中国の衛星インターネット網「Guowang(国網)」を利用し、北極海で活動する観測船と南極の秦嶺基地との間でビデオ通話が行われた。中国中央テレビ(CCTV)が2026年10月8日に報じたところによると、通話時の通信遅延は1秒以内だったという。翌9日に中国航天科技集団が掲載した記事では、極域での通信試験において、上り・下りとも最大約30Mbpsの通信速度を記録したと報告されている。実際に氷海で活動する観測船からファイルや航海日誌を送信する用途にも使われており、中国独自の衛星通信網が科学観測を支えた具体的な事例といえる。ただし、通信に成功したことと、長期間にわたって安定した接続を維持できることは、分けて評価する必要がある。
北極の観測船3隻と南極基地を結ぶビデオ通話に成功
今回のビデオ通話に参加したのは、中国第16次北極海調査隊の観測船「雪龍」「極地」「探索三号」の3隻と、南極にある秦嶺基地だ。
CCTVの報道によれば、通話が実施されたのは中秋節の時期だった。北極海で活動中の船舶と南極の研究拠点との間で、実際の通信設備を使って映像をやり取りしたことになる。
なお、中国第16次北極海調査隊には「雪龍2」も参加しているが、今回のビデオ通話に参加した船として報道で挙げられているのは、前述の3隻だ。調査隊全体の船舶構成と、通信試験に参加した船舶は同じではない。
また、3隻の観測船と1つの基地という数字は、通信に参加した拠点の数を示しており、性能試験の実施回数を意味するものではない。
CCTVの取材に対し、中国国家海洋情報センターの技師である張彬氏は、今回の衛星通信網が観測船と同センターなどとの連絡を支えたと説明している。
氷海での運用については、次のように述べた。
「氷域での作業に入ってからは、ファイル転送も航海日誌も星網の設備を通じて送っている」(日本語訳)
ビデオ通話の成功は分かりやすい成果だが、実際の観測活動にとっては、日常的なデータのやり取りができることも重要だ。
観測船から陸上の研究機関へファイルや航海日誌を送信できれば、遠く離れた場所にいる研究者や技術者も、現場の状況を把握しながら調査活動を支援できる。
こうした通信環境が整えば、極域で収集した情報を迅速に共有できるようになり、船上と陸上の連携も取りやすくなる。
ただし、科学観測を支える通信回線として本当に重要なのは、こうしたやり取りを航海中に安定して続けられるかどうかだ。
また、今回の成果はCCTVの現場取材と関係機関の掲載記事によって報告されたものであり、査読済み論文やプレプリントとして発表された研究成果ではない。
実際の設備を使った試験である点は、シミュレーションによる予測とは異なる。しかし、詳細な測定手順や独立した機関による再現試験の結果は、公開された記事には示されていない。
CCTVと中国航天科技集団の報告内容が一致していても、それを独立した複数の実験によって性能が再現された証拠とみなすことはできない。
なぜ北極や南極では衛星通信が難しいのか
北極や南極のような高緯度地域では、一般的な衛星通信に地理的な制約がある。
従来の衛星通信で広く使われている静止衛星は、地球の赤道上空を周回している。
欧州宇宙機関(ESA)の軌道に関する解説によると、静止軌道の高度は約35,786kmだ。
静止衛星は地上から見るとほぼ同じ位置にとどまるため、地上アンテナの向きを固定しやすいという利点がある。
しかし、北極や南極に近づくほど、赤道上空にある衛星は地平線近くの低い位置に見えるようになる。そのため、高緯度地域では衛星を見通しにくくなり、通信が難しくなる。
一方、低軌道衛星は、赤道面に対してさまざまな角度に傾けた軌道を設定できる。
極域を通過する軌道を利用すれば、高緯度地域でも衛星との通信が可能になる。さらに、複数の衛星が通信を順次引き継ぐことで、接続できる時間を延ばすこともできる。
多数の衛星を連携させて広い範囲をカバーする仕組みが、「衛星コンステレーション」だ。
ただし、低軌道衛星を利用すれば、それだけで24時間途切れない通信が実現するわけではない。
低軌道衛星は地球の周囲を高速で移動するため、地上から見える位置が次々と変わる。ある時刻に通信できたとしても、その場所で常時接続できるとは限らない。
安定した通信を実現するには、衛星の配置や軌道、通信可能な時間、衛星同士の引き継ぎなどを考慮する必要がある。
さらに、観測船での利用には特有の課題もある。
ESAは北極における衛星通信の課題として、アンテナへの着氷や、荒れた海による通信の中断などを挙げている。
今回のGuowangの試験で実際にこうした問題が発生したと報告されているわけではない。しかし、極域での衛星通信の実用性を評価するには、衛星の配置だけでなく、厳しい自然環境にさらされる船上設備の性能も重要になる。
なお、低軌道衛星を使った極域通信には先行例がある。
ESAが2024年10月3日に発表した事例では、Polar Pod計画の補給船「Perseverance」にOneWebの通信端末を設置し、北極周辺での活動に利用していることが紹介されている。
したがって、Guowangによる今回の成果は、極域での衛星通信を世界で初めて実現したというものではない。
重要なのは、中国独自の衛星インターネット網を使い、北極の観測船と南極の研究基地を結ぶ実際の通信を行った点にある。
