電磁波のスペクトルにおいて、長らく未開拓の領域とされてきた周波数帯が存在する。おおむね0.1から10テラヘルツ(THz)、波長にして約30マイクロメートルから3ミリメートルの範囲に位置する「テラヘルツ波」である。
東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の金森義明教授らの研究グループは、レンズの物理的な形状を一切変えることなく、内部の微小な粒子濃度を調整するだけで焦点距離を自在に制御できる新しいテラヘルツレンズの開発に成功した。
シリコン微粒子を透明樹脂中に分散させた「三次元バルクメタマテリアル」という独自のアプローチを採用し、光学材料の制約を大きく突破する成果を提示したのである。
未開拓の電磁波「テラヘルツ波」と立ちはだかる光学材料の壁
テラヘルツ波は、携帯電話などに用いられる電波と、目に見える光(可視光線や赤外線)の中間に位置する。この特異な立ち位置により、双方の優れた性質を併せ持っている。電波のように紙、プラスチック、衣類などの非金属物質を透過する性質を持つ一方で、光波のような高い直進性を備えており、分子固有の振動エネルギーと共鳴して物質を特定する能力も高い。この性質を活用し、製造ラインにおける製品内部の欠陥を検知する非破壊検査や、空港の保安検査における危険物の非侵襲的な識別システム、さらには生体組織への影響が少ない次世代の医療画像診断技術の確立に向けた応用研究が世界中で進められている。
さらに社会的な関心を集めているのが、現在の5Gネットワークの後継となる第6世代移動通信システム(6G)への適用である。既存の電波資源が枯渇に向かう中、0.1から0.4THzのサブテラヘルツ帯は極めて広帯域な信号伝送を許容する最有力な通信キャリア帯域と目されている。2030年代の商用化が見込まれる6Gインフラが整備されれば、通信速度は現行の10倍以上である毎秒100ギガビットを超え、高解像度の3D映像や精密な触覚データを遅延なくリアルタイムで送受信する、全く新しい社会基盤が構築される。
巨大な産業創出が見込まれる技術領域でありながら、テラヘルツ波のハードウェア実装には極めて困難な障壁が存在し続けていた。光線を操り、電磁波の軌道を曲げる「レンズ」や「プリズム」を構成するための適切な天然材料が圧倒的に不足している点にある。可視光線におけるガラスのように、高い屈折率を持ちながら電磁波の吸収損失が低い理想的な素材が自然界には見当たりにくいのである。
フローティングゾーン(FZ)法で製造された単結晶シリコンやサファイアなどの無機結晶材料は3.0を超える高い屈折率を示すものの、機械的な硬度が極めて高く、複雑な曲面加工の難易度や製造コストが跳ね上がる。一方で、シクロオレフィンポリマー(COP)やポリメチルペンテン(TPX)といった樹脂素材はテラヘルツ波をよく通し加工も容易だが、屈折率が1.5前後と低く、光を強く曲げる設計が難しい。光学システムの要求に合わせて任意の屈折率を持つ素子を作るための設計の自由度が、この周波数帯では決定的に欠如していた。
メタマテリアルの進化の系譜と平面構造が抱える物理的限界
天然材料の制約を打破する手段として、光の波長よりも微小な構造体を人工的に配列し、自然界の物質には見られない光学的特性を設計する「メタマテリアル」の概念が登場し、物理学と光学の境界領域で激しい研究競争が繰り広げられてきた。これまでの主流のアプローチは、微細な金属パターンを基板上に周期的に敷き詰める手法であった。特定の周波数の電磁波が到来した際、微細な金属構造の内部に強い共振電流が誘起され、光の進み方に干渉する仕組みである。この手法は負の屈折率を生み出すなど、理論物理学的なブレイクスルーをもたらした。
しかしながら、金属の共振構造に依存する従来の平面型メタマテリアルには、デバイスとして実用化する上で看過できない複数の弱点が潜んでいる。第一に、電磁波の入射する角度や電場の振動方向(偏光)に対して光学的な応答が激しく変動してしまう、強い異方性の問題が生じる。第二に、屈折率を急激に変化させる共振周波数の周辺では、金属内部の電気抵抗に起因するジュール熱への変換損失(オーム損)が急増し、テラヘルツ波の透過率が著しく低下してしまう。
