ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が深宇宙の観測を始めて以来、天文学者たちは新たな謎に直面している。ビッグバンから数億年しか経っていない初期宇宙で、従来の理論予測を上回る明るさや質量を持つとみられる銀河の候補が相次いで発見されたからだ。しかし、望遠鏡が捉えた遠方銀河の光だけでは、当時の宇宙にどのようなガスが広がり、最初の星々が周囲の銀河間空間にどのような影響を及ぼしたのか、その全体像を直接知ることはできない。観測結果を理解するには、重力や流体の運動、星や銀河から放出される光とガスの相互作用を、物理法則に基づいて再現する大規模な数値シミュレーションが欠かせない。

ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのOliver Zierを中心とする研究チームは、初期宇宙の大規模構造とガスの電離過程を同時に追跡する宇宙論的輻射流体シミュレーション「Lumina」を開発した。研究成果は2026年10月26日、学術誌『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』(MNRAS、第552巻第4号、DOI: 10.1093/mnras/stag1469)に掲載された。Luminaは、宇宙初期の水素やヘリウムが最初の星や活動銀河核(AGN)から放出される光によって電離されていく「宇宙再電離」の歴史を、従来を大きく上回る空間規模で再現する数値モデルである。

ただし、Luminaが描き出す宇宙は、観測データから直接復元した過去の姿ではない。物理法則に基づく計算に、さまざまな仮定や数値近似を組み合わせた理論的な予測である。重要なのは、最新の宇宙望遠鏡による観測結果と比較できる、広大な宇宙領域の統計的な予測データを生成できる点にある。

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宇宙再電離の謎とシミュレーションの計算限界

現在の標準的な宇宙論によると、ビッグバンから約38万年後、宇宙の温度が下がって電子と原子核が結びつき、中性原子が形成される「宇宙の晴れ上がり」が起きた。その後、最初の星が誕生するまでの時代は、恒星などの光源がまだ存在しない「宇宙の暗黒時代(Dark Ages)」と呼ばれる。やがて重力によってガスが集まり、最初の恒星や銀河が形成されると、そこから放出される紫外線が周囲の空間へ広がり始めた。さらに、巨大ブラックホールへのガスの降着によって生じる強力な放射も加わり、銀河間空間に広がる中性ガスから電子が引き離されていった。この過程が「宇宙再電離(Cosmic Reionization)」である。

再電離は一度に起きたわけではなく、水素とヘリウムで異なる段階を経たと考えられている。水素の再電離は主に初期銀河の星々が放出する紫外線によって進んだ。一方、ヘリウムから2個目の電子を取り除くには54.4 eV以上のエネルギーを持つ光子が必要であり、通常の恒星が放出する光だけでは、この過程を宇宙規模で十分に進めることは難しい。そのため、ヘリウムが一価の陽イオン(He II)から二価の陽イオン(He III)になる再電離は、主に活動銀河核の強力な高エネルギー放射によって引き起こされたと考えられている。天文学者が解明しようとしているのは、こうした変化がいつ、どのような天体によって、どの程度の速さで進んだのかという問題だ。

この現象を計算機で再現するには、相反する条件を満たさなければならない。宇宙再電離の全体像を捉えるには、数億光年に及ぶ巨大な計算領域が必要になる。一方、光子を生み出す銀河や、その光を吸収する高密度ガスの振る舞いを正確に計算するには、十分に細かな解像度が欠かせない。さらに、ガスの運動を解く流体力学に加え、光子の伝播や吸収を計算する「輻射輸送(Radiative Transfer)」を組み込むと、計算負荷は飛躍的に増大する。従来の研究では、計算領域を広げるか、細部の解像度を高めるかというトレードオフが大きな制約となっていた。

