あなたのPCに搭載されたNVIDIA製GPUが、実はその本来の性能を完全には発揮していないかもしれない。そう聞いたら、どう思うだろうか?著名なテクノロジー系YouTuber、JayzTwoCents氏が偶然発見した事実は、私たちが信じてきた「メーカー推奨設定」という常識を揺るがす物だ。
彼の紹介する方法によれば、NVIDIAのドライバープロファイルを特殊なツールで書き換え、「Resizable BAR(ReBAR)」という機能を強制的に有効化する。たったそれだけのことで、ベンチマークソフト「3DMark Port Royal」のスコアが約10%も向上したという。これは、オーバークロックのようなリスクを伴うチューニングとは全く異なる、ソフトウェア的な「封印解除」だが、実はこれはオーバークロッカー界では「公然の秘密」だったのだ。
発端は「異常なラグ」― YouTuberが暴いた隠された性能
この発見のきっかけは、JayzTwoCents氏が自身のハイエンドPCで経験した不可解な性能不足だった。Intel Core i9-14900KSと最新のGeForce RTX 5090を搭載したモンスターマシンが、AMD Ryzen 7 9800X3Dを搭載した別のテストリグに対し、なぜか3DMark Port Royalで数千ポイントも劣っていたのだ。
原因究明に頭を悩ませていた同氏は、エクストリーム・オーバークロッカー(極限の性能を追求する専門家)であるSplave氏と対話する中で、衝撃的な事実を知る。トップレベルのベンチマーク競技者の間では、特にIntelプラットフォームにおいて、「NVIDIA Profile Inspector」というサードパーティ製ツールを使い、3DMark実行時に手動でReBARを有効化することが常識だったというのだ。
半信半疑で試した結果は、驚くべきものだった。ReBARを有効化しただけで、スコアは37,105ポイントから40,409ポイントへと、実に3,304ポイントも急上昇した。これは約9%の性能向上に相当し、オーバークロックや他の設定変更なしに達成されたのである。この事実は、NVIDIAが提供する標準のドライバー設定が、少なくともこのアプリケーションにおいては、GPUのポテンシャルを意図的に(あるいは意図せずして)制限していた可能性を強く示唆している。

Resizable BARとは何か? なぜ今、再び注目されるのか
この魔法のような性能向上をもたらした「Resizable BAR」とは、一体何なのだろうか。
CPUとGPUの「会話」を効率化する技術
Resizable BAR(Base Address Register)は、CPUがグラフィックスカードのビデオメモリ(VRAM)にアクセスする方法を根本的に変えるPCI Expressインターフェースの標準技術だ。これを理解するには、CPUとGPUの関係を「指示を出す司令官」と「描画を実行する専門部隊」に例えると分かりやすい。
従来のシステムでは、司令官(CPU)は専門部隊(GPU)が持つ巨大な倉庫(VRAM)に対し、一度に256MBという非常に小さな小窓からしか中を覗き、指示を出すことができなかった。巨大なテクスチャや3Dモデルといった資材をやり取りするには、この小さな窓を何度も行き来する必要があり、非効率な「待ち時間」が発生していた。
Resizable BARは、この「256MBの小窓」という制約を取り払い、司令官が倉庫全体を一度に見渡せるようにする技術だ。これにより、データの転送が劇的に効率化され、結果としてフレームレートの向上やロード時間の短縮に繋がる。AMDが「Smart Access Memory (SAM)」と呼ぶのも、本質的には同じ技術である。
実はこの技術自体は、2006年のPCIe 2.0時代から存在していた古いものだ。しかし、ゲームのアセットが比較的小さかった当時はその恩恵が少なく、注目されることはなかった。現代の4Kゲーミングのように、数十GBにも及ぶ巨大なテクスチャやデータを扱うようになって初めて、この技術の真価が発揮される時代が来たのである。
NVIDIAの「ホワイトリスト方式」という壁
ではなぜ、こんなに素晴らしい技術がデフォルトで常に有効になっていないのか。その理由は、NVIDIAが採用する「ホワイトリスト方式」にある。
ReBARは万能薬ではなく、一部の古いゲームや特定のアプリケーションでは、逆に性能が低下したり、システムが不安定になったりするケースが報告されている。このためNVIDIAは、自社でテストを行い、安定して性能向上が確認できたゲームのみを「ホワイトリスト」に登録し、そのゲームの実行時にのみ自動でReBARを有効にする、という慎重なアプローチを取っている。
この安全策は理解できる。しかし、JayzTwoCents氏の発見は、このホワイトリストが「完璧ではない」ことを露呈した。NVIDIAがテストしていない、あるいはリストから漏れている無数のアプリケーションやゲームの中に、ReBARによって性能が向上する「お宝」が眠っている可能性が出てきたのだ。
「無料のパフォーマンス」だけではない― ReBARがもたらす真の価値
この10%という数字は、単なるベンチマーク上のスコアアップ以上の意味を持つもので、特にReBARの真の価値は、より実用的な側面にこそ見出せる。
