SpaceX Falcon 9が商業打ち上げ市場で価格を引き下げ続ける中、日本の宇宙産業は長くその波に押されてきた。従来のH-IIAは固体ロケットブースター(SRB)に頼る設計でコストが下がりにくく、製造リードタイムの長さも競争力を制約した。JAXAと三菱重工業が開発したH3ロケットはコスト半減を目標に据えたが、その本命は固体ブースターを一切排除した「30形態」にある。

2026年6月12日午前9時53分59秒、種子島宇宙センターからH3の6号機が離昇した。液体エンジン3基だけで機体を持ち上げる30形態の初飛行だ。日本の大型ロケットが固体ブースターなしで宇宙に向かったのは、これが初めての試みだった。

前回2025年12月の失敗から6ヶ月、開発チームが積み上げた成果が試される日だった。打ち上げから約16分4秒後、模擬衛星VEP-5が太陽同期軌道に投入され、相乗りした超小型衛星6基もすべて分離に成功した。

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H3"30形態"——固体ブースター廃止で何が変わるか

 

H3ロケットの形態名は「エンジン数+SRB数」で決まる。22形態はLE-9エンジン2基にSRB-3を2基装着した構成、30形態はLE-9を3基に増やしSRBを完全に省いた設計だ。先行して運用実績を積んでいる22形態がより重いペイロードに対応する一方、30形態は製造コストと調達期間の削減で低価格化を追求する。

LE-9エンジンが採用するのは「エキスパンダー・ブリード・サイクル」と呼ばれる推進方式だ。液体水素と液体酸素を推進剤とし、燃焼室の周囲を流れる液体水素が燃焼熱を吸収して気化し、その圧力でターボポンプを駆動する。ガスジェネレーターのような専用の燃焼装置を持たないため、構造がシンプルで信頼性を確保しやすい。推力は約1,471kN(150トン重)で、100トン重超のエンジンにこの方式を採用したのは世界初とされている。

30形態では3基のLE-9が合計約4,413kNの推力を発生させ、SRBなしで機体を持ち上げる。SRBは大きな推力を短時間で提供できる一方、固体推進剤の混合・成形プロセスは高コストで製造リードタイムも長い。これを省くことで、製造コストと調達期間を大幅に削減できる。JAXAの資料によれば、30形態は太陽同期軌道(SSO)に4トン以上を投入できる能力を持ち、H3の形態群の中で最低価格を目指すと明記されている。

目標打ち上げ価格は約50億円台とされており、SpaceX Falcon 9の1回あたり60〜90百万ドル(約90〜140億円)と比較しても価格競争力を持ち得る水準だ。低軌道商業衛星コンステレーションや地球観測衛星の打ち上げ需要に合致した投入能力を持ちながら、国際市場で価格勝負に出る土台がここで整った。エンジン1基が停止しても残りで飛行継続できる冗長性を保ちつつ、SRBに頼らず十分な推力を確保できることを今回の飛行で初めて実証した。

2025年12月の失敗と設計改良——ペイロードアダプタが崩壊した理由

H3ロケット6号機はプログラム通算8回目の打ち上げにあたる。7号機が先に打ち上げられているため号機番号と飛行順序が一致しないが、2025年12月22日の8号機(みちびき5号機搭載)の失敗からの飛行再開便として6号機が位置づけられた。

その失敗の引き金は衛星搭載アダプタ(PSS: Payload Support Structure)の損傷だった。PSSとはロケットの第2段機体と衛星を接続する構造部材で、H3ではCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を接着する軽量化設計を採用していた。製造段階でCFRPの一部が剥離しており、打ち上げ時の振動・荷重によって拡大・破壊した。みちびき5号機は第2段の燃料タンク側へ脱落し、タンク配管を損傷させてエンジンの再着火が失敗、衛星は軌道に投入されないまま失われた。

H-IIAではPSSをボルト固定で組み立てていたが、H3では軽量化のためにCFRP接着方式に変更していた。その設計変更の盲点を突いた形だ。JAXA調査によれば、製造時の剥離は検査工程で把握されておらず、荷重仕様の範囲内では剥離が進行しないと誤った評価がなされていた。今回の6号機に搭載されたPSSは比較的軽量なペイロードを搭載するため、損傷した箇所を補修したうえで荷重試験を完了させてから使用している。重量ペイロードを搭載する今後の機体に向けた改修設計の策定は継続中だ。