Luminaは、この制約を大幅に緩和し、赤方偏移 $z=49$(宇宙年齢約5,000万年)から $z=3$(約22億年)までの宇宙の進化を追跡する。赤方偏移とは、宇宙膨張によって光の波長がどれだけ引き伸ばされたかを示す指標で、値が大きいほど遠い過去の宇宙に対応する。この計算期間には、初期銀河の星々が主導する水素の再電離から、活動銀河核が主導するヘリウムの再電離がほぼ完了する時代までが含まれる。研究の目的はビッグバンそのものを再現することではなく、誕生した銀河やブラックホールが周囲の宇宙空間をどのように変えていったのかを明らかにすることにある。

一辺500 cMpcの超大型シミュレーションが可能にした宇宙の統計分析

Luminaの最大の特徴は、その計算領域の広さにある。研究チームは、一辺500 cMpc(共動メガパーセク、約16億3,000万光年)の立方体を計算領域に設定した。共動距離とは、宇宙膨張に伴う距離の変化を取り除いて表した尺度であり、各時代における実際の物理的な距離とは区別する必要がある。

この広大な空間に、Luminaは 、約4,320億個の解像度要素を配置した。計算には、移動する非構造格子を使って流体力学を解く「AREPO」を採用し、銀河形成には既存の「IllustrisTNG」の物理モデルを組み込んでいる。光の伝播を計算する輻射輸送には、M1クロージャーと呼ばれる近似を用いたGPU加速ソルバーを利用し、放射のエネルギーを複数の帯域に分けて追跡する。スミソニアン協会の発表によると、計算には米国オークリッジ国立研究所のスーパーコンピューター「Frontier」が使用された。論文によれば、1,884ノードに搭載された10万5,504基のCPUコアと7,536基のAMD Instinct MI250Xアクセラレーターが使われており、GPUダイ換算では約1万5,000基に相当する。

先行する代表的な宇宙論的輻射流体シミュレーション「Thesan-1」と比較すると、Luminaの規模がよく分かる。Thesan-1の計算領域は一辺95.5 cMpc、解像度要素数は (約185億個)だった。これに対し、Luminaが扱う空間の体積は約143.5倍に達する。

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  "title": "主要な宇宙論的輻射流体シミュレーションの計算体積比較",
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こうした体積の拡大には、単に計算規模を競う以上の意味がある。宇宙には、極めて明るいクエーサーのように、非常に広い空間を調べなければ十分な数が見つからない天体が存在する。再電離によって形成される巨大な電離領域の分布や、中性水素が放つ21 cm線の大規模なゆらぎを調べる際にも、計算領域が小さすぎると結果に偏りが生じる。Luminaは広大な領域を一度に計算することで、こうした希少な天体や大規模構造を含む宇宙の統計的性質を、従来より適切に評価できるようにした。

もっとも、計算体積が143.5倍になったからといって、あらゆる面でThesan-1を上回ったわけではない。Luminaの質量分解能は、通常の物質であるバリオンが (太陽質量)、ダークマターが である。一方、Thesan-1のバリオン質量分解能は約 であり、個々のガス要素が表す質量はLuminaの約6分の1と小さい。つまり、微小な構造を質量分解能の面で細かく追跡できるのはThesan-1の方であり、Luminaは計算体積を優先した設計となっている。個々の恒星やブラックホールの周囲で生じる細かな物理現象については、解像できないスケールの過程を近似的に扱う「サブグリッドモデル」に依存している。

研究論文の比較表に基づく主要な仕様の違いは次の通りだ。

項目 Lumina(本研究) Thesan-1(先行研究) 比較のポイント
ボックスサイズ(共動) 一辺500 cMpc 一辺95.5 cMpc Luminaの計算体積は143.5倍
解像度要素数 (約4,320億) (約185億) Luminaは約23.3倍の要素数を扱う
バリオン質量分解能 約 Thesan-1の方が質量分解能は約6.2倍高い
計算の終了点 $z=3$(宇宙年齢約22億年) $z=5.5$(約10億年) Luminaはヘリウム再電離が進む時代まで追跡
輻射輸送の扱い $z=4.75$以降はAGNによるHe II電離を中心に計算 $z=5.5$まで星の放射と水素再電離を結合して計算 Luminaは後半で背景放射場を導入して計算を簡略化

