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超伝導AIチップ開発の Snowcap Compute 始動。元Intel CEOが賭ける「電力効率25倍」の衝撃とAIの未来

Y Kobayashi

2025年6月25日10:59AM

AIの進化が止まらない。しかしその裏側で、データセンターを蝕む巨大な問題が深刻化している。それが「電力危機」だ。NVIDIAの次世代サーバー1基が家電どころか小さな町工場に匹敵する電力を消費するとも言われる中、このままではAIの発展そのものが物理的な壁にぶつかる。この巨大な課題に対し、半導体業界の巨人が動いた。スタートアップSnowcap Computeが、元Intel CEOのPat Gelsinger氏を取締役に迎え、超伝導技術を用いたAIチップ開発のために2,300万ドルのシード資金を調達したと発表したのだ。果たして、CMOS半導体が築き上げた時代が終わり、新たなコンピューティング・パラダイムの幕開けに繋がるのだろうか。

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なぜ今「超伝導」なのか?巨人Gelsingerが賭けた現実

今回のニュースの核心は、資金調達額や技術の目新しさだけではない。Pat Gelsinger氏という、半導体業界の生き字引とも言える人物が、この無名のスタートアップの取締役に就任したという事実だ。彼はIntelのCEOとして、半導体製造の最前線で戦ってきた。その彼が「今日のデータセンターの多くは、単に電力供給によって制限されている」と語り、Snowcap Computeに賭けた意味は大きい。

これは、従来の半導体技術(CMOS)の延長線上にある微細化や効率改善では、もはやAIが要求する爆発的な計算能力と、それに伴う電力消費の増加に追いつけないという、業界トップの痛切な認識の表れである。

Snowcap Computeが掲げる目標は野心的だ。彼らが開発する超伝導チップは、冷却に必要なエネルギーを考慮してもなお、現在最高性能の半導体チップと比較して「ワット当たり性能が25倍」に達するという。事実であれば、これは革命的な数字だ。データセンターの運用コストと環境負荷を劇的に削減し、これまで電力の制約で不可能だった規模のAIモデル開発や、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)、量子コンピューティング分野でのブレークスルーを可能にするポテンシャルを秘めている。

この挑戦を率いるのは、CEOのMichael Lafferty氏(元Cadence)、CTOのQuentin Herr氏、そしてチーフサイエンスオフィサーのAnna Herr氏といった、超伝導と半導体設計の専門家たちだ。さらに、元NVIDIAでGPUエンジニアリングを率いたBrian Keller氏や、元Googleでシリコンエンジニアリング担当VPだったPhil Carmack氏がアドバイザーとして名を連ねる布陣は、このプロジェクトが単なる学術的な夢物語ではなく、商業化を本気で見据えたものであることを強く印象付けている。

CMOSの限界を突破する「抵抗ゼロ」の衝撃

では、Snowcap Computeが用いる超伝導技術とは、具体的にどのようなものなのだろうか。

その根幹にあるのは、特定の物質を極低温に冷却した際に電気抵抗がゼロになる「超伝導現象」だ。現在の半導体チップは、トランジスタを電流が通過する際に必ず熱が発生する。この熱が性能のボトルネックとなり、除去するために莫大な電力を使った冷却が必要になる。

一方、超伝導チップは理論上、演算に伴う発熱がない。これにより、CMOS技術が直面している物理的な限界を根本から覆すことができる。Snowcapが具体的に採用する技術要素は以下の通りだ。

  • 材料: ニオブチタンナイトライド(niobium titanium nitride)。超伝導磁石などでも実績のある材料で、比較的安定した超伝導特性を持つ。
  • 基本素子: ジョセフソン接合(Josephson junction)。量子コンピュータの量子ビットとしても利用されるナノ構造体で、超伝導体間に薄い絶縁体を挟んだもの。これをスイッチング素子として利用し、極めて高速かつ低消費電力な演算を実現する。
  • 冷却: 標準的な液体ヘリウムを用いた極低温冷却装置。絶対零度(約-273℃)近くまで冷却する必要があるが、これは既存の技術で対応可能だという。

特に重要なのは、Snowcapが「既存の半導体製造工場(ファブ)で、標準的な300mmウェーハを用いて製造可能」と主張している点だ。これは、全く新しい製造インフラをゼロから構築する必要がなく、既存のサプライチェーンを活用できることを意味する。製造コストを抑え、商業化へのハードルを大きく下げるこの戦略は、彼らの現実的な事業計画を裏付けている。

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夢の技術に潜む「3つの壁」という現実的課題

25倍の電力効率。それはまさに夢のようなスペックだが、楽観論だけに浸るわけにはいかない。この壮大な挑戦には、乗り越えるべき3つの大きな壁が存在する。

  1. 冷却インフラの壁: チップ自体は効率的でも、システム全体を絶対零度近くに保つための極低温冷却装置は、それ自体がエネルギーを消費し、専門的な運用ノウハウを必要とする。データセンター全体でこのインフラを標準化するには、莫大な初期投資と運用体制の変革が求められる。
  2. 材料供給の壁: 主要材料であるニオブチタンナイトライドの原料、ニオブは、その産出がブラジルとカナダに大きく偏在している。技術が成功し、大規模な生産が始まった場合、この地政学的な供給リスクが大きなボトルネックとなりかねない。半導体サプライチェーンの脆弱性が問題視される現代において、見過ごすことのできないリスク要因である。
  3. 時間という壁: Snowcapは2026年末までに「最初の基本チップ」を完成させるとしている。しかし、これはあくまで第一歩に過ぎない。複雑なAIワークロードを効率的に処理できる本格的なシステムが市場に投入され、データセンター業界の標準的な設備更新サイクル(通常3~5年)に乗るまでには、さらに数年の歳月を要するだろう。その間に、NVIDIAをはじめとする既存の巨人が、さらなる効率改善を実現したCMOSベースのチップを投入してくることは間違いない。

AI時代の新たな覇権争い:データセンターの再定義が始まる

Snowcap Computeの挑戦が成功すれば、その影響は単一のチップメーカーの台頭に留まらない。それは、データセンターのあり方、ひいては半導体業界の競争構造そのものを根底から覆す「地殻変動」の始まりを意味する。

現在の半導体競争が「より微細な回路を、いかに効率よく製造するか」というゲームだとすれば、超伝導コンピューティングがもたらすのは、「いかにシステム全体でエネルギー効率を最大化するか」という全く新しいゲームだ。主役はチップメーカーだけでなく、極低温冷却技術を持つ企業、特殊な材料サプライヤー、そして全く新しいインフラを設計・運用するデータセンター事業者へと広がっていく。

これは、長年シリコンバレーが中心だったテクノロジーの重心が、極低温技術や材料科学に強みを持つ地域へと分散していく可能性も示唆している。

Pat Gelsinger氏がこのタイミングで動いたのは、来るべきパラダイムシフトを誰よりも早く見据え、新たなゲームのルールが作られるまさにその瞬間に、プレイヤーとして参加するためではないだろうか。Snowcap Computeの挑戦は、AIがもたらした「電力の壁」という巨大な課題が、結果としてコンピューティングの歴史そのものを次のステージへと押し上げる触媒となった、象徴的な出来事として記憶されるのかもしれない。


Sources

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