地球規模の課題である低炭素化社会の実現へ向けて、太陽光発電技術の革新は急務となっている。現在広く普及しているシリコン太陽電池は、重量や硬さ、製造プロセスの制約から、建物の屋根や広大な平地など設置場所が限られている。そこで次世代のクリーンエネルギー源として世界中で熾烈な開発競争が繰り広げられているのが、塗布プロセスで製造可能な薄膜太陽電池である。

近年はペロブスカイト太陽電池が大きな耳目を集めている。しかし、発電層に有害な鉛などの重金属を含むという環境負荷の問題を抱えている。対照的に、炭素を主体とする有機物のみで構成される有機薄膜太陽電池(OPV)は、環境毒性を持たず、軽量かつ柔軟で、プラスチックフィルムの上に印刷するように大量生産が可能という無二の強みを持つ。建物の曲面ガラスや衣服、テントなど、あらゆる場所を独立した「発電所」へと変貌させる潜在力を秘めている。

この極めて有望なOPVの社会実装を長年阻んできた最大の障壁が、エネルギー変換効率の伸び悩みである。広島大学、京都大学、理化学研究所、筑波大学、株式会社東レリサーチセンターの研究者らで構成される共同研究チームは、この変換効率を頭打ちにさせていた物理的なジレンマを根本から解消する新たなポリマー半導体「PTNT1-F」の開発に成功した。2026年3月に国際学術誌「Communications Materials」に掲載された本研究成果は、太陽電池の発電メカニズムに対する既存の理解を更新し、材料設計の新たな地平を切り拓くものである。

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電圧と電流が奪い合う「トレードオフ」のジレンマ

OPVの変換効率を飛躍させる上で、研究者たちは越えがたい物理法則の壁に直面し続けてきた。それが「電圧損失の抑制」と「効率的な電荷生成」の間に横たわる過酷なトレードオフである。この問題を理解するためには、OPV内部で光が電気に変わる微視的なプロセスを紐解く必要がある。

OPVの発電層は、光を吸収して正孔(プラスの電荷)を運ぶp型半導体と、電子(マイナスの電荷)を運ぶn型半導体がナノレベルで入り組んだ混合膜で構成されている。太陽光がこの膜に降り注ぐと、有機半導体の中で正孔と電子が強い静電気力(クーロン引力)で互いに結びついた「励起子」というペア状態が生まれる。太陽電池から電流を取り出すためには、この固く結びついたペアをp型とn型の界面において完全に引き離し、それぞれ独立した電荷として電極へ送り出さなければならない。

この引き剥がし作業(電荷解離)の駆動力となるのが、p型材料とn型材料が持つ分子軌道のエネルギー差(ΔE)である。高い場所から低い場所へ水が勢いよく流れ落ちるように、エネルギーの段差が大きいほど、正孔と電子を引き離す力は強くなり、大量の電流を生み出す。その反面、その段差を越える際に失われたエネルギーは熱として外部へ放出され、太陽電池から取り出せる電圧の低下に直結する。

電圧のロスを減らすために、あらかじめ材料間のエネルギー段差(ΔE)を小さく設計するアプローチがある。電圧は高く保たれるものの、今度は正孔と電子を引き離すための物理的な駆動力が著しく不足してしまう。分離しきれなかった電子と正孔は内部で再び結合し、光を出すこともなく熱として消滅する「無輻射電荷再結合」を引き起こし、結果として取り出せる電流が激減する。電圧を高めようとすると電流が犠牲になり、電流を稼ごうとすると電圧が落ちる。この二律背反の罠が、OPVの性能向上を長い間足踏みさせていた。

常識を覆す新ポリマー半導体「PTNT1-F」の際立つ性能

広島大学のグループを中心とする研究チームが新たに開発したp型ポリマー半導体「PTNT1-F」は、この長く信じられてきた物理の常識を鮮やかに覆す特性を示した。PTNT1-Fを、近年急速に性能を伸ばしている非フラーレンアクセプター(n型材料)であるY12と組み合わせてOPV素子を作製し、その性能を精密に評価した。

結果は劇的なものであった。素子の無輻射電荷再結合に起因する電圧損失(ΔVnr)は、わずか0.18Vにまで抑え込まれた。これは、現在世界中で研究の指標とされている高性能なベンチマーク材料(D18やPM6)を用いた場合の0.21〜0.24Vと比較して、最大で約30%もの大幅な低減である。

これほどまでにエネルギーの段差を小さくし、駆動力を絞り込めば、従来の理論通りなら電荷生成効率は地に落ちるはずである。それにもかかわらず、PTNT1-Fを用いた素子は理論上の限界値の80%を超える極めて高い電荷生成効率を記録した。小さな駆動力でも全くロスなく電子と正孔を引き離し、電流へと変換している事実を示している。この驚異的な両立により、開放電圧(VOC)は0.874Vという高い数値を叩き出し、エネルギー変換効率(PCE)は18.3%に到達した。

