The Biological Computing Co.(TBC)は2026年10月30日、神経細胞の研究成果を応用した動画生成AIモデル「mischief 1」を公開した。オープンウェイトの動画生成AI「Wan 2.2」を基盤とし、falとOpenRouterを通じて利用できる。生成料金は480pの5秒動画で1本0.025ドル、720pなら0.05ドルだ。9月に報じたAWSとの商用化構想から、基盤モデルや料金体系が明らかになり、実際に利用できる生成APIも公開された。
mischief 1の特徴は、研究室で測定した神経細胞の応答をソフトウェアに反映している点にある。動画の生成時に生きた細胞が計算を担うわけではなく、一般的なAIハードウェアで動作する。TBCは基盤モデルと同等の品質を維持しながら生成速度を5倍に高めたと主張しているが、公開された料金・仕様と、神経細胞の研究成果による速度・品質の改善効果は分けて評価する必要がある。
5秒の動画が2.5セント、料金体系と生成仕様
mischief 1の公開API仕様では、動画の内容を指示するpromptと、開始画像を指定するimage_urlの両方が必須となっている。文章だけから動画を生成するのではなく、入力画像を基に動きを加える「画像から動画(Image-to-Video)」方式だ。出力形式はMP4で、フレームレートは毎秒16フレーム(16fps)。解像度は480pが832×480ピクセル、720pが1280×720ピクセルの横長動画に対応する。
falが公開している料金は動画の要求秒数に応じて決まり、解像度によって単価が異なる。5秒の動画を100本生成する場合まで含めて計算すると、次のようになる。
| 解像度 | 1秒当たりの料金 | 5秒動画1本 | 5秒動画100本 |
|---|---|---|---|
| 480p(832×480) | 0.005ドル | 0.025ドル | 2.50ドル |
| 720p(1280×720) | 0.01ドル | 0.05ドル | 5.00ドル |
720pの料金は480pの2倍で、480pの5秒動画なら1本2.5セントとなる。100本生成しても2.50ドルに収まる計算だ。ただし、これらは公開単価に要求秒数と本数を掛けた生成料金であり、税金や割引、編集作業などの費用を含む制作総額ではない。
動画の長さについては、APIで指定する秒数と実際に出力されるファイルの長さがわずかに異なる。mischief 1ではフレーム数が「4N+1」(Nは整数)の規則に従うため、3秒を要求すると49フレーム、5秒なら81フレームが生成される。16fpsで換算した実際の再生時間は、それぞれ3.0625秒と5.0625秒だ。ただし、課金は出力ファイルの再生時間ではなく、要求した3秒または5秒を基準に行われる。
短い動画を大量に試作する場合、こうした料金体系なら必要な予算を比較的簡単に見積もれる。一方、ほかの動画生成AIと性能を比較する際には、指定する動画の長さだけを合わせても条件が一致するとは限らない。実際に生成するフレーム数やフレームレートまでそろえることで、出力する映像の量を同じ条件で比較できる。
神経細胞の応答をソフトウェアに取り込み、通常のAIハードウェアで動作
TBCによると、mischief 1で追加されるパラメーターは基盤モデル全体の0.1%未満にとどまる。同社独自のソフトウェアは一般的なAIハードウェアで動作し、生成処理に生きた神経細胞を使う必要はない。神経細胞は研究室での実験に使われ、その応答を分析して得た知見がAIモデルに組み込まれる。生物由来の計算原理をソフトウェアに応用する方式であり、利用者が細胞培養装置などの特殊な設備を用意する必要はない。
この技術の背景は、TBCが以前公開した「Neural Dynamics Adapter」の技術ブログから読み取れる。同社はこの研究で、6億パラメーターの動画生成モデル「Oasis」を使用し、生きた神経細胞の応答から得た情報をAIに取り込む手法を検証した。具体的には、入力データを電気刺激に変換して培養神経細胞に与え、4,096個の電極で測定した応答を数値表現に変換する。その情報を基に、小規模な追加モジュールである「アダプター」を学習させたという。
このアダプターは、動画生成に使われるDiffusion Transformer(DiT)の初期層に組み込まれる。神経細胞の応答をモデル内部で利用できる形に変換する部分も学習し、基盤モデルにも限定的な追加学習を施している。実験段階では生きた神経細胞から情報を取得するものの、学習後の推論処理はコンピューター上で完結する仕組みだ。つまり、生物の神経回路そのものを計算装置として利用するのではなく、その振る舞いから得られた知見を既存のAIモデルに応用している。
ただし、これらは過去のOasisを使った研究であり、mischief 1の内部構成が同じとは限らない。TBCは商用モデルの詳細なアーキテクチャを公開しておらず、アダプターの接続位置やパラメーター数がOasisの研究と一致するかは不明だ。研究段階の構成を、そのまま商用モデルの仕様として扱うことはできない。
基盤となるWan 2.2にも複数のモデルが存在する。公式GitHubリポジトリには、480pと720pに対応する画像から動画を生成する「I2V-A14B」や、文章と画像の両方を入力できる「TI2V-5B」などが公開されている。しかし、TBCが明らかにしているのはWan 2.2を基盤とすることまでで、採用したモデルの種類は特定されていない。そのため、mischief 1が14Bモデルと5Bモデルのどちらを基にしているかは判断できない。
また、追加パラメーターが少ないことは、必ずしも計算量の削減を意味しない。推論時に必要な処理の反復回数やメモリー間のデータ転送量などによって、生成時間や消費電力は変わる。神経細胞の研究成果をソフトウェアに取り入れたという事実だけでは、効率がどの程度改善したかまでは証明できない。