致命的なのは物理的な厚みの確保である。基板表面に金属パターンを形成する構造的性質上、全体として極めて薄いシート状にならざるを得ない。光線を空間的に大きく曲げるためには、入射した光束が媒質内をある程度の距離を進む間に相互作用を起こす必要がある。そのため、レンズのように数ミリメートル以上の厚みを確保した立体的な光学素子を平面型のメタマテリアルで構築するのは困難であった。
パラダイムシフトを導いた「シリコン微粒子」と三次元バルク構造
東北大学の研究グループが打ち出したアプローチは、従来の金属共振に依存するメタマテリアルの設計思想を根本から覆すものであった。彼らが開発した「三次元バルクメタマテリアル」は、金属を一切用いず、特定の微小な立体構造を母材の中に三次元的かつ等方的に分散させる手法を採用している。着目したのは、テラヘルツ波に対して吸収損失が極めて少なく、3.42という高い屈折率を示すシリコンの物理的特性である。
一辺が300マイクロメートルの立方体形状に精密に切り出された単結晶シリコンの微小ブロックが、この材料の核となる。対象とするテラヘルツ波の波長(数ミリメートル)に対してこのシリコンキューブは十分に小さいため、「サブ波長構造体」として振る舞う。これを低屈折率の透明樹脂であるCOPの中に均一に混ぜ込み、空間全体として均質な新しい光学材料を作り出した。入射したテラヘルツ波の視点からは、内部に散在するシリコンキューブと隙間を埋めるCOP樹脂は独立した別々の物質とは認識されない。電磁波の空間的な広がりの中で物理的特性が平均化され、両者の性質が融合した一つの「実効的な屈折率(neff)」を持つ均質な媒質として認識されるのである。これは有効媒質理論と呼ばれる物理モデルに基づいている。

この三次元バルク構造の最大の利点は、シリコン微粒子の混入比率(体積濃度)を変えるという極めてシンプルな操作によって、複合材料全体の実効屈折率を精密にチューニングできる点にある。共振現象を利用しないため、材料による電磁波の吸収を低く抑えることができ、光の入射方向や偏光の向きに影響されない完全な光学的等方性が確保される。絵の具を混ぜ合わせて新しい色を作るかのように、ベースとなるCOP樹脂の屈折率(約1.52)からシリコン濃度を高めることで最大約1.96まで、連続的かつ自在な屈折率の制御環境が整備されたのである。
職人的な成形プロセスの確立と表面平滑性の定量評価
理論上の有効媒質モデルを現実の光学レンズとして具現化するため、研究グループは精緻な成形プロセスを構築した。アルミニウム製の金型を用い、片面が平坦で、もう片面が曲率半径20ミリメートルの凸面を持つ平凸レンズを成形する。クライオグラインダーを用いて極低温環境下で微細な粉末状に粉砕されたCOP樹脂と、シリコン微粒子を所定の濃度(0%、5%、25%の3種類)で混合し、加熱と溶融を行う。
このプロセスにおいて最大の障害となるのが、高い粘度を持つ溶融樹脂の内部への空気の混入である。一度にすべての材料を金型に入れて加熱すると、樹脂の奥深くに空気が閉じ込められ、テラヘルツ波を不規則に乱反射させる気泡が生じてしまう。この問題を回避するため、混合材料を0.2グラムずつ金型に投入し、加熱・溶融と冷却を幾度も反復する手法が採られた。この地道なプロセスの繰り返しによって内部の空気を完全に排出し、微粒子が偏りなく均一に分散した、気泡を含まない無垢のバルクレンズ構造が完成した。
成形後のレンズ表面の物理的な品質は、レーザー共焦点顕微鏡を用いて極めて厳密に評価された。直径20ミリメートルの測定領域における算術平均高さ(Sa)の解析結果は、シリコン濃度0%のレンズで約8マイクロメートル、5%および25%のレンズでも約26マイクロメートルに抑えられている。0.10 THzから0.15 THzの帯域におけるテラヘルツ波の波長と比較すると、この表面の粗さは波長の1/75以下という微小なスケールに相当する。レンズ表面での無駄な電磁波の散乱を防ぎ、光学デバイスとして高い透過性を維持する上で十分な平滑性が達成されていることが確認された。
テラヘルツ分光法が証明した屈折率制御と光線の軌道変化
