2026年6月12日、AI startup Prometheusはシリーズ Bラウンドとして120億ドルを調達したと発表した。評価額は約410億ドルに達し、2025年11月の設立からわずか7か月で、同社は世界で最も高く評価されたスタートアップの一つとなった。
JPMorgan、BlackRock、Goldman Sachs、DST Global、Arch Venture Partners、そしてCo-CEOのBezos自身が出資者に名を連ねる。JPMorganやBlackRockといった伝統的金融機関の参入は、Prometheusが製造業のソフトウェア化を超えて物理プロダクトの開発プロセス自体を再設計する企業だとウォール街が判断した結果だ。産業AIへの大型資本流入という点では、2024年以降に顕在化した米国製造業の国内回帰(リショアリング)加速と軌を一にする。
設立時のシリーズAは62億ドルで、その最大出資者もBezos自身だった。「当初はファウンディング・インベスターとして参加したが、進捗と可能性に強い確信を持ち、傍観者でいることができなくなった」とBezosはCNBCのインタビューで述べている。同社はシリーズAからシリーズBまでの間に評価額が6倍以上に膨らんだ計算だが、まだ公式プロダクトは存在しない。
「Artificial General Engineer」とは何か
Prometheusのミッションは「AI for the physical economy(物理的経済のためのAI)」と定義されている。その中核概念が「Artificial General Engineer(人工汎用エンジニア)」だ。
ジェットエンジンを例にとると、設計から製造まで通常10年以上の工程が必要だ。「同じエンジンに10%の推力増加を求めるだけで、そのプログラムは10年規模になりうる。怠慢でも無能でもなく、あまりにも複雑だからだ」とBezosは語る。Prometheusが目指すのは、このサイクルを10倍以上短縮するツール群の構築だ。
Co-CEOのVik Bajajはより技術的な視点からこれを説明する。「ここ数年で起きた変化は、ジェットエンジンのような複雑な対象でさえ、設計から製造までをエンドツーエンドのAI問題として定式化できるようになった点だ」。BajajはGoogleの元幹部であり、Alphabetの生命科学研究機関Verilyの共同創業者でもある。現在はStanford大学医学部の教授も兼任している。
Bezosはプロダクトのイメージを「コンピューター支援設計(CAD)の非常に現代的なバージョン」と表現しつつ、「大幅に単純化しすぎている」と留保を加えた。実際には設計、プロトタイピング、性能解析、製造のプロセス全体をAIが「エンドツーエンド」で支援する体制を狙っているという。具体的な学習手法やアーキテクチャの詳細については、現時点で一切開示されていない。
ロボット企業ではない——「物理」へのアプローチ
Prometheusはロボティクス企業と誤解されることを強く否定している。「ロボットは作っていない」とBezosは繰り返し言明した。ただし同社の技術がロボットや工場の設計・製造に応用されうることは認めている。
正確には、Prometheusのターゲットは生産前(プリプロダクション)の段階だ。機械自体を動かすのではなく、製品とプロセスを最初に「設計」する段階における速度と精度の改善を目指す。Bajajが述べる「end-to-end AIによる支援」は、アイデアを物理的な製品に変換するまでの「夢—製造ループ(dream-build loop)」の加速を意味する。
応用領域として現時点で言及されているのは、工学と製造業を中心に創薬への展開も視野に入れるという構成だ。当初の開発ターゲットは自動車・航空宇宙産業向けのエンジニアリング支援で、半導体設計やデータセンターの最適化も将来的な利用先として言及されている。Bezosは「Amazon(AWS)を含むあらゆるハイパースケーラーが、Prometheusが開発するツールを使ってデータセンターを改善することも容易に想像できる」とも述べた。
150人チームと莫大なコンピュート需要
現在Prometheusは、San Francisco本社を拠点に、LondonとZurichにオフィスを構えており、従業員数は約150人だ。OpenAI、Google DeepMind、Nvidiaから積極的に採用を進めていることが明らかになっており、AIエンジニアリングの最前線で実績を持つ人材を集めている。
