Inceptionは2026年10月19日、拡散型大規模言語モデル(LLM)の最新版「Mercury 3」を発表した。初代Mercuryの40倍を超える総パラメーター数を持ちながら、NVIDIA製GPU上で毎秒1,068トークンの生成速度を達成したという。一度に処理できるコンテキスト長も前世代の26万トークンから100万トークンへ拡大し、提供開始時には通常料金の半額で利用できる。モデルを繰り返し呼び出すAIエージェントにとって、生成速度の向上は処理時間の短縮につながる可能性がある。ただし、アプリケーション全体の応答速度や運用コストは利用条件によって異なるため、公称性能が実際の処理時間や費用にどこまで反映されるかが導入時の判断材料となる。

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モデル規模を40倍以上に拡大しながら生成速度を維持

Mercury 3の特徴は、拡散型言語モデルの規模を大幅に拡大しながら、高速なテキスト生成を維持している点にある。Inceptionの公式発表によると、総パラメーター数は初代Mercuryの40倍以上に増えたものの、生成速度は初代とほぼ同じ水準を保っているという。ただし、具体的なパラメーター数は明らかにされておらず、40倍という数値がモデルの知能や正答率の向上幅を意味するわけではない。

一般的な大規模言語モデルが採用する自己回帰方式では、それまでに生成したトークンを基に、次のトークンを一つずつ順番に生成する。一方、Inceptionが以前から採用してきた拡散方式では、文章のまとまりを並列に生成し、初期状態から繰り返し修正を加えることで最終的な応答を完成させる。前のトークンが確定するのを待ってから次のトークンを生成するという制約を変えることが、高速化の基本的な考え方だ。

Inceptionは今回の発表で、Mercury 3によってテキスト拡散モデルを大規模化できることが示されたと説明している。モデルを大型化しても並列生成による速度上の利点を維持できると主張しているわけだ。ただし、これは同社による製品発表であり、拡散方式の言語モデル全般について、大規模化と高速化の両立を独立した試験で実証したものではない。

コンテキスト長も、前世代のMercury 2.5が対応していた26万トークンから、Mercury 3では100万トークンへ拡大した。これにより、長大な文書や複数の資料を一度に入力し、まとめて処理できる可能性が広がる。ただし、100万トークンはモデルが一度に扱える文脈の上限であり、同じ長さの回答を生成できることを意味するものではない。また、長い入力の中から必要な情報を正確に取り出せるかどうかは、実際の用途に応じた検証が必要だ。

ベンチマークでは競合モデルを上回る項目も、すべてで優位ではない

Inceptionは、Mercury 3がGPT-6 LunaやClaude Haiku 5.5を上回る品質を、4〜8倍の生成速度で提供できると主張している。同社が公開したベンチマーク比較表では、3モデルの推論設定をいずれも「medium」にそろえて評価している。ただし、個別の項目を見るとMercury 3が常に最高の成績を収めているわけではなく、得意とする処理には違いがある。

Inception公表の評価項目 Mercury 3 GPT-6 Luna Claude Haiku 5.5
GPQA Diamond 89.23 86.36 84.51
IFBench 76.84 61.82 54.65
DeepSWE v1 46.31 37.76 51.62
MRCR v2 75.50 62.72 78.40

GPQA DiamondとIFBenchではMercury 3がほかの2モデルを上回っている一方、DeepSWE v1とMRCR v2ではClaude Haiku 5.5の方が高いスコアを記録している。この結果からも、生成速度の速さと、特定の課題を正しく処理できる能力は分けて評価する必要があることが分かる。また、これらはInceptionが公表した測定値であり、独立機関による検証結果ではない。比較表には試行回数やツールの使用上限など、結果を再現するために必要な条件が十分に記載されていないため、この数値だけで異なる設定や実務全般における優位性を判断することはできない。

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毎秒1,068トークンの高速生成は、実際の応答時間をどこまで短縮するか

Mercury 3の生成速度が実際のアプリケーションに与える影響については、Inceptionが紹介したOcten AIの事例が参考になる。同社CEOの説明によると、Sense APIを使った試験では、Mercury 3によるテキスト生成時間の中央値が0.9秒だったのに対し、処理全体の応答時間は中央値2.2秒だったという。検索処理そのものは約80ミリ秒で完了しており、モデルによるテキスト生成が主なボトルネックになっていたと説明している。

