Linus Torvaldsは2026年11月1日(日本時間2日朝)、Linuxカーネルのリリース候補版「Linux 7.4-rc1」を公開した。公開時の告知では、AIを利用したバグ発見やコード修正が、リリース候補版の安定化期間ではなく、新機能などを取り込むマージウィンドウに集中する傾向を「ずっと健全なモデル」と評価した。ただし、今後のrcがどうなるかは見てみようと、慎重な姿勢も示している。XenoSpectrum編集部がLinuxの公式リポジトリで「Assisted-by」タグの付いたコミットを集計したところ、7.4のマージウィンドウでは3,008件に達し、7.3の約2.4倍に増えていた。一方、このタグは同じマージウィンドウの途中で廃止されており、Torvaldsが期待する開発プロセスの改善が実際に進むかどうかは、rc2以降の修正状況を確認する必要がある。
Linux 7.4-rc1が公開、TorvaldsがAIによる修正の変化を評価
kernel.orgの説明によると、Linuxカーネルの開発では、新しいバージョンの公開後に約2週間の「マージウィンドウ」を設け、新機能や大規模な変更を取り込む。その後は約7週間のバグ修正と安定化の期間に入り、毎週リリース候補版(rc)を公開する。通常はrc7が最後となり、次の正式版は前のバージョンから9〜10週間後に公開される。今回の7.4-rc1は、10月18日のLinux 7.3公開から始まったマージウィンドウを締めくくるもので、ここから安定化期間に入る。
マージウィンドウと安定化期間では、受け入れる変更の性格が異なる。前者では新機能の追加や大規模なコードの書き換えが認められる一方、rc1以降は原則としてバグ修正を中心に進め、正式公開に向けて品質を高めていく。AIによるバグ探索で大量の問題が見つかり、その修正がrc期間に集中すると、安定化を進めるはずの時期に変更が増え続けることになる。Torvaldsが注目したのは、AIに関連する修正が開発サイクルのどの段階で取り込まれているかという変化だ。
Torvaldsは今回のマージウィンドウを、大文字で「BIG」と表現するほど大規模だったと振り返りながら、むしろ好ましい兆候だと評価した。AIをきっかけとする大量の作業がrc期間の追加修正として持ち込まれるより、マージウィンドウの段階で取り込まれる方が「ずっとうれしい」と述べている。さらに、AIによって見つかった問題の修正が安定化期間に集中するのではなく、通常の開発プロセスに組み込まれつつある兆候であってほしいとの期待を示した。「それがずっと健全なモデルだと思う」(原文:"I think that's a much healthier model.")と評価する一方で、今後のrcの状況を見守る必要があるとも付け加えている。
今回取り込まれた変更には、AIが発見した問題への修正が数多く含まれるほか、AIが提案したパッチも増えているという。ただし、AIが生成したパッチはそのまま採用されるとは限らず、人間によって書き直されることも多い。また、Torvalds自身もマージウィンドウが大規模になった理由はAIだけではないと説明している。Linux 7.4が次のLTS(長期サポート版)になると見込まれていることも、変更が集中した一因である可能性がある。kernel.orgの一覧では、最新のLTSは2025年11月30日に公開されたLinux 6.18であり、7.4をLTSに指定するという公式発表はまだない。
AI利用を申告したコミット、7.4のマージウィンドウで約2.4倍に増加
XenoSpectrum編集部は11月2日、Linuxの公式リポジトリ「torvalds/linux」を対象に、各バージョンのタグ間に含まれる非マージコミットを集計した。例えば7.4のマージウィンドウでは、v7.3からv7.4-rc1までのコミットを対象としている。そのうち、コミットメッセージの行頭に「Assisted-by:」を含むものを、大文字と小文字を区別せずに抽出した。Assisted-byは、投稿者がAIツールの支援を受けたことを申告するために使われていたタグだ。
Torvaldsは7.4-rc1の告知で、今回のマージウィンドウに取り込まれた変更を「almost 20k」(約2万件)と説明しているが、マージコミットを含むかどうかは明示していない。編集部の集計では、マージコミットを含めた総数は19,780件であり、この数字に近い。一方、マージコミットを除くと18,591件となる。以下は、比較条件を統一するため、非マージコミットのみを対象として集計した結果である(2026年11月2日時点)。
| 期間 | 範囲(タグ) | 非マージコミット | Assisted-by付き | 比率 |