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ミクロな構造に潜む謎を解く状態密度分布の解析

ごくわずかな駆動力しか与えられていない環境下で、なぜPTNT1-Fは効率的に電子と正孔を引き剥がすことができたのか。研究チームは、この従来理論では説明のつかない特異な現象の起源を解き明かすため、複数の最先端計測技術と理論計算を動員して物質の深部へと迫った。

京都大学のグループが素子の発光特性を詳細に測定した結果、PTNT1-Fを用いた素子では無輻射電荷再結合が効果的に防がれていることが定量的に裏付けられた。続いて東レリサーチセンターが高感度透過型電子顕微鏡やX線回折を用いて薄膜のマクロな形態や結晶の並びを観察したが、PTNT1-Fと従来のベンチマーク材料との間に明確な構造的差異は見出せなかった。目に見える形態の違いが性能差を生んでいるわけではなかったのである。

ブレイクスルーの鍵は、物質内部のさらに微小な電子の振る舞いの中に隠されていた。理化学研究所のグループが高感度光電子収量分光測定(PYS)という高度な手法を駆使し、分子軌道の「状態密度分布(DOS)」を解析したことで事態は急展開を迎える。状態密度分布とは、電子や正孔が存在できるエネルギーの「座席」が、どの程度均一に、あるいは不規則に分布しているかを示す指標である。

D18やPM6といった従来のポリマー半導体は、単体の状態では座席が規則正しく並んでいても、n型材料と混合して発電層を形成すると、局所的な分子の並びが乱れ、状態密度の分布幅が135 meVから158 meVへと大きく広がってしまう。対照的に、PTNT1-Fは混合状態であってもその秩序を強固に保ち、状態密度分布幅が約164 meVのまま全く変化しなかった。

分子鎖の剛直さが導く「電荷の非局在化」という解

PTNT1-Fが混合膜においても極めて高い秩序を保ち続ける理由は、その分子骨格の幾何学的な特徴に由来する。PTNT1-Fの主鎖には、拡張されたπ電子系骨格を持つ「ジチエノナフトビスチアジアゾール(TNT)」という対称性に優れたユニットが組み込まれている。この構造により、PTNT1-Fは他のポリマーと比較して圧倒的に直線的で剛直な形態を獲得している。この硬さゆえに、他の分子と複雑に混ざり合っても自身の規則正しい配列を決して崩さない。

筑波大学のグループによる第一原理計算に基づく量子力学的シミュレーションは、この規則正しい配列がもたらす物理的な結果を明白に示した。PTNT1-Fのポリマー主鎖内における正孔の有効質量を計算したところ、真空中の電子の質量のわずか0.167倍(0.167m0)と見積もられた。PM6の0.195m0に比べて顕著に小さく、物質内部で正孔が極めてスムーズに動ける状態にある。

これら一連の緻密な解析結果が導き出した最終的な結論は、PTNT1-Fの内部において電荷の「非局在化」が極度に促進されているという物理現象である。非局在化とは、電子や正孔が特定の分子の狭い範囲に閉じ込められることなく、規則正しく並んだ剛直なポリマー鎖の広範囲にわたって、波のように広がって存在することを指す。

正孔が空間的に大きく広がることで、界面の向こう側にいる電子との実効的な距離が大きく離れる。距離が離れれば、両者を引き合うクーロン引力は劇的に弱まる。互いに惹かれ合う力が弱まれば、高いエネルギーの段差を用意して強引に引き剥がす必要はない。これが、PTNT1-Fが極めて小さな電圧損失と高い電流生成という、相反する要素を高い次元で両立させた物理メカニズムの全貌である。

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導電性ポリマーの歴史的系譜が拓くクリーンエネルギーの未来

プラスチックでありながら電気を通すポリマー半導体は、白川英樹博士のポリアセチレン発見(2000年ノーベル化学賞)を端緒とする、日本発祥の輝かしい基礎科学の系譜にある。今回のPTNT1-Fの開発とメカニズムの解明は、その歴史的な延長線上に位置づけられると同時に、太陽電池開発のパラダイムを大きく転換させる成果である。

OPVの研究開発は、長らく経験則に基づく試行錯誤の色合いが強かった。本研究は、電圧と電流のトレードオフという根本課題に対し、「ポリマー主鎖の剛直性を高め、電荷の非局在化を促進する」という極めて明確で論理的な材料設計の指針を打ち立てた。この知見は、今後開発される無数の有機半導体材料に応用可能な普遍性を持っている。

有害な重金属を含まず、印刷技術による低コストな大量生産が可能で、建物の壁面から人々の衣服にまで溶け込むOPVの普及は、次世代の都市デザインやエネルギー網のあり方を根底から変革する力を持つ。分子レベルの剛直さを精密に操り、ナノスケールで広がる電子の波を制御する。微小な世界の秩序ある物理現象を探求する営みが、持続可能な低炭素化社会というマクロな未来図を確かなものへと近づけていく。


論文

参考文献