現代の無線通信インフラは、電波帯域の逼迫という深刻な課題に直面している。その解決策として期待されてきたのが、LEDの光を変調してデータを送る「可視光通信(VLC: Visible Light Communication)」だ。しかし、VLCには長年克服できない大きな障壁が存在した。それは「太陽光」である。強力な環境光の下では信号がかき消され、安定した通信が困難であったためだ。

2025年12月、この常識を覆す画期的な研究成果が日本から発表された。東京工芸大学工学研究科の行谷時男氏、西宮信夫教授、内田孝幸氏らの研究チームは、市販のRaspberry PiとFPGA、そして一般的な白色LEDを用いた低コストなシステムで、直射日光下においても安定したデータ伝送を実現したのである。

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可視光通信が直面していた「屋外の壁」

可視光通信(VLC)は、照明器具を通信インフラとして利用できるため、電波干渉がなく、セキュリティ性も高い次世代通信として注目されてきた。特に、信号機や街路灯が車両と直接通信するITS(Intelligent Transport Systems)への応用は、自動運転社会の安全性を飛躍的に高める鍵とされている。

しかし、屋外環境への適用には物理的な限界があった。
第一に、太陽光の干渉である。晴天時の直射日光は10万ルクス(lx)を超えることがあり、通信用のLED信号(数千ルクス程度)に対して圧倒的なノイズ源となる。
第二に、LED素子自体の特性による波形歪みである。高速で点滅させると、光の立ち上がり・立ち下がり時間が信号幅に影響を与え、パルス幅が変動する「データ依存性パルス幅収縮(DDPWS: Data Dependent Pulse Width Shrinkage)」と呼ばれる現象が発生し、通信エラーを引き起こす。

これまで、OFDM(直交周波数分割多重方式)などの高度な変調方式が提案されてきたが、これらは回路が複雑でコストが高く、また送信機と受信機の高い線形性が求められるため、社会実装へのハードルとなっていた。東京工芸大学の研究チームが目指したのは、これらの課題を「安価な市販ハードウェア」と「賢い論理設計」によって解決することであった。

コア・イノベーション:独自の「8B13B」符号化方式

この研究の核心は、研究チームがVLCのために新規開発した「8B13B」と呼ばれるラインコーディング(伝送路符号)方式にある。これは、8ビットのデータを13ビットの符号に変換して送信する仕組みだが、そこには屋外通信を成功させるための二つの重要な戦略が組み込まれている。

フリッカー抑制とDCバランス

VLCでは、通信を行いつつも「照明」としての機能を損なってはならない。データによって光が明るくなったり暗くなったりする「ちらつき(フリッカー)」は厳禁である。
提案された8B13B符号は、論理的な「1」と「0」の出現頻度をバランスよく配置するよう設計されている。具体的には、13ビット中に含まれる「1」の数を常に6個に固定するなどして、直流(DC)成分のバランスを保つ。これにより、データの内容に関わらずLEDの平均輝度が一定に保たれ、肉眼では安定した点灯状態に見えるだけでなく、受信側での同期安定性も向上する。

「立ち上がりエッジ」への特化:DDPWSの克服

最も革新的な点は、この符号化方式がRZ(Return-to-Zero)形式を採用し、さらに受信側で「光パルスの立ち上がりエッジ」のみを検出基準としていることだ。

前述の通り、LED通信では変調速度が上がるとパルス幅が勝手に縮まったり伸びたりする(DDPWS)。従来の方式では、パルスの「幅」や「立ち下がり」も含めて情報を判定していたため、この歪みが致命的なエラー要因となっていた。
しかし、雪谷氏らのシステムは、光が「OFFからONに変わる瞬間(立ち上がり)」のタイミングのみに情報を載せる設計となっている。立ち上がりのタイミングは、LEDの応答特性による影響を受けにくく、パルス幅が途中で歪んでも、開始点さえ正確であればデータは正しく復元できる。この発想の転換が、安価なLEDを用いた高速通信における堅牢性を劇的に向上させた。

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システムアーキテクチャ:市販ハードウェアによる民主化

本研究のもう一つの特筆すべき点は、特殊な実験用機材ではなく、Amazonや秋葉原で誰でも購入できる汎用部品で構成されていることだ。これは、技術の再現性と教育的な価値を極めて高くしている。

FPGAとRaspberry Piの連携

システムの頭脳となるのは、低コストなFPGAボード(Terasic社製 DE0-Nano-SoC)と、シングルボードコンピュータの代表格であるRaspberry Pi 4である。

  • Raspberry Pi: 画像データの生成や上位アプリケーション(カメラ映像の処理など)を担当。FPGAとはSPI(Serial Peripheral Interface)で接続される。
  • FPGA: ここに、研究チームがVerilog HDL(ハードウェア記述言語)で設計した「SerDes(シリアライザ/デシリアライザ)」回路が実装されている。Raspberry Piから送られてきたデータを8B13B符号に変換し、パケット化し、CRC(巡回冗長検査)コードを付加して送り出す。

