ボストン大学のChristos Cassandras教授が、自動運転車や都市交通の研究で2026年のIEEE Intelligent Transportation Systems Society(ITSS)Outstanding Research Awardを受賞した。大学が6月1日に公表した研究の柱は、車と道路設備が情報を共有し、互いの動きを調整する交通システムである。大学の受賞発表で紹介された研究をたどると、信号機を使わずに車が交差点を通過する仕組みに行き着く。
信号待ちを減らすには、車同士が何を共有し、どこで速度を落とせばよいのか。そして、数式で証明される「安全」は、人間が運転する車や横断する歩行者をどこまで含むのか。関連論文をたどると、停止を減らす仕組みと、その安全保証が成り立つための条件が見えてくる。
交差点に入る時刻を、手前から調整する
Cassandras氏の研究室は、ボストン大学橋とCommonwealth Avenueが交わる交差点を題材に、車が信号なしで通過する様子をシミュレーションしてきた。2016年の大学記事には、車が交差点の手前で加速や減速を調整し、完全には停止せずに通り抜ける映像が掲載されている。今回の受賞は、こうした長年の研究に対する評価である。
通常の信号機は、交差する進路に青信号を交互に与えることで、交差点を使う時間を分けている。車同士が通信できれば、その時間配分をより細かく調整できる。
たとえば、一方向から来る車を先に通し、別方向から来る車は手前で少し減速して、その後に交差点へ入る。交差点の直前まで速く走ってから停止するのではなく、走行中に速度を調整して、交差点へ到着する時刻を合わせる仕組みだ。
Yue Zhang氏、Cassandras氏、Andreas Malikopoulos氏による2016年の公開稿では、この調整を隣接する交差点について数理的に定式化している。
交差点の手前に設けた「制御区間」で、それぞれの車が自分の位置と速度をもとに加速度を決める。同じ車線を走る前方車両とは安全な距離を保ち、進路が交差する車同士は、交差点内を使う時間が重ならないように調整する。
つまり、追突を防ぐ条件と、横方向からの衝突を防ぐ条件を分けて扱う。
研究室の説明では、この方式を分散型の最適制御としている。必要な情報を車同士で共有し、それぞれの車が自分の加速や減速を計算する。
2018年の査読済み論文では、道路側のコーディネータは情報の受け渡しを支援するだけで、個々の車の制御判断そのものには関与しない。
停止してから再発進する回数を減らせれば、速度の大きな変化も抑えられる。
ただし、決められた時刻に交差点へ到着し、そこまでの車間距離も安全に保つには、車が制御区間へ入る時点の速度やタイミングが適切である必要がある。
2016年の公開稿では、その条件を整えるために、制御区間のさらに手前に別の区間を設ける方法も提案している。安全な交差点通過の準備は、交差点へ入るより前から始まる。
安全を証明するには、前提条件を満たす必要がある
Malikopoulos氏らの2018年のAutomatica論文では、安全制約を満たす解が存在する条件を導き、車の加速・減速を決める方法を示している。
ただし、基本となる問題設定にはいくつかの前提がある。
すべての車が同じ特性を持つ、通信で協調できる自動運転車であり、右左折や車線変更は扱わない。交差点内では一定速度を維持し、必要な局所情報を誤差や遅延なく取得できることも仮定している。
交差点内での追突を防ぐには、さらに条件が必要になる。
論文の結論では、同じ車線の車が異なる速度で交錯区間へ入る場合の追突を今後の課題として挙げている。
著者らは、交差点への進入速度をそろえたうえで最適制御を解く方法や、交差点内では一定速度で走るという仮定を外し、追突を防ぐ制御を導入する方法を候補として示している。
各車が一定速度で走るだけでは、前後の車の速度差そのものがなくなるわけではない。
通信や測定に誤差や遅延がある場合へ拡張する方法も検討されている。
著者らは、誤差や遅延の大きさに上限が分かっていれば、安全制約をより保守的に設定することで、理想的な前提を緩められると述べている。
裏を返せば、どこまで安全を保証できるかを決めるには、センサーや通信にどの程度の不確かさがあるのかを定量化する必要がある。
数式上で安全な解を求められることと、実際の車がその前提条件を満たせることは、別々に検証しなければならない。
同論文では、ボストンの交差点を模したシミュレーションで448台の車を対象に、固定時間式の信号制御と比較している。
各方向は1車線で、車の到着は各車線あたり毎時450台のポアソン過程とした。制御区間は245m、車の進路が交差する区間は35mに設定している。
交通シミュレーターVISSIMを使い、速度と加速度から燃料消費量を推定した結果、固定時間式の信号制御と比べて燃料消費を46.6%、移動時間を30.9%改善したと報告している。
ただし、これはすべての車が協調して動く条件でのシミュレーション比較である。
また、2つの交差点間の相互作用も、この検証には含まれていない。
論文では比較結果を図で示しているが、本文には燃料量や移動時間の絶対値を前後で並べて記載していない。
したがって、この削減率だけを取り出し、現在の一般的な道路でも同じ効果が得られると解釈することはできない。
数理的な証明が保証するのは、設定した交通モデルと安全制約の範囲内での安全である。
その前提を実際の道路へ広げようとすると、人間が運転する車や歩行者をどう扱うかという問題が出てくる。
人間の運転する車や歩行者が加わると、何が変わるのか