研究チームが公開した宇宙の大規模構造の可視化画像では、細かな網目状のフィラメントがダークマターの分布を表し、オレンジ色や黄色の領域が銀河団の間でガスの移動速度が大きい場所を示している。これらは望遠鏡で撮影した写真ではなく、シミュレーションで得られた物理量を色や明暗に置き換えた科学的な可視化画像である。

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Luminaが予測した水素とヘリウムの再電離の歴史

Luminaは、初期宇宙で水素とヘリウムの再電離がどのように進んだのかについて、具体的な予測を示している。ただし、これらは新たな観測によって再電離の時期が確定したことを意味しない。あくまで、研究チームが採用した物理モデルに基づく数値計算の結果である。

水素の再電離は、主に初期銀河の星形成活動によって進み、比較的遅い時代に完了する結果となった。研究チームはシミュレーション領域を一辺100 cMpcの125個の小領域に分割し、それぞれの電離の進行を調べた。その結果、中央値に当たる領域では赤方偏移 (宇宙年齢約10億年)までに水素の再電離が完了した。一方、領域ごとの進行には大きなばらつきがあり、最後まで電離されずに残った中性水素(H I)の領域は、赤方偏移 (宇宙年齢約12億年)まで存在していた。

ヘリウムの再電離では、星よりも活動銀河核が重要な役割を果たす。Luminaでは、超大質量ブラックホールの活動に伴って放出される高エネルギー光子を追跡し、それらがHe IIをHe IIIへと電離する過程を計算した。その結果、ヘリウムの再電離は宇宙の進化とともに徐々に進行し、シミュレーションの終了点である赤方偏移 $z=3$(宇宙年齢約22億年)までにほぼ完了した。

研究チームは、ヘリウムの再電離に伴って銀河間物質の温度が再び上昇することも確認した。高エネルギー光子がHe IIを電離すると、その際に生じる余剰エネルギーが周囲のガスを加熱する。初期宇宙では、水素の再電離によって一度大きく温度が上昇した後、宇宙膨張などによってガスが冷却され、ヘリウムの再電離が始まると再び加熱される。Luminaは、こうした複数段階にわたる銀河間物質の温度変化を、水素とヘリウムの電離史に結びつけて計算できることを示した。

この点は、従来の大規模な再電離シミュレーションとの重要な違いでもある。例えばThesan-1は、水素の再電離が進む時代に重点を置いており、He IIからHe IIIへの再電離を自己整合的に追跡するところまでは計算していなかった。Luminaは、初期銀河の星々による水素の再電離と、その後の活動銀河核によるヘリウムの再電離を、同じ宇宙領域で連続的に扱えるようにしたのである。

光速を5分の1に抑える数値近似とモデルの限界

広大な宇宙領域と長期間の進化を計算できるLuminaだが、その結果を解釈する際には、計算負荷を抑えるために導入された近似の影響を考慮する必要がある。特に重要なのが、輻射輸送に用いられた「光速低減近似(Reduced Speed of Light Approximation)」と、計算途中での物理モデルの切り替えである。

第一の制約である光速低減近似は、光子の伝播速度を実際より遅く設定して計算を高速化する手法だ。実際の光速 $c$ をそのまま用いると、光が計算格子を通過する時間に合わせて非常に短い時間刻みで計算を繰り返さなければならず、膨大な計算資源が必要になる。この負荷を抑えるため、Luminaでは輻射輸送ソルバー内の光速を実際の20%に当たる $0.2c$ に設定している。研究チームは、この近似によって電離領域の境界が広がる速度や、再電離終盤における中性水素の残存量が影響を受ける可能性を認めている。特に、物質密度が低いボイドなどでは、計算結果に系統的な偏りが生じる懸念がある。

