米国・イスラエルとの戦争が膠着するなか、イランが新たな非対称戦術に踏み込みつつある。2026年5月9日、イラン軍報道官Ebrahim Zolfaghari氏がXに投稿した一文——「我々はインターネットケーブルに料金を課す(We will impose fees on internet cables)」——は、地政学の専門家はもちろん、世界の通信インフラ業界にも動揺を広げた。

テヘランとワシントンの核協議が行き詰まるなかで浮上したこの宣言は、IRGC(イラン革命防衛隊)系メディアTasnimが詳細を補足し、一気に具体性を帯びた。Tasnimが描くシナリオは三段階だ。第一にGoogle・Microsoft・Meta・Amazonといった「テック巨人」に対して「イスラム共和国の法律」への服従を義務付ける。第二に、ケーブル通過ライセンス料を徴収する。第三に、ケーブルの修理・保守権をイラン企業に独占させる。これにより「ホルムズ海峡を合法的な富の生成拠点に変える」とTasnimは主張した。

同時期に浮上した別の動きも注目に値する。テヘランに連なるアカウントは、暗号通貨による支払いを条件とする新たな海上保険スキームを発表した。船舶は保険なしでは動かせないため、この措置が、実質的な迂回路封じを担っている。イランはすでにホルムズ海峡の船舶通行料を徴収し始めており、デジタルインフラへの課金宣言はその延長線上にある。

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光ファイバーが支える"見えないライフライン"

ホルムズ海峡は幅わずか40キロほどの水道だが、その海底には世界の通信秩序を支える光ファイバーケーブルが複数走る。主要ネットワークとしては、東南アジアからエジプト経由でヨーロッパへ至るAsia-Africa-Europe 1(AAE-1)、インド・スリランカと湾岸各国を結ぶFalcon、そしてイラン領海も通過するとされるGulf Bridge International(GBI)などがある。Ooredoo(カタール)が主導する新規ネットワークも建設中だ。

これらのケーブルは、UAE・カタール・バーレーン・クウェート・サウジアラビアといった湾岸諸国のインターネット接続を担う。TeleGeographyの調査ディレクターAlan Mauldin氏によれば、ホルムズ海峡を通過するケーブルが担うのは国際帯域幅全体の1%未満に過ぎない。ゆえに、欧州とアジアを結ぶスエズ・エジプト経由の幹線と比べると、グローバルへの直接的なインパクトは限定的である。

しかしこの「1%未満」という数字は、湾岸地域の現地ユーザーに与える打撃を過小評価させるリスクがある。UAEとサウジアラビアは数十億ドル規模のAIインフラ投資を進めており、その相当部分はこれらの海底ケーブルを通じたクラウドサービスに依存する。通信調査会社TeleGeography自身も、AI構築ラッシュ中の湾岸諸国にとっての影響は地政学的に見て格別の重さを持つと指摘している。

インドへの影響も見逃せない。UAEのHabtoor Research Centerシニア研究員Mostafa Ahmed氏は、インドのアウトソーシング産業が海底ケーブル切断によって数十億ドルの損失を被る可能性があると試算している。欧米企業からのコールセンター業務やIT開発の多くが中東経由のトラフィックに依存しており、通信速度の低下は即座に業務停止に直結する。これに加えて、サウジアラビアの「Vision 2030」やUAEの「We the UAE 2031」といった国家戦略に基づくAI開発プロジェクトも、通信網のボトルネックによって致命的な遅れを余儀なくされる。G42(UAE)とMicrosoftによる15億ドルの提携や、サウジAramcoによる次世代データセンター群は、膨大なデータを海外拠点と常時同期する必要があるため、帯域幅の制限はAIモデルの学習・推論サイクルを根底から破壊する要因となる。さらに東アフリカの一部地域では、インターネット完全停止(ブラックアウト)が起きうると同氏は警告する。

法的正当性——エジプト先例論の欺瞞

イランは自国の主張を1982年国連海洋法条約(UNCLOS)第34条および第79条で正当化しようとしている。沿岸国はその領海に入るケーブルやパイプラインに条件を課す権利を持つ、というのがその解釈だ。さらに、IRANはエジプトを先例として持ち出す。エジプトはスエズ運河を通過するケーブルから年間2億5000万4億ドルの収入を得ており、Telecom Egyptはケーブルの共同所有まで行っているという。

しかしこの比較は法的に根拠を欠く。SOAS大学ロンドン国際法教授Irini Papanicolopulu氏は、スエズ運河はエジプト領土を掘削した人工水路であり、ホルムズ海峡は異なる法的枠組みに支配される自然海峡だと明言する。通信インフラ調査会社KentikのDoug Madory氏も「エジプトのケーブルはエジプト領土を実際に通過している。ホルムズ海峡のケーブルの大部分はイランの沖合を通るだけで、領土内を通過していない」と指摘する。