Anni Li氏、Andres S. Chavez Armijos氏、Cassandras氏の2025年のAutomatica論文では、自動運転車と人間が運転する車が混在する交通での車線変更を扱っている。
2024年に公開された原稿では、協調する自動運転車2台と、人間が運転する車1台を想定している。
人間が運転する車の前へ自動運転車が入る場合、その運転者がどのように反応するかを推定しながら軌道を調整する。
一方、協調可能な自動運転車の前へ入る場合は、その車と速度を合わせることで、人間の反応を予測することへの依存を減らせる。
人間の意思決定を完全に予測するのではなく、直接協調できる自動運転車同士の関係を活用する発想だ。
安全制約には「制御バリア関数」を使う。
車の周囲に、速度に応じて大きさが変化する楕円形の安全領域を設定し、ほかの車との距離を保てるよう、加速度や操舵に制約を加える。
計画した軌道がその制約に触れる場合は、制御入力を修正する。
ただし、人間が運転する車の状態を推定する誤差にも上限を設定している。人間がどのような急な操作をしても安全を保証できる、という条件ではない。
歩行者を含む交差点では、制御すべき対象がさらに増える。
Yingqing Chen氏とCassandras氏の2023年の公開稿では、車両と歩行者の待ち時間を同時に扱い、信号を調整する方法を提案している。
車の流れだけを見れば効率的でも、歩行者が長時間待たされるのであれば、道路を公平に共有しているとは言いにくい。
この制御では、青信号の時間に上下限を設けるとともに、歩行者の待ち時間にも上限を設定している。
同じ著者による2026年2月2日掲載の査読済み論文の抄録でも、車両と歩行者が交差点を公平に共有するための信号制御を掲げている。
スウェーデンのVeberödで得られた実際の交通データを使っているが、評価そのものはシミュレーション上の交差点で行われた。
信号を残す研究でも、交通に参加するさまざまな利用者の動きをどう調整するかという点では、同じ課題につながっている。
信号なし交差点の制御、人間と混在する車線変更、歩行者を含む信号制御は、それぞれ対象も制御する内容も異なる研究である。
Cassandras氏らの論文を、対象、制御する量、検証方法で整理すると次のようになる。
| 研究 | 主な対象 | 制御する量 | 検証と適用範囲 |
|---|---|---|---|
| 信号なし交差点、2018年 | すべてが通信で協調する自動運転車 | 交差点への進入時刻と加減速 | 理論と交通シミュレーション。基本設定は直進で、右左折・車線変更は対象外 |
| 混在交通の車線変更、2024年公開稿・2025年掲載 | 自動運転車2台と人間が運転する車1台 | 車線変更の軌道と、安全領域を維持する制御入力 | 理論とシミュレーション。人間が運転する車の状態推定誤差に上限を設定 |
| 車両と歩行者の信号制御、2023年公開稿/2026年掲載論文 | 車両と歩行者の交通流 | 青信号の時間や、列・待ち時間に関する基準 | 模擬交差点で評価。2026年論文については公開抄録を参照し、詳細は2023年稿に基づく |
この比較は、各論文の問題設定と評価方法を分類したものだ。
2018年論文の第2・4節、混在交通の公開稿の第2・7節、歩行者の公開稿の第2・4節と2026年論文の抄録をもとに整理している。
道路形状も交通参加者も異なるため、性能を単純に横並びで比較することはできない。
混在交通の車線変更で安全な動きを示せたとしても、それだけで歩行者を含む信号なし交差点の安全性まで証明したことにはならない。
車同士の通信を信頼できるかも、安全条件になる
車が位置や速度を共有しながら走る仕組みでは、送られてくる情報をどこまで信用できるかも安全性に直結する。
H. M. Sabbir Ahmad氏らの2024年の通信安全に関する公開稿では、交差点などで協調する車両を対象に、存在しない車両を登録する攻撃や、検知されにくい偽情報を送り込む攻撃を扱っている。
車両ごとの信頼度を更新し、誤差を考慮した制御バリア関数と組み合わせる方式を提案している。
ただし、この研究にも前提条件がある。
道路側のコーディネータ自体は攻撃されないと仮定しているほか、攻撃者が作れる偽IDの数には上限を置き、自らの車を衝突させるような攻撃も対象外としている。
攻撃への対策を加えた安全保証も、想定した攻撃の種類や情報条件の範囲内で成立する。
交通を止めずに流す仕組みには、車両の制御だけでなく、共有される情報を一定程度信頼できる環境も必要になる。
車に協力してもらうには、インセンティブも必要になる
協調する理由を人間側に用意する研究もある。
大学CISEの受賞紹介では、交通全体を改善するために道を譲った車へ、少額のデジタル報酬を与える研究構想が紹介されている。
ある運転者だけが譲るための負担を引き受け、ほかの運転者だけが利益を得る仕組みでは、協調を長く続けるのは難しい。
車同士が通信できることと、道路利用者が協力したくなる仕組みを作ることは、どちらも交通システムの設計課題になる。
信号機をなくせるかを判断するには、システムに協調しない車や歩行者がいる道路でも、安全な間隔を維持できるかを確かめる必要がある。
通信に誤差や遅延が生じた場合にどう動くのか、特定の利用者だけが長時間待たされないかも評価しなければならない。
こうした条件を同じ道路環境で検証できるようになれば、車同士の協調は、単に車列を速く流す技術から、さまざまな道路利用者の停止や待ち時間を減らす交通制御へと近づいていくだろう。