第二の制約は、赤方偏移 $z=4.75$ を境に計算方法を変更している点だ。それ以前は、恒星や活動銀河核などの放射を複数のエネルギー帯に分け、水素とヘリウムの電離や加熱をガスの運動と結びつけて計算する。しかし、$z=4.75$ 以降は計算負荷を軽減するため、54.42 eV未満の光子による電離と加熱を空間的に一様な紫外線背景放射モデルに置き換えている。同時に、明示的に追跡する放射は活動銀河核を起源とする高エネルギー光子に絞り、He IIの再電離を中心に計算する方式へ切り替える。したがって、計算期間の全体を通じて、すべての光源と電離過程が同じ精度で追跡されているわけではない。

こうした制約がある一方、研究チームは観測データとの比較によって、モデルの妥当性を検証している。特に、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)が宇宙空間の自由電子によって散乱される程度を表す「トムソン散乱光学深度」は、観測衛星Planckによる測定値と非常によく一致した。また、銀河間物質の温度変化や、水素を電離する背景放射の強度についても、既存の観測的制約とおおむね整合する結果が得られている。

ただし、光学深度の一致だけで、銀河形成や再電離の細かな物理過程まで正しく再現できていると証明されたわけではない。Luminaの銀河形成にはIllustrisTNGのサブグリッドモデルが使われており、星形成効率、超新星によるフィードバック、ブラックホールの成長や周囲へのエネルギー放出など、直接計算できない現象にはモデル上の仮定が含まれている。研究チームは、X線による事前加熱の影響を調べる2種類の小規模シミュレーションや、解像度を下げたダークマター単独の計算も実施している。しかし、これらは特定の数値的効果や物理モデルの影響を調べるための比較計算であり、独立した研究チームによってLumina全体の結果が再現されたことを意味するものではない。

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JWSTや次世代望遠鏡の観測と理論を結びつける

Luminaの重要な成果は、宇宙再電離の謎に最終的な答えを出したことではなく、理論予測と観測データを詳しく比較するための計算基盤を築いたことにある。その中心となるのが「順方向モデリング(Forward Modeling)」と呼ばれる手法だ。

順方向モデリングでは、理論モデルから得られた銀河やガスの分布に、望遠鏡の視野、感度、観測波長などの条件を適用し、実際に観測した場合にどのようなデータが得られるかを予測する。JWSTによる初期銀河の観測が進み、今後ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡(Roman)による広視野サーベイが始まれば、遠方銀河の数や明るさの分布、銀河同士の集まり方などに関する大量のデータが得られると期待される。Luminaのような大規模シミュレーションは、こうした観測結果を理論と直接比較するための擬似観測データを生成できる。

仮にLuminaの予測と観測結果が一致すれば、採用した銀河形成モデルや再電離シナリオの妥当性を支持する証拠となる。ただし、異なる物理モデルでも似た観測結果が得られる可能性があるため、一致したからといって特定の理論が唯一の正解だと断定することはできない。逆に、予測と観測の間に明確な食い違いが見つかれば、星形成効率や活動銀河核の放射特性など、モデルに含まれる仮定を見直す手掛かりになる。さらに、通常の銀河形成モデルの修正だけでは説明できない場合には、ダークマターの性質を含む、より根本的な物理の検討にもつながり得る。

研究チームは今後、初期宇宙におけるバリオンとダークマターの相対速度(ストリーミング速度)が星形成に及ぼす影響を詳しく調べるため、より小規模で高解像度の補完的なシミュレーションを計画している。また、銀河間のガスの流れや、活発な星形成が進む領域の進化についても解析を進める方針だ。ただし、現段階でLuminaがJWSTによる初期銀河の観測と理論の食い違いを解消したわけではなく、Romanによる将来の観測結果を検証したわけでもない。

約4,320億個の解像度要素を使い、宇宙誕生から約22億年までの進化を追跡したLuminaは、初期宇宙を研究するための新たな計算基盤となる。今後の焦点は、モデルが予測する電離領域の分布や銀河間物質の温度変化が、実際の観測とどこまで一致するかにある。特に、中性水素の21 cm線を調べる電波観測や、遠方銀河・クエーサーの観測データとの比較が、Luminaの予測精度を評価し、宇宙再電離の歴史を解明するうえで重要になるだろう。