この構成により、ソフトウェアの柔軟性とハードウェアの高速処理を両立させている。なお、SPI通信のクロック制限が全体のボトルネックとなるため、今回の実験での最大データレートは3.48 Mbit/sとなっているが、これは原理的な限界ではなく、インターフェース速度に依存するものである。

アナログフロントエンドの工夫

物理層(光の送受信)にも、低コストながら実用的な工夫が凝らされた。

  • 送信部(LEDドライバ): パワーLEDを駆動するために、信号を4系統に分配し、並列接続されたLED群(合計48個の1W級白色LED)を高速スイッチングする回路を構築。汎用のLANケーブル(カテゴリー6)を流用して信号分配を行うなど、実装の容易さが考慮されている。
  • 受信部(青色フィルタの活用): 受信機には3個のPINフォトダイオード(浜松ホトニクス S10784)を使用。ここで重要なのが、狭帯域の青色光学フィルタの採用である。白色LEDは、青色LEDと黄色蛍光体を組み合わせているが、蛍光体の発光は応答速度が遅く、通信の妨げとなる。フィルタで青色成分のみを抽出することで、高速な応答性を確保しつつ、太陽光などの広帯域な背景ノイズを大幅にカットすることに成功した。

実証実験:9万ルクスの太陽光下での実力

研究チームは、実際に屋外環境および実験室環境でこのシステムの性能評価を行った。その結果は、VLCの実用化に向けて非常に示唆に富むものであった。

圧倒的な耐ノイズ性能

実験では、94,000ルクスという強烈な直射日光が受信機に降り注ぐ環境下でテストが行われた。これは真夏の炎天下に匹敵する明るさである。
通常であればSN比(信号対雑音比)が極端に悪化する状況だが、青色フィルタと8B13B符号の堅牢性により、3メートルの伝送距離においてパケット損失率は \(10^{-4}\) ~ \(10^{-5}\)F という極めて低い値に抑えられた。これは、実用的なデータ通信において十分に許容範囲内である。

距離とエラーレートの関係

距離を延ばしていくと、3.4メートル付近まではエラーなし(SNR約31dB)で通信できたが、それ以上離れると急速にエラー率が上昇した。これは、受信信号の電圧がデジタイザ(2値化回路)の閾値を下回ってしまうためである。しかし、パケットロスとエラー訂正失敗の相関関係から、同期自体は維持されていることが確認されており、アナログ回路の増幅率や閾値を調整することで、さらなる長距離化が可能であることが示唆された。

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ITSと教育への波及

この研究成果は、単なる「新しい通信方式の提案」にとどまらない広範な意義を持っている。

ITSへの実装シナリオ

最も期待される応用先は、インテリジェント交通システム(ITS)である。例えば、交差点の信号機にこのシステムを組み込み、死角にいる歩行者の情報や信号の切り替わりタイミングを、交差点に接近する車両へリアルタイムで送信するシナリオが考えられる。
電波(RF)通信は、都市部の交差点のような密集地帯では混信や遅延のリスクがある。指向性が高く、混信に強いVLCは、電波通信を補完する「ラスト数メートルの命綱」として機能するだろう。今回のシステムは3〜5メートルという、車両が信号機の下を通過する際に通信するには十分な距離をカバーしており、かつ安価であるため、インフラ側への大量導入が現実的である。

オープンソースによる教育・研究への貢献

特筆すべき点として、著者らは開発したFPGA用のVerilog HDLソースコードをGitHub等でオープンソースとして公開している(補足データ参照)。
VLCの研究は、光学、アナログ回路、デジタル論理回路、組み込みソフトウェアなど、多岐にわたる知識が必要とされる。このシステムは、市販の安価な部品で再現可能であり、コードも公開されていることから、工学系の学生や研究者にとって、通信システムの全体像を学ぶための最適なプラットフォームとなる。これは、科学コミュニティ全体の進歩を加速させる「知の共有」の精神を体現している。

今後の展望

東京工芸大学のチームが実証したのは、高価で複雑な専用機器を使わずとも、適切な符号化理論とシステム設計によって、最も過酷な「太陽光下」での可視光通信が可能であるという事実だ。

3.48 Mbit/sという速度は、ギガビット級のLi-Fi(ライファイ)と比較すれば控えめに見えるかもしれない。しかし、Li-Fiが主に屋内利用を想定しているのに対し、このシステムは、ノイズまみれの屋外で「確実に繋がる」ことに主眼を置いている。その「タフさ」こそが、自動運転車や交通インフラが求める要件なのだ。

今後、SPI通信のボトルネック解消による高速化や、受信回路の感度向上による長距離化が進めば、我々の頭上にある「明かり」は、単なる照明から、情報が行き交う「デジタルの神経網」へと進化を遂げるだろう。


論文

参考文献