通信遅延「1秒以内」、最大速度「30Mbps」が示す性能と限界
今回の報道で示された通信性能は、ビデオ通話の遅延が1秒以内、最大通信速度が上り・下りとも約30Mbpsというものだ。
ただし、通信遅延と通信速度は異なる性能指標である。
通信遅延はデータが届くまでにかかる時間に関係する。一方、Mbpsは1秒間に転送できるデータ量を示す単位だ。
例えば、大容量の観測データを転送する場合には通信速度が重要になる。一方、ビデオ通話のようにリアルタイムのやり取りが必要な用途では、遅延の大きさも使い勝手に影響する。
また、今回報告された約30Mbpsはあくまで最大値であり、航海中に常にその速度で通信できたことを意味するわけではない。
CCTVの10月8日付報道と、中国航天科技集団が翌9日に掲載した記事では、遅延と最大通信速度が示されているものの、測定回数や接続継続時間、平均通信速度などは明らかにされていない。
| 評価項目 | 公表された内容 | 現時点で判断できないこと |
|---|---|---|
| ビデオ通話の遅延 | 1秒以内 | 測定方法や遅延のばらつき |
| 最大通信速度 | 上り・下りとも約30Mbps | 平均速度や最低速度 |
| 測定回数 | 記載なし | 性能の再現性 |
| 接続継続時間 | 記載なし | 長時間の接続安定性 |
| 平均通信速度 | 記載なし | 通常のファイル転送に必要な時間 |
出典:CCTVの報道、中国航天科技集団が掲載した中国航天報の記事。両記事で確認できる記載を比較したもの。
なお、CCTVの記事では通信速度が「30兆」と表記されているが、約30Mbpsという単位は中国航天科技集団の掲載記事で確認できる。
また、表で「記載なし」とした項目については、公表された記事から確認できないという意味であり、測定自体が行われていない、あるいは技術的に達成できないことを示すものではない。
こうした情報の違いは、実際の運用を考えるうえで重要になる。
短時間のビデオ通話が成立することと、大容量の観測データを決められた時間内に転送できることでは、求められる通信性能が異なるためだ。
仮に最大30Mbpsに達したとしても、実際の通信速度が頻繁に低下したり、接続が途切れたりする環境では、大容量ファイルの送信に時間がかかる可能性がある。
一方、最大速度がそれほど高くなくても、安定した速度で長時間通信できれば、航海日誌や観測データの定期的な送信には十分役立つ場合がある。
したがって、観測活動での実用性を判断するには、最大速度だけでなく、平均速度や通信の安定性を確認する必要がある。
同じ理由から、今回公表された数値だけを使って、GuowangとStarlinkなどの衛星通信サービスの優劣を判断することもできない。
利用地点や通信端末、測定時間などの条件をそろえた比較試験は、今回の報道では示されていない。
現時点で確認できる成果は、報告された条件下でビデオ通話が成立し、観測船から業務用データを送信する用途にも利用できたという点にある。
Guowangは2035年に約1万3000機を計画、極域通信の実用化が焦点に
中国の衛星インターネット網「Guowang」では、今後さらに大規模な衛星配備が計画されている。
中国航天報を掲載した記事によると、2029年末までに約1300機を配備し、2035年には合計1万2992機で構成する衛星ネットワークの実現を目指している。
ただし、これは将来の配備計画であり、現在運用されている衛星の数や、現時点で利用できる通信エリアを示すものではない。
中国側は今回の通信試験について、極域の通信基盤を自国で管理し、データを国外へ出さずに取り扱うための取り組みとしても説明している。
これは、衛星通信網の整備が、科学観測の効率化だけでなく、通信インフラの自律的な運用を目指すものでもあることを示している。
もっとも、公開された記事には詳細な通信経路や、第三者による安全性監査の結果は示されていない。
したがって、中国側が自国管理やデータの国内処理を目標として掲げていることと、その通信経路や安全性が独立して検証されたことは区別する必要がある。
科学観測への影響についても同様だ。
観測船からファイルや航海日誌を送信できることは、調査活動を支える重要な機能である。しかし、通信環境が改善したという事実だけで、気候予測や極域研究の精度が向上したと結論付けることはできない。
衛星通信は観測データを共有するための手段であり、そこから得られる科学的な成果については、実際の研究を通じて評価する必要がある。
今後、Guowangの極域通信について、航海全体を通じた接続可能時間や平均通信速度などのデータが公開されれば、より具体的な実用性の評価が可能になる。
特に重要なのは、着氷や荒天などの厳しい環境で通信を維持できるか、接続が途切れた場合にどの程度の影響が生じるか、そして観測活動に必要なデータを継続的に送信できるかという点だ。
こうした運用実績が蓄積されれば、観測隊はGuowangを単なる実証用の通信手段としてではなく、船上と陸上を日常的に結ぶ通信インフラとして活用しやすくなる。
今回のビデオ通話は、その可能性を示す一歩となった。ただし、極域で通信できることを示す段階から、厳しい環境でも安定して使い続けられることを証明する段階へ進めるかどうかが、今後の実用化を判断するうえで重要になる。



