OpenAIが、同社の強力な推論モデル「o3」のAPI価格を実に80%も引き下げることを発表し、さらに、その上位に位置する新たなフラッグシップモデル「o3-pro」を同時にリリースした。ライバルのGoogleやAnthropicといったライバルとの熾烈な覇権争いが続く中、この二つの動きは、AI業界の価格競争を激化させるとともに、高性能AIモデルの普及を加速させるものとみられる。
新フラッグシップ「o3-pro」登場 – 速度より「信頼性」を極めたプロの選択肢
今回発表された「o3-pro」は、単なる性能向上版ではない。OpenAIのヘルプセンターによれば、o3-proは既存の最上位モデル「o3」をベースとしながらも、「より長く思考し、最も信頼性の高い応答を提供する」ように設計された特別なバージョンとのことだ。
これは、即時性よりも回答の精度、深さ、そして一貫性が求められる専門的な領域、例えば数学、科学、プログラミング、ビジネスコンサルティングといった分野での利用を強く意識したものと言える。事実、OpenAIが実施した専門家による評価では、o3-proはテストされた全てのカテゴリでo3を上回り、特に科学、教育、プログラミング、ビジネス、ライティング支援といった主要分野で顕著な優位性を示したという。
競合を凌駕する学術的性能
その実力は、ベンチマークスコアにも表れている。OpenAIの社内テストによれば、o3-proは、o3に対して多くの面で凌駕する結果を示している。

また、博士レベルの科学知識を問う「GPQA Diamond」テストでAnthropicの最新モデル「Claude 4 Opus」(83.3%)を上回り、数学能力を測る「AIME 2024」ではGoogleの「Gemini 2.5 Pro」(88%)をも凌駕する結果を叩き出したとのことだ。

OpenAIはさらに、「4/4信頼性評価」という独自の厳格なテスト結果を公開した。これは、同じ質問に対して4回試行し、4回全てで正解した場合にのみ成功と見なすもので、モデルの一貫性と信頼性を測るためのものだ。この評価でも、o3-proはo3やo1-proを大きく上回っており、その信頼性の高さを裏付けている。

機能、価格、そして提供計画
o3-proは、Web検索、ファイル分析、画像からの視覚的推論、Pythonコード実行、対話履歴に基づくパーソナライズ(メモリ機能)など、ChatGPTが持つ強力なツール群にアクセスできる。
提供は、まずChatGPTのProおよびTeamユーザー向けに開始され、従来の「o1-pro」を置き換える形となる。EnterpriseおよびEduユーザーにはその翌週から提供が開始される予定だ。開発者向けのAPI価格は、100万入力トークンあたり20ドル、100万出力トークンあたり80ドルと設定されている。
ただし、リリース時点ではいくつかの制限事項も存在する。技術的な問題が解決されるまで一時的なチャット機能は無効化されており、画像生成やAIワークスペース機能「Canvas」もサポートされていない。
衝撃の80%値下げ – 高性能AI「o3」が全ての開発者の手に
今回の発表で、o3-proの登場と同じくらい、あるいはそれ以上に市場に衝撃を与えたのが、既存の高性能推論モデル「o3」の大幅な価格改定だ。
OpenAIのSam Altman CEOは自身のXアカウントで、「o3の価格を80%引き下げた!人々がこれで何をするのか楽しみだ」と投稿。具体的な新価格は以下の通りだ:
- 旧価格: 入力
10/100万トークン、出力10 / 100万トークン、出力10/100万トークン、出力
40 / 100万トークン - 新価格: 入力
2/100万トークン、出力2 / 100万トークン、出力2/100万トークン、出力
8 / 100万トークン
入力・出力ともに80%という、前例のないレベルの大幅な引き下げである。これにより、これまで高性能ながらコスト面で採用をためらっていた多くの開発者や企業にとって、o3は一気に身近な存在となった。
この価格改定の背景には、Googleとの直接的な競争があるのは明白だ。Googleが提供する「Gemini 2.5 Pro」は、o3に匹敵する性能を誇りながら、はるかに安価な価格設定で提供されてきた。事実、多くの開発者がコストを理由にGeminiを選択していた状況があり、OpenAIとしては市場シェアを奪還するための強力な一手が必要だったのだ。
AIモデル戦国時代:熾烈化する価格と性能の競争
今回のOpenAIの動きは、AI業界の競争環境をどのように変えるのだろうか。各社の主力モデルの価格と性能を比較することで、その戦略がより鮮明に見えてくる。
API価格競争の最前線
VentureBeatなどの報道を基に主要な推論モデルの価格を比較すると、OpenAIの戦略転換のインパクトがよく分かる。
モデル | 提供元 | 入力価格 (100万トークンあたり) | 出力価格 (100万トークンあたり) | 特徴 |
---|---|---|---|---|
OpenAI o3 (新) | OpenAI | $2.00 | $8.00 | 大幅値下げでコスト競争力が劇的に向上 |
OpenAI o3-pro | OpenAI | $20.00 | $80.00 | 最高性能・最高価格のフラッグシップ |
Google Gemini 2.5 Pro | $1.25 – $2.50 | $10.00 – $15.00 | これまでコスト面で優位だった | |
Anthropic Claude 4 Opus | Anthropic | $15.00 | $75.00 | 高性能だが高価な選択肢 |
DeepSeek-Reasoner | DeepSeek | ~$0.55 | ~$2.19 | 超低価格で市場に参入 |
(注:価格は発表時点のものであり、変動する可能性があります)
この表から読み取れるのは、OpenAIが「安価で高性能なo3」と「高価で最高性能のo3-pro」という二段構えの製品ラインナップを構築したことだ。これにより、GoogleのGemini 2.5 Proに対抗しつつ、ハイエンド市場ではAnthropicのClaude 4 Opusを性能で上回り、新たな基準を打ち立てようとしている。
AIの民主化と覇権争いが新たなフェーズへ
今回のOpenAIの発表は、AI業界の競争が新たなフェーズに突入したことを示す動きと言えるかもしれない。
- 「性能」と「価格」の両輪での競争激化: これまで「最高性能だが高価」と見なされていたモデルが、一気に価格競争の最前線に躍り出た。今後は、性能向上とコスト効率化の両方を実現できなければ、市場での生き残りは難しくなるだろう。
- 開発者の選択肢の拡大とイノベーションの加速: 高性能な推論モデルが手頃な価格で利用可能になることで、これまで実現不可能だったアイデアやアプリケーションが次々と生まれる土壌が整った。AIによるイノベーションは、間違いなく加速する。
- 明確化する製品ポートフォリオ: OpenAIは、「高速・安価な旧世代モデル」「高性能・普及価格帯の主力モデル(o3)」「最高性能・プロ向けのフラッグシップモデル(o3-pro)」という、ユーザーのニーズに応じた明確な階層構造を完成させた。
AIの進化は、もはや研究室の中だけの話ではない。性能向上と価格低下という二つの強力なエンジンによって、その力は社会の隅々へと浸透し始めている。
Sources
- Sam Altman (X)
- OpenAI: Model Release Notes