「5倍高速」の検証には、比較条件の統一が不可欠
TBCはmischief 1について、Wan 2.2と同等の品質を維持しながら動画を5倍高速に生成できると説明している。しかし、比較対象となったWan 2.2の具体的なモデルや使用ハードウェア、演算精度は明らかにされていない。同時処理した動画の本数、ノイズ除去の反復回数、品質を定量化した評価結果なども十分には公開されていない。したがって、5倍という数値は現時点ではTBCの発表値であり、独立した検証によって確認された性能差ではない。
Wan 2.2の公式リポジトリでは、既存の高速化手法として、ステップ蒸留や量子化に加え、計算対象を絞る疎なAttentionや計算結果を再利用するキャッシュなども紹介されている。神経細胞の応答から得た設計が高速化にどれだけ貢献したかを調べるには、同じ基盤モデルに従来の高速化手法を適用した場合との比較が必要だ。生成速度が向上したことと、その改善が生物由来の技術によって生じたことは、別々に検証しなければならない。
利用者が実際に性能を比較する際には、APIの設定にも注意が必要だ。mischief 1には生成結果の乱数を制御するseedが用意されているが、標準設定のprompt_processing=enhancedでは、入力した説明文が生成前に書き換えられる。この書き換え処理には乱数シードが適用されないため、同じ画像と説明文、同じシードを指定しても、動画生成モデルに渡される説明文が一致するとは限らない。シードを固定するだけでは、比較条件を完全にはそろえられない仕組みだ。
入力条件を統一するには、プロンプトを書き換えないprompt_processing=originalを指定し、乱数シードも固定する必要がある。さらに、開始画像と元の説明文を保存し、解像度や要求秒数も統一することが望ましい。画像の処理方法にも違いがあり、center_cropは縦横比を維持して切り取るのに対し、resizeは指定解像度に合わせて画像を引き伸ばす。両者を混在させると入力画像の内容や形状が変わってしまうため、比較時には同じ設定を使用する必要がある。
もっとも、これらは比較条件をそろえるための基本的な対策であり、サービスの更新後も完全に同一の動画が生成されることを保証するものではない。速度を検証するには、使用した基盤モデル、ハードウェア、演算精度を記録したうえで、解像度、fps、フレーム数、同時処理数、ノイズ除去の反復回数を統一する必要がある。そのうえで同じ入力に対する画質や映像の一貫性も評価しなければならない。単にフレーム数や反復回数を減らして生成時間を短縮しただけでは、神経細胞由来の技術が高速化に貢献したとは判断できない。
過去のOasisを使った研究にも、生成条件によって評価結果が変わる例がある。TBCの技術ブログでは、開始場面や動作が異なる10本の評価動画を対象に、エントロピーを情報保持の代理指標として比較している。研究全体としてはアダプターによる改善を報告しているものの、DDIMと呼ばれる生成手法で40ステップを使用した条件では、基盤のOasisモデルがアダプターを追加したモデルを画質と情報保持の両面でわずかに上回った。同社はエネルギー効率への影響についても、今後の定量的な検証が必要だと認めている。
これはmischief 1そのものの性能を否定する結果ではなく、別のモデルを使った過去の研究における一条件にすぎない。一方で、過去の研究で確認された改善効果が、そのまま商用モデルにも当てはまるとは限らない。企業が公表した技術ブログや製品発表の結果と、査読済みの研究成果や第三者による独立した検証は区別して評価する必要がある。
安価に生成できても、実際に採用できる動画のコストは別問題
OpenRouterのモデル紹介では、mischief 1の用途として、アイデアの検討、映像の事前可視化、雰囲気を共有するムードボードの制作、複数のバリエーションの試作などが挙げられている。こうした用途では、最初から完成度の高い映像を1本生成するよりも、多数の候補を作成して比較・選別することが重要になる。生成単価が低ければ、同じ予算でも多くの構図や動きを試せるため、制作工程での選択肢が広がる。mischief 1の公開価格によって、こうした反復的な試作に必要な費用を具体的に計算できるようになった。
ただし、生成料金が安くても、実際に使える動画がどの程度得られるかによって制作コストは大きく変わる。例えば、480pの5秒動画をn本生成した場合、生成料金はn × 0.025ドルとなる。このうち、用途に合った動画の割合を採用率pとすると、採用可能な動画はn × p本だ。生成料金を採用本数で割れば、採用できる動画1本当たりの平均生成料金を求められる。
480pの5秒動画では、採用可能な1本当たりの生成料金は0.025ドル ÷ pとなる。 同様に720pなら0.05ドル ÷ pだ。ここでpは0より大きく1以下の割合であり、mischief 1について実測された採用率ではない。1本も採用できなければ採用単価は算出できず、生成した動画の選別や修正にかかる人件費も、この計算には含まれていない。
実際の制作費用を評価するには、用途ごとに採用基準を定め、必要な動きや画質を満たす動画の割合を測定する必要がある。生成条件や入力データを保存して試作を繰り返せば、採用可能な動画1本当たりの費用を比較できる。一方、TBCが同一条件での速度・品質比較を公開すれば、神経細胞由来の技術がどの程度の効率改善につながっているかも判断しやすくなる。mischief 1の低価格が実際の制作現場でどれだけの価値を持つかは、生成単価だけでなく、採用率と品質、そして検証可能な性能差によって決まる。