完成したレンズの集光性能と焦点距離の変化を検証するため、テラヘルツ周波数領域分光法(THz-FDS)を用いた精密な光束測定が実施された。インジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAs)を用いたボウタイ型アンテナに対し、波長の異なる2つの近赤外レーザーを照射する。この際に生じる光ヘテロダイン現象によって、0.10 THzおよび0.15 THzの極めて安定したテラヘルツ波を発生させる。発生したビームは複数の非球面レンズとピンホールを通過して理想的な形状に整えられ、今回作製されたメタマテリアルレンズへと入射する。
レンズを透過して集光されるテラヘルツ波の空間的な光強度分布を記録するため、光軸に沿ってテラヘルツカメラをミリメートル単位で後退させながら連続的なデータ取得が行われた。取得されたデータはナイフエッジ法と呼ばれる光学解析手法に基づき、総光量の10%から90%の範囲の積分値を用いて正確なビーム径が算出される。このビーム径の変化をガウシアンビームの空間伝播モデルにフィッティングさせることで、最も光束が絞り込まれる焦点距離が厳密に特定された。
測定結果は、実効媒質理論に基づく材料設計の正当性を鮮やかに立証した。0.10 THzの電磁波を入射した際、シリコン微粒子を含まない0%(純粋なCOP樹脂)のレンズでは焦点距離が約33ミリメートルであった。これに対し、シリコン濃度を5%に高めたレンズでは約31ミリメートルへと短縮し、高濃度の25%レンズでは約24ミリメートルにまで焦点距離が劇的に変化した。
レンズの曲率半径という外形寸法が完全に同一であるにもかかわらず、内部に分散させた高屈折率のシリコン微粒子の割合が増加することで、複合材料全体の実効屈折率が押し上げられる。屈折率が上昇すると媒質内を伝播する光の位相速度が遅延し、スネルの法則に従ってレンズ曲面を通過する際の光の屈折角が深くなる。結果として入射光束を内側へと曲げる力が物理的に強化され、レンズにより近い位置で焦点が結ばれる現象が実験的に明確に裏付けられたのである。
将来の展望と社会実装のシナリオ
光学機器に組み込まれるレンズの焦点距離は、素材固有の屈折率と表面の曲率という物理的形状の組み合わせのみによって決定されるという絶対的な前提が存在した。システム設計上で異なる焦点距離が要求されれば、その都度新たな曲率を持たせた専用の金型を精密に削り出し、材料を成形し直す工程が不可欠であった。今回実証された技術は、単一の金型を用いて全く同じ外形のレンズを成形するプロセスを維持したまま、充填する材料の配合比率を変えるだけで任意の焦点距離や光学特性を作り出せることを意味している。
この設計論の転換は、次世代情報インフラストラクチャーの構築において強大なインパクトをもたらす。同じ製造設備を利用したまま、システムの多様な要求スペックに応じたテラヘルツ帯域用の光学素子を、組成の変更のみでオンデマンドに製造・供給できる道が開かれた。用いている素材も、半導体産業で大量に流通している単結晶シリコンと汎用的な熱可塑性樹脂である。高価な特殊結晶のインゴットからレンズを削り出す従来の手法と比較して、圧倒的な低コスト化と量産スケールの拡大が見込まれる。
東北大学大学院工学研究科に国内初のメタマテリアル専門拠点として設置された「メタマテリアル研究革新拠点」は、この微粒子分散技術の応用領域をさらに広げる構想を進めている。単なる集光レンズの枠を超え、広帯域な信号から特定の周波数成分を精密に分離する分光用プリズムや、空間を伝搬する電磁波の位相を広範囲にわたって制御する薄型光学フィルムなど、より高度で複雑なテラヘルツ光学デバイスの開発への波及が予測される。
シリコン微粒子の分散濃度をさらに限界まで引き上げるための混合プロセスの最適化や、サブテラヘルツ帯における微小な電磁波散乱の詳細なメカニズム解明が進むことで、三次元バルクメタマテリアルは幅広い産業の基盤技術へと成長していく。空港のセキュリティゲートにおける瞬時の危険物非侵襲スキャンシステム、医療現場での高解像度な細胞組織診断デバイス、そして膨大なデータ通信を空間で自在にルーティングする6Gモバイルネットワークの根幹部品として、新たな電磁波の世紀を支える不可欠なテクノロジーとなっていくはずである。
論文
- Optics & Laser Technology: Effective refractive index tuning in the terahertz range using silicon microparticle-dispersed lenses
参考文献