資金の使途について、Bezosは「大部分はコンピュートに充てる」と明言した。「我々がやっていることは非常にコンピュート集約的で、大量のデータを生成する必要がある」というのがその理由だ。従来の言語モデルと異なり、Prometheusが扱う物理的なエンジニアリングデータは、インターネット上に公開されているわけではない。「製造データのインターネット」は存在しないとBajajは認める。つまり、学習用データは自ら生成・構築する必要があり、これが莫大なコンピュート費用の背景にある。
製品リリースのタイムラインは公表されていない。Bezosは「早期展開は近い」とだけ述べ、具体的な日付や機能の詳細には一切言及しなかった。タイムラインを開示しない背景には、学習データの自社生成という特殊な工程があり、外部のソフトウェア開発とは異なるリリース管理の難しさがある。
Bezosの時間配分とBlue Origin問題
Bezosは現在、自身の時間の大半をPrometheusに割いていると明かした。「Prometheusが私の時間の最も大きな割合を占めている。同時にBlue Originと、AmazonにおけるAIにも多くの時間を費やしている。私の時間の共通項はほとんどAIだ」と述べた。
Blue Originについては、2026年5月28日にCape CanaveralのSpace Force発射施設で発生したNew Glennロケットの爆発事故が影を落とす。「非常に困難な出来事で、チーム全体にとって辛い日だった」とBezosは言及しつつ、発射台の復旧作業が進んでいることを明かした。「最もリードタイムが長い部品が損傷を免れたのは幸いだった。今年中に再び飛ぶ」と2026年内の飛行再開を断言した。
同日、SpaceXのIPOが開始されることについてはカメラの前で「皆さんと一緒に見守る」と語るにとどめた。
AIによる雇用喪失論への反論
Prometheusが「エンジニアを代替する」可能性についてBezosは明確な立場を示している。「AI悲観論者は間違っている」と断言し、「多くの賢い人々が悲観的に語るから人々も悲観的になるが、その人たちが間違っている」と述べた。
Bezosの主張は、AIが大幅な生産性向上をもたらし、生活水準を押し上げるというものだ。生活水準が上がれば、二人で働いていた世帯の一方が労働市場から離脱することを選択し得る。つまり、AIによって「労働力不足(labor shortage)」が生じるという逆説的な見方だ。2024年の米国労働統計局によれば、既婚カップルの約50%で両者が就業しており、子どもがいる世帯では3分の2で両者が外で働いている状況だ。
BajajはPrometheusの意義をこう語る。「物理的な創造のペースは人間の想像のペースにまったく追いついていない。もし夢を現実にすることを少しでも、できればはるかに簡単にできれば、発明はより多く生まれ、より多くの人が関わるようになる」。
公開を選んだ理由と「1000億ドル関連ファンド」の憶測
Prometheusはこれまで設立以来、ほぼステルスで動いてきた。なぜ今、Bezosが口を開いたのか。「話が漏れ出していた。完全な空白を放置すれば、その空白はでたらめで埋まる」とBezosは述べた。
投資家や市場が注目するもう一つの話題が、Prometheusと関連する「1000億ドル規模のファンド」の可能性だ。3月にWall Street Journalが報じたところによると、Bezosは製造業企業を買収・投資するための巨大ファンドを組成する交渉を進めており、Prometheusがそのファンドをコントロールし、ポートフォリオ企業はPrometheus技術の恩恵を受けつつ、学習データをPrometheusに提供するという相互循環型のモデルが描かれているという。しかしBezosはこの点についてコメントを避けた。
この構想が実現すれば、米国の製造業AIエコシステムは「データ→技術→製造能力の垂直統合」という新しい産業構造を持つことになる。中国が国家主導で製造業のAI化を推進し、2025年に「AI製造2030」計画を本格始動させたことを踏まえると、Prometheusへの資本集中は民間主導による対抗軸の形成と解釈することもできる。航空宇宙・半導体設計という分野への言及が多いのも、安全保障上の優先領域と重なる点で偶然ではないだろう。
Prometheusは現時点でAmazonともBlue Originとも正式な企業間関係を持たない。Bezosは「専念するチームが必要で、この一つのことに集中すべき企業だ」と独立性の意義を強調した。ただし彼自身はBlue Originを「Prometheusにとっての顧客のケーススタディ」と位置づけており、AWSをコンピュート源の一つとして活用していることも認めている。