ここで注意したいのは、毎秒1,068トークンという公称値が示しているのは出力トークンの生成速度であり、リクエストを送信してから最初のトークンが返るまでの時間や、処理全体が完了するまでの時間ではないという点だ。実際のアプリケーションでは、検索や外部ツールの実行、ネットワーク通信なども処理時間に含まれるため、モデルの生成速度が向上しても全体の応答時間が同じ割合で短縮されるとは限らない。Octen AIの中央値2.2秒という結果も、同社の試験条件における顧客事例であり、あらゆるアプリケーションで同等の応答速度を達成できることを保証するものではない。

それでも、AIエージェントのようにモデルを繰り返し呼び出す用途では、生成速度の向上が大きな意味を持つ可能性がある。例えば、ウェブページの内容を読み取って次の操作を判断し、その結果を確認してさらに操作を進めるエージェントでは、各段階でモデルの応答を待つ必要がある。個々の呼び出しにかかる時間を短縮できれば、一連の作業をより早く完了できるほか、同じ時間内に実行できる処理の回数を増やせる可能性もある。

Inceptionの発表では、TinyFish AIによるウェブエージェントの評価結果も紹介されている。同社の共同創業者によると、本番環境のウェブエージェントを使い、50件のライブMind2Webナビゲーション課題を実行したところ、Mercury 3は50%の課題を完了したという。比較対象のフロンティアモデルとは、使用するトークン量とエージェントの操作回数をそろえており、GPT-6.1-Solより多くの課題を完了したと説明している。ただし、比較対象モデルの具体的な完了率は公表されていないため、改善幅を算出することはできない。また、この結果は特定の50課題における評価であり、一般的なブラウザー操作の半数を自動化できることを示すものではない。

発売時は通常料金の半額、旧モデルからの移行期限にも注意

Mercury 3は、提供開始時の特別料金として通常価格の50%割引が適用される。Inceptionの公式モデルページでは、通常料金と割引料金が次のように案内されている。いずれも100万トークンあたりの価格だ。

処理の種類 通常料金 発売時の割引料金
入力 0.20ドル 0.10ドル
キャッシュ入力 0.02ドル 0.01ドル
出力 0.70ドル 0.35ドル

発売時の料金では、キャッシュを使用せず、入力と出力をそれぞれ100万トークン処理した場合の費用は合計0.45ドルとなる。通常料金では同じ処理に0.90ドルかかるため、文字どおり半額で利用できる計算だ。ただし、これは入力と出力の使用量を同じにした単純な比較であり、実際の費用はそれぞれのトークン数やキャッシュの利用状況によって変わる。また、この計算には税金や外部のAPI配信サービスが独自に設定する料金は含まれていない。

Inceptionの発表本文と公式モデルページには、発売時の割引がいつ終了するかは明記されていない。そのため、長期的な運用コストを評価する場合は、通常料金を基準に試算しておく必要がある。特に、100万トークンのコンテキストに対応しているからといって、毎回その上限まで入力する必要はない。長い文書や大量の資料を処理する場合には、モデルに渡す情報量を適切に調整することが、入力コストを抑えるうえで重要になる。

既存ユーザーにとっては、旧モデルからの移行期限も確認しておきたい。公式モデルページによると、Mercury 2とMercury 2.5は新規ユーザーへの提供を終了している。一方、2026年10月19日より前に利用実績がある既存顧客は、11月15日まで引き続きアクセスできる。企業顧客については契約内容に応じたサポートが継続されるため、11月15日をすべての契約に共通するサービス終了日と捉えるべきではない。

Mercury 3はInception API Platformのほか、OpenRouter、Baseten、Vercelを通じても提供される。OpenAI APIとの互換性を備え、新規APIキーには1億トークンの無料利用枠も用意されている。また、BenchLMの2026年10月のリリース記録にも10月19日付で掲載され、公式発表とモデルページへのリンクが紹介されている。ただし、これはモデルのリリース情報を記録したものであり、性能が独立して検証されたことを意味するものではない。

APIの互換性によって既存アプリケーションへの組み込みは容易になるものの、モデルを切り替えた際に出力内容や処理結果まで同じになるとは限らない。特にMercury 2やMercury 2.5を利用している開発者は、11月15日の移行期限を踏まえ、実際のAIエージェントでのタスク完了率、処理全体の応答時間、通常料金での運用コストを確認する必要がある。Mercury 3の価値を判断するうえで重要なのは、公称の生成速度だけではなく、同じ作業をどれだけ短時間かつ確実に、低コストで完了できるかという点だ。