|---|---|---|---|---|
| 7.2のマージウィンドウ | v7.1..v7.2-rc1 | 13,412件 | 706件 | 5.3% |
| 7.2のrc期間 | v7.2-rc1..v7.2 | 3,006件 | 404件 | 13.4% |
| 7.3のマージウィンドウ | v7.2..v7.3-rc1 | 15,267件 | 1,257件 | 8.2% |
| 7.3のrc期間 | v7.3-rc1..v7.3 | 3,498件 | 675件 | 19.3% |
| 7.4のマージウィンドウ | v7.3..v7.4-rc1 | 18,591件 | 3,008件 | 16.2% |
| 7.4のrc期間 | v7.4-rc1..v7.4 | 未観測(rc2〜rc7) | 未観測 | 未観測 |
7.4のマージウィンドウでAssisted-byタグが付いた非マージコミットは3,008件で、7.3の1,257件から約2.4倍に増えた。非マージコミット全体の増加数は3,324件で、そのうち約53%に相当する1,751件をAssisted-by付きコミットの増加が占めている。残る約47%はタグの付いていないコミットの増加分であり、次期LTSの見込みなど、AI以外の要因による変更も含まれている可能性がある。
注目すべきは、マージウィンドウとrc期間でAssisted-by付きコミットの比率に大きな差があることだ。7.3ではマージウィンドウの8.2%に対して、rc期間は19.3%と2倍以上だった。7.2でもマージウィンドウの5.3%に対してrc期間は13.4%となっており、2つの開発サイクルで同じ傾向が見られる。一方、7.4のマージウィンドウでは16.2%まで上昇している。少なくともAI利用が申告されたコミットに限れば、Torvaldsが懸念する安定化期間への修正の集中は、過去2サイクルの数字にも表れていた。
ただし、Assisted-byタグの集計は、AIが関与したコミットの総数を表すものではない。 タグの廃止を決めたコミットの説明文では、7.3のrc7時点における非マージコミット18,533件のうち、Assisted-by付きは約10%にとどまる一方、実際の大規模言語モデル(LLM)の利用ははるかに広いと指摘されている。さらに、LWNが報じたMaintainers Summitの議論では、David Airlieが貢献者の「おそらく90%」はLLMを使っていると述べた。ただし、これは利用実態を厳密に調査した結果ではなく、Airlieの見立てである。
加えて、Assisted-byタグを求める規則そのものが、7.4のマージウィンドウ中にあたる10月20日にメインラインから削除された。このため、7.4の3,008件という数字も実際のAI利用件数より少なくなっていると考えられる。また、期間によって申告する習慣が変化した可能性もあるため、タグ付きコミットの増加率をそのままAI利用の増加率と解釈することはできない。今回の集計から確認できるのは、申告された範囲だけでもマージウィンドウにおけるAI関連コミットが大幅に増えているという事実だ。7.4のrc期間で同様の修正が減少するかどうかは、まだ判断できない。
Assisted-byタグ廃止後も、人間によるレビューと責任は変わらない
Assisted-byタグを定めたのは、Sasha Levinが執筆した「Documentation/process/coding-assistants.rst」という文書だ。2026年1月6日にJonathan Corbetのコミットによって導入され、AIツールを利用した貢献でその事実を申告する規則が設けられた。その後、8月3日にはChristian Braunerのコミットによって、モデル名まで記載する形式から、単に「Assisted-by: LLM」と記載する形式へ簡素化された。特定のモデル名を記載することは、プロプライエタリなソフトウェア企業を無料で宣伝することにつながる一方、実用的な情報はほとんど得られないという判断だった。
タグの廃止は以前から議論されており、7月には一度提案が退けられていた。削除コミットの説明によれば、当時はメンテナーがLLMの支援を受けたパッチを識別し、レビューに役立てたいという考えがあった。しかし、LWNの報告によると、10月8日にプラハで開催されたMaintainers Summitでは方針が転換した。約30人が参加した会議でTorvaldsは、タグの義務付けがLLM利用の申告を妨げる可能性があるとして、要件の撤廃に前向きな姿勢を示した。議論の結果、強い合意のもとで廃止が決まり、パッチの作成方法については、原則としてchangelogではなくcover letterで説明する方向となった。