わずか6ヶ月での飛行再開は、原因究明の速さとして評価できる。みちびき7号機などの重量衛星打ち上げに向けたPSS設計の確立が次の工程になる。

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6基の小型衛星と新型アダプタ——"相乗り打ち上げ"の実証

6号機が主ペイロードとして搭載したのは「VEP-5(Vehicle Evaluation Payload-5)」と呼ばれる性能確認用の模擬衛星だ。ロケット自体の性能検証に使われるもので、打ち上げから約16分4秒後に所定の太陽同期軌道へ投入されたことが確認された。それと同時に、相乗りした超小型衛星6基がすべて正常に分離された。

6基の衛星はそれぞれ異なる開発主体を持つ。東京科学大学(旧東京工業大学)が開発した海鳥の滑空飛行を模したフラッパー型超小型機「PETREL」、静岡大学の宇宙テザー実験機「STARS-X(Space Tethered Autonomous Robotic Satellite-X)」、フランスのUnseenlabs社が海上の船舶電波情報を収集する「BRO-22」、九州工業大学などが参加する熱赤外線観測衛星「VERTECS(Visible to Extreme-ultraviolet Radiometer and Telescope for Coordinated Science)」、そして民間スタートアップのBULL社が開発した「HORN-L」と「HORN-R」の2機だ。大学研究機関から海外商業事業者まで多様な顔ぶれが1つのロケットに相乗りした格好となった。

この相乗り打ち上げを可能にしたのが、今回初めて実証された超小型衛星搭載アダプタの新設計だ。リング形状の構造体に複数の超小型衛星をマウントする方式で、H3試験機2号機で搭載衛星に過大な衝撃が加わった課題を受けて開発された。衝撃低減と搭載能力の向上を両立させており、今後の相乗りミッションの標準構成として活用されていく見通しだ。宇宙ビジネスにおいて「相乗り打ち上げ(ライドシェア)」市場は急成長しており、このアダプタの実証はH3の商業競争力を支える基盤となる。

飛行中の物体落下——テレメトリが確認した飛行への安全性

打ち上げから約43秒後、中継映像にはエンジン付近から黒い物体が脱落する様子が映った。JAXAの記者会見では、H3プロジェクトマネージャーの有田誠氏がLE-9のジンバリング(首振り機構)に用いるサーマルブランケット(断熱材)がばたついたか、その一部が離脱した可能性があると説明した。

有田氏は「エンジンの燃焼時間はほぼ計画通りで、軌道投入もかなり精度よくできているという結果から考えると、第1段エンジンの性能に影響を与えるような事象ではなかったと現時点では考えている」と述べた。三菱重工業の北山治プロジェクトマネージャーも、テレメトリデータから飛行への影響はなかったとの見解を示した。JAXA・三菱重工の両PMがテレメトリデータから飛行性能への影響がなかったと確認しており、飛行データとしての評価は良好だ。詳細な映像・データ解析は継続中で、「事象とその後の対応の要否を含めて検討していきたい」(北山氏)というのが現在の立場だ。

H3の今後の打ち上げ計画には、準天頂衛星システム「みちびき7号機」、国際宇宙ステーションへの補給を担う「HTV-X(H-II Transfer Vehicle-X)」、宇宙状況把握(SSA)衛星、情報収集衛星、そして日本初の惑星間探査機となる「MMX(Martian Moons eXploration:火星衛星探査計画)」などが控えている。いずれも具体的な打ち上げ時期は未公表だが、今回の30形態よりも高い打ち上げ能力と信頼性を要求するミッションが多い。

みちびき7号機やHTV-X、MMXといった重量ペイロードミッションは、30形態実証の次フェーズで検証される。飛行中の物体落下事象の詳細評価とペイロードアダプタ設計の確認を経ることで、H3は商業打ち上げインフラとしての信頼性を一段と確立する。今回の飛行成功は、H-IIA退役後に一本化された日本の大型ロケット体制が、低コスト・高頻度打ち上げへ本格転換する道程の明確な起点となった。