オーバークロックより手軽で安全な性能向上
GPUの性能を限界まで引き出す手法として、多くのユーザーは「オーバークロック」を思い浮かべるだろう。しかし、それは電圧やクロック周波数を手動で調整する、知識と試行錯誤を要する作業だ。個々のチップの品質(いわゆるシリコン宝くじ)に左右され、最悪の場合はハードウェアの故障にも繋がりかねない。
一方、ReBARの手動有効化は、ソフトウェア的な設定変更に過ぎない。物理的なリスクは皆無でありながら、場合によっては数時間かけたオーバークロックの成果を上回るパフォーマンス向上をもたらす可能性がある。これは、既存ハードウェアの潜在能力を安全に引き出す、極めて効率的な「最適化」と言えるだろう。
GPUの「延命」という経済的メリット
5%から10%、あるいはそれ以上の性能向上は、あなたのPCライフにどのような影響を与えるだろうか。それは、これまで「やや重い」と感じていたゲームが快適に動作するようになることを意味するかもしれない。あるいは、グラフィックス設定を一つ上のランクに引き上げられるかもしれない。
より長期的な視点で見れば、これは「GPUの寿命を延ばす」効果に繋がる。次世代ゲームを快適にプレイするために、本来であれば買い替えが必要だったGPUを、もう1年、あるいはもう1世代使い続けられる可能性があるのだ。GPU価格が高止まりし、専門家の間で「2025年はPCアップグレードに不向きな年」とも囁かれる昨今の市場環境において、この「延命効果」は計り知れない経済的メリットとなるだろう。
万能薬ではない― 手動有効化に伴う潜在リスクと注意点
しかし、ReBARの手動有効化は魅力的な選択肢だが、そのリスクを理解せずに行うのは賢明ではない。
性能低下や不安定化の可能性
前述の通り、ReBARはすべてのゲームで効果を発揮するわけではない。NVIDIAがホワイトリスト方式を採用しているのには理由がある。一部のタイトル、例えば「Microsoft Flight Simulator 2024」などでは、ReBARを有効にすると逆にパフォーマンスが低下するという報告もある。
また、稀なケースではあるが、システム全体のクラッシュや起動不能といった不安定化を招いたというユーザー報告も存在する。有効化を試す際は、いつでも元に戻せるよう手順を記録し、一つ一つのゲームでパフォーマンスの変化を注意深く観察する必要がある。
VRAM容量という見過ごされがちな「罠」
そしてここからが、多くのメディアが見過ごしがちな、より技術的な核心に迫る部分だ。ReBARの効果は、搭載されているGPUのVRAM容量と、プレイするゲームが要求するVRAM使用量のバランスに大きく依存する。
考えてみてほしい。ReBARはCPUがVRAM全体に直接アクセスできるようにする技術だ。もし、VRAM容量が8GBしかないGPUで、VRAMを10GB以上要求するような高設定のゲームをプレイした場合、何が起こるだろうか。
CPUはReBARを通じてVRAM全体にアクセスしようとするが、物理的な容量が足りていない。結果として、GPUが本来アクセスすべきデータをCPUが占有してしまい、GPU側が「データ飢餓」に陥る可能性がある。これは、平均フレームレートは変わらなくても、画面が瞬間的にカクつく「スタッタリング」という形で現れることが多い。
つまり、VRAMが潤沢なハイエンドGPUではReBARは純粋なメリットになりやすいが、VRAMが比較的少ないミドルレンジ以下のGPUでは、設定やゲームによっては逆効果になるリスクを秘めているのだ。この技術的制約を理解することが、ReBARを使いこなす上で最も重要な鍵となる。
【実践編】ReBARの封印を解く― NVIDIA Profile Inspectorによる手動有効化ガイド
ここまでの解説を読み、「リスクを理解した上で、ぜひ自分のPCでも試してみたい」と考えた読者もいるだろう。ここでは、その具体的な手順を、注意すべきポイントと共にステップ・バイ・ステップで解説していく。
ただし、これはNVIDIAが公式にサポートしていない、いわば「裏技」的な手法だ。作業はすべて自己責任において行う必要があることを、まず心に留めておいてほしい。
ステップ0:大前提となる準備
この手順に進む前に、あなたのPCが以下の条件を満たしているか必ず確認する必要がある。
- BIOS/UEFI設定の確認: マザーボードのBIOS/UEFI設定画面で、「Resizable BAR」または「Above 4G Decoding」といった項目が「有効 (Enabled)」になっていることが絶対条件だ。これが無効な場合、ソフトウェア側でいくら設定してもReBARは機能しない。設定場所はマザーボードメーカーによって異なるため、お使いのPCのマニュアル等で確認してほしい。
- 最新のグラフィックドライバー: NVIDIAの公式ウェブサイトから、お使いのGPUに対応する最新のGame Ready Driverをインストールしておくことを推奨する。
ステップ1:NVIDIA Profile Inspectorの入手
まず、設定変更に必須のツール「NVIDIA Profile Inspector」をダウンロードする。