また、米国による対イラン制裁という絶対的な障壁が存在する。GoogleもMetaもAmazonもMicrosoftも、制裁により法的にイランへの送金が禁じられている。「料金を課すことが仮に法的に正当だとしても、課金を実行する手段がない」と元米国務省高官は語った。企業側がイランの脅しを「ポーズ(posturing)」として受け流す理由はここにある。

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物理的攻撃の可能性と修理船という急所

では、イランはケーブルを物理的に切断する能力を持つのか。「自殺行為だ(suicide mission)」——Madory氏はそう言い切る。ホルムズ海峡は水深が浅く、米空軍が常時哨戒している。イランが水中でケーブルを切断しようとすれば、極めて露骨な軍事行動となり即座に報復を招く。潜水艦・戦闘ダイバー・水中ドローンを保有するIRGCが非対称戦術として実行できなくはないが、そのリスクは計り知れない。

だが、より現実的で陰険なシナリオがある。修理船の活動妨害だ。

ケーブルの切断自体は世界中で週に数件の頻度で起きており、通常は複数の修理船が対応する。しかし、現在イランとの戦争を背景にした不安定な情勢の中で、ペルシャ湾内で通常稼働しているはずの修理船5隻のうち、実際に湾内に残留しているのはわずか1隻(TeleGeography調べ)。さらに、Alcatel Submarine Networks(世界最大規模の海底ケーブル敷設会社の一つ)はすでにイランの宣言を受けて湾岸地域の修理作業を全面停止したことが、海事データ分析会社Windwardの報告で明らかになっている。

Windwardはこう警告する——「Red Sea(紅海)のケーブルはすでに劣化している。ペルシャ湾での修理停止は、欧州とアジアを結ぶ残る主要データリンクを脅かす。新たな断線が生じれば、それは永続的なダメージになりかねない」。

ケーブル切断が起きなくても、修理能力を封じるだけで「事実上の恒久的ケーブル障害」を作り出せる。これこそが、軍事的な報復リスクを最小限に抑えつつ、イランが実際に行使可能な最も陰険かつ現実的な圧力である。

AIインフラへの波及——湾岸の賭け金

この一連の動きが際立つのは、タイミングの問題がある。UAEとサウジアラビアはここ数年、国家主導でAIインフラへの大規模投資を進めてきた。UAEのG42、サウジのSTC・Aramcoなどが展開するAIクラウドサービスは、欧米や東南アジアのデータセンターとの接続に依存しており、その回線の多くがこれらの海底ケーブルを経由する。

Alcatelが修理を停止したということは、今後ケーブルに何らかの障害が起きた際に、復旧に要する時間が劇的に延びることを意味する。通常であれば数週間で終わる修理が、政治的緊張下では数ヶ月に及ぶ可能性がある。AIサービスのSLAを保証できなくなれば、企業の信頼とビジネス継続性に直接の打撃となる。

Bloomberg EconomicsのMENA主任Dina Esfandiary氏はイランの戦略的意図を次のように分析する——「イランは世界経済にあまりに大きなコストを課すことで、誰も再びイランを攻撃しようとしないようにすることを目指している」。ケーブル課金の宣言はその一環であり、「実際に実行する」よりも「できるぞと示す」ことに本質的な価値がある。

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前例と歴史——紅海ケーブル障害の教訓

海底ケーブルが実際に切断されたとき何が起きるかは、直近の事例が示す。2024年、フーシー派(イエメン)の攻撃を受けた船舶が沈没する際に錨を引きずり、紅海の海底ケーブル3本が切断された。この事故により中東・インド・パキスタンの一部でインターネット速度が大幅に低下し、地域の通信量の約25%(HGC Global Communicationsの集計)に影響が及んだ。

通信の重要性は歴史を通じて変わらない。第一次世界大戦の開戦時、英国はドイツの主要電信ケーブルを切断することで通信を封じた。1858年には海底ケーブルによる初の大西洋横断電報が送られ、98語の祝賀メッセージが英女王からバカナン大統領へ届くのに16時間以上かかった。今日では、1本の光ファイバーが光速で約1億5000万本の電話を同時に処理する容量を持つ(International Cable Protection Committee調べ)。その依存度の高さが、現代における「ケーブル切断リスク」の深刻さを端的に物語る。

代替手段の限界——衛星では補えない現実

Starlinkに切り替えればいい」という声が出るたびに、専門家は首を振る。TeleGeographyのMauldin氏は「衛星への切り替えは代替策にならない。衛星自体も地上ネットワークへの接続を必要とする」と断言する。エネルギー・地政学アナリストのMasha Kotin氏もStarlinkを「現時点では数百万人規模にスケールできないブティック(boutique)ソリューション」と評した。

衛星は移動体(船舶・航空機)には有効だが、固定の工場・データセンター・金融システムが求める大容量・低遅延通信には根本的に対応できない。海底ケーブルが99%の国際インターネットトラフィックを担うという現実は、当面変わらない。