と製造を、最大の競合相手に委ね続けることは、戦略的に見てリスクが高い。GoogleがTSMCを選んだのは、技術的な優位性に加え、サプライチェーンにおける独立性と安全性を確保するという、極めて合理的な判断だったと言える。
理由3:未来への布石 – 揺るぎないハードウェア戦略
Pixel 14まで見据えたとされる長期契約は、これが付け焼き刃の対応ではなく、Googleの長期的なハードウェア戦略の一環であることを示している。Googleは、ソフトウェアとAIにおける圧倒的な強みを最大限に活かすため、それに最適化された独自のハードウェアを自ら手掛けることの重要性をますます強く認識している。
最高のハードウェア体験を提供するためには、最高の半導体製造パートナーが不可欠だ。残念ながら、現時点において、その答えはSamsungではなくTSMCだった。この決断は、GoogleがPixelを単なる「リファレンス機」ではなく、iPhoneやGalaxyと本気で渡り合うトップブランドへと押し上げるという、強い意志の表れに他ならない。
崖っぷちの巨人Samsung – 失われた顧客と残された課題
Googleの離反は、Samsungファウンドリが直面する苦境を象徴する出来事だ。同社は近年、QualcommのSnapdragon 8 Gen 1での発熱問題以降、NVIDIAといった主要な顧客もTSMCに奪われてきた。その結果、市場調査会社TrendForceによれば、2025年第1四半期のファウンドリ市場におけるSamsungのシェアは7.7%に留まり、67.6%という圧倒的なシェアを誇るTSMCとの差は開く一方だ。
信頼回復の切り札として期待される次世代の2nmプロセスも、計画通りの進捗に苦戦していると報じられている。最初の顧客は、自社のシステムLSI事業部が手掛ける「Exynos 2600」(Galaxy S26シリーズ向けと噂される)になる可能性が高いが、このチップの成否が、失った顧客の信頼を取り戻せるかどうかの試金石となるだろう。
社内では、ファウンドリ事業の分社化や、チップ設計部門(システムLSI)の一部をスマートフォン事業部へ移管するといった、ドラスティックな組織再編案まで議論されているという。今回の「Google事態」は、Samsungという巨人に、構造的な変革を迫る強烈なトリガーとなったのだ。
この一件は、単なる二社間の取引変更ではない。それは、TSMCの一強体制がさらに盤石になるという半導体業界の地殻変動を示唆すると同時に、崖っぷちに立たされたSamsungが背水の陣で技術革新に挑む新たな物語の始まりでもある。そしてユーザーにとっては、Pixel 10以降の劇的な進化への期待を高めるとともに、テクノロジーの未来を左右する巨人たちの、冷徹でダイナミックなパワーゲームを改めて見せつけられる出来事なのである。
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