エネルギー効率の向上は、21世紀の科学が直面する最大の課題の一つだ。
現代の産業活動においては、投入されるエネルギーの約20%から50%が、利用されることなく「排熱」として環境中に消えているという冷酷な事実がある。この膨大な未利用エネルギーを電力として直接回収する「熱電変換技術」は、持続可能な社会を実現するための鍵として長年研究されてきた。
しかし、従来の熱電変換デバイスには、構造の複雑さと効率の限界という大きな壁が立ちはだかっていた。2026年、東京理科大学と埼玉大学の共同研究グループは、この停滞を打破する画期的な発見を、国際学術誌「Communications Materials」にて発表した。
研究グループが新たに見出したのは、工業材料として極めて一般的な「二ケイ化モリブデン(\(MoSi_2\))」が、磁場を一切必要とせずに高い効率で熱を電気に変える「横型熱電変換材料」として機能するという事実である。この発見は、熱電変換デバイスの設計思想を根本から覆し、ウェアラブルデバイスから産業用熱流センサー、さらには次世代のエネルギーハーベスティング技術に至るまで、広範な応用を予感させるものだ。
熱電変換のパラダイムシフト:なぜ「横型」が求められるのか
熱電変換技術の基本原理は、材料の両端に温度差が生じると電圧が発生する「Seebeck effect(ゼーベック効果)」に基づいている。
従来の「縦型」デバイスが抱える構造的宿命
現在実用化されている熱電変換デバイスの多くは、π型構造と呼ばれる「縦型」の構成を採用している。これは、p型半導体とn型半導体の柱を交互に並べ、それらを電気的に直列、熱的に並列に接続したものである。
縦型デバイスには、温度勾配と同じ方向に電力が発生するという特徴がある。しかし、この構造には深刻な弱点が存在する。多数の半導体を微細な接合部で繋ぎ合わせる必要があるため、界面における電気抵抗(コンタクト抵抗)が増大し、エネルギー損失を招くのだ。また、複雑な製造プロセスはコスト増大の要因となり、フレキシブルな形状への加工も困難であった。
「横型」変換がもたらすブレイクスルー
これに対し、今回研究の焦点となった「横型熱電変換(Transverse Thermoelectric Conversion)」は、温度勾配に対して垂直な方向に電力を発生させる技術である。
横型熱電変換の最大のメリットは、単一の材料でデバイスを構成できる点にある。p型とn型の接合を必要としないため、接合抵抗による損失を劇的に低減でき、製造プロセスも極めて簡素化される。また、温度差を与える距離と、電力を取り出す距離を独立して制御できるため、大面積の熱源から効率的に集電することが可能となる。
これまで、この横型変換を実現するためには、「Anomalous Nernst Effect(異常ネルンスト効果)」を利用する磁性材料の研究が主に行われてきた。しかし、異常ネルンスト効果を引き出すには外部磁場、あるいは強力な自発磁化が必要であり、デバイスの小型化や汎用性の面で制約があった。磁場を必要としない、理想的な非磁性材料による横型熱電変換の実現こそが、この分野の悲願であった。
磁場を捨てた新星「MoSi₂」:工業材料に隠されていた驚愕の物性
東京理科大学の岡崎竜二准教授、吉田章吾助教、眞子日佳里氏、大隅翔也氏、および埼玉大学の佐藤芳樹助教らによる研究チームが着目したのは、耐火材料として既に広く工業利用されている \(MoSi_2\) だった。
軸依存伝導極性(ADCP)の発見
研究チームは、高品質な \(MoSi_2\) 単結晶を作製し、その輸送特性を精密に測定した。その結果、結晶軸の方向によって電荷担体(キャリア)の性質が反転する「Axis-Dependent Conduction Polarity(ADCP:軸依存伝導極性)」という極めて稀な現象を確認した。
具体的には、\(MoSi_2\) の結晶構造において、a軸方向に温度勾配を与えると正の電圧(正孔型)が発生し、c軸方向では負の電圧(電子型)が発生することが判明したのである。
このADCPを持つ材料では、結晶軸を温度勾配に対して斜めに配置するだけで、温度差に直交する方向へ電力を取り出すことができる。\(MoSi_2\) は磁場を必要とせずに横型熱電変換を可能にする、まさに理想的な「\(p \times n\) 型材料」であった。
実証された高い変換能
実験の結果、\(MoSi_2\) の横型熱電能(Transverse Thermopower)は室温で約 \(8~\mu V/K\) に達した。これは、先行研究で報告されていた類似材料の \(WSi_2\)(約 \(3~\mu V/K\))と比較して、2倍以上の性能向上である。
特筆すべきは、その温度特性である。\(MoSi_2\) は広い温度範囲で優れた特性を示し、特に低温領域においては、既存のあらゆる横型熱電材料を凌駕する高い性能を実証した。これは、極地でのセンサー駆動や、宇宙空間における微小熱源からの電力供給といった特殊環境下での応用にも強い適性を持つことを示唆している。
