半導体業界の巨人、Intelが、再び大規模な人員削減という厳しい現実に直面している。同社は7月から、半導体受託製造部門である「Intel Foundry」の従業員を最大20%削減する計画であることが、内部メモによって明らかになった。この動きは、影響が1万人を超える可能性をはらんでおり、まさにIntelの未来を賭けた大手術の始まりを告げる物と言える。
この決断の背景には、新CEO、Lip-Bu Tan氏のリーダーシップの下で進む、聖域なき事業再構築がある。熾烈な競争が続く半導体市場で、かつての王者は生き残りをかけ、組織の贅肉をそぎ落とし、より俊敏で筋肉質な企業体質への転換を迫られているのだ。
明らかになった「最大20%」削減の衝撃的な詳細
今回の人員削減計画が明るみに出たのは、米オレゴン州の地元メディア『The Oregonian』が報じた内部メモがきっかけだった。Intelの製造担当副社長であるNaga Chandrasekaran氏が従業員宛に送ったとされるメモには、厳しい現実が率直に綴られている。
「これらは困難な行動だが、我々が直面するコストの課題と会社の現在の財務状況に対応するためには不可欠だ」
メモによれば、削減規模はIntel Foundry部門の人員の15%から20%に達し、その大半は7月に実施されるという。
Intelが公表している2024年末時点の全従業員数は108,900人。同社は全従業員の約半数が製造または関連サービスに従事していると説明しており、この数字から、影響を受ける人数は8,170人から10,890人にのぼる可能性があると試算される。これは、2024年に行われた約15,000人の削減に続く、極めて大規模な人員整理となる。
さらに深刻なのは、今回の削減が「選択的」である点だ。2024年の削減では自主退職の募集なども含まれていたが、今回はそうした選択肢は提示されず、事業の優先順位、個人の業績評価、そしてプロジェクト投資の判断に基づいて対象者が選ばれる。これは、会社が「必要としない」と判断した人材を切り離すという、よりシビアな決断であり、社内に与える動揺は計り知れない。
なぜ今、この規模の削減が必要なのか? 新CEOが描く「新生Intel」への道筋
この痛みを伴う改革の背景には、Intelが置かれた厳しい経営環境と、それを打破しようとする新経営陣の強い意志がある。
第一に、深刻な財務状況だ。先日発表されたIntelの2025年第1四半期の業績は、売上が127億ドルと前年同期比で横ばいである一方、8億8700万ドルもの純損失を計上している。PC市場の停滞に加え、AI(人工知能)ブームの主役であるNVIDIAや、最先端プロセスの製造で独走するTSMCといった競合の後塵を拝し、収益力が著しく低下しているのが実情だ。
第二に、今年3月に就任した新CEO、Lip-Bu Tan氏による経営改革が本格化したことが挙げられる。Tan氏は就任以来、繰り返し「コアビジネスへの集中」「組織階層のフラット化」「官僚主義の打破」「エンジニアリング重視の企業文化への回帰」を訴えてきた。今回のレイオフは、その哲学を実行に移すための具体的な一歩と捉えることができる。
特に注目すべきは、削減のメスが「Intel Foundry」という、Pat Gelsinger前CEOが掲げた「IDM 2.0」戦略のまさに中核であった部門に入れられたことだ。これは、もはやIntel社内に「聖域」はなく、Tan氏がゼロベースで事業ポートフォリオを見直していることの強力な証左と言えるだろう。Intelは、過去の成功体験に支えられた巨大で複雑な組織構造そのものを解体し、意思決定が速く、市場の変化に迅速に対応できる組織へと生まれ変わろうとしているのだ。
CHIPS法の光と影:補助金と政治リスクの狭間で
今回のレイオフは、Intelが米政府から巨額の補助金を受け取っているタイミングなだけに、その影響も懸念される。
Intelは、前Biden政権が推進するCHIPS法に基づき、総額79億ドル(約1.2兆円)もの補助金交付が内定している。これは米国内での半導体製造能力を強化し、雇用を創出することが大きな目的だ。しかし、今回の数千人から1万人規模にもなりうる人員削減は、この政策の趣旨に逆行しかねない動きであり、今後の補助金交付のプロセスや、政治的な逆風に繋がる可能性は否定できない。
The Oregonianは、すでに交付された10億ドルを除く残りの補助金について、Trump政権下で見直しが行われる可能性を指摘しており、不確実性が増している。
一方で、米上院では半導体メーカー向けの投資税額控除を現行の25%から30%に引き上げる法案が検討されており、可決されればIntelにとって追い風となる可能性もある。
Intelは、巨額の補助金という「アメ」と、厳しい市場競争、そして政治的な不確実性という「ムチ」の狭間で、極めて難しい舵取りを迫られているのである。
巨人の苦悩と再生への賭け──半導体戦争の次なる局面
Intelが断行する今回のレイオフは、AIという新たなゲームのルールが支配する半導体業界で、同社が生き残りをかけて挑む復活のための起死回生の一手と言えなくもないだろう。NVIDIAが設計で、TSMCが製造で業界をリードする中、両方を手掛ける垂直統合型メーカー(IDM)としてのIntelのビジネスモデルそのものが、根底から問われている。
新CEOのLip-Bu Tan氏が下した決断は、痛みを伴うが、Intelを過去の栄光から解き放ち、未来の戦いに備えるための必然的な一歩だったのかもしれない。組織をスリム化し、意思決定を迅速化し、本当に価値を生むエンジニアリングにリソースを集中投下する。その戦略の成否は、削減後の現場の士気をいかに維持し、残された優秀な人材の能力を最大限に引き出せるかにかかっている。
この大手術は、Intelを力強い再生へと導くのか、それともさらなる混迷への序曲となるのか。確かなことは、半導体業界のパワーバランスを左右する重要な局面が、今まさに始まっているということだ。
Sources
- The Oregonian: Intel will lay off 15% to 20% of its factory workers, memo says
- via TechCrunch: Intel to lay off up to 20% of Intel Foundry workers