翌9日にはLevinが削除パッチを投稿し、13日にはGreg Kroah-Hartmanも7月時点の立場を改めたと表明した。Kroah-Hartmanは、タグの仕組みが「まったくうまく機能しておらず、メンテナーを本当にいら立たせている」と指摘した。同日、Torvaldsも特定の用途に対してツールの使用を禁止するような規則を批判し、コンパイラやエディタの使用を禁じるのと変わらないと述べている。重要なのは使用したツールではなく、投稿者自身が提出するコードの内容を理解していることだという。削除パッチは14日にドキュメント管理用のツリーへコミットされ、20日にメインラインへ取り込まれた。
廃止されたのはAI利用を申告するタグであり、コードを提出する人間の責任がなくなったわけではない。 Linuxカーネルへのパッチ投稿では、投稿者が「Signed-off-by」行を追加し、提出するコードについて必要な権利を有することをDCO(Developer Certificate of Origin:開発者原産地証明)に基づいて証明する。coding-assistants.rstでは、AIエージェントがこの署名を付けることを禁じており、DCOに基づく証明は人間だけが行えると定めている。AIが生成したコードであっても、内容のレビューやライセンスの確認を行い、提出するパッチに責任を負うのは署名した人間だ。この原則はAssisted-byタグの廃止後も変わっていない。
AIによる生成物に関する透明性の規定も残されている。「Documentation/process/generated-content.rst」は、ツールが生成した内容を相当量含む貢献について、cover letterとchangelogで説明することを求めている。また、メンテナーがそうした貢献を一律に拒否したり、レビューの優先順位を下げたりすることも認めている。さらに、8月4日にはWilly Tarreauのコミットによって、AIを使ったバグ探索に関する9項目の必須手順が追加された。発見した問題を再現して実在を確認することや、修正を必ず作成することなどを求めるもので、AIによるバグ報告、特にセキュリティ関連の報告が、依然として求められる品質水準に達していないことを背景としている。
今後の焦点はrc期間の修正量、Linux 7.4は次期LTSとなる可能性も
マージウィンドウにAI関連の修正が集中したとしても、安定化期間の負担が実際に軽くなるとは限らない。LWNによれば、Kroah-HartmanはMaintainers Summitで、AIツールは多数の脆弱性を発見するものの、その半数は誤った報告だと指摘した。そのうえで、今後18か月にわたって修正の「洪水」が続くとの見方を示している。AIによるバグ発見が進めば、開発の早い段階で問題を解消できる可能性がある一方、誤検出の確認や大量の修正パッチのレビューにかかる負担も無視できない。
そこで注目されるのが、11月から12月にかけて毎週公開される7.4-rc2〜rc7の修正量だ。過去のrc期間における非マージコミットは、7.2で3,006件、7.3で3,498件だった。これらにはAIとは無関係な修正も含まれるが、Assisted-byタグの廃止後も同じ条件で比較できる指標の一つとなる。通常どおりrc7で安定化期間が終われば、kernel.orgが示す開発周期に基づき、Linux 7.4の正式公開は12月下旬になる計算だ。
この動向は、日本の産業界にとっても無関係ではない。Linux Foundation傘下のCivil Infrastructure Platform(CIP)は、LTSカーネルをさらに長期間保守するSLTS(Super Long Term Support)に取り組んでおり、Renesas Electronics、東芝、日立などが主要メンバーとして参加している。現時点でCIPがLinux 7.4をSLTSに採用するという発表はない。しかし、7.4が見込みどおり次のLTSに指定されれば、その安定性は長期にわたって利用される産業用システムの保守にも関わる重要な要素となる。
今回の集計では、Torvaldsが期待した変化のうち、マージウィンドウにおけるAI関連コミットの増加が数字として確認できた。今後、7.4のrc期間における非マージコミットが7.3の3,498件を下回れば、少なくとも安定化期間の修正量が減少したことを示す材料になる。ただし、それだけでAI関連の修正が減ったとは断定できず、変更内容も含めた検証が必要だ。AIを利用した修正作業を通常の開発プロセスに組み込むというTorvaldsの期待が実際の安定化につながるかどうかは、これからのrc期間で明らかになっていく。