- 検索エンジンで「NVIDIA Profile Inspector GitHub」と検索しよう。通常、開発者であるOrbmu2k氏のGitHubリポジトリが最上位に表示されるはずだ。
- リポジトリの「Releases」セクションから、最新版の.zipファイルをダウンロードする。
- ダウンロードしたzipファイルを解凍すると、中にnvidiaProfileInspector.exeという実行ファイルがある。これが本体だ。
ステップ2:プロファイルの選択と設定変更
ツールを起動し、いよいよ設定を変更していく。筆者としては、システム全体に影響を及ぼす「グローバル設定」をいきなり変更するのではなく、まず特定のアプリケーション(今回の例では3DMark)のプロファイルで試すことを強く推奨する。
- nvidiaProfileInspector.exeを起動する。無数の設定項目が並んだウィンドウが表示されるが、慌てる必要はない。
- ウィンドウ上部の「Profiles:」というドロップダウンメニューをクリックし、設定を変更したいアプリケーションを選択する。今回は「3DMark」と入力して検索し、プロファイルを選択しよう。
- 設定リストの中から、5 – Commonセクションにある以下の3つの項目を探し、変更していく。虫眼鏡アイコンの検索ボックスに「ReBAR」と入力すると素早く見つけられる。
- ReBAR feature:
- 設定値:0x00000001 (Enabled) を選択する。
- 意味: これがReBAR機能を有効にするための基本的なスイッチだ。
- ReBAR options:
- 設定値:0x00000001 を選択する。これは多くのゲームで採用されている汎用的な設定だ。より高度な設定として、特定のゲーム(例:F1 22)のプロファイルで使われている値をコピー&ペーストする方法もあるが、まずはこの設定で試すのが安全だろう。
- 意味: ReBARの動作モードを定義するオプション。ゲームエンジンとの相性など、複雑な要素が絡む。
- ReBAR size limit:
- 設定値:0x0000000040000000 (16GB) を選択する。
- 意味: CPUが一度にアクセスできるVRAMの最大サイズを定義する。通常、GPUが搭載するVRAM容量以上の値を設定しても問題はない。
- ReBAR feature:
- 上記3つの設定を変更したら、ウィンドウ右上にある緑色の「Apply changes」ボタンを忘れずにクリックする。これで設定がドライバーに書き込まれる。
ステップ3:効果の確認とトラブルシューティング
設定が完了したら、実際に3DMark Port Royalを実行し、スコアが向上するか確認してみよう。もし、期待した効果が得られない、あるいは逆にパフォーマンスが低下したり、動作が不安定になったりした場合は、以下の手順で元に戻すことができる。
- 再びNVIDIA Profile Inspectorを起動し、変更したプロファイル(3DMark)を選択する。
- ウィンドウ上部にある、NVIDIAのロゴアイコンがついた「Restore current profile to NVIDIA defaults」ボタンをクリックする。
- これで、選択したプロファイルの設定がすべて公式のデフォルト値に戻る。最後に「Apply changes」を押して完了だ。
この手順は、3DMarkだけでなく、ReBARのホワイトリストに登録されていない他のゲームにも応用できる可能性がある。しかし、その都度パフォーマンスを計測し、問題がないかを確認する地道な作業が不可欠だ。ドライバーをアップデートすると、手動で変更した設定がリセットされる場合があることも覚えておこう。
このガイドが、あなたのPCに眠る潜在能力を最大限に引き出す一助となれば幸いである。
封印された性能を解き放つ鍵は、ユーザーの探求心にあり
JayzTwoCents氏による今回の発見は、メーカーが提供する標準設定が必ずしもユーザーにとっての最適解ではなく、私たちの手元にあるテクノロジーには、まだ引き出されていない潜在能力が眠っていることを示す象徴的な出来事だ。
Resizable BARは、万人が無条件に有効化すべき万能薬ではない。しかし、それは自らの手でPCのパフォーマンスを追求するパワーユーザーにとって、オーバークロックに代わる、あるいはそれを補完する新たな武器となりうる。
重要なのは、情報を鵜呑みにせず、自らのシステム環境で試し、その結果を評価し、最適解を見つけ出すという探求心そのものだ。NVIDIA Profile Inspectorというツールは、その探求への扉を開く鍵に過ぎない。その扉の先に眠る「隠された10%」を解き放てるかどうかは、結局のところ、ユーザー一人ひとりの知的好奇心と実践にかかっているとも言えるだろう。
Sources
- JayzTwoCents (YouTube): This setting gave us HUGE performance gains!! Check yours now!
- via GameGPU: Enabling ReBAR manually gave RTX 5090 +10% in 3DMark Port Royal