鍵を握る「混合次元フェルミ面」:ミクロな物理学が解き明かす正体
なぜ、\(MoSi_2\) はこれほどまでに特異な性質を示すのか。研究チームは、「First-principles calculations(第一原理計算)」を用いることで、そのミクロなメカニズムを解明した。
準一次元と準二次元の共存
その核心にあるのは、電子が物質中を移動する際のエネルギー的な境界線である「Fermi surface(フェルミ面)」の特異な形状である。
計算の結果、\(MoSi_2\) は「\(\alpha\) 面」と「\(\beta\) 面」と呼ばれる、性質の異なる2つのフェルミ面を同時に持っていることが明らかになった。
- \(\alpha\) 面(正孔型・準二次元): シリンダー(円筒)状の形状を持ち、主にa軸方向の伝導を支配する。
- \(\beta\) 面(電子型・準一次元): 平面状の形状を持ち、主にc軸方向の伝導を支配する。
このように、次元性の異なるフェルミ面が共存する系は「Mixed-dimensional conductor(混合次元導体)」と呼ばれる。\(MoSi_2\) においては、この混合次元性が結晶軸による極性の反転(ADCP)を生み出し、結果として強力な横型熱電変換を引き起こしているのである。
Mo 4d軌道の「絶妙なバンド幅」
さらに、研究チームは \(MoSi_2\) と、同構造を持つ \(WSi_2\) (二ケイ化タングステン)の比較分析を行った。
量子力学的な視点で見ると、\(MoSi_2\) のモリブデン(Mo)原子の 4d軌道は、\(WSi_2\) のタングステン(W)原子の 5d軌道よりもバンド幅が狭いという特徴がある。Mott formula(モットの公式)によれば、エネルギーに対する状態密度の変化が急峻であるほど、熱電能は増大する。
\(MoSi_2\) の狭いバンド幅が、より大きな状態密度の勾配を生み出し、結果として \(WSi_2\) を大幅に上回る熱電変換効率を実現していることが理論的に裏付けられた。これは、今後の材料設計において、遷移金属のd軌道の広がりを制御することが極めて重要であるという明確な指針を与えている。
未来のエネルギー社会を変える「熱流センサー」への応用
今回の発見は、単なる基礎物理学の進展に留まらない。実用化に向けた最大の武器は、材料である \(MoSi_2\) 自体のポテンシャルにある。
工業材料としての信頼性とコスト
\(MoSi_2\) は、既に工業用の高温ヒーターや航空機のコーティング剤、耐火材料として大量生産されている安価な材料である。化学的安定性に優れ、耐熱性も極めて高い。つまり、研究室レベルの発見を社会実装へ移行させる際に最大のハードルとなる「コスト」と「信頼性」という課題を、この材料は最初からクリアしているのである。
高感度熱流センサーへの期待
具体的な応用先として最も期待されているのが「熱流センサー」である。
従来の熱流センサーは、複数の熱電対を複雑に配置する必要があり、薄型化や柔軟性の確保が困難であった。しかし、\(MoSi_2\) を用いた横型デバイスであれば、極めて単純な薄膜構造で、高感度かつ高速応答なセンサーを実現できる。
- ウェアラブルデバイス: 人体からのわずかな熱の流れを検知し、電力として回収する。
- 産業設備の異常検知: モーターや配管からの異常な排熱(熱流)をリアルタイムで監視し、エネルギー効率の最適化や事故防止に役立てる。
- 建築物の省エネ管理: 壁面を流れる熱の移動を可視化し、スマートハウスの空調制御に統合する。
薄膜化が可能であるということは、曲面や複雑な形状の熱源にも容易に貼り付けられることを意味し、これまで測定不能であった場所でのデータ収集が可能になる。
持続可能な社会への新たなマイルストーン
東京理科大学の研究チームが成し遂げた今回の発見は、\(MoSi_2\) という「既知の材料」に「未知の機能」を吹き込んだものである。磁場を必要とせず、単一材料で高効率な変換を可能にする横型熱電変換技術は、排熱回収のあり方を劇的に変える可能性を秘めている。
研究を主導した岡崎准教授は、今回の成果が「高効率な横型熱電モジュールの開発に向けた重要なステップ」であると語っている。今後は、薄膜化技術の確立や、混合次元性をさらに極大化させた新材料の探索へと研究は加速していく。
捨てられていた熱が、新たなエネルギーとして社会を動かす力に変わる。\(MoSi_2\) という地味ながらも強靭な材料が、脱炭素社会の実現に向けた静かな革命の主役になろうとしている。
論文
- Communication Materials: Axis-dependent conduction polarity and transverse thermoelectric conversion in the mixed-dimensional semimetal MoSi2
参考文献
- 東京理科大学:新しい横型熱電変換材料MoSi2を発見



