インドが半導体産業における重要な一歩を踏み出そうとしている。Ashwini Vaishnaw通信・IT大臣は、World Economic Forum(ダボス会議)において、インド初となる国産半導体チップの製造を2025年8月から9月にかけて開始すると発表した。この動きは、インドが掲げる半導体製造大国としての野心的な計画の第一歩となる。
28nmプロセスでの製造開始、用途は幅広く
今回製造が予定されている半導体チップは28nmプロセスを採用する。最先端の3nmプロセスと比較すると数世代前の技術となるものの、現代のデジタル社会において依然として重要な役割を果たしている製造プロセスだ。
まず、自動車産業における用途が挙げられる。車載センサーやエンジン制御ユニット、インフォテインメントシステムなどの制御に28nmプロセスのチップは広く使用されている。また、スマートフォンの4G通信モジュールやWi-Fiチップセットなど、モバイル通信分野でも重要な役割を担っている。
さらに、産業用IoTデバイスやスマートホーム機器など、いわゆるエッジデバイスの製造にも適している。これらのデバイスは必ずしも最先端のプロセスを必要とせず、むしろ安定性と製造コストのバランスが重視される。28nmプロセスは、この要件を満たす成熟した技術として評価されている。
Vaishnaw大臣によれば、インドは現在、チップの設計から製造まで一貫して国内で行う体制の構築を目指している。特に、製造プロセスの品質向上に注力しており、材料の純度をPPM(百万分の1)レベルからPPB(10億分の1)レベルへと向上させる取り組みを進めている。この技術的課題の克服は、より高度な半導体製造プロセスへの移行を見据えた重要なステップとなる。
なお、インド政府は2026年から2027年にかけて、より先進的な製造プロセスの導入を計画している。また、現在25種類の半導体設計が国内で進行中であり、これらの知的財産権はすべてインド国内に保持される予定だ。この動きは、インドが半導体産業のバリューチェーン全体における自立性を高めようとする戦略の一環として位置付けられている。
インドの半導体産業育成戦略と直面する課題
インド政府は2021年12月、総額7.6兆ルピー(13兆7,700億円)規模の半導体産業支援プログラム「Semicon India」を承認し、本格的な国内半導体産業の育成に乗り出した。この取り組みの中核を担うのが、Digital India Corporation傘下に設立されたIndia Semiconductor Mission (ISM)である。ISMは管理・財務面での独立性を確保しており、半導体製造施設の整備から設計エコシステムの構築まで、包括的な産業育成戦略を推進している。
この政府主導の取り組みは、すでに具体的な成果を生み出しつつある。台湾の半導体メーカーPowerchipとインド財閥のTataグループによる合弁の半導体製造工場が2026年に稼働を開始する予定で、これはインドの半導体製造能力を大きく向上させる重要な一歩となる。また、海外からの投資も活発化しており、NXP Semiconductorsが10億ドル以上のR&D投資を計画、Analog DevicesがTataグループとの協力関係を構築、さらにMicron Technologyがグジャラート州に27.5億ドル規模の組立・検査工場を建設するなど、着実な進展を見せている。
しかし、米国のシンクタンクInformation Technology and Innovation Foundation (ITIF)は、インドの半導体産業が直面する構造的な課題を指摘している。その中で特に重要なのが、政策の予測可能性の低さと半導体製造に必要な複雑な工程管理能力の不足である。半導体製造は極めて高度な技術と精密な品質管理を必要とする産業であり、一朝一夕には確立できない製造ノウハウが必要となる。
この課題に対してVaishnaw大臣は、材料の純度向上を重要な技術的マイルストーンとして位置付けている。現在の目標は、材料純度をPPM(百万分の1)レベルからPPB(10億分の1)レベルへと向上させることだ。この技術的飛躍には製造工程における抜本的な改革が必要となるが、インド政府は産業界と協力してこの課題に取り組んでいる。
さらに、Reutersの報道によれば、インドの半導体市場は2026年までに630億ドル規模に成長すると予測されている。この成長予測を実現するためには、単なる製造能力の拡大だけでなく、設計から製造、検査に至るまでの包括的なサプライチェーンの確立が不可欠となる。特に、中国や台湾への依存度を下げつつ、信頼性の高い供給網を構築することが、地政学的なリスク管理の観点からも重要な課題となっている。
この文脈において、インド政府が推進するSemicon Indiaプログラムは、単なる産業育成策を超えて、国家の技術的自立と経済安全保障を確保するための戦略的イニシアチブとしての性格を強めている。今後は、人材育成や技術移転、品質管理体制の確立など、より具体的な課題への取り組みが、インドの半導体産業の成否を左右する重要な要素となるだろう。
Sources
- Business Standard: First ‘Made-in-India’ chip to now roll out in 2025, says Ashwini Vaishnaw
- via The Register: First all-Indian chips to debut this year, 25 more local designs in the works