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TDKと日本大学がAIデータ処理を10倍速くする「Spin Photo Detector」を開発

Y Kobayashi

2025年4月17日

TDK株式会社と日本大学の共同研究チームが、光を検知する革新的な素子「Spin Photo Detector(スピンフォトディテクタ)」の開発に世界で初めて成功した。このデバイスは従来の半導体光検知素子と比較して10倍以上の反応速度を持ち、波長800nmの光を20ピコ秒(20兆分の1秒)という超高速で検知できる。次世代AI技術に不可欠な光電融合分野における重要な技術的ブレークスルーとして注目を集めている。

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磁性技術を応用した革新的光検知素子の実現

今回開発されたSpin Photo Detectorの最大の注目点は、その圧倒的な応答速度である。TDKと日本大学の共同研究チームは、波長800nm(ナノメートル、10億分の1メートル)の近赤外光パルスを照射し、わずか20ピコ秒で素子が応答することを実証した。これは、現在主流である半導体ベースの光検出器(フォトダイオードなど)と比較して、実に10倍以上の速度に相当する。

この超高速応答を実現する鍵は、従来の半導体デバイスとは全く異なる動作原理にある。「電子加熱」と呼ばれる物理現象を利用している点が特徴だ。光エネルギーを吸収した磁性材料内の電子が瞬間的に高温状態になり、その結果として磁気的な特性が変化する。この変化を電気信号として検出することで、光を極めて高速に検知するのである。

従来の半導体光検出器は、光を吸収して電子と正孔のペアを生成し、それを電流として取り出す仕組みだ。この原理には、特に波長が短くなる(=エネルギーが高くなる)ほど、応答速度を上げにくいという物理的な制約が存在した。しかし、電子加熱現象を利用するSpin Photo Detectorは、この制約を受けない。そのため、800nmの近赤外光だけでなく、より波長の短い可視光領域においても、原理的に超高速動作が可能となる。実験では、可視光から近赤外光までの広い波長範囲で動作することも確認されている。

Spin Photo Detectorの主な性能:

  • 応答速度: 20ピコ秒 (20 × 10⁻¹² 秒) @ 波長800nm
  • 速度比較: 従来の半導体光検出器の10倍以上
  • 動作原理: 電子加熱現象
  • 動作波長: 可視光~近赤外光 (広い帯域)

この性能は、単なる速度向上にとどまらない意味を持つ。データ通信量の爆発的な増加に対応するための、根本的な技術革新の可能性を示唆しているのだ。

なぜ今、Spin Photo Detectorなのか?背景と意義

現代社会、特にAI(人工知能)分野の急速な進化は、膨大な量のデータをより速く、より効率的に処理・伝送する技術を強く求めている。現在、コンピュータ内部のCPU(中央演算処理装置)やGPU(画像処理装置)といったチップ間、あるいはそれらとメモリ間のデータ通信は、主に電気信号によって行われている。

しかし、電気信号による通信は、伝送速度の向上や消費電力の削減に限界が見え始めている。特に、配線距離が長くなると信号の減衰や遅延が大きくなり、高速化のボトルネックとなる。この課題を解決する切り札として期待されているのが、「光」を利用した通信である。光ファイバー通信が長距離・大容量通信の基盤となっているように、チップ間や基板レベルの短距離においても光で情報をやり取りする「光インターコネクト」や「光配線」の必要性が高まっているのだ。

この光による通信を、従来の電子回路と融合させ、コンパクトなデバイスとして実現する技術が「光電融合(Photoelectric Conversion)」である。光信号を電気信号に、あるいは電気信号を光信号に変換する高効率・高速な素子が、光電融合技術の実現には不可欠となる。Spin Photo Detectorは、まさにこの「光から電気へ」の変換を担う光検出器として、極めて有望な候補となる。

その超高速応答性能は、AIが必要とするテラビット級/秒(1秒間に1兆ビット)を超えるようなデータ転送速度の実現に貢献する可能性がある。また、データセンターなどで消費される莫大な電力を削減することにも繋がるだろう。Spin Photo Detectorの登場は、光電融合技術の研究開発を加速させ、AIをはじめとする様々な分野の技術革新を後押しする重要な一歩と言える。

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Spin Photo Detectorを支えるTDKの技術と日本大学の知見

この画期的なSpin Photo Detectorは、TDKが長年培ってきたスピントロニクス技術と、日本大学の基礎物理学における深い知見が融合することで生まれた。

中核となるのは、TDKが得意とする「MTJ(Magnetic Tunnel Junction:磁気トンネル接合)」素子である。MTJ素子は、ナノメートルスケールの極めて薄い絶縁膜を二つの強磁性体層で挟んだ構造を持ち、電子のスピン(磁気的な性質)を利用して情報の読み書きを行う。この技術は、既にHDD(ハードディスクドライブ)の磁気ヘッドとして数十億個単位で量産されており、高い信頼性と実績を持つ。

MTJ素子の特筆すべき利点の一つは、「基板材料を選ばない」ことである。従来の半導体デバイスは、高品質な単結晶シリコンなどの基板上に、精密な結晶成長技術を用いて形成する必要があった。これに対し、MTJ素子はアモルファス(非晶質)材料などを用いるため、特定の結晶基板を必要としない。これは、シリコンチップのような電子回路基板の上に、後からMTJ素子を形成できることを意味する。異なる機能を持つデバイスを一つのチップ上にコンパクトに集積する必要がある光電融合分野において、この「形成の自由度の高さ」は計り知れないメリットとなる。TDKはこのMTJ技術を光検出に応用するという独自のコンセプトを提案し、開発を進めてきた。

一方、Spin Photo Detectorの動作原理である「電子加熱」現象は、光によって誘起される磁性材料内の超高速な物理現象である。この分野において、日本大学は世界をリードする基礎研究の実績を有している。今回の共同開発では、日本大学の知見に基づき、超高速光パルスを用いた精密な測定実験が行われ、Spin Photo Detectorが20ピコ秒という驚異的な速度で応答することを実証するに至った。TDKの持つデバイス技術と製造ノウハウ、そして日本大学の持つ基礎科学の力が結実した成果と言えるだろう。

AIから宇宙まで?Spin Photo Detectorの広がる可能性

Spin Photo Detectorの応用範囲は、AI向けの超高速データ通信にとどまらない。そのユニークな特性は、様々な分野での活用を期待させる。

  • AR/VRスマートグラス: 可視光領域でも高速応答が可能であるため、近年急速な市場拡大が見込まれるAR(拡張現実)/VR(仮想現実)用スマートグラスの高精細・高フレームレート化に貢献できる可能性がある。ディスプレイへの高速な映像データ入力や、周辺環境を認識するためのセンサーとしての応用が考えられる。
  • 高速撮像素子: 瞬間的な現象を捉えるための超高速カメラや、特殊な計測機器に使われるイメージセンサーなどへの応用も期待される。
  • 航空宇宙分野: MTJ素子は、原理的に半導体デバイスよりも宇宙線(宇宙空間を飛び交う高エネルギー粒子)に対する耐性が強いことが知られている。宇宙線は、半導体デバイスの誤動作や劣化の原因となるため、宇宙環境での利用には高い耐性が求められる。Spin Photo Detectorは、人工衛星や宇宙探査機に搭載される光センサーとしての応用も有望視されている。

TDKと日本大学は、今回の原理実証成功を基に、今後、Spin Photo Detectorの素子としての完成度をさらに高め、その有用性を追求していく方針である。この新しい光検出技術が、私たちの社会をどのように変えていくのか、今後の展開から目が離せない。


Sources

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