Stripeと投資会社Advent Internationalが、PayPal Holdingsに1株60.50ドルの共同買収提案を出したとReutersが7月14日に報じた。根拠は交渉を知る関係者2人の証言である。提示額はPayPalを530億ドル超と評価する水準だが、PayPalはまだ回答していない。これは署名済みの合併契約ではなく、実現までには価格、資金、独禁法審査をめぐる不確実性が残る。
1株60.50ドル、買収合意ではなく未回答の提案
Reutersによると、StripeとAdventは4月初旬にPayPalへ最初の接触を行い、7月初旬に提案を出した。1株60.50ドルは報道直前の終値に約28%を上乗せする。買収後は両社がPayPalを同率で所有し、事業は分割しない想定だという。
ただし、提案の中身は交渉関係者の証言に基づく。PayPal、Stripe、Adventの3社はReutersの照会にコメントしておらず、PayPalの取締役会も態度を公開していない。7月16日の確認時点で、同社のSEC提出一覧に取引関連のForm 8-Kはない。提示額の正確な算定方法や、現金と株式の比率、契約解除の条件も不明である。
報道後の取引でPayPal株は、Reutersの記事更新時点で約17%上昇していたが、60.50ドルとの間には差が残った。この価格差には、評価額の引き上げや交渉決裂、審査の長期化など、現在の条件で成立するまでの不確実性が表れている。
単純合算3.69兆ドルと4億3900万アクティブ口座
両社が組む理由は、決済額の大きさよりも、異なる接点を縦につなげられる点にある。Stripeは2025年、自社のサービスを使う事業者が1.9兆ドルを取り扱い、直接または他社プラットフォーム経由で500万社超を支えたと発表した。強みは、開発者が組み込む決済APIから請求、税務、不正検知までを企業側で束ねられることだ。
PayPalは別の資産を持つ。2025年の総決済額は1.79兆ドルで、2026年3月末のアクティブ口座は4億3900万。PayPalのチェックアウトボタン、Venmoの個人間送金、デビットカードや与信など、消費者と直接つながる製品を抱える。もっとも、4億3900万は人数ではない。PayPal自身が、1人で複数口座を持つ場合があり、消費者と事業者の口座が含まれると注記している。
2025年の公表値を足すと、年間取扱高は3.69兆ドルに達する。この数字は両社の規模を比べる目安にはなるが、統合後の実績予想には使えない。Stripe側の加盟店でPayPalが使われるような重複を除いておらず、両社の指標定義も完全に同じとは限らないからだ。むしろ戦略上の価値は、Stripeの加盟店インフラにPayPalの口座、ウォレット、Venmoを組み込み、商品発見から支払い、送金までの経路を自社製品群で広げられることにある。
Stripeのステーブルコイン戦略にも接続する。同社は2025年2月にBridgeの買収を完了し、ステーブルコインの発行や国際送金の基盤を拡張してきた。PayPalの口座網を組み合わせれば、企業向けに偏っていたデジタルドルの流通経路を消費者側へ広げられる。これは両社が公表した買収理由ではないが、現在の製品構成から見て最も明確な補完関係である。
500億ドルの銀行資金とPayPal再建の時間
提案には約500億ドルの銀行資金がコミットされているとReutersは報じた。その額は買収提示額の大部分に相当する。しかし、現在わかっているのは資金のコミット額までであり、金利、期限、スポンサーの出資額、買収後にどの法人が債務を負うかは明らかではない。500億ドルの全額をそのままPayPalの負債として扱うことはできない。
Stripeは非公開会社であり、2月の従業員等向け株式買付けで1590億ドルと評価された。530億ドルという提示額はその約3分の1に当たる。ただし、1590億ドルは株式取引の値付けであって、Stripeが同額の現金を持つことを意味しない。今回の案では、銀行団のコミット済み資金が買収提示額の大半を占める。
PayPal側の時計も進んでいる。同社は3月にEnrique LoresがCEOに就任し、チェックアウト、Venmoを中心とする消費者金融、決済・暗号資産の3事業群に組織を再編した。2〜3年でグロス・ランレートのコストを少なくとも15億ドル削減する計画である。
第1四半期の数字は、規模と再建の難しさを同時に映す。売上高は前年同期比7%増の83億3530万ドル、総決済額は11%増の4639億5500万ドルだった。一方、GAAP営業利益は3%減、純利益は14%減である。PayPalの取締役会は、現在のプレミアムを受け入れるか、再編の成果を待てばより高い価値を引き出せるかを比べなければならない。
多面市場の審査で問われる競争関係
530億ドル超の取引は、米国のハート・スコット・ロディノ法が2026年に定める事前届出の最低取引規模1億3390万ドルを大幅に上回る。正式契約が結ばれ、届出を経て審査に進む場合、連邦取引委員会または司法省は両社が具体的にどの市場で競い、何が統合で失われるかを調べる。届出は通過証ではない。
現行の合併審査指針は、取引が多面市場型プラットフォームに関わる場合、プラットフォーム間の競争、その上での競争、代替サービスが既存プラットフォームを置き換える競争の3面から分析すると定めている。そのため、決済全体の大きな数字より、オンラインチェックアウト、加盟店向け処理、デジタルウォレットなど、より狭い市場での両社の関係が主要な判断材料になる。
補完し合う部分が多いほど、買収側は利便性や開発効率の向上を説明しやすい。それでも、加盟店向け決済やウォレットなど、両社の製品が重なる分野では、統合が価格や製品開発の競争を減らさないかが調べられる。成立の見通しを判断する材料は、PayPal取締役会の正式回答、署名済み契約の公開、500億ドルの資金条件、そして当局がどの市場を審査